17.三月の予定
寒い冬は避けて、まだ雪が降ることはあるが、積雪は解け始める四月に、漆黒のドラゴンの親子の移動を予定していた。移動前の二月には、産卵のために新しいドラゴンがドラゴンの谷に降り立ち、青く透ける鱗のドラゴンの卵も孵り、元々広くはない山間の静かなドラゴンの谷は手狭になっていた。
届けられる薬草を食べて育ってきた漆黒のドラゴンの幼体は、動き回りたくてたまらないようで、他のドラゴンに近付いて行ったりして、母ドラゴンは苦労しているようだった。
新しいドラゴンは金色の鱗で、卵も無事に産めたが、二個立て続けに産んだので、ドラゴンの赤ん坊の数は増えていく気配しかない。健診に来ていたナホは、二つの卵がどちらも正常値の範囲内の大きさであることを確かめて、産んだ金色のドラゴンには労いにレンの工房から持たされた魔術の篭ったガラス玉を渡した。飲み込むと鱗の輝きが更に増す気がする。
健診を終えて帰ろうとするナホに、漆黒のドラゴンから相談があった。
「子どものドラゴンは雄でやんちゃだし、他のドラゴンは卵を抱えていたり、赤ん坊が小さかったりして、迷惑をかけるといけないから、早めにテンロウ領に移れないかって、相談されたんだ」
「そうなのね。屋根も壁もある巣は作ってもらったのだけれど、出入りする場所は開けておかなくてはいけないから、ドラゴンさんは寒くはないかしら?」
「魔術の暖房具を入れてあげられないかな?」
「入口が雪で埋もれたり、雪が降り込んでくるかもしれない」
「しばらくは籠ってもらうっていうのも、ありだと思うんだ」
テンロウ領の領主夫婦である祖父母に相談するナホに着いてきていたカナエは、タケがもじもじとお尻を振っているのに気付いた。幼いユナやリンは、オムツに排泄してしまうと、気持ち悪そうにお尻をもじもじさせる。
「タケちゃん、出ちゃったのですか?」
「ちやうの! タケたん、もらちてないもん」
漏らしたのならば着替えをせねばと考えてしまうのは、カナエがしっかりとユナとリンで姉として世話をするのに慣れてしまったからだろう。ユナを狙うタケであっても、漏らしているというのならば、助けないわけにはいかない。
否定するタケは、どうやら違うことでもじもじしているようだった。
「信頼して世話ができる相手が、毎日見てくれるのならば、籠っていても安心だろうが、ナホ以外にそんなひとがいるだろうか」
「それなんだよね……」
マンドラゴラを通してドラゴンと意思疎通ができるのは、ナホとタケに限られている。他の相手が不用意に近付くと、ドラゴンを警戒させてしまいかねない。
「わたくし、では、ダメかしら?」
名乗り出たナホの祖母の膝の上で、哺乳瓶で栄養剤を飲ませてもらっていたアルベルトが、口を外して可愛らしく「びゃい!」と手を上げる。
「長くアルベルトと接しているでしょう? わたくし、最近、アルベルトがわたくしに好意を持ってくれて、助けてくれているような気がしますのよ。アルベルト、ドラゴンさんをお手伝いできるかしら?」
「びゃい!」
やる気満々のアルベルトは、赤ん坊のような可愛いロンパースを着せられているが、きりっと表情を引き締めている。完璧に意思疎通ができなくても、ナホもなんとなくでマンドラゴラが伝えてくれることを信じているし、テンロウ領の領主の妻がドラゴンの世話役を取り仕切るのならば、それほど心強いことはない。
「レオくんに頼んで、ドラゴンさんの住居を温める暖房具を作ってもらうのです!」
「こちらでは、ドアを早急に作らせよう」
話が纏まって、三月の初めには、漆黒のドラゴンは子どもと共にテンロウ領に移ることになった。記録の全部を祖母に見せて、運動が必要な際に移動する手段なども、ナホが伝えていく。
話が纏まったところで、タケがもじもじと祖母と祖父の前に歩み出た。
「おばあたん、おじいたん、これ……」
くるくると巻かれた画用紙にリボンのかかったものを差し出されて、祖父母が顔を寄せ合ってそれを開く。そこには、歪んだ丸に目と口のようなものが付いた、幼児独特の似顔絵が三つ並んでいた。
「この髪がないのは私だね」
「こちらの黒髪の長いのはわたくしね。真ん中の頭に緑が生えているのは、アルベルトだわ」
