13.魔物の噂
コウエン領領主が権利と義務を放棄したので、リューシュの身柄を引き受けたのは、レオの母でセイリュウ領領主のサナと夫のレンだった。
王都に来て二人はソファで恐縮するリューシュの手を握った。
「うちが後見人やさかい、なんも心配することはあらしまへん。王都の魔術学校に復帰しても構わへんし、気まずいんやったらセイリュウ領に来てもええんよ?」
「わたくし、サナ様とレン様とレオ様とカナエ様に、失礼なことを致しましたのに」
「自分の意思やなかったっちゃろ。子どもはそういうことを気にせんで、伸び伸び育つのが、俺の理想やけんね」
忙しい仕事の合間を縫って挨拶に来てくれた二人に、リューシュも少しは安心したようだった。サナとレンが帰ってから、ナホとカナエに相談したのは、学校に行きたいということだった。
「魔術学校に戻りたいんですの。取り巻きの子たちも、兄も、敵になってしまいますが、わたくし、やっぱり、まだ学びたいことがありますの」
「私たちは女同士だし、お手洗いも一緒に行っておかしくないよね。離れないようにしよう」
「大丈夫なのですよ、あの男や手先が来たら、カナエがぶっ飛ばしてあげるのです!」
魔術はリューシュも強い方だが、兄や父の関係者に躊躇いなく攻撃を仕掛けられるほど、図太くはない。親子のしがらみというのは、切っても切れないもののようで、幼年期に実の両親を両親と思わないままで、サナとレンに引き取られたカナエにはその辺は理解し難かった。王都から逃げ出す途中で魔物に襲われて、両親を失い、窃盗団に拾われて、結果的にテンロウ領の長男夫婦の元に引き取られたナホも、リューシュの気持ちが本当に分かるかといえば、実の両親をほとんど覚えていないので、何も言えなくなってしまう。
周囲が切り捨ててしまえと言うのは簡単だが、そうはいかないようだ。
授業中は5年生だけなので問題なく過ごせて、落第しながらもコウエン領の領主の息子というだけで研究過程になんとか残っている兄のリアムは、兄弟の中では末の方で、リューシュと一番年が近く、魔術の才能も元々低いコウエン領ではそこそこの位置にいる。
「本当はお姉様の方が、魔術の才能があったのです……ですが、結婚させられてしまいましたの」
愛人含め他にも母親の違う兄姉はいるのだが、才能のある姉は取り巻きの貴族と結婚させて、リアムを一番に可愛がって跡を継がせるか、リューシュに夫をもらって領主にしてリアムを宰相の地位に置いて操り人形にするかと考えているコウエン領領主。
「子どもを性別で差別したり、一人だけ可愛がって他を蔑ろにするなんて、許されないのです」
「それが、普通だとわたくしは思っていたのです。カナエ様も、ナホ様も、おかしいのだと……おかしかったのは、うちなのですね」
着飾って、男に媚を売って、優秀な子どもを産むのが女の役目。そう言い聞かされて、魔術の才能があったのに魔術学校にも行かせてもらえずに結婚させられた姉は、どれほど悔しかっただろう。
「わたくしは、良家の男性を誘惑するためにと王都の魔術学校に入れてもらったのですわ」
魔術学校で良い成績を取って目立っていれば、コウエン領領主のプライドが保たれるので、簡単に辞めさせることはできない。特に、兄のリアムが劣等生なのもあって、コウエン領にも成績のいい子どもがいることを示せるのは、領主にとって利益だっただけで、リューシュの望みを叶えるためでも、将来のためでもなかったが、魔術学校に行っている間はコウエン領とも距離をおけるとして、リューシュは必死に勉強した。
「レオくんのことは……」
「わたくしに優しくしてくださるし、あのお姿ですもの……カナエ様には申し訳ないですが、好ましく思っておりますの」
「やっぱり、恋のライバルだったのです! そういうことを言っている場合ではないと、分かっているのですが、ぐぬぬ!」
「カナエちゃん、落ち着いて」
授業が終わって、レオとラウリと待ち合わせしているテラスまで移動しながら、女3人で姦しく話していると、道を塞がれる。立ち塞がったのは、リューシュの取り巻きだった生徒と、リアムだった。
「よくその顔を出せたもんやね。恥ずかしくないとね?」
「は、恥ずかしいのは、お兄様とお父様ではありませんか?」
「誰の教育でそんな口、聞くようになったと? 友達は選ばないかんね」
振り上げたリアムの手に、びくりと震えてリューシュが固まってしまう。素早くその手をナホが掴んで止めた。取り巻きがぐるりとリューシュを囲んでしまう。
