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18.春を前に

 三月に入ってすぐ、漆黒のドラゴン親子の移動は行われた。短距離ならば母ドラゴンが子ドラゴンの首を咥えて飛んで移動することができるが、ドラゴンの谷はアイゼン王国の南西に位置する島で、北のテンロウ領までは距離がありすぎた。

 移転の魔術は人間を想定して術式を編むので、ドラゴンの巨躯を安全に運べるかどうか分からないのと、ドラゴン自身が魔術がかかりにくい体質なので、使用は考えられなかった。

 元気でやんちゃな幼体の雄ドラゴンに、よくマンドラゴラを通じて言い聞かせて、脚に皮のベルトに月帰石のついた魔術具をはめて、漆黒の鱗の母ドラゴンの首には鎖でしっかりと制御用の魔術具を下げる。

 使い方の説明もマンドラゴラを通じてだったが、何度か試しに息子を浮かせてみてから、漆黒のドラゴンは本格的に飛び立った。ふよふよと浮いている子どものドラゴンは、はしゃいで羽をバタつかせては、母親に唸り声で制されている。

 その様子を、ナホとカナエが漆黒のドラゴンの背中に乗せてもらって、観察しながらも、もし落ちたときにはいつでも対処できるように術式を編んでいた。

 降りる場所が分かりにくかったというのは、シロから聞いていたので、住居の作られた庭で待っているナホの祖母に、影が近付いたら閃光弾を打ち上げてもらうようにお願いしていた。巨大なドラゴンの影がテンロウ領の雪の残る街の上を通り過ぎていく。

 中心部のテンロウ領主のお屋敷の上に来たところで、閃光弾が打ち上げられた。それを目印に、ドラゴンの親子は庭に降りて行った。


「初めまして。わたくしはテンロウ領の領主の妻、ナホの祖母です」

「ニルスです」

「エイラです!」


 クリスティアンの息子と娘の14歳のニルスと12歳のエイラもドラゴンに興味津々で、ドラゴンの到着を待っていてくれたようだった。ニルスとエイラに魔術の篭ったガラス玉を与えられて、漆黒のドラゴンは頭を垂れて礼を言うようにしてから、それを飲み込んだ。


「びぎゃ! びょえ、びゃびゃびょ」

「きゅー?」

「びぎゃびぎゃ」


 服を着せられたアルベルトと、ドラゴンの幼体は何か話していて、アルベルトが小さな尖った手でクイクイと手招きするのに、ドラゴンの幼体は大人しくついて行って、天井が高くドームのようになった住居の中に入って行った。


「賢いのね。アルベルト、暖房具の説明をしてちょうだい」

「びゃい!」


 住居の一番奥に設置されているのは、本来は薪などを入れて燃やすストーブだが、中には魔術の篭った真っ赤な石のようなものが入っている。


「薪ストーブを考えたんやけど、薪の入れ替えにいちいち中に入られるのも困るやろうし、換気の問題もあったから、魔術の篭った焼き石を使うことにしたんや」


 製作を依頼されたレオは、移動についていくナホとカナエに暖房具について説明してくれた。

 炎の魔術が込められている焼き石は、薪のように煙が出ない利点はあるが、永久に暖かいわけではない。それでも、三日に一度程度魔術を足せばまた暖かくなるので、ドラゴンの住居に入るのも三日に一度で十分だ。

 高温になっている焼き石にドラゴンが触れないように、鉄の柵を作ってあるが、本気になればそれも壊してしまえるので、しっかりと説明をしておくようにと、レオは言っていた。


「薬草は毎朝わたくしがここの入口に届けますから、困ったことがあったら、そのときにアルベルトに行ってくださいましね」

「週に一回は私が健診に来るよ。運動をどうするかについては、落ち着いてから話そうね」


 セイリュウ領領主の妻の言葉と、ナホの言葉を、アルベルトがドラゴンに通訳してくれる。無事に全部伝えたところで、移動して疲れていて、落ち着かないドラゴン親子の住居からは辞して、ゆっくり休んでもらうことにした。

