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16.領主の座をかけて

 領主の座をかけて、コウエン領領主とその娘、リューシュが決闘をする。速やかに決闘の準備は執り行われた。血の気の多いローズだけでなく、コウエン領のやり方に不審を抱いていたダリアも、決闘に乗り気のようだった。


「場を設けるとは約束していたが、意外と早く決心がついたものよな」

「バジリスクやコカトリスの餌に、ひとを……あんな惨いことが許されてはなりません」

「正しい行いをなさってください」


 王都の闘技場では、女王ローズとダリア、それにモウコ領領主夫婦、テンロウ領領主夫婦、セイリュウ領領主夫婦が見届け人として出向いていた。

 控室で準備をするリューシュをカナエとナホも手伝う。

 動きやすい身軽な服を着て、ナホが緩やかに波打つリューシュの豊かな髪を結い上げ、カナエがレンから密やかに渡された魔術具を身に着ける。髪を纏める紐に編まれた小さな赤い宝石にも、紐で編まれたブレスレット、ネックレス、アンクレットにも、編み紐を下げたイヤリングにも、レンの魔術がかかっていた。


「これだけでも、反則な気が致しますわ」

「相手は魔物を使って、コウエン領の領民を苦しめてるひとだよ! どんな卑怯な手を使って来るか分からない」

「リューシュちゃんの安全を一番に考えなきゃいけないのです」


 勝たなければ、コウエン領領主は全ての罪を有耶無耶にして、リアムに領主の座を譲って、自分はのうのうと隠居を決め込むかもしれない。言うことを聞かないカナエとナホに向かって「お前らも、魔物に喰われたいんか!」と脅すようなリアムは、父親と同じような政治しかしないのは火を見るよりも明らかだった。

 武器を持たないで闘技場に上がったリューシュを、カナエとナホは一番前の席から見守っていた。何かあれば飛び出そうとする全身鎧を着た大根マンドラゴラを、ラウリがしっかりと抱き締めて止める。


「父親であろうとも、外道は外道や。容赦する必要はあらしまへん」


 魔術の才能では間違いなくリューシュの方が上である。ガチガチに全身鎧を着て、その重さによろめきながら剣を構えて闘技場に来たコウエン領領主は、軽装のリューシュが武器すら持っていないのを見て、嘲笑う。


「随分と甘く見られたようだな。もう一度、その体に覚え込ませてやろう。死んでも、リアムがいるからな」

「わたくしは、誰の代わりでもありません。なんなら、お兄様とも戦ってもよろしいのですよ?」


 挑発に冷静に返事をできるだけ、リューシュは落ち着いていた。きっと大丈夫だと思いながら、カナエはぎゅっと手を祈りの形に組む。隣りに座っているレオは、心配そうにリューシュを見つめていた。


「リューシュちゃんは、カナエに向かってこられる勇気があるのです! そんなひと、ぶっ飛ばしてしまうのです!」


 大きく声をかけると、緊張した面持ちでリューシュがカナエを見つめ、小さく頷く。

 見届け人のローズが二人の間に立った。


「これは正式な決闘だ。コウエン領領主、負けた場合は、良いな?」

「分かっております」

「リューシュ、負けた場合には、コウエン領とは二度と関わりなく、セイリュウ領でサナが引き取るとのことだ。良いな?」

「心得ております」


 負けた場合にコウエン領に戻して言うことを聞かせようという企みについては、魔物を飼っていた件と虐待の件を鑑みて、サナが条件を変えさせた。元々コウエン領領主は娘の権利と義務を放棄している。既にサナが保護すると決まっていたので、魔物の件でサナに弱みを握られているコウエン領領主が、抵抗できるはずがなかった。


「それでは、アイゼン国女王ローズの名において、この勝負、見届けよう」


 声をかけてローズが下がった瞬間、コウエン領領主の鎧から氷の刃が生えた。鎧に魔術がかけられているのだろう。ハリネズミのようになったコウエン領領主は、青い炎を纏わせた剣を振り回す。

 掠った剣が、リューシュの髪を焦がすが、編み上げた魔術で防いで弾き飛ばす。弾かれた剣の反動でよろめいたコウエン領領主に、リューシュが追い打ちで攻撃の魔術を発動させた。

