29.認められた研究
ジャケットの縫製とカナエが戦っている間に、季節は冬になっていた。冬休みに入る前に、カナエとナホは担当教授に呼ばれて、研究過程の校舎に訪れていた。
話があるということで、ゼミ室に入ると、数人の男性と話していた教授は、二人に向き直って語ってくれた。
「カナエさんとナホさんの論文が、製本されて出版されることになりました」
「カナエとナホちゃんの研究が、ですか!?」
「ドラゴンとの関わりの指針として、テンロウ領、コウエン領、モウコ領から申し出があって、ローズ女王陛下とダリア女王陛下が、正式に国の図書として出版することを決定しました」
セイリュウ領にシロが降り立って一年以上。その記録と、他のドラゴンの記録、大陸での間違った飼育方法、正しいドラゴンの生態、それらが現在のアイゼン王国には必要な情報だと判断されて、女王陛下の命で出版されることが決まった。
「一部を簡略化して魔術学校の教科書にも使われることが決まっていますよ」
「私たちの研究を魔術学校で学ぶなんて」
あまりに光栄な申し出に教授の言葉が信じられないでいるナホに、教授が話していた男性たちが幾つかの書類を差し出した。そこには、ナホとカナエに支払われる報酬が書いてある。
「国で刷られた分と、教科書にされる分は違う計算なのですね」
「どうしよう、カナエちゃん。半分ずつにしても、これ、かなりあるよ」
国家が後ろ盾になる出版で、教科書にも使われるのだから、その報酬は学生の二人にとってはかなりの金額だった。欲しいものがあれば両親に言えばお金がもらえる程度には裕福な家庭のナホも、自分で自由に使えるお金をある程度貰っているカナエも、教授のひと月の給料くらいはありそうなその金額を一度に受け取るのは初めてだった。
「重版がかかりますと、また、増えますので。その点も書いてあります」
印刷技術、製本技術がそれなりに高いアイゼン王国でも、本は決して安価ではない。作る手間もかかるし、識字率が非常に高いともいえないので、売れるかどうかは分からない。
ただ、女王陛下の後ろ盾のもと、各領地でドラゴンと関わるための資料として役人たちが読み、魔術学校の教科書にも載るとなれば、売り上げは保証されたようなものだった。
「ナホちゃん、これ、何に使えばいいのでしょう?」
「私は、使いたいことがあるんだ」
金額は非常に多いわけではないが、ナホはタケの両親と姉と祖母が罹って亡くなった病気の予防接種を広めるためにそのお金を使うつもりだと言った。
「私は領主様のお屋敷で働くのが決まってて、これからもお金は稼げるから、これはドラゴンのお世話を頑張ってくれたタケちゃんのために使いたいんだ」
言われて、カナエはようやく気付く。
この論文は、カナエとナホだけで作り上げたものではなかった。タケやレオやミノリがシロの世話を手伝い、ドラゴンの谷に産卵の手伝いに行き、大陸の祖父が資料を集めてくれて、何より、サナやレンがカナエの言うことを信じてくれてセイリュウ領にシロを受け入れてくれたから、研究が始まった。
自分一人の功績ではないと、ナホの決断は早かった。
「カナエの分は、これを大陸の言語に訳して、大陸に少しでも製本した物を届けるのに、使いたいのです」
大陸ではドラゴンの飼育方法が間違って伝わっており、関わり方も卵を盗んだり、幼体を奪ったり、酷いものだった。それが少しでも改善されるように、大陸の言語に訳した論文を、各国の王に一冊ずつでも届けたい。特にイレーヌ王国の西の小国の王と王女にも渡したかった。
なにより、資料を集めてくれた祖父に読んで欲しい。
お金の使い道が決まったところで、カナエとナホは契約書にサインをして、セイリュウ領に戻った。
領主のお屋敷で待っていたサナとレンは、カナエの研究が出版されて、魔術学校の教科書にも載ることをお祝いしてくれたが、出版の報酬をカナエがその本を大陸の言語に訳して、各国に渡すために使うと決めたことを話すと、苦笑していた。
「そういうのは、国のお金でやらせてええと思うんやけどな」
「カナエが、自分でしたかったのです……きっと、足りないから、女王陛下の手を借りることになると思いますが」
「立派やけど、カナエちゃんの功績として手元に残しても良かったんやで?」