 結界の魔術が庭に張られているので、不審者が入り込むこともない。寒ささえ耐えられれば、テンロウ領は漆黒のドラゴンの新しい良き住処になりそうだった。


「私はドラゴンさんの様子が気になるし、ニルスくんとエイラちゃんにドラゴンの世話を教えることになったから残るけど、カナエちゃんは?」

「カナエはお家に帰ります」

「それじゃ、お疲れ様!」


 ナホと別れてカナエはセイリュウ領のお屋敷に移転の魔術で飛んだ。魔術学校も研究過程も、休みの日だったので、お屋敷ではレオとレイナが待っていて、移動の様子を聞きたがる。


「問題あらへんかった?」

「カナエちゃん、ドラゴンに何回も乗って、ドラゴンライダーやな。うちも乗ってみたいわぁ」

「アルベルトくんが大活躍だったのです。暖房具のことも伝えられたと思うのです」

「良かったわ」

「よかたねー」

「ねー」


 兄姉が話しているのを聞いて、脚元で遊んでいたユナとリンも、話は分からないながらに、会話に加わって来る。膝に抱き上げると、話したかったのか、リンがユナを押しのけた。


「りん、しゃむぇ!」

「ゆぅもぉ!」

「しゃむぇ? なんですか?」


 聞き返すと、身振り手振りで必死に伝えようとするのだが、身体を撫でたり、服を引っ張ったりする様子は可愛いだけで、カナエには何を言おうとしているのか全く分からない。


「可愛い金魚柄の作務衣をお母ちゃんに作ってもらってるんや。お祖母ちゃんの家は暑いやろ? 涼しい格好で行こうって」

「『しゃむぇ』は、作務衣だったのですね」


 レイナに説明してもらって、カナエはようやく話が通じた。お誕生日に祖父母の家に行って、まだ会ったことのない祖父に会ってみたい。その願いを叶えるために、サナもユナとリンの衣装を用意してくれているのだ。


「俺は浴衣で、カナエちゃんもレイナちゃんも浴衣で行こうって言うてるんや」

「お父ちゃんとお母ちゃんは夏用の着物で行くて言うてたけど、うちらは涼しくて楽な格好でええんやないかって」

「浴衣!? 振袖はダメなのですね!?」


 誕生日には当然レオの仕立ててくれた菜の花の振袖を着るのだと思い込んでいたカナエは、大陸の気温を失念していた。布地が多く、重なっていて、あんな暑いものを着ていたら汗だくになって汚してしまうし、また熱中症になりかねない。

 けれど、レオの作ってくれた振袖を見て欲しい気持ちはあった。

 自分のために作られた美しい菜の花の刺繍。あの繊細なひと針ひと針に、レオの気持ちが込められている。


「レオくんの振袖は着られないのですね……」

「俺もお祖父ちゃんとお祖母ちゃんに見て欲しかったんやけどなぁ」


 残念な気持ちはレオも同じようだった。半年以上かけて、コウエン領に修行にまで行って作り上げた振袖は刺繍も見事で、カナエの一番気に入っている衣装だっただけに、見てもらえないのは寂しい。

 二人してしょんぼりとしていると、レイナが良いことを思い付いてくれた。


「立体映像、撮りに行ったらどないやろ?」


 サナとレンの結婚式の姿は、立体映像としてセイリュウ領の博物館にも飾られている。結婚や出産など特別なことでもないと専門の立体映像撮影の魔術師のところに行って、立体映像を撮ってもらう習慣が、アイゼン王国にはあまりない。立体映像を撮る魔術は、魔術具制作や、移転の魔術で他人を目的地まで飛ばす魔術師のように、専門性が求められる難しい魔術だった。

 魔術学校を出た程度の魔術師ならば、画像の荒いものや非常に小さなものならば撮ることができるが、美しく鮮明な立体映像はやはり専門家に任せなければ作り出せない。


「レイナちゃん、ええな、それ! お父ちゃんとお母ちゃんに聞いてみよ」

「カナエだけでは寂しいのです。みんなの立体映像を撮ったらどうでしょう?」

「みんなでか! ユナちゃん、リンちゃん、立体映像撮りに行くか?」

「あい!」

「とりゅ!」


 それを魔術具に収めて、いつでも見てもらえるようにプレゼントする。

 カナエの提案にレオが賛成し、ユナとリンが、もう撮ってもらえるつもりでポーズを決め始めたのに、レイナが吹き出していた。

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