21.同じ校舎での新学期
カナエとレオの年の差は4歳で、学年はカナエが3月生まれで5つ離れているはずだが、レオが一年飛び級しているので、4つに縮まっていた。それでも、王都の魔術学校に入った時点で、レオは1年生、カナエは5年生で、二年間しか同じ校舎では勉強できなかった。
魔術学校と研究過程の校舎は、長い階段で繋がっているのだが、その距離すらも遠く感じていて、もう同じ校舎で勉強することはないのだと思っていたら、カナエの研究過程の最後の一年で、レオのレポートが論文の基礎として認められて、飛び級することになった。
レオと同じ校舎に通えるようになる。
最終学年で卒業論文を書かなければいけないので、忙しさはあったが、カナエは浮かれてもいた。
共同研究者のナホは、王都の魔術学校に入った時点で二年飛び級している。その状態で学年一位の成績を維持し続けたナホに、カナエは聞いてみたいことがあった。
「飛び級って、どんな気持ちがするのですか?」
「特に何も感じないよ。私の能力に合った学年にしてもらえたってだけかな」
優秀なナホは飛び級に関して、特に感慨もないようだった。
父親の工房で実践で研究ができているので、ずるをしているような気分になったというレオとは、全く違う。ナホにとっては、飛び級は、学校側がナホの能力に合わせてくれただけという簡単な理由のようだった。
「レオくんは、自分が工房の師匠の息子で、セイリュウ領の領主の息子だから、ずるをしたのではないかと、気にしていたのです」
「私は、『賢い女は嫁の貰い手がない』って言われたことがあるよ」
「え!? ナホちゃんにはラウリくんという素敵な婚約者がいるのに、ですか?」
貴族社会ではリューシュの父親のように、女性を結婚するため、子どもを産むための道具としか考えていない輩もたくさんいる。政治に口を出すくせに、子どもを産むときには休んで、子育ての時期にも休む。そんな女性の政治的進出を、女王の時代になったのに良く思っていない頭の固い連中がいるのだ。
テンロウ領を訪ねたときに、「奥様は自分の領分を弁えて退いたのに、孫のあなたが王子様の妻になるのに、立場を弁えないのはどうかと思われます」と親切面でアドバイスしてきたのは、エドヴァルドの母方の親戚だった。
「エドお父さんは、勉強ばかりできて、真面目で、女遊びもしなくて面白みがないって言われたのをずっと気にしてたみたいなんだ」
「エドさんは、賢くて、冷静で、お母さんにも堂々と物の言える素晴らしいひとなのです」
男性を対象とした魔術具を作ってみたらどうかと指導教官にアドバイスされたレオに、レンはエドヴァルドの元に行くように促した。その結果として、レオはブーケのように生花を飾れるラペルピンを作って、課題を達成した。
穏やかで冷静でいつも落ち着いているイメージのエドヴァルドは、カナエにとっても、尊敬できる相手だった。
「本当は、レオくんに魔術具を見せるのも、自分で良いのかエドお父さんは迷ったみたいなんだ。エドお父さんは、小さい頃から自分が女性を愛せない、男性が好きだって自覚があったからね」
「そんなこと……エドさんとイサギさんはとても素敵な夫婦で、ナホちゃんもミノリちゃんもタケちゃんも、大きな愛で包み込んでくれるのです」
「それでも、劣等感はあったみたい。そういうのを、イサギお父ちゃんは、全部吹き飛ばしてくれるんだ」
――エドさんは最高に素敵や。落ち着いて、理性的に話してくれるから、俺も怖くない。
――ナホちゃんはエドさんに似たんやな。賢くて、可愛くて。俺の自慢の娘や。
イサギがエドヴァルドを全肯定してくれるから、エドヴァルドは自分の劣等感を他人に見せずに済んでいる。ナホのことも全肯定してくれて可愛がってくれるから、ナホは自己肯定感に満ちて生きていける。
「うちの一家を繋いでるのは、イサギお父ちゃんなのかもしれない」
「素敵なのです……カナエも、レオくんとそんな夫婦になりたいのです」
話を聞けば聞くほど、ナホの一家が暖かく愛に満ちていることが分かって、カナエはミノリがイサギとエドヴァルドの元に引き取られたことを今更ながらに安心していた。
