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26.旅立ち

 体の大きくなったハクとギンが入るには狭すぎたために厩は解体されたが、新しく来た弱った灰色のドラゴンのために、屋根だけの天幕が張られた。最初は恐々近付いていたハクとギンだったが、しばらくすると灰色のドラゴンに懐いて、鬣を食んだり、頬を摺り寄せたりしている。

 魔術の篭ったものを口にしても、もうほとんど命は残っていないのは分かっていたが、それが一日でも伸びるように、毎日カナエとレオは灰色のドラゴンに魔術の篭ったガラス玉を飲ませていた。


「もうハクちゃんもギンちゃんも飛べるようになったのですよ」

「お父ちゃんのことが好きみたいやなぁ。ほら、鬣引っ張ったらあかんで?」


 遊んでくれるのかと鬣を引っ張るハクだが、灰色のドラゴンは僅かに頭を持ち上げただけで、ほとんど動くことができない。運動にシロがハクとギンを連れて飛んで行っている間は、灰色のドラゴンの様子が急変しないように、ナホとカナエがついていた。

 魔術具をガラス玉に詰める練習にもなるということで、レオは灰色のドラゴンが食べるガラス玉作りをしている。

 夏の盛り、蝉時雨の中で、灰色のドラゴンはハクとギンとシロに見守られて、息を引き取った。


『鱗を多少と、爪と鬣、それらは世話をしてもらった礼に差し上げるが、亡骸は跡形もなく焼き尽くして欲しいとの願いだ』


 シロに言われても、レオは亡くなった灰色のドラゴンから鱗と爪と鬣を採取するのに、躊躇いがあった。長い期間ではなかったが、このドラゴンも確かにセイリュウ領と関わりがあった。


「貰った鱗と爪と鬣で、ハクちゃんとギンちゃんに、新しい足輪を作ってやろうな」


 涙を堪えて、遺体から鱗と爪と鬣を採取するレオの姿に、カナエも胸が詰まって目頭が熱くなった。大陸の人々に、ドラゴンに対する知識があれば、このドラゴンも死ななくて済んだかもしれない。

 ブレスで骨まで焼き尽くすのは、それまで生気をもらっていた周囲の植物に、ドラゴンの生気を全て返すための儀式なのだと分かっていても、何も残らないというのは、寂しすぎて、カナエはレオと手を繋いで涙を堪えていた。隣りでは、タケがナホに抱っこされて、「ドラゴンたん、しんじゃった……」とわぁわぁ泣くのを宥めている。

 ひと吹きで灰も残さず燃え尽きたドラゴンの亡骸は、大気中に漂う生気となって、植物に還元されたのだとシロは教えてくれた。

 ドラゴンの最期すら、シロはこうして見せてくれる。

 何一つ書き漏らしてはならないと、儀式の後はカナエとナホは卒業論文の仕上げに取り掛かった。夏休みが終われば、第一稿を教授に提出する決まりになっている。

 灰色のドラゴンの鬣を編んで紐を作り、それに鱗や爪を編み込んで、赤い石を付けた方がギン、青い石を付けた方がハクの脚に付けられた。二匹は母親そっくりに育っているが、ギンの方が右目が赤く、ハクの方が左目が赤く、逆側は青い目なので、よく見れば分かる。あの灰色のドラゴンが青い目だったので、赤い目のシロとの間の子どもには、片目に青い色が遺伝されたのだろう。

 灰色のドラゴンの死を看取ってから、本格的にシロはハクとギンを連れてセイリュウ領の領地の端に移るつもりだった。周辺住民も歓迎していて、受け入れ準備万端だったが、話が変わったのはサナからの知らせだった。


「もうシロはんところのハクちゃんとギンちゃんは薬草がいらへんやろ? コウエン領の外れに魔物の被害が酷い場所があるんやて。来てくれへんか相談されとる」

「シロさんとハクちゃんとギンちゃんは、カナエたちが一生懸命お世話をして、運動のための場所でも受け入れ準備をして待っているのですよ」

「それは分かってるけど、魔物の被害の多い場所におってくれた方が、国としては利益になるってことや」


 シロとハクとギンがセイリュウ領から旅立ってしまう。ずっとセイリュウ領にいてくれると考えていただけに、カナエは立ち尽くしてしまった。

 理性的に考えれば、シロのおかげでセイリュウ領の魔物被害はほとんどなくなったので、今、魔物の恐怖に晒されている地域に行ってもらった方がいいことは分かる。他のドラゴンの家族を受け入れるには、コウエン領はまだ薬草の準備ができていないのだから、薬草がいらないくらい育ったハクとギンを連れたシロ親子ならば問題がないことも分かる。


