15.コウエン領の魔物
夜の方が魔物は活発になる。
学校が休みの週末を利用して、ナホとカナエはリューシュと一緒にコウエン領とセイリュウ領の境界付近まで移転の魔術で飛んでいた。攻撃のカナエと防御のナホで、二人だけで大丈夫だと言ったのだが、リューシュは聞き入れなかった。
「わたくしも、真実を見なければいけません。足手纏いになったら、捨てていって構いませんので」
「捨てるわけないでしょう!」
「誰も危険がないように。そうじゃないと、行く意味ないからね」
力強く告げたカナエとナホに、リューシュは泣きそうな顔で「ありがとうございます」と頭を下げていた。
出かける前に、ラウリとレオには挨拶をしていった。
「何かあれば、必ず呼びます」
「聞き逃さんようにしてる」
「ナホさん、無理をしないでくださいね。リューシュさんも気をつけて」
「何もないのが一番なんだけどね、警戒は怠らないよ」
噂だけでなく、魔物が出ていることは確かなのだ。コウエン領からは「領地の境界で起きていることだから」と討伐隊は出ていないし、セイリュウ領、モウコ領からの調査隊は受け入れてもらえない。
境界とはいえ、コウエン領の中で起きている魔物の発生に、セイリュウ領もモウコ領も、王都ですらも、手を出しかねているのが現状だ。
調査隊を出すとなれば、その護衛のために兵士も連れ出す。それに乗じてコウエン領を攻め入る計画があるのではないかと疑われる危険性を考慮すれば、コウエン領が「今調査しております」と言い続けている状態では、動きようがない。
「この辺は荒野なのですね」
「コウエン領はもともと暑い地域だから、南の方は雨も多いけど、この辺りは雨も少なくて、魔物のせいで荒れ果てているようだね」
「ナホ様、カナエ様、骨が……」
低木が疎らに生えて、草もほとんど生えていないこの場所は、人里から離れているはずだった。乾いた肉のこびり付いた骨は、新しいもののようで、恐れて見られないリューシュをカナエに預けて、ナホがしっかりと観察する。
「骨の大きさからして、ひとのものではないよ。多分、大型の草食動物だけど……」
「こんな場所に、大型の草食動物がいますか?」
草も疎らな荒野には、いても小型の野生の山羊か、蜥蜴やネズミなど、小さな生き物と、それを狩る小型の肉食獣くらいだ。生物学にも詳しいナホが見た限り、それは大型の草食動物の大腿骨だと判断できる。
大型の草食動物である牛は乳を絞るためだけでなく、田畑を耕す労力としても、大事なので、絶対に逃したりしないし、簡単に殺したりもしない。馬に至っては、移動手段としても優秀であるし、田畑を耕すのにも使えるし、高価なので魔物の出るような場所に連れてきたりはしない。
草が豊かならば鹿などの可能性も考えられるが、この荒野に鹿が生息しているとは考えられなかった。
「逃げ出そうとした方が乗っていた馬、という可能性はありませんの?」
「ここ、見て。これは、ひとの手によって、切断されてる」
直視できないリューシュに説明するナホの肩越しに、カナエも乾いた肉がこびり付くその骨をじっくりと見てみた。ナホの言う通り、ひとの手で切断されたようで、骨の断面は平らだった。
「餌付けしてるってことですか?」
「その可能性が大きいね」
「誰が、そんな……」
真っ青になって倒れそうなリューシュは、既に回答を思い付いている様子だった。ぐるるるると低い唸り声を上げて、何かがこちらに近付いてくる気配がする。
そちらを見れば、巨大なバジリスクが数匹の子どもを連れてカナエたちを狙っていた。
「石化されるのです! 目を見てはいけません!」
「リューシュちゃん、離れないで!」
編み上げたナホの防御の魔術が、バジリスクの石化を防ぐが、その間に距離を詰められてしまった。見上げるほどに大きなゴツゴツとした体に、怯えて動けないリューシュを、ナホが背中に庇う。
「大きいのです。これだけ大きければ、当て放題なのです!」
弾けろ、とカナエは幾つもの術式を同時に展開する。幼いときから無意識に、息をするように魔術を暴発させていた。魔術学校で制御方法を習ってから、カナエは同時に幾つもの爆発を起こせるように、術式を複数編むことができるようになっていた。
基本的に、一つの術式に集中しないと的が外れて仲間に当たってしまう危険性を鑑みて、術式は一つずつ編むものと魔術学校では教えられている。
複数の爆発が同時に起きる光景を、リューシュは唖然として見ていた。
「内緒なのです。危ないからしてはいけないと言われてしまうのです」
「カナエちゃんは、次期『魔王』だからね」
「カナエ様、危ない!」
親を攻撃されて、怯んだ大きなバジリスクの代わりに、そこそこの大きさに育った子どものバジリスクが襲ってくる。石化の眼差しも、子どもなので強いものではなかったが、油断していただけに、カナエは避けることが出来なかった。
