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20.進級の春

 新学期が始まって、シヅキは無事に魔術学校に入学して、宿舎の近くの薬草畑で働き始めた。セイリュウ領の魔術学校は働きながら通っているものも多いので、シヅキが働くのも珍しいことではない。


「お父ちゃんの借金がまだ残ってるさかい、はよ返さな」


 魔術具を作るために借金をしていたせいで、シヅキは母親のアサヒが亡くなった後に家を追い出された。借金に良い記憶がないから、早く返してしまいたいのだろう。


「シヅキには楽をさせてやりたかったとに」

「平気や。薬草栽培を手伝うのは、勉強にもなるんやで」


 将来は魔術具製作者になりたいと決めているシヅキは、働く場所も進路に合わせて決めている。しっかりとしている娘に、父親のカイセは複雑そうにしながらも、嬉しそうだった。

 レンの工房でカイセは非常に真面目に働いていた。月帰石の計算式をレンとレオに教えたことで株が上がって、工房で一目置かれるようになったのが、彼にとっては良かったのかもしれない。自分が認められて、仕事を任せられる立場にいることを自覚して働ける。自分を偽って、本物の『レン』には敵わないといじけていた頃よりも、自信を持って働いているので、その分成果も上がっていた。

 このまま真面目に働いていれば、一流の魔術具製作者にはすぐ到達するだろう。レンと比べさえしなければ、彼も充分な才能があったのに、レンに拘り過ぎてチャンスを逃していただけなのだ。

 新学期が始まってすぐ、レンとサナはレオの進路のことで、魔術学校に呼び出された。最終学年の6年生になるはずのレオだったが、春休みの自由課題で出した月帰石の加工のレポートが教授の目に留まったのだという。

 魔術学校で教授から話を聞いてきて、帰ってから、レンとサナは家族全員の前で伝えられたことを報告した。


「レオくんのレポートは、魔術学校の6年生の書くもんを軽く超えて、そのまま学会に出せそうやったて言うてはったんよ」

「それだけの実践と研究をしているレオくんは、魔術学校でもう一年勉強しても、その域を超えてるから、意味がないって言われたっちゃん」

「それって、どういうことですか?」


 最後まで説明を聞けずに、そわそわして促してしまうカナエに、レンとサナが笑顔になる。


「飛び級や!」

「レオくんのレポートをもっと良いものにして、学会で発表するために、指導したいって研究過程の教授が申し出てくれたとよ。それで、レオくんは新学期から魔術学校の6年生やなくて、研究過程の一年生にならんねって誘われとると」


 元々、レオは幼年学校の時点で、カナエを追いかけて脱走して大騒ぎを起こし、4月入学で5月に誕生日が来るのであまり変わらないだろうと、一年早く入学している。その時点で一年飛び級していたが、幼年学校からきっちりと勉強しているので、王都の魔術学校でも勉強にはついていけていた。

 攻撃や防御の実践魔術や、筋力強化などが得意ではなく、そのせいで成績は中間くらいだったが、高学年になって専門学科だけを勉強するようになって、レオの成績は非常に伸びていた。


「お父ちゃんの工房で仕事させてもらっとるから、ずるしたみたいで、なんか、ええんやろかって思うけど……」

「月帰石をドラゴンの輸送に使おうって思い付いたのはレオくんやし、カイセから計算式を引き出したのもレオくんやけん、やっぱりレオくんの功績に違いなかよ」

「ええんやろか? 俺、飛び級とか、ついていけるんやろか」


 当の本人は不安そうだが、セイリュウ領の工房の師匠(マイスター)であるレンのお墨付きがあって、カナエも何度もレオの魔術具に助けられているので、飛び級は妥当だと思えた。


「レオくんの魔術は、シロさんも認めたし、お祖母ちゃんも認めていたのです。ずるなんかじゃないのです。レオくんの頑張りが認められたのです」

「そうやろか……カナエちゃんと同じ校舎に、一年だけやけど、通えるんやな」

「カナエは先輩なのですよ、なんでも教えてあげますからね」


 カナエに言われてようやく実感がわいたのか、レオは飛び級を受け入れて、新学期から研究過程に通う手続きをした。その日は一家でレオの飛び級のお祝いをしたのだが、そうなると黙っていないのがレイナだった。


