22.サプライズは嫌なのです
新学期が始まると5月も目前となって、レオの17歳の誕生日が来る。18歳の誕生日にはレオは結婚できる年になるので、セイリュウ領で盛大に結婚式を挙げるつもりなのだが、その準備をレオが始めていることに、カナエは気付いていた。
「俺のお誕生日、何もいらへんから、カナエちゃんのサイズを測らせてくれん?」
元々、レオにはあまり欲がない。15歳の誕生日だって、婚約指輪を作ってそれを着けてくれればいいと言ったくらいなのである。
カナエの体のサイズを測る、つまりは、レオは結婚式に向けてカナエの衣装を考えているのだと鈍いカナエも気付いた。
「嫌なのです」
「俺に見られるのが恥ずかしいんやったら、他のひとでもええから」
「嫌なのですー! カナエはサプライズは、もう嫌なのです!」
せっかくの結婚式の衣装なのだから、レオと話し合って決めたい。カナエの意見も聞いて欲しいし、レオの衣装も一緒にカナエに決めさせて欲しい。
正直に話をすれば、レオの方も納得してくれた。
「せやな。俺たち二人の一生に一度の大事なセレモニーやもんな」
そして、レオが見せてくれたのが、カナエのドレスのデザインだった。上半身はオフショルダーで、胸元に淡い青と黄色の花が飾られている。細い体を強調するようにぴったりとした上半身は腰骨くらいまであって、そこからふんわりとしたスカートが広がって、後ろは長くトレーンになっている。
ヴェールは小さなヘアーバンドのようなティアラが付いていて、細かく花の模様の刺繍がされて、小花の散った可愛いデザインだった。
「レオくんが考えたのですか?」
「カナエちゃんは、腰のあたりまでのラインがすごく華奢で綺麗やから、そこを見せたいのと、結婚式やったら長く裾が引きずるくらいのスカートがええやろ?」
「凄く素敵なのです……これを、カナエも手伝えますか?」
裁縫はシュシュを作るのでさえ指を穴だらけにして挫折してしまったが、少しでもカナエもレオの結婚式の衣装づくりに携わりたい。そう提案すると、レオの目が輝く。
「俺の方は普通のタキシードでええって思ってたんやけど、カナエちゃんが作ってくれるなら、黄色と青のブートニアを作ってくれへんか?」
「お父さんに習って頑張るのです!」
「俺も教える。一緒に工房に通おう」
レオはカナエが一番映えるデザインを作り上げてくれた。それならばカナエも何かしたいという思いに、レオも賛成してくれて時間のある日は工房に通うようになった。
まだ一年以上時間があるので、練習で何個か作ってみて、一番良いものをと考えていたら、レオが席を外しているときにレンからそっと申し出があった。
「手縫いは、丁寧にやれば充分洋服にも使えるっちゃん。レオくんのタキシードのジャケットだけでも、やってみんね?」
間違えても解けばいい。布を断つのはレンがやってくれるので、縫うだけの形にすれば、カナエでもできないことはない。
卒業論文もあって忙しくはあったが、カナエはレンの提案を受け入れることにした。サプライズで驚かされてばかりのレオに、仕返しができる。
レオが戻って来たので、カナエは話題を変えた。
「レオくんが作ってくれた振袖も着たいのです」
「ドレスと振袖か……お色直しをするか?」
「良いのですか?」
セイリュウ領の次期領主と、セイリュウ領の領主と工房の師匠の息子との結婚なのだから、盛大に行っていいはずだ。お色直しまでを約束したレオの方には、新しい課題ができていた。
婚約指輪のままで構わないとカナエは思うのだが、新しく結婚指輪を作るつもりでいるのだ。婚約指輪と一緒に付けてもかさばらないデザインで、魔術の篭ったものとなると、技術もかなり必要になる。
「大陸のお祖父ちゃんが、珍しい紫色のサファイアを送ってくれたんや」
「紫色のサファイアですか?」
「俺の目は紫やないけど、お父ちゃんやレイナちゃんやユナくんの目は紫やし、サファイアを付けた花嫁さんは幸せになるって言い伝えが大陸にはあるんやて」
結婚が近いレオが装飾品を作るだろうと贈ってくれた紫のサファイアは、青よりはカナエやレオに馴染みのある色だし、なにより、大陸の言い伝えも添えてくれたとなれば、使用用途は限られて来る。
「カナエのエメラルドと、お祖父ちゃんのくれた紫のサファイア。素敵だと思うのです」
結婚式には祖父母家族までは呼べないかもしれないが、立体映像をたくさん撮って、送ろうとカナエとレオは決めた。
レオの17歳の誕生日は、セイリュウ領で盛大に祝われて、その後、大陸の祖父母の屋敷に行って、立体映像を撮った。専門の機器がようやく揃ったので、全員で並んで立体映像を撮ることになったのだが、レオもレンも一つ忘れていたことがあった。
