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12.友達になりましょう

 テンロウ領の王都の別邸にリューシュが保護されたことは、魔術学校内でも知れ渡っていた。安全の確保と、事情を聴くためと、落ち着かせるためにリューシュはまだ学校に戻ってはいなかったが、カナエもナホもレオもラウリも魔術学校には通わなければいけない。

 女王のダリアとローズから派遣された役人に話をしているリューシュのそばにいたかったが、後ろ髪引かれつつ登校する。


「セイリュウ領の領主の息子は、やっぱりうちの妹を嫁に欲しかったんやろ。そうやったら、うちにもカナエ様をくれな、いかんっちゃない?」


 中庭で集まって昼食を食べていると、リアムがやってきて、カナエは眉間に皺を寄せた。


「リューシュちゃんは正式に保護されたのですよ、それをレオくんや、結婚のこと、カナエのことと絡めるのは、流石に理解力が低すぎませんか?」

「セイリュウ領がどうしてコウエン領の教育方針に口出ししてくるとよ。おかしくない?」

「おかしいのはあなたの頭です」


 あれは教育ではなく虐待だった。

 そう告げても、リアムは理解しようとしない。カナエの腕を引こうとするのを、レオとラウリが前に出て庇い、ナホが術式を編んで威嚇する。魔術の才能もあるし、努力もしているリューシュとは違って、リアムは術式で威嚇されていることすら気付けない程度の魔術の才能しか持っていないようだった。


「リューシュと結婚しても、コウエン領はお前のものにならんけんね!」


 捨て台詞をレオに吐いて去っていくリアムのことは、リューシュに伝えないようにと全員で約束をして、午後の授業を受けてテンロウ領の王都の別邸に戻った。豪勢なドレスではなく、簡素な貫頭衣とパンツのコウエン領の普通の格好をしたリューシュは、心もとなさそうにリビングのソファに座っていた。

 帰って来たカナエとナホとレオとラウリを見て、立ち上がる。


「お兄様から嫌がらせを受けませんでしたか」

「それより、リューシュちゃんは大丈夫? お役人さんと話したんでしょ?」

「ナホ様……わたくしは、平気です。気遣っていただきました」


 深々と頭を下げてから、リューシュはカナエに向き直る。その黒い瞳が、涙で濡れていた。


「本当は、怖かった……」

「当然なのです。怖い場所から勇気を出して逃げて来られたリューシュちゃんは、偉かったのです」


 慰めるカナエに、リューシュの涙腺が決壊する。ほろほろと涙を溢して、リューシュはカナエの体に抱き付いた。


「父に逆らうのも怖かった、けど、カナエ様に対抗するのも、怖かった……やりたくないのに、やらなければ、父に酷い目に遭わされると分かっていたから……ごめんなさい」

「謝らなくていいのです。って、カナエは怖かったのですか!?」

「そりゃ、怖いよ。あのサナさんに塩対応で許される養女なんだから」


 セイリュウ領領主のサナは『魔王』と呼ばれるほどに魔術が強い。『魔王』の弱点は、カナエであり、レオであり、レイナであり、レンである。沸点の低いサナが、怒らずに言い負けてしまうのは、カナエくらいだった。


「お友達に、なりましょう」

「許してくださるのですか?」

「レオくんのことは譲りません。でも、リューシュちゃんとは、お友達になれます」


 手を握り合い友情を確かめ合ったカナエとリューシュだったが、話は簡単には進まなかった。保護されているリューシュは、コウエン領領主の手先に拐われたり、リアムに連れて行かれたりする危険性があるので、魔術学校に行くのも難しいのだ。


「私とカナエちゃんが気を付けていても、万が一のことがあったら困るもんね」

「もう魔術学校には通えないのでしょうか。わたくし、勉強は好きだったのですわ」


 女には要らないと言われても、魔術で秀でていることだけが、リューシュにとっては誇りであり、心の支えだった。自分が次期領主になれなくても、自分と結婚した相手はなれるかもしれない。そうなれば、コウエン領の貧困を救う手立てを考えられるかもしれない。

