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23.悪夢

 大陸からアイゼン王国に向かってひとに使役されたドラゴンが飛んでくる。ブレスで焼かれる街、逃げ惑う人々。必死に魔術でカナエとサナも応戦するが、空を埋め尽くすほどのドラゴンになすすべもなく、屋敷も焼かれてしまう。

 幼いハクとギンを守りながらシロも懸命に戦ってくれるが、セイリュウ領のお屋敷が落ちるのは時間の問題だった。

 魔術で結界を張り続けているサナの白い額には、脂汗が滲んでいる。結界を壊して通り抜ける攻撃に、カナエも応戦するのだが、ドラゴンが高く舞い上がると攻撃が届かなくなる。


「カナエちゃん、もうダメや。逃げよう」

「でも、お母さんが……」

「うちは平気や。レンさんもおる」


 サナの側に寄り添って、防御の魔術をかけ続け、魔術具が壊れるたびに取り換えるレンも、結界を張り続けるサナも、限界が見えていた。それでも、二人は共に動こうとせず、最後までセイリュウ領を守る覚悟のようだった。

 手を引かれて、カナエは泣きながら焼けた街を走る。どこに逃げて良いのかも、もう分からないくらい、街は酷く破壊されていた。

 逃げる群衆に、とどめを刺すようにドラゴンの影が追って来る。


「ダメなのです! 戦う力のないひとを守るのが、魔術師としての正しい生き方なのです!」

「カナエちゃん、危ない!」


 よろけながらも術式を編んでドラゴンの攻撃を避けるが、カナエの最後の一個の魔術具も砕けて、ばらばらと長い髪が落ちて来た。


「カナエちゃん、振り向かんで走って……」

「レオくん?」


 カナエの背を押すレオの手が濡れていた気がして、震えながら振り向くと、レオの胸を一本の氷の刃が貫いていた。ごぼごぼと喉をせり上がる血でくぐもった声で、レオはカナエに言う。


「にげて、かなえちゃん……」

「いやー!? レオくん!? 死んでは嫌なのです!? レオくん!?」

「かなえ、ちゃ……」


 音を立てて崩れ落ちたレオの身体を、カナエは支えることもできない。まだ温かいが、だんだんと失われていく体温と、流れ続ける血に、カナエは悲鳴を上げていた。


「いやーーーーーー!?」


 目を覚ましたベッドの上で、カナエはびっしょりと汗をかいていた。ばくばくと心臓が脈打ち、嫌な動悸が治まらない。

 産まれる前からレオを知っていた。サナのお腹が大きくなるのを、カナエは見て来た。産まれた後も、少しも離れずに一緒にいた。自分より後に産まれてきたのだから、レオが自分を置いて死んでしまう可能性など、少しも考えたことがなかった。

 寝る直前まで読んでいた資料が枕元にあって、そのせいで悪夢を見たのだとは理性では分かるが、あまりにも衝撃的な映像に、感情が付いて行かない。


「嫌なのです……レオくん……」


 涙が滲んで止まらなくて、廊下に出ると、心配そうにレオが部屋から顔を出していた。


「叫び声が聞こえたけど、どないしたんや?」

「レオくん!」


 駆け寄ってパジャマのままで抱き付くと、レオがしっかりとカナエを抱き留めてくれる。ぼろぼろと涙を零しながら、カナエは自分が見た夢の話をレオに語った。


「大陸からセイリュウ領にドラゴンの大群が押し寄せてきて、それで、お父さんとお母さんも……レオくんまでもが……」

「怖い夢を見たんやな」

「夢、だったのでしょうか」


 アイゼン王国は、大陸のドラゴンの産卵地から、アイゼン王国の南西部にある小島のドラゴンの谷にドラゴンの受け入れを始めた。兵器としてしかドラゴンを見ていない国からすれば、ドラゴンとひととの共存などただの建前で、アイゼン王国がドラゴンを兵器として育てようとしていると思われてもおかしくはない。