「ナホちゃんは、タケちゃんのために使うと言っていたのです。カナエも、誰かのために……お祖父ちゃんのために、使いたかったのです」
アイゼン王国がドラゴンを兵器にするかを警戒していた祖父を安心させたい。今後大陸でドラゴンが兵器として使われず、祖父の砂漠の部族が平和に暮らせるようにしたい。
「お祖父ちゃんは、カナエとレオくんのために、珍しい紫色のサファイアをくれたのです。カナエは、血の繋がりもないのに、大事に愛されていて嬉しいのです」
レイシーのことを祖母ができて嬉しいと語りかけたとき、レイシーは祖父もできるかもしれないと言っていた。言われた通りに、レイシーの夫は自分を祖父だと思って欲しいと言ってくれたし、大陸との交流は手紙と移転の魔術でときどきの訪問で続いている。
大事な祖父母一家が大陸で平和に暮らせること。それはカナエの願いでもあった。
「カナエちゃん、本が出版されるんやて? おめでとう!」
工房に顔を出すと、レオが結婚式の衣装作りに励んでいた。カナエの姿が見えても、レオはすぐには手を止めない。ひと段落するまで作業を終えてから、カナエをぎゅっと抱き締めた。
暖かな胸に抱き寄せられて、カナエはほっとする。
「カナエの研究が認められたのは、ナホちゃんやレオくん、タケちゃんやミノリちゃん、お祖父ちゃんに、お父さんにお母さんに……たくさんのひとのおかげなのです」
「ひとだけやなくて、マンドラゴラもな」
「そうでした!」
びぎゃっ! とマンドラゴラの声が聞こえた気がして、カナエは笑ってしまった。抱き締められたままで笑っていると、そっとレオの手がカナエの頬に添えられる。
口付けられると目を閉じると、唇に暖かなレオの唇が触れた。
リップ音をさせて、軽く頬を啄まれて、カナエは真っ赤になりながらも、口元が緩んでしまう。
「レオくん、くすぐったいのです」
「あんな、カナエちゃん、俺は男なんやで?」
「はい?」
唐突に話し出したレオに、カナエは笑うのを止めて、自分より高い位置にあるレオの顔を見上げた。顔を離したレオは、赤くなって、ちょっと唇を尖らせて、拗ねたような顔をしている。
キスをして甘い雰囲気だったのに、何がレオの機嫌を損ねたか分からず、カナエは首を傾げた。
「一緒に寝てたら、俺はドキドキして中々寝付けへんのに、カナエちゃんはぐーぐー寝てまうし、もうちょっと危機感持ってな?」
「ふぇ!? か、カナエと寝ていたら、ドキドキして寝付けないのですか!?」
小さい頃から一緒に寝ていたし、レオがカナエに同意なく何かするとは全く思っていない。怖い夢を見たときも、ドラゴンの谷で産卵に立ち会ったときも、カナエはレオに抱き締められて安心して寝てしまった。
「レオくんがぎゅってすると、カナエもドキドキするのですよ? でも、同じくらい、安心するのです」
それだけレオが自分を愛して大事にしてくれていることが分かっているから、カナエはレオに対して危機感など持っていなかった。逆に、自分の方がレオと寝ていたら、変な顔を見せていないか、涎を垂らしていないか、レオの嫌がるところに触っていないか、自信が持てないくらいだった。
「男は狼なんや!」
「狼は情が厚くて、一生に一匹の番しか持たない、優しい生き物だと、テンロウ領のナホちゃんの叔父さんが言っていたのです」
「……まぁ、俺も間違ってないな」
認めてしまったレオに、カナエは熱い頬を押さえる。
確実にレオは大人になっている。
その熱量で求められる日を、カナエは密やかに楽しみにもしていた。
「結婚するのです。その日には、レオくん、狼になっていいのですよ」
食べられても構わない。
レオならば怖くはない。
正直な気持ちを告げると、カナエの手を取られて、レオが左手の薬指に指輪をはめた。
日常的に使えるように、でっぱりのないよう紫のサファイアが埋め込まれた、プラチナの指輪。
「やっと出来上がったんや。サイズ、ぴったりやな?」
「結婚指輪! 素敵なのです!」
婚約指輪と並べて付けても平気な華奢なデザインで、ほっそりとしたカナエの指を綺麗に見せる指輪にカナエは見惚れていた。
結婚式が、現実味を帯びてきた。
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