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17.コウエン領の財産

 コウエン領の元領主の罪が暴かれた。

 魔術の才能のある娘を望まぬ場所に嫁がせて、息子を跡継ぎにしようとしたり、娘を虐待したりしていた件に関しては、少なからず貴族社会にはそういう風潮が残っているために、見せしめにして根絶しようとダリアは強くそこを責めて、罪を重くさせた。

 屋敷で魔物を飼って、それを領地の境に放して、領民が逃げられないようにした件に関しては、死者も確認できないほど出ているし、逃れようのない罪だった。

 それに加えて、コウエン領の領民に重税を科して私服を肥やし、自分と取り巻きの貴族だけをのさばらせたこと。サナの証言を元に掘り返せば罪は幾重にも重なって、かつて国を揺るがした魔女と同じ牢に生涯入れられることとなった。

 引き継いだコウエン領の荒廃は想像よりも酷く、サナと共に領地を見回ったリューシュとライラは愕然としていた。農地は荒れ果てて、家畜は痩せ細り、埋葬することもできない死体が路地裏に転がり、家のない人々が路上で痩せ細って暮らしている。

 領主として、魔術学校を作ることから考えていたリューシュは、それどころではない状況を悟っていた。


「領民から搾り取った領主の財産を割いて、救済には当てるつもりですが、それ以外にどのようにすれば……」

「取り巻きの貴族に税をかけるんや」

「貴族に税を!?」


 貴族とは税金を受け取る方で、払う方ではないとの思い込みが、リューシュにもライラにもあったようだった。サナの提案を受けて、貴族から支払われる税と領主の財産で、領民の救済が始まった。


「わたくしが領地にいます。リューシュ、あなたは領地の未来のために、勉強をしてきてください」


 魔術学校に行きたくても行けなかった姉のライラは、サナに習って領地を治めながら、妹を快く王都に送り出してくれた。

 残りの約2年間、リューシュは王都とコウエン領を行き来することとなる。


「裁判に領地の視察に、大変やったやろ」

「リューシュちゃん、休めていますか?」


 とりあえず、一人でいるよりもカナエやナホやレオやラウリと一緒にいた方が、気も紛れるし、共に勉強もできると、テンロウ領主の王都の別邸に戻ってきたリューシュを、心配そうに迎えたカナエとレオに、リューシュは頭を下げた。緩やかに波打つ長い黒髪が、ばらばらと床に垂れる。


「レオ様のことは、わたくしを大事にしてくださるし、女でも馬鹿にしない紳士なところが好きです」

「お母ちゃんに、誰にでも優しぃせなあかんて言われてんねん。俺は特に、デカくて、怖く見えるから」

「レオ様のことは好きだけれど……わたくしを励まして、勇気付けてくれたカナエ様に、申し訳ないので、この気持ちは、思い出として、胸に仕舞わせていただきます」

「リューシュちゃん……」

「本当に、好きだったのですわよ?」


 潤んだ黒い瞳でレオを見上げたリューシュを、カナエは抱き締めていた。胸も細やかで体も細く鍛え上げられたカナエと違い、女性らしい丸みを帯びた体型のリューシュは抱き締めると柔らかくて良い匂いがする。


「レオくんは譲れないけれど、カナエとリューシュちゃんは友達なのです」

「えぇ、友達の有り難さをカナエ様とナホ様のお陰で知りましたわ」


 女同士の友情を確かめ合っている間に、疲れたリューシュを労うために、レオとラウリがハーブティーを淹れて、甘いお菓子を準備する。ナホとも抱き合って、リューシュは涙を拭かれていた。


「相談に乗って欲しいことがありますの」


 お茶を飲みながら、リューシュが切り出したのは、涙を拭いて落ち着いてからだった。相談の内容は、コウエン領から派遣された、取り巻きたちのことである。


「彼女たちは、魔術の才能もある貴族の令嬢です。父に言われて、カナエ様やナホ様にあのような態度をとって、兄様……リアムに加担していたのですわ。彼女たちの才能を捨てさせるには、惜しいと思うのです」


 魔術学校に入学できて、授業にもついていけるだけの才能を持った彼女たちは、元領主の援助で学費を払ってもらっている、下級貴族の令嬢だった。取り巻きの貴族たちからは王都の魔術学校に進めるほど才能のある子どもが生まれなかったので、金に物を言わせて言うことを聞かせて、その代わりに魔術学校に行かせていたのだ。

 それだけの才能を、コウエン領の元領主に加担していたからといって、捨ててしまうのは、彼女たちにかけたコウエン領の税金も無駄になるし、何より、優秀な魔術師の少ないコウエン領においては、その才能こそが財産だとリューシュには分かっていた。


