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27.暫定、『アオ』さん

 シロたち一家がコウエン領に飛び立ってから、ドラゴンの谷から卵詰まりで苦しんでいた青く透ける鱗のドラゴンがセイリュウ領に引っ越してきた。まだ大陸の産卵地は落ち着いていないし、子どものドラゴンを育てるために必要な薬草が、アイゼン王国の方が潤沢にあるのが分かったのか、ドラゴンの谷にはもう二匹ドラゴンが産卵のために降り立っていた。


「足りないものがあったらなんでも言ってね」

「よろくし!」

「タケちゃん、よろしく、ね」

「よろしく!」


 マンドラゴラを通して、ナホとタケが挨拶をする間も、カナエの胸にはシロのことばかり過っていた。

 5歳になったタケは喋りは幼く、体付きもほっそりとしている。栄養が足りていないわけではないが、イサギとエドヴァルドに引き取られるまでの2歳までの期間で遅れていた発達を、ようやく取り戻しているようだった。

 新しいドラゴンの一家を見に来たユナとリンは、お目目を丸くして、小さな手の平を広げてその大きさに驚いている。


「おっちー!」

「あかたん! あかたん!」


 ハクとギンには遠慮なく近付いていたから、赤ん坊のドラゴンのところに走って行こうとするユナを、タケが止めた。


「まだ、なれてへんから、ゆっくりな」

「あい!」

「だいこたんが、おはなししてくれはるからな」

「だーこたん! おねちまつ」

「びぎゃ!」


 いきなり近寄らずに、大根マンドラゴラを通して、母ドラゴンと赤ん坊のドラゴンに許可を取って近寄ることを、しっかりとタケはユナとリンに教えている。大根マンドラゴラが「びぎゃびぎゃ」と説明をして、タケとユナとリンで手を繋いで、よちよち近付いていくと、赤ん坊のドラゴンもよたよたと母親の羽の下から出て来た。

 大根マンドラゴラの言葉が分かっているのかいないのか、赤ん坊のドラゴンは鼻先ですり寄って、その勢いでころりんとタケが転げてしまった。


「たけた! らいじょぶ?」

「くしゅぐったい」


 心配するユナに、すり寄られてきゃっきゃと笑うタケ。今度のドラゴンの親子も、ナホやタケと仲良くやって行けそうだった。

 もう使うことのなくなったサークレットは研究用に外して卒業論文と纏めてある。


「寂しいのは、カナエだけなのでしょうか?」


 卒業論文はほとんど出来上がっていたので、工房で結婚式の衣装作りをしながらレオに問いかけると、レオの眉がへにょりと下がる。


「シロさんは、俺とカナエちゃんにとっては、特別なドラゴンやったからな。俺も寂しい」

「リューシュちゃんのところで元気にやっていると良いのですが」

「これ終わったら会いに行くか?」

「いいえ、カナエも前に進まないといけないのです」


 寂しさはあるが、新しいドラゴンの家族をセイリュウ領はもう受け入れている。マンドラゴラと話ができないカナエはそのドラゴンとは話はできないが、ナホを通じて意思疎通ができないわけでもない。

 一匹のドラゴンの生態だけが全てのドラゴンに当てはまるわけではない。翼が被膜のようなドラゴンも、羽の生えたふさふさのドラゴンも、鬣が長いドラゴンも、鬣の短いドラゴンも、様々にいる。角の数も生える場所も全然違う。

 あまりに形が違うと、交配のときに子どもができにくい場合もあるのだとシロから聞いていたが、今度来た透ける青い鱗のドラゴンの番はどんな雄だったのだろう。

 残念ながらセイリュウ領で最期を迎えたシロの番の雄は灰色にくすんで、目も濁っていたが、元は純白で澄んだ青い目だった。


「そんなら、やることは一つや!」


 工房で仕事をひと段落させると、レオが手を引いて、ドラゴンのところに連れて来てくれる。裏庭がすっかり気に入ったのか、ナホとミノリが交代で、着たばかりのドラゴンが困ったことがないように見守っているそばで、ユナとリンとタケが駆け回って遊んでいた。