「お兄ちゃんばっかりはよ進んで、なんか、置いて行かれたみたいやわ。うちももっと勉強しよ。お父ちゃん、お母ちゃん、歌の練習の日を、週二日に増やしてや!」


 5歳でレオが幼年学校に入学したときも、レイナはひっくり返って「れいなもいくぅ!」と泣き喚いた。その頃と変わらず、兄には対抗心があるようだ。

 レイナも新学期からは週に二回、王宮のリュリュとツムギのところに音楽の練習に行かせてもらう約束をして、納得した。

 カナエは今年が研究過程の最終学年。

 新学期が始まると、祖父から貰った資料を手に、ナホも連れてゼミの担当教授に相談に行った。


「セイリュウ領には、ドラゴンが住んでいるのです。アイゼン王国の女王陛下たちは、ドラゴンとひととの共存を望んでいます。そのためにも、ドラゴンがこれまでどのようにひとと関わって来たのか、それを通じて、今後ドラゴンとどう関わっていくべきなのかを、卒業論文にしたいのです」


 題材はシロとハクとギン、それにドラゴンの谷に産卵に来ているドラゴン、テンロウ領に移動したドラゴンと、身近にある。それに加えて、王宮の資料、テンロウ領の書斎の資料、更に祖父から貰った大陸の言語で書かれた資料があった。


「これは、大陸の言語で書かれていますが、これに書かれていることは、人間が勝手にドラゴンを捕えて、その意思を尊重することなく使役していた歴史なのです……多分」

「まだ、訳し終えてないからね」

「訳して全部今いるドラゴンの証言と照合しますが、充分な研究課題になるのです」

「別のゼミのナホです。カナエちゃんと共同研究をしたいと思ってます」


 ナホとカナエで共同研究でドラゴンのひととの関わりの歴史と、これからドラゴンとどう関わっていくかを纏める。論文が出来上がって、アイゼン王国中にドラゴンへの理解が広まれば、ドラゴンを恐ろしいと思う人間も減るはずだった。


「今の情勢に合った、とても良い研究だと思います。ドラゴンと実際に触れ合えるあなたたちしか書けないものです。途中経過をこちらのゼミと、ナホさんのゼミに、どちらにも報告しながら、詰まったときには相談してください。期待しています」


 教授の許可を得て、カナエとナホは共同研究を始めることになった。

 大陸から持ち帰った資料はナホを中心に、訳していくとして、カナエの役目は、マンドラゴラ越しには通じない細かなニュアンスを交えて、シロに資料と実際のドラゴンの生態との差を埋めていくことだった。

 資料では、ドラゴンは綺麗な水さえあれば育つと書かれているが、実際には幼体のドラゴンには魔術を含む薬草が必要で、成体のドラゴンも消耗すると魔術を含む石や術具などを栄養にしていた。


「ドラゴンさんの栄養は魔術なのですね」

『成体になってからは周辺の植物から少しずつ生命力を貰って生きるので、原則的に摂取せずとも平気だが、ブレスを大量に吐かされたり、戦いで消耗したり、出産や育児で疲れたりすると、回復のために必要になる』

「大陸の資料にはそんなことは書かれていなかったのです」

『何千年も生きるはずのドラゴンが、幼体の時期からなにも与えられず、寿命を縮めて、ひとの元では弱って死んでいったのは、そういう理由であろうな』


 若い頃にシロも産んだ卵を盗まれたことがあった。産卵のすぐ後で消耗していたし、腹にはもう一つ卵が入っていたので、追いかけることができず、その卵はひとに奪われたまま、行方知れずになっているという。


『恐らくは、あの子は長く生きなかったであろうな』


 人間に使役されているのを逃げ出して、死にかけていた雄のドラゴンと番って、ハクとギンを産もうと思ったのも、あのときに奪われた我が子を思い出してのことだったかもしれないとシロは教えてくれた。


『この子たちには、そんな経験をさせたくはない。そのためならば、どれだけでもカナエに協力しよう』

「カナエが、ハクちゃんとギンちゃんは守るのです!」


 知識が国中に知れ渡れば、誰もドラゴンに手を出さなくなる。兵器として利用されることもなくなる。

 アイゼン王国がドラゴンの安住の地となるように。その初めの場所にセイリュウ領がなるように。

 カナエは自分の責任の重さを感じていた。

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