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14.眠れない夜

 ナホとカナエの部屋はテンロウ領の王都の別邸の中庭に面した場所に、ラウリとレオの部屋は前庭に面した場所にあって、女の子二人、男の子二人ずつで大きな部屋を使っていた。一人で転がり込んできたリューシュは寂しいだろうと、ナホとカナエの部屋にエキストラベッドを入れて、同じ部屋にしている。

 夜中に目が覚めて、リューシュがベッドにいないことに気付いたカナエは、コウエン領から接触があったのかと、リューシュを探しにパジャマのままで廊下に出た。

 古くからテンロウ領は王家と関わりが深く、王都の別邸も綺麗に整えてあったが、歴史を感じる趣があった。薄暗い廊下を歩いて、階段を下りて、リビングに降りていくと、明かりが点いている。

 リビングに佇むリューシュは泣いているようだった。


「これ、ミルクを温めて蜂蜜入れただけやけど、飲んだら落ち着くで」

「ありがとうございます、レオ様」

「ショックやったんやろ」


 マグカップを持って出てきたレオの姿に、カナエはなぜか物陰に隠れてしまった。長身のレオと、凹凸のある大人のような体付きのリューシュは、褐色の肌も相まって、妙にお似合いに見えてしまう。


「ここにいることで、わたくしが皆様に迷惑をかけているのだと思うと、情けなく……」

「リューシュちゃんは被害者やないか」

「魔物の件に関して、知りもしなかった……父の言葉を聞いていれば、気付いてもおかしくなかったはずなのに、見てみないふりをしたのです……」


 ぽたりと黒い瞳から零れた涙が、リューシュの持っているミルクの入ったマグカップの中に落ちる。困り顔のレオは、一生懸命言葉を探しているようだった。


「女のひとを、『子どもを産む道具』って思ってる男は、あかん、ってお父ちゃんが言うてた」

「子どもを産めなければ、貴族社会では離縁されても仕方がないのですわよ?」

「それこそ、『子どもを産む道具』としか考えてない。うちのお母ちゃんは、俺を産むときに、初産で、陣痛が丸一日続いて、死にそうに苦しかったって言うてた」


 ずっとそばについていて、一部始終を見ていた父のレンは、出産後すぐに領主として仕事復帰させようとする周囲を黙らせるために、母のサナを『出産で死にかけた』と嘘を吐いて、一か月きっちりと休ませ、仕事復帰後も時間を短縮して、楽な姿勢で書類を見る程度しかしないように制限した。


「それやのに、お母ちゃんは仕事復帰したら、『女はこれやから』って言うのと同時に『次のお子さんは?』言われたんや」


 第二子のレイナが産まれた後も、「第三子は?」と当然のように聞いてくる周囲に、レンが切れた。


「うちは、カナエちゃんとレオくんとレイナちゃんで、もう三人います! 赤ちゃんは可愛いし、何人でも欲しいけど、サナさんが無理して産むことはない!」


 温厚で温和な父が怒っている姿を見たのは初めてで、幼いレオは泣き出してしまったのだが、それくらいレンはサナを大事にしていた。


「ナホちゃんとこかて、そうやん。男同士で子どもができへんから、結婚したらあかんって散々言われてたけど、『男女でも子どもができない場合は多々ある』『子どもができないという理由だけで結婚を止めることは許されない』ってダリア女王さんが法律を変えた」

「わたくしは、優秀な子を産めと……」

「それは、もっと酷いで。『優秀』やなかったら、産んだ赤さん、否定されてまう」


 話を聞いていて、リューシュは自分が女性としてだけでなく、人間として貶められていたことに気付いたようだった。


「父の視界には、最初から『女』のわたくしは入っていなかったのですわね……」


 次に優秀な魔術師が産まれてくれば、すぐにでもそちらに挿げ替えられる、操り人形のような存在。


「認められようと努力したわたくしが、バカみたいですわ」

「努力は、無駄やないよ」

「でも、父はわたくしを見なかった」

「努力した分だけ、リューシュちゃんは強くなったんやろ? 賢くなったんやろ? 本当は、お父ちゃんのところから逃げ出す機会を伺ってたんちゃうん?」


 怖かったと泣いたリューシュは、父のコウエン領領主が正しい行いをしていないことに気付いていた。自分が領主になって、領地を建て直そうと考えていた。そのために、必死に勉強して、領主になれるよう、父に認められようとした。


「父を、断罪……できる勇気がありませんの」


 立ち上がったリューシュが、身長相応に分厚いレオの胸に抱き付いているのを見てしまって、カナエは心臓を掴まれたような気分になった。カナエの前では年下で可愛いレオが、急に大人びた青年のように見えてしまう。