共同研究で一緒に論文を書いていると、ナホの頭の良さがよく分かる。知識が広く深いというのだろうか、大陸の言語も、アイゼン王国の言語との共通点を見つけて、早々に習得してしまった。
「元々アイゼン王国と大陸は同じ言語を使ってたみたいで、それが別れて違う言語になったけれど、元が同じだから、文法の法則が似てるんだ」
「カナエにはよく分からないのです」
「喋る言葉はセイリュウ領やコウエン領は訛りがあるけど、大陸の言語はあまり変わらなくて通じるでしょう?」
言っていることの意味は分かるのだが、文法のどの部分が共通していて、どこが違うのか、カナエには難しくて、ナホに教えてもらいながら、辞書を引いて大陸から持ち帰った資料を読んでいた。
資料を読み進めていくにつれて分かったのは、ドラゴンが卵や幼体のときに人間に奪われて使役され、酷使されてぼろぼろの状態で戦わされていたこと。
本来は魔物を払う縄張りのような場所を持つのだが、それも許されず複数のドラゴンが狭い場所に押し込められて、ストレスフルな状態で飼われていたこと。
「あのシロさんが鳴き声を上げたのが、縄張りの主張かもしれないね」
「どれくらいの広さの縄張りを持つのでしょう。領地にひと家族ずつしか住めなかったら、アイゼン王国はすぐにあふれてしまうのです」
今の時点でもドラゴンの谷には二家族が子育てをしていた。その他にセイリュウ領にひと家族、テンロウ領にもひと家族いる。
帰ってからシロに聞いてみなければと思っていると、図書館の入口の方からレオが近付いてくる気配がした。資料を片付けて振り向くと、精悍な褐色の顔立ちと目が合う。
「そろそろお昼かと思って来たんやけど」
「カナエもお腹が空いてきたところだったのです」
「私はラウリくんのところに行くね」
魔術学校の6年生になったラウリとは校舎が離れているので、ナホは昼休み前に研究がひと段落すれば魔術学校にラウリの元へ行って、研究が長引けばラウリの方が来てくれて、二人一緒にお弁当を食べている。
図書館は飲食禁止なので、中庭に出て、ベンチに座ってお弁当箱を広げると、カナエの好物ばかりが入っていた。ゆかりご飯の丸い小さなおにぎりに、豆腐の入った一口ハンバーグ、ジャガイモと玉ねぎとチーズのミニグラタン、ほうれん草の海苔和えも入っている。
お弁当箱の大きさと中身の量は違うが、カナエのものとレオのものはおかずの種類は同じだった。
「オダリスくんが、料理を教えて欲しいて言うててな」
「オダリスくんがですか!?」
コウエン領は古い風習があって、リューシュのように女性が家庭のことをするといった考えがこびりついている。幸い、リューシュの夫のジュドーは学生時代に自分の食糧確保のためにカレーと薄焼きのトウモロコシパンは作れたが、それでも色々な料理を作れるわけではない。
「ライラさんがすごく痩せてはるやろ? それで、美味しいもんを食べさせたいんやて」
「愛は男を変えるのですね」
「それで、ライラさんに『可愛い』って言われたけど、嬉しかったから、カナエちゃんに『ごめん』て言うてたけど、なんのこと?」
レオにシュシュを作ろうと思い付いたときに、カナエはオダリスに魔術具職人として、年頃の男性として、相談したのだが、そのときにオダリスは「可愛すぎない」とコメントした。カナエにとってはレオは可愛い存在で一生可愛いと思っていただけにショックを受けて、レンに作りたいものを言うときに泣いてしまったカナエだったが、レオが「可愛いは大好きってことやろ」と言ってくれたので救われた。
「やっぱり、好きなひとからの『可愛い』は特別なのです」
「カナエちゃんは可愛いで」
納得しているとレオから笑顔で言われて、カナエは耳まで真っ赤になる。いい雰囲気になってレオの顔が近付いてきて、カナエは慌ててしまった。
「ご飯を食べて、歯を磨いていないのですー!」
せっかくキスしてくれそうだったのに、カナエの乙女心がそれを止めてしまった。くすくすと笑って、レオが頬に付いた米粒を、頬への口付けでとってくれる。
頬へのキスも嬉しくて、カナエは頬に手を当ててうっとりとしていた。
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