石化の眼差しで一時的に足が動かなくなったカナエに、親の巨大なバジリスクが体勢を整えて大きな口で噛み付いてくる。
「レオくん! レオくん、助けて、なのです!」
乱喰いの牙がカナエに到達するよりも早く、短剣が閃いて、バジリスクの上顎を貫いた。カナエとバジリスクの間に割って入ったのは、ラウリの飼っている全身鎧を着て、短剣を構えた大根マンドラゴラだった。後ろに従えるマンドラゴラの軍勢に、ナホが歓喜の声を上げた。
「びぎゃー!」
「ぎゃー!」
「みんな、来てくれたの!?」
全身鎧を着た大根マンドラゴラの号令で、テンロウ領の王都の別邸の庭で育てられていたマンドラゴラたちが、一斉に親バジリスクと子バジリスクに飛びかかる。畑一つ分のマンドラゴラは、体こそ小さいが、『死の絶叫』を上げてバジリスクたちを完全に退けつつあった。
「ナホさん、間に合いましたか!」
「ラウリくん、みんな無事だよ」
「リューシュちゃん、カナエちゃん、こっちや!」
レオに手を引かれて、レンが張る結界の中に避難した瞬間、逃げようとするバジリスクの親子を紅蓮の炎が飲み込んだ。生きたまま焼かれるバジリスクたちを、着物姿のサナが、更に火力を強めて止めを刺す。
「うちの可愛い子らに、手ぇ出してくれはったんや。領地やら関係あらしまへんわなぁ」
完全に怒り狂っているサナの様子に、ナホとカナエはアイコンタクトで、即座に移転の魔術を唱えていた。行った先は、モウコ領とコウエン領の境界で、そちらには、コカトリスが雛を抱えて、気性荒くカナエとナホに襲いかかってくる。
「混乱して、お家に帰るはずが、変なところに出てしまったのですー!」
「サナさん、レンさん、たーすーけーてー!」
わざとらしく悲鳴を上げたカナエとナホを、移転の魔術でレオとラウリとリューシュとマンドラゴラごと追いかけてきたレンとサナが、顔を見合わせて頷き合う。子どもたちをレンが結界の魔術で守って、サナが雛と巣ごとコカトリスを焼いてしまった。
「バジリスクにも、コカトリスにも、子どもがいましたわ」
どちらも雌で、子育ての時期は雄を近寄らせないとしても、雄の気配はなかった。
番の雄がどこかにいると示唆するリューシュに、カナエはサナの顔を見た。
「魔物はぜぇんぶ、殺してしまわなあきまへんわなぁ。行くで、カナエちゃん」
「はい、おばさん!」
「そこは、お母ちゃんやないのん?」
「間違えました、領主様」
「他人行儀にならんといてー!?」
サナとカナエ、親子で漫才をしながらも、乗り込んだコウエン領の領主の屋敷。止めようとする警備兵を蹴散らすサナに、リューシュがはっと息を飲んだ。
「地下牢には行くなと……行った使用人が行方不明になったことがあると、お姉様から聞いたことがあります」
「よう覚えてたな。通してもらおうか」
本来ならば罪人を入れるはずの地下牢は、獣でも飼っているかのような生臭い異臭が漂っていた。警備兵も恐れて逃げ出す中で、階段を降りて行くと、最下層に、巨大なバジリスクとコカトリスがそれぞれ捕らえられている檻があった。
「子育て中の雌の方が、気が荒くて、餌を大量に必要とする。ここで育てて、交配させて、放ってたんか。語るに落ちたな」
「セイリュウ領のサナ様……他の領地には干渉せぬのが、国の法ではありませぬか?」
呼び出されて慌ててやってきたコウエン領領主に、カナエはバジリスクの足元を見る。転がっている骨は、人間のものが混じっている気がしてならない。
「ひとを、食わせたのですね! なんてことを……」
「うちの子が、セイリュウ領の境にピクニックに行ったら、こわぁいバジリスクと会ってしもたんやけど……うちの子を危険な目に遭わせたのが、あんさんの育てたバジリスクやったら、うちは親として、あんさんをぶっ飛ばして良いはずやなぁ、なぁ、レンさん?」
「俺も、一発殴らせて」
温厚なレンすら激怒している現実に、コウエン領領主は、腰を抜かしてしまう。檻ごとバジリスクとコカトリスを始末したサナは、カナエを見た。
「怖いかもしれないけど、リューシュちゃん、見てください。あの骨は、帰ってこなかった使用人さんのかもしれません」
「そんなことをする相手を許せるの?」
カナエとナホの問いかけに、リューシュが凛とコウエン領の領主に顔を向けた。
「お父様……いいえ、コウエン領領主、ローズ女王陛下の立ち合いの元に、決闘を申し込みます。わたくしが勝てば、コウエン領領主の座を、いただきます」
宣言したリューシュはもう震えていない。
足元で大量のマンドラゴラたちが、気合の声を上げていた。
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