「大丈夫や、リューシュちゃんにはカナエちゃんもナホちゃんもおる。お父ちゃんもお母ちゃんも、ローズ女王さんも、味方や。大丈夫、大丈夫」


 泣いているときに、カナエが抱き締めてレオの背中を軽く叩いたのと同じ動作で、レオがぽんぽんとリューシュの背中を叩く。それからぎこちなく離れて、レオはマグカップを片付けに厨房に戻って行った。

 泣き顔のリューシュは涙を拭いて、カナエがドアの陰にいることに気付かずに通り過ぎて部屋に戻ってしまう。


「レオ、くん……」

「カナエちゃん!?」


 厨房に顔を出したカナエに、レオは飛び上がるほど驚いていた。洗ったマグカップを拭いて、温めたミルクに蜂蜜を落として渡してくれる。厨房には毎日出入りしているので、どこに何があるか把握しているようだった。


「盗み聞きしてしまったのです。レオくん、リューシュちゃんと抱き合っていたのです」

「カナエちゃん、妬いてくれたんか?」

「なんで、ちょっと嬉しそうなんですか?」


 ほっぺたを膨らませてむくれるカナエに、レオが両腕を広げる。マグカップを調理台に置いて、その腕に飛び込むと、ぎゅっと抱き締められて、栗色の髪に頬ずりされた。


「あぁ、カナエちゃんや。ええ匂いしはる。硬さも大きさもちょうどいいし」

「硬いは、余計なのです!」

「俺が泣いてたら、カナエちゃんは『大丈夫ですよ』てしてくれるやん。あれと変わりないつもりやったんや。カナエちゃんが妬いてくれるとは、思わへんかった」

「嬉しいのですか? カナエは嫉妬深い、嫌な女なのですよ?」


 慰めているだけ、レオはまだ12歳で下心などないと分かっていても、カナエは自分の大事なレオに手を出されたようで面白くない。一人コウエン領から棄てられたリューシュが心細いのは分かるし、嫉妬している場合でもないとも分かっているのだが、理性と感情は別物だった。


「弟みたいなもんやと思われてるんやって……俺がカナエちゃんを好きで好きでたまらへんから、カナエちゃんは突き放せんで、婚約してくれてるんやって、そんな風に言うやつもおるんや」

「リアムですか!?」

「……ラウリくんが席を外してるときに、リューシュちゃんの取り巻き通じて、呼び出された。『弟と婚約するなんておかしい』『自分の方が相応しい』て」


 リューシュを牽制しに来るだけでなく、リアムはレオにも接触していた。ぎりぎりと奥歯を噛んでいると、ぎゅーっと力を込めて抱き締められる。


「妬くってことは、俺が好きってことやろ?」

「大好きですよ? ずっとずっと言ってます」

「俺も、大好きや!」


 改めて告白してから、レオは真面目な顔でカナエを放して、小さな白いカナエの手を握った。褐色の肌の中、一際黒い目が、カナエを真っすぐに見つめる。


「リューシュちゃんを助けに行ったときみたいに、ナホちゃんと二人きりで行かんで欲しいんや」

「レオくんもラウリくんも、移転の魔術を許可されていませんよ?」

「あの日、夜中にカナエちゃんとナホちゃんがおらんて気付いて、カナエちゃんとナホちゃんが帰って来るまで、俺がどれだけ心配したか分かるか? 特に今回は魔物が相手やろ? お母ちゃんとお父ちゃんとローズ女王さんに助けを求めよ?」

「それでは、遅いのです」


 この瞬間にも、領地の境界を超えようとして、魔物に喰われているひとがいるかもしれない。腹を減らした魔物が、人里に降りてきているかもしれない。

 ことが一刻を争うが、領主や女王の立場がある限り、サナもレンもローズも、すぐには動き出せない。


「せやったら、俺も行く! 俺かて、ちょっとは役に立つ」

「レオくんは実践向きではないのですよ?」

「好きなひとが危ない目に遭うかもしれへんのに、俺はのうのうと平和な場所におられへん!」


 好きなひと。

 抱き合う二人を見て痛んだ心臓が、急にどくどくと早く鳴りだす。赤くなる頬を押さえて、カナエはレオを見上げた。


「本当に、レオくんはお父さんにそっくりなのです」


 お咎めを受けることも、自分の命すらも懸けても構わないと、レンは仕えていたダリア女王が醜いドラゴンに帰られたときに、サナに保護されていたが、必死に王都に戻ろうとした逸話は、子どもたちもよく知っている。


「助けてって、叫びます。そしたら、おばさんとお父さんを連れて、カナエを助けに来てください」


 魔術具を通じて、レオに助けを求める。

 親としてならば、カナエに何かあれば、サナもレンも動かずにはいられない。


「俺を呼んで」

「必ず」


 手を取り合って、夜の厨房で二人で約束をした。

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