「コウエン領はリューシュちゃんの領地だもの。会おうと思えばいつでも会えるし、リューシュちゃんが困っているなら、私は助けてあげたい」

「でも……」

「セイリュウ領の裏庭には、新しいドラゴンの親子に来てもらおう?」

「ナホちゃん……」


 主治医としてハクとギンが卵に入っている頃から診ていて、成長の記録を付け続けたナホが、シロ一家の旅立ちが寂しくないわけがない。それでも、ナホはどこまでも理性的に考えてくれる。


「カナエは、情に流されやすくて、感情的で、知識が足りなくて、ナホちゃんがいないとだめなのです。カナエが領主になったら、ナホちゃんは補佐になってくれますか?」


 シロとハクとギンとの別れも、ナホに言われれば、移転の魔術ですぐに飛べる距離だし、それほど深刻な話ではないと思える。こんな風に冷静にカナエを制してくれるナホは、カナエにとっては得難い親友であり、次期領主としては手放してはいけない人材だった。


「研究過程を出たら、就職先を探してたんだ。サナさん、ここで働かせてもらっていい?」

「大歓迎やで」


 マンドラゴラ畑で研究をしながらも、次期領主の仕事を手伝い、ドラゴンの世話もする。忙しいがナホがやりたいこと全てができる環境がここにはあった。


「私は欲張りなんだ。興味のあることは全部したい。ね、サナさん、カナエちゃん、セイリュウ領に新しいドラゴンの家族を迎えよう?」


 シロたち一家が旅立った後には、それまでのノウハウを活かして、卵が孵ったばかりの青く透ける鱗のドラゴンをセイリュウ領に迎える。そうして、その親子が薬草がなくても暮らせるくらいに安定して育てば、モウコ領に行ってもらって、また新しいドラゴンの家族を迎える。


「セイリュウ領は通過点みたいになってしまうかもしれないけれど、どのドラゴンも、故郷だと思って覚えていてくれたら、嬉しくない? 今、それをできるのは私たちだけなんだから」


 寂しさを乗り越えた先には、新しい出会いが待っている。

 ナホの提案に、サナもカナエも賛成だった。


「コウエン領は、カナエの親友が治めている土地なのです。酷い貧困に喘いでいて、その名残が残っていますが、領主は真剣に領地を建て直そうとしているのです。シロさん……助けてあげてください」

『カナエとレオとナホには本当に世話になった。我が子ら共々受け入れてくれようとした、領地の端の人々にも、世話になった。たくさんのひとの愛情を受けて我らがここにあるのは分かっておる。そなたたちの決定に従おう』


 ナホとカナエでシロに説明に行くと、シロは快く受け入れてくれた。


「シロたん、ばいばいなんか?」

「バイバイじゃないよ、いつでも会えるよ」

「タケたん、あいたいなー」

「会いに行こうね」


 茶色のお目目に涙をいっぱい溜めて、タケがナホに抱っこされてシロとハクとギンが飛び立つのを見守る。この後で裏庭を大掃除して、再び厩のような屋根のある場所を作って、新しいドラゴンをセイリュウ領が受け入れる。

 美しく潤沢な水に恵まれたセイリュウ領だからこそ、薬草栽培が盛んで、ドラゴンの幼体を育てられるだけの余力が、他の産業に薬草を使ってもあるのだから、これがセイリュウ領に課せられた使命なのだろう。

 次に来るドラゴンとは、カナエもレオもサークレットで話すことができない。


「困ったことがあれば、夢に出て来てください」

『カナエも、困ったことがあれば、夢で話すのだぞ?』


 サークレットだけでなく、シロとカナエとレオは、夢でも繋がっている。

 シロがセイリュウ領の裏庭に降りて来てから約一年。

 飛び立つシロに、カナエは大きく手を振った。

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