「そんな奴らと一緒にいては価値が下がります」
「せっかく良い方と結婚できるはずだったのに」
「そいつらが全部ぶち壊したのでしょう?」
自分でリューシュを放棄するとコウエン領領主は宣言しておきながら、取り巻きを使って揺さぶりをかけてくる。
「今なら、謝れば戻ってこれるっちゃない?」
「あなた、頭が残念なひとですね」
「は?」
「成績が悪いのも分かります。性格も捻じ曲がってますし。このままでは、コウエン領の未来がないのが分からないのですか? これ以上横暴を働けば、ローズ女王陛下は、コウエン領を正しに軍を動かし兼ねませんよ?」
「まさか。領地は領主が治めるものだ」
「わーこのひと本当に現状が分かってない。私、こんな低能な次期領主、見たことないよ」
カナエとナホに寄ってたかって「頭が悪い」「低能」扱いされたリアムが、激昂して叫ぶ。
「お前らも、魔物に喰われたいんか!」
口に出してから、まずいことを言ったと気付いたのだろう、リアムは取り巻きを連れて足早に去っていった。
「魔物」という単語に、反応したのはナホだった。待ち合わせ場所に行くと、ラウリの隣りに座った。
「コウエン領は、魔物を使っているって噂、本当だったの?」
突然の問いかけに、ラウリは深刻な表情になる。
「実際に使っているかどうか、調査ができていないのですが、モウコ領とセイリュウ領との境界線付近で、魔物が目撃されているのは確かです」
「そんな……嘘だと思っておりましたわ……領地から逃げるものは、魔物に喰われれば良いなんて……」
「それ、リューシュちゃんのお父ちゃんが言わはったんか?」
口の悪い父の軽口だとリューシュは考えていたが、実際にコウエン領領主が魔物を操らせている、もしくは、魔物の発生を放置していて、セイリュウ領やモウコ領に領民が逃げるのを防いでいるとすれば、コウエン領は想像よりも酷い状態といえる。
逃げ出せないように魔物で退路を絶って、領民を逃さずに、重税を課しているなど、領主のやることではない。
「調査が間に合ってないのも、領主が協力的ではないのではないですか?」
「カナエ様の言う通りです。魔物がどんな種類か、何匹いるかも、分かっていないし、軍を出すに至れないのです」
鎮痛な面持ちのラウリは、それが噂であって欲しいと願っていたのかもしれない。
真っ青になって倒れそうなリューシュを、ナホが背中を撫でて宥める。
「ぶっ飛ばしましょう」
「カナエ様!?」
「魔物退治に行くのは、何もおかしくないですよね? むしろ、感謝されることですよね」
据わった目で宣言するカナエにリューシュが驚きの悲鳴を上げ、レオがおろおろとラウリに助けを求めた。
「カナエちゃんが怪我したらあかんし、お母ちゃんに任せへん?」
「難しいでしょうね……領主は自分の領地以外に干渉しない、相手の領主から要請された場合は例外とする、と国の法律にありますが、コウエン領が助けを要請するとは思えません」
「お母ちゃんやったら、すぐになんとかできるのに……」
セイリュウ領領主のサナは魔物程度ならば、簡単に倒せる魔術力を持っている。女王ローズは剣技で魔物を倒すことができる。それでも、調査が終わらない限りは、出陣を許されない。
時間が経てば経つほど、事態は悪化していくし、コウエン領にはもうリューシュという歯止めもなくなっていた。
「コウエン領は、王都から離れて独立でもするつもりなんやろか」
「かつて、イレーヌ王国が死なぬ女王を冠していた時期に、イレーヌ王国と手を組んで独立を図っていたという噂はあります」
それもイレーヌ王国の死なぬ女王を、アイゼン王国の女王ローズが引き摺り下ろしてしまったので立ち消えになったが、リアムを次期領主として認められなければ、コウエン領は本格的にアイゼン王国から独立を考えるかもしれない。
軍備でも、豊かさでも、他の領地、王都に敵うわけがないから、戦争になれば、コウエン領の負けは火を見るよりも明らかだった。それで、領主一家とその取り巻きの貴族だけが被害を受けるのならばそれはそれで構わないとカナエは思う。しかし、そうではなく、巻き込まれる兵士も領民であるし、兵士ですらない領民まで被害が出るかもしれないのだ。
「魔物は、早急に対処しないとまずいよね」
どうすれば、コウエン領の領民の被害を最小にして、最速で、コウエン領領主を引き摺り下ろせるか。
それがナホですら即答できない、一番の問題だった。
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