 砂漠の部族の長の祖父も、アイゼン王国とドラゴンとの関わりについては、興味津々だった。


「レオくんが死んでしまうなんて、考えたくもないのです」

「俺も、カナエちゃんとおじいちゃんおばあちゃんになるまで、平和に暮らしたいから、早く死ぬ予定はあらへんけど」

「何が起きるか分からないのです」


 止まらない涙を、レオがハンカチを持ってきて拭いてくれる。ついでに洟もかんでしまっても、カナエは夢で見た鮮烈な映像が忘れられずに、レオから離れられなかった。

 レオの命だけでなく、アイゼン王国の国民全部の命が、ドラゴンとの関わりによってかかって来る。

 ドラゴンの寿命を縮めるような飼い方しかできない大陸の国々に、ドラゴンは兵器ではなく神獣なのだと伝えることができないだろうか。

 考えも纏まらず、レオから離れられないカナエを、レオは軽々と姫抱きにして、ベッドに連れて行ってくれた。


「なんもせぇへん。ただの抱き枕と思って、カナエちゃん、寝よ」

「い、いいのですか?」

「俺はカナエちゃんと結婚するまでなんもせぇへんって決めてる。それでも、カナエちゃんが怖くて眠られへんのやったら、側にいるのが恋人ってもんやろ?」


 自分で行って照れ臭かったのか、赤くなるレオの胸に耳を当てて、カナエはその鼓動を聞く。レオが生きている証のような鼓動に、恐ろしさが薄れて、眠気がやってくる。

 優しく髪を撫でる手に甘えながら、カナエはそのまま眠りについた。

 翌朝、レオの胸の上で目を覚ましたカナエは、叫び声を上げてしまった。


「ぎゃー!? レオくんと寝てしまったのですー!?」

「遂に!?」


 ユナを抱えた支度途中のサナが走ってきて扉を開けるのに、レオが跳ね起きる。


「何もしてへん! お母ちゃん、信じてや。カナエちゃんが怖い夢を見たから、抱き枕になっただけや!」

「ほんまか?」

「ほんまや。な、カナエちゃん?」

「ぎゃー!? レオくんがかっこいいのですー!」

「なんや、ほんまに何もなかったんか」


 ちょっとがっかりしたようなサナの物言いも、寝起きのレオに見とれているカナエには届かない。

 昨夜の悪夢も吹っ飛ぶ朝からの叫びだったが、やはり悪夢はカナエの胸に刺さっていた。研究過程の授業を終えて、シロのところに行けば、シロから報告があった。


『我が子が飛べるようになってきた。成長が早いのは、良い薬草をもらっておるからであろうな』

「ハクちゃんとギンちゃんはもう飛べるのですね」


 それならば月帰石のついた魔術具は要らないと、外していると、シロから問いかけられた。


『妙な夢を見たようだが、平気か?』

「シロさんは、カナエの夢に入れるのでしたね。……怖かったのです。大陸でドラゴンの産卵地を荒らしているひとたちは、ドラゴンをどのように扱っているのでしょう」

『距離が離れていても、我らは声を届かせることができる。助けを求める声が聞こえるが、助けに行けぬ現状が歯がゆいよ』

「シロさんは、どの国がドラゴンの産卵地を荒らしているか、分かるのですか?」


 ドラゴンの呼び声はどれだけ距離が離れていても、音叉のついたサークレットでカナエの脳に直接言葉を伝えるように、互いに聞こえるのだとシロは言っていた。

 場所と国が分かれば、ドラゴンを助けられるかもしれない。


「酷い扱いで寿命を縮めているドラゴンさんを、カナエは助けられるでしょうか」

『イレーヌ王国と呼ばれておる国があったであろう。その西の小国が、イレーヌ王国を攻めようと軍備を増強しておる』


 その一環としてドラゴンの捕獲が行われているのだという。

 国王は代替わりしたが、イレーヌ女帝の時代に搾取されたことをその国は忘れておらず、イレーヌ王国を憎んで、攻め入ろうとしている。国土も広く軍備もイレーヌ王国の方が整っているので、戦争が起きたとしても、どちらが勝つかは分かり切っていた。勝敗が分かっているからといって、積年の恨みは消えるものではない。


「ドラゴンさんを開放して、イレーヌ王国とその国が和平を結べば、ドラゴンさんもその国の国民も、イレーヌ王国の国民も、みんな幸せになれるのではないのでしょうか」

『そう簡単にはいかぬのだよ。女帝の命を伸ばすために取り上げられた命を、イレーヌ王国は返すことができるわけではない』

「でも、戦争は嫌だと思うのです。上層部が戦う気でいても、小さな子どもやその子のお母さんたちは、戦争を嫌がっていると思うのです」


 一触即発の爆弾を抱えた大陸をどうにかできないものか。

 一人で考えても答えは出ないことは分かり切っているので、カナエはシロと話し合った後で、サナの執務室を訪ねた。

 仕事の手を止めて、サナはカナエの話を聞いてくれる。


「イレーヌ王国の代替わりに関わったのはローズ女王はんや。その代償を支払うときが来たってことか」

「ローズ女王陛下に話してくれるのですか?」

「大陸の一大事は、アイゼン王国の一大事でもある。特に、イレーヌ王国とアイゼン王国は和平を結んでるから、恩を売れるやろ」


 イレーヌ王国に命を奪われた西の小国の気持ちがおさまらないのも、カナエには分かる。だが、戦争を始めてしまえば、もっとたくさんの命が失われる。


「レオくんが戦争に巻き込まれて死んでしまう夢を見たのです。カナエは、あれを現実にしたくない。例え、他の国であっても、カナエのように悲しむひとがいてはいけないのです」


 それをできるだけの地位と権力のある母親を、カナエは持っている。

 権力と地位には、自分の領地だけでなく、できる範囲で権力も地位も持たない人々の命を守る責任が付いて回るのだと、学んだ一日だった。


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