 タケを捕まえて、レオが抱き上げる。


「レオたんのおむね、えどおとたんのとにてはる」

「ぎゃー!? ユナくんに手を出すだけでなく、レオくんのお胸までー!?」

「ドラゴンたんが、たがもつまってたいへんやったとき、タケたん、レオたんのおむねで、ねんこしたんや」

「そのときにー!? カナエが眠って油断している隙にー!?」


 5歳になったばかりのタケに大人げないとは分かっているが、なぜかユナをタケが攫って行きそうな気がして、カナエは警戒してしまう。叫んでいると、怖かったのか、タケが涙目になってぷるぷると震える。


「カナエちゃん、タケちゃんをいじめないでくれる?」

「タケちゃんが、カナエのレオくんに手を出したのです!」

「タケちゃん、一人で寝られないから、ときどきエドお父さんと寝てるだけだよ。そのときの癖でレオくんの胸に触っちゃっただけでしょう? 5歳児に、なに大人げないことを言っているのかなぁ?」

「カナたん、こあいの」


 抱っこしているレオは苦笑しているし、ナホは目が笑っていない。咳払いをして、カナエは全てをなかったことにすることにした。


「それで、レオくん、何をするんですか?」

「命名式や。タケちゃん、あのドラゴンさんをなんて呼んだらええと思う?」

「ドラゴンたん……アオたん!」

「アオさんでええか?」

「びょえ?」


 マンドラゴラに通訳してもらうと、人間の喉ではドラゴンの名前は発音できないので、暫定的に青く透ける鱗のドラゴンは自分をアオと呼ぶことを許した。


「赤さんはソウちゃんかな」

「ソウたん!」

「そーた! いこいこ!」


 子牛くらいある身体なので、ユナとリンとタケと遊ぶには大きすぎるが、月齢的に遊ぶ内容は近いようで、裏庭を駆けまわったり、ごろごろと転がったり、ソウは楽しそうにしている。ハクとギンは双子で二匹いたし、成長が早かったので、裏庭はすぐに狭くなってしまったが、アオとソウ親子にはしばらくは足りそうだ。

 運動が必要な時期になれば、月帰石の魔術具を使って移動させる手順も、もうレオとカナエとナホには分かっている。ハクとギンとシロを受け入れるつもりだった周辺住民も、新しいドラゴンが来てくれることに期待を持っているという。

 夏休みが終わって、カナエとナホは担当の教授に卒業論文を見てもらいに行った。ドラゴンの間違った育成方法を正すところから、正しい生態、亡くなったときの儀式、ドラゴンを大陸に救いに行ったこと、サークレットでの交流など、体験したことと文献を合わせて纏めた論文を、長時間かけて教授は隅から隅まで読んでくれた。


「ドラゴンと過ごし、ドラゴンを間近に見ていないと書けない論文ですね。これがアイゼン王国のドラゴンとひととの関わりの手本になるといいのですが。大陸のイレーヌ王国を中心に、近隣諸国にも知れ渡らせたい内容です」


 大陸に祖父を持ち、シロとサークレットで話せるカナエと、マンドラゴラを通してドラゴンと話ができるナホでしか書けなかった論文だと言われて、カナエもナホも誇らしい気持ちで胸がいっぱいだった。

 論文が学会を通れば、製本されて王宮の図書館にも寄贈される。


「初めは、シロさんのため、セイリュウ領のためだったのが、ドラゴン全体のためになってしまったのです」

「こんなテーマを扱えるなんて、もうないかもしれないよね。カナエちゃんと共同研究ができて良かった」

「ナホちゃんにはカナエの足りないところをたくさん補ってもらったのです。これからもよろしくお願いします」


 後は細かい手直しだけになった卒業論文に、カナエとナホは互いを讃え合った。

 卒業論文が出来上がってしまうと、カナエの研究過程での勉強はほぼ終わりになる。空いた時間を使って、手直しはしていたが、カナエにはやらなければいけないことがあった。

 研究過程の授業にレオが出ている間に、こっそりと工房に入って、レンの元を訪ねる。裏口からレンが入れてくれて、ひとの寄り付かないように手配してくれた作業場まで連れて行ってくれた。

 そこには、縫製を生業とする工房の魔術師が、カナエに手ほどきをするために待っていてくれる。


「まずは、違う布で練習からしていきましょうね」

「はい! よろしくお願いします」


 レオのシュシュを作ったときに、なんとか針に糸を通すまではできるようになった。玉結びは鳥の巣になってしまうが、それもやり直して、見えないように布の間に隠す技術まで身に付けなければいけない。


「レオくんの結婚式のジャケット……本当にできるのでしょうか」


 季節は秋。

 来年の5月まで、時間はまだたっぷりあった。

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