「誰か写すひとがおらなあかんかったわ」
「魔術師で、この機器を使えて……」
思い浮かんだのは、二人とも同じ人物で、急遽呼ばれたカイセは、レキとレイシーに会わす顔がないと申し訳なさそうだったが、助手として付いてきたシヅキを見て、レイシーは相好を崩した。
「娘さんのために、真面目にやりよるって聞いたよ。頑張りね」
「はい……その節は申し訳ありませんでした」
「お父ちゃんがすみませんでした」
「本当にいい子ね」
話は聞いていたので、シヅキをレイシーは手招きして立体映像を写す一群に加える。驚いて「うちは、違います」と言っているシヅキに、レイナが声を上げた。
「違わへんよ、うちの従妹やろ?」
大きな括りでは家族と言われて、シヅキも恥ずかしそうにしながら立体映像に写った。カイセと交代して、レンが移して、カイセとシヅキの二人が入った立体映像もできた。
「素人が写したもんやけん、どれくらいの精度か分からんけど、魔術具ができたら送ります」
「楽しみにしています。カナエちゃんは研究は進んでいますか?」
祖父に問いかけられて、カナエは眉間に皺が寄ってしまう。
「大陸の言語を訳すのが難しいのです」
「もっと苦労させるかもしれないから、新しい資料は渡さない方がいいですか?」
「新しい資料が!? お祖父ちゃん、集めてくれたのですか?」
カナエがドラゴンの研究をしていると聞いてから、祖父は一人旅でふらりと出かけるたびに、ドラゴンの資料がないかを探してくれていたらしい。
新しく受け取った資料は、大陸の言語の更に古代語で書いてあって、見ただけでカナエは眩暈を起こしそうだったが、それでも、大事な情報源となる。ただでさえ足りていない資料が増えるのは、訳す大変さはあるが、大歓迎だった。
「本当にありがとうございます」
「アイゼン王国をいい方向に導いてください」
大陸の砂漠の部族の長から、いずれアイゼン王国のセイリュウ領の領主になるカナエに向けられた言葉。それをカナエは神妙な面持ちで受け取った。
17歳になったレオはもう身長は伸びていないが、体付きがしっかりとしてきて、レンよりも大きく見える。二人で話している姿は、大人同士のようで、カナエは見ていてドキドキした。
受け取った資料をナホに見せると、身を乗り出してナホが読み始める。
「ナホちゃん、古代語もいけるのですか?」
「古代語の方が、大陸の言語とアイゼン王国の言語が近くて、読みやすいんだよね」
「カナエ、古代語は苦手だったのです……」
歴史学を専攻しているのに、古代語が苦手というのは致命的だったが、苦手なものよりもやりたいことで専攻を選んだので、カナエはこれから学ばなければいけないことがたくさんだった。
ナホに習いながら、辞書を捲って古代語を読み解いていく。
「大陸でも、ドラゴンとひとが共存していた時代があったのですね……」
「イレーヌ王国が強大になってきて、それに対抗するために、ドラゴンを兵器として使い始めるまでは、ドラゴンは聖獣として崇められていたって書いてある」
「イレーヌ王国……」
違う名前だったが、前の女帝がイレーヌという名前で、国の名前を変え、百年以上の統治を自分の寿命を邪法ともいうべき呪いのような魔術で伸ばしながら、行っていた女王。その女王も初めの頃は賢帝と呼ばれる政治をしていたのに、いつしか生に執着して、国内で産まれた魔術師は全て王宮に差し出させて、独占するようなことをしていた。
「イレーヌ王国には、対ドラゴン部隊があったんだって」
「今もあるのでしょうか?」
「ドラゴンの産卵地が荒らされているからね。どこかの国でドラゴン部隊を作ろうとしているのかもしれない」
資料を読むナホの呟きが、なぜかカナエの胸に刺さる。
ハクやギンが攫われて、ひとに使役される立場となれば、ひとを殺すためにブレスを吹くのだろうか。
「酷いよ……ブレスを吹かせるために、羽の付け根を鞭で叩くんだって書いてある」
可動部なので鱗の薄い羽根の付け根は、傷付きやすく、怪我をすると飛ぶたびに痛むので、そこを叩かれるとドラゴンは言うことを聞くしかない。
ドラゴンで編成された部隊が、アイゼン王国に攻め込んでくることはないだろうが、王が代替わりしたイレーヌ王国は狙われているのかもしれない。
大陸のことなど考えたこともなかったが、イレーヌ王国の南の砂漠地帯に祖父母がいると分かってから、カナエにとって大陸は身近な場所になっていた。
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