 魔術のかかった鎧にひびが入った瞬間、パシンッと響いた音に、リューシュは反射的に逃げの態勢に入っていた。コウエン領の観客席に座っているリアムが、リューシュが散々打たれていた鞭を、聞こえるように鳴らしたのだ。

 体に染み付いた恐怖は、すぐに消えるものではない。戦意を喪失したリューシュは、泣き出しそうになって立ち尽くしていた。


「お前は、私の言うことを聞いていればいいのだ!」

「やめて! お父様、わたくしは……」

「死して、償うがいい!」


 細いリューシュの胴に剣の切っ先を突き入れようとしたコウエン領領主に、音を立ててリューシュの髪飾りが弾けた。青い炎を纏う剣を弾いて壊れた魔術具に、ばらばらとリューシュの髪が落ちて来る。


「卑怯者!」

「これでも食らえ!」


 叫んだラウリに手を伸ばして、レオが大根マンドラゴラの全身鎧から出せるようになっている葉っぱを思い切り引っ張った。頭髪のような葉っぱを引っ張られて、大根マンドラゴラが絶叫を上げる。


「びょえええええええ!」


 燃え尽きるようにリューシュのイヤリングが溶けて消え、リューシュを守っている間に、「死の絶叫」をもろに受けてよろめいたコウエン領領主を、リューシュは手が傷付くのも構わず、両手で思い切り押した。鎧の重みで倒れたコウエン領領主はすぐには立ち上がれない。


「勝たなければ、自由はない。わたくしにも、コウエン領にも」


 お父様、ごめんなさい。


 静かに告げたリューシュは、強化の魔術を自らにかけて、コウエン領領主を闘技場の上から蹴り落したのだった。丸い身体に纏った鎧が邪魔で、抵抗することもできず闘技場からゴロゴロと回転して落ちて行ったコウエン領領主を見もせずに、ローズが闘技場に駆け上がり、リューシュの腕を掴む。


「勝者、リューシュ! さて、魔物の件、それにコウエン領領主のリューシュを虐待していた件について、話を聞かせてもらおうか」

「ご、誤解なのです。全てはあの小娘の仕組んだことで……」


 往生際悪く暴れる元コウエン領領主が、鎧を剥がされ、ローズの警備兵に引き連れられていく。逃げ出そうとするリアムは、サナとレンが道を塞いでいた。


「あんさんも無関係やないやろ?」

「自分だけ逃げられると思わん事やね」

「俺はなんもしとらんし!」

「見て見ぬふりで、知ってて止めんかったあんさんよりも、妹さんの方がよっぽど勇気があって、領主に相応しいわ」


 これでコウエン領も変わるだろう。

 捕えられたリアムも父親と共に審問にかけられるようだった。

 戦い終えて、座り込んだリューシュの元に、カナエとナホが駆け寄って、支えて控室まで連れて行く。

 安堵したのか、リューシュは両目からほろほろと涙を零していた。


「立派だったのです」

「コウエン領はリューシュちゃんが領主だよ」

「わたくしが、領主……」

「そうなのです。これからが大変ですけど、魔術学校に通っている間は、セイリュウ領領主が保護者となって助けてくれると思います」


 既に保護者になっているサナは、リューシュが立派な領主になるまで先輩として支えてくれるだろう。15歳で領主になったサナは、支えもなく領主となる孤独を知っている。それを思えば、16歳で領主になるリューシュを助けないはずがない。


「領主でも、学校に通って良いのでしょうか?」

「まだリューシュちゃんには学ばないといけないことがあると思うのです。それに、お姉様も連れ戻すと良いのです」


 望まない結婚をさせられた、魔術の才能がある姉がいるとリューシュは言っていた。愛のない結婚で傷付いた彼女を呼び戻して、ローズとダリアのように二人で領地を治めるのも良いかもしれない。


「お姉様……そうですわ、夫は愛人宅から戻らず、幽閉されているような状態と聞きました」


 領主になって初めての仕事は、姉を離婚させて、屋敷に戻ってきてもらうことだった。

 コウエン領はまだ態勢が整っていないので、王都のコウエン領の別邸に戻ってきてもらうと、姉はリューシュに抱き付いて再会を喜んでいた。


「ライラお姉様ですの」

「ライラです。リューシュと共に、わたくしを助けてくださってありがとうございます」


 微笑むライラの顔は、やつれていたが、リューシュとよく似ていた。

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