「話し合うしかないでしょうね」

「友達になれへんの? カナエちゃんとリューシュちゃんも、最初は仲良くなかったけど、今は親友やろ?」

「親友……カナエ様にそう思っていただけていたら嬉しいです」

「コウエン領領主の最初の仕事として、その子たちを正しい道に導くっていうのは、ありだと思う」


 ラウリ、レオ、ナホの助言をもらって、リューシュはその子たちがまだ王都に残っていることを確かめて、魔術学校に呼び出した。授業の合間に、カナエとナホが一緒に取り巻きだった少女たちと話す。


「あなたたちが自分の意思ではなくとも、わたくしと共にカナエ様やナホ様に嫌がらせをしたり、リアムと共に、他の領地のものを馬鹿にしたり、嫌がらせをしたりしていたことは、許されることではありませんが、わたくしも同罪の部分があります」

「コウエン領領主様……」

「カナエ様、ナホ様、お許しください」


 丁重に頭を下げて謝る彼女らに、カナエとナホは問いかけた。


「あなたたちは、勉強をして、リューシュちゃんに仕える魔術師になる気はありますか?」

「リューシュちゃんにとって、一番必要なのは、信頼のおける相手に違いないからね」


 魔術学校で学んだ4年間と、5年生になってからの数ヶ月。確かに彼女たちはリューシュと共にいた。その中で、他人を貶めるような行為もあっただろうが、それ以外の交流がなかったわけではないと、カナエもナホも思っていた。

 一緒に食事をしたり、勉強をしたり、魔術学校で進級するために、共に努力してきた仲間でもあるはずだ。


「コウエン領のために働く魔術師となります」

「どうか、学校は辞めさせないでください」

「私たちの親もお咎めのないように」


 王都に奪われるようにして、リューシュやリアムの取り巻きとさせるためだけに、魔術学校に入れられたコウエン領の少女たち。


「私たちの中から、リアム様の花嫁を選ぶと……」

「それだけは……」


 抵抗できない中でも、リアムの花嫁と妾にされるのは嫌だと感じていたらしい彼女たちも、やはり、コウエン領の元領主に従うしかなかったとはいえ、快く思ってはいなかったのだ。

 それが確かめられれば、リューシュにとっては僥倖だった。


「それでは、改めて、友達に」


 差し出したリューシュの手を、少女たちは順番に恭しく握ったのだった。

 全部丸く収まったところで、リューシュはまた彼女たちと昼食を食べるようになり、カナエとナホはラウリとレオと合流したが、昼食を食べる場所は同じテラスになったので、お互いに行き来はできるようになった。

 待っていたラウリとレオに顛末を伝えれば、安堵してお弁当箱の蓋を開ける。


「リューシュちゃん、俺が本当に好きやったって……」

「レオくんは、可愛いですからね。惜しかったですか?」

「分からへん。俺はカナエちゃんしか好きやないから、他の相手に好きて言われても困ってまうだけやし」

「分からないって、惜しかったかどうかが、ですか?」


 焼き餅を妬いて唇を尖らせたカナエに、まさかとレオが笑う。


「分からへんのは、俺のどこが好きやったか、や」

「顔じゃないですか?」

「お父ちゃんにそっくりのええ顔やもんなぁ……て、カナエちゃん、俺の顔が好きなんか!?」

「顔も、ですよ、カナエは」


 本当のところ、覗き見をしてしまった眠れない夜に、リューシュを抱き締めているレオは格好良かった。レオ自身は自分がカナエにされたように子どもをあやすような感覚でも、リューシュにとっては全く意味の違うものだったに違いない。

 そのことを伝えてしまうのは、なんとなく悔しくて、カナエはレオの頬をぶにぶにと揉んで、「とっても良いお顔なのです」と言って誤魔化していた。


「ラウリくんの良さが分からないのは、もったいないけどね」

「僕の良さは、ナホちゃんにだけ分かっていれば良いのですよ」


 お弁当を食べながら微笑み合うナホとラウリの足元で、全身鎧を着た大根マンドラゴラが、栄養剤を飲んで寛いでいた。

 コウエン領はこれから立て直しの時期に入る。学業に領主の仕事に、リューシュは忙しくなるだろう。しかし、しっかりと学んで、魔術師としても力をつけなければ、領主としてやっていけない。


「誰か、リューシュちゃんを助けて、コウエン領の復興を共に考えてくれるひとがいればいいのですが」

「お父ちゃんとお母ちゃんに相談してみよか。誰かセイリュウ領から派遣してくれるかもしれへん」


 お弁当を食べながら、セイリュウ領の次期領主として、カナエも人ごとではないと、真剣に考えていた。

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