 領民を大事にしない、学校制度も整っていないコウエン領からは、次々と難民が離れて行って、セイリュウ領やモウコ領に流れ込んでいる。受け入れ態勢は整えているが、逃げ出した領民には家も土地もなく、モウコ領やセイリュウ領でまともに暮らせるものは一握りしかいない。

 そんな状況をリューシュは領主の娘として、魔術の才能ある次期領主になる資格のあるものとして、憂いていた。


「コウエン領を、乗っ取れへんのやろか」


 お茶の用意をして、恐縮するリューシュにも、カナエにもナホにもラウリにもサーブしてくれるレオが口にした一言が、全てを集約している気がして、カナエとナホは顔を見合わせた。

 頬を赤らめてレオからお菓子を渡されているリューシュは、恋のライバルかもしれないが、コウエン領領主の暴力と男女差別の被害者であり、コウエン領を継ぐ資格のある人物でもあった。


「母たちに、話を通してみませんか」


 ラウリの言う母とは、実母の女王ローズと叔母のダリアのこと。

 女王に直訴する手段を、リューシュは目の前の少女のような可憐な少年、ラウリがこの場にいることによって、持ち得ていた。


「私も、王宮の図書館には行ってみたかったし、一度、非公式にでもいいから、ローズ女王を訪ねてみようよ」

「女王陛下は、そんなに気楽に訪ねて良いものなのですの?」

「僕が母にお友達を紹介するだけです。ナホさんは僕の婚約者だし、婚約者のお友達は、僕のお友達です」


 微笑むラウリに、リューシュは躊躇っているようだったが、レオとカナエも付いてきてくれることを条件に王宮に行くことに同意した。

 待たされている魔術具で通信すれば、ローズはすぐに時間を空けてくれる。

 王宮の門番も、ラウリとその足元の鎧を着た大根マンドラゴラを見れば、何も言わず中に通してくれた。


「お兄様!」

「おかえりなさいませ!」

「わたくしもまっておりましたのよ!」


 ダリアの元に養子に行った長女のマーガレットも来ていて、次女のジャスミン、三女のヴァイオレットと共に飛び付いてくる。足元の大根マンドラゴラには、王宮でよく育っていると有名な大振りの人参マンドラゴラが飛び付いて、帰りを歓迎していた。

 長男でラウリの兄のユーリも交えて、ローズと客間で寛いだ雰囲気で話し出したが、内容はとても穏やかなものではなかった。


「コウエン領領主は、リューシュの権利と育成の義務を放棄した」

「どういう、意味、でございましょう?」

「娘ではないと、領主の地位を継がせるに値しないと断じたのだ」


 酷い父親だったが、見捨てられたことはショックだったのか真っ青になるリューシュの肩を、カナエが抱く。


「選定にはリアムという息子の方をかけるつもりらしいが……議会がなんというか」

「議会は買収されているわけではないでしょう?」

「異議を唱えるであろうな。そうなれば、コウエン領はますます孤立する」


 孤立して離れていけば行くほど、コウエン領は王都からの命令を退けて、領民を縛り、搾り取ることに集中する。そうなることが一番怖いのだとローズは説明してくれた。


「リューシュ様、僕の独り言と聞いてください」


 そんな中、凛と声を上げたのは、ラウリにそっくりの容貌の兄、ユーリだった。


「モウコ領の現在の領主は、後継者と言われた、兄に決闘を申込みました」


 妹が生まれるまでは、自分が領主になるのだと思っていた兄は、妹を押し除けて領主になることを望んだ。それを正すために、正々堂々と妹のシュイは、兄を決闘で倒して、領地から追い出したのだ。


「わたくしに、父と兄と戦えと?」

「ただの独り言です」


 ユーリはそう言ったが、明かに唆す言葉に、ローズがにやりと悪い笑顔になる。


「決闘の場なら、いつでも準備してやろう」

「わたくしは、そんな……」


 躊躇うリューシュは、その場では答えは出せなかった。

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