「びぎゃ!」
「嬉しい。タケちゃん、ありがとう」
喜ばれている姿を見て、カナエはタケがお尻を振ってもじもじしていた理由を知った。大人の話が終わって、タケは祖父母にプレゼントするタイミングを幼児なりに考えていたのだ。
「ナホちゃんのお祖父ちゃんとお祖母ちゃん、お聞きしたいことがあります」
タケのプレゼントに喜んでいる姿を見て、カナエは思い出したことがあった。大陸の祖父からの贈り物に、両親は当然お礼の手紙を返しているのだが、カナエは何を書いて良いのか分からなくて、何も返せていない。
「なんだい、カナエちゃん、話してごらん」
「カナエには、大陸に会ったことのないお祖父ちゃんと、少しだけ会ったお祖母ちゃんがいるのです。お祖母ちゃんには命を救ってもらいました。お祖父ちゃんはカナエたちに贈り物をしてくれました。カナエは、何をお返しすればいいですか?」
祖父母のいなかったカナエにとっては、その年代の人物が何を贈られれば喜ぶのか分からない。万年反抗期だったので、母親のサナに贈り物をした覚えはほとんどないし、レンには贈るどころか贈られてばかりで、カナエは庭で摘んだ花を上げるくらいしかできなかった。
手先が器用で工作も物作りも絵も上手なレオに隠れているが、カナエは実のところ、絵も致命的に下手なのだ。年下のレオの方が上手な絵を描くので、恥ずかしくて他人に見せたこともなかった。
「お祖父様とは、会ったことがないの?」
「そうなのです。隠居生活をしていて、一人旅が趣味で、カナエが行ったときには不在だったのです」
「それなら、一番喜ぶのは、顔を見せてあげることだと思うよ」
「顔を!?」
「孫が訪ねて来てくれるのは嬉しいものよ。タケちゃん、ナホちゃん、来てくれてありがとう」
アルベルトを下におろしてタケを抱っこしたナホの祖母は、引き取られたタケを本当の子どものように可愛がっている。レンの母の夫で、レオたちとも血の繋がりはないし、カナエは養子なのでレンとも血の繋がりはない。けれど、この光景を見ていると、血の繋がりがなくても大丈夫なのだと思える気がした。
「お祖母ちゃん、お祖父ちゃん、クッキーが焼けたよー!」
「まぁ、ミノリちゃん、クッキーを作っていてくれたの?」
「エドお父さんが教えてくれたの。難しいお話があるから、その間に作っておこうと思って」
厨房から駆けて来たミノリが、お茶の準備を始める。それをナホとタケとミノリの祖母は懐かしそうに眺めていた。
「エドヴァルドも、厨房に入り浸っていたのよ。懐かしいわ」
「美味しそうなクッキーだね。動物の形をしてる」
「レオくんのクッキー型を借りたの」
ミノリもすっかりとテンロウ領の祖父母に懐いているようだった。
お茶を終えてお屋敷に戻ってから、カナエはレオにドラゴンの住居の暖房具について話をした。
「お父ちゃんと、カイセさんと、話し合ってみる」
「カイセさんと、仲良しなのですか?」
「カイセさん、心を入れ替えて、シヅキちゃんのためにやり直そうとしてるんや。甥っ子として、協力せなあかんやろ?」
レオはレオで、レンの工房で叔父のカイセと交流を深めている様子である。早速工房に戻って相談しようとするレオの袖を、カナエは摘まんで止めた。不思議そうに立ち止まるレオに、両腕を広げる。
「ぎゅってしてください」
「え、ええの?」
「されたいのです! してください!」
壊れないように加減してレオがカナエの身体を抱き締める。こんな風に二人きりで過ごすのも、新年からあまりに慌ただしすぎて全然時間がとれなかった。
もっとレオと一緒にいたい。そう思っているのはカナエだけなのだろうか。レオは自分のしたいことがあって、そちらに夢中なのだろうか。
不安になるカナエに、レオが肩に顔を埋めて耳元で囁く。
「カナエちゃんや……俺の大好きなカナエちゃんや」
「そうなのですよ。もっとカナエと触れ合わないと拗ねるのですよ」
「三月、何があるか、カナエちゃん、忘れてへんか?」
「三月、ですか?」
そういえば何かあったような気がする。
慌ただしくてすっかりとカナエの頭からは、三月の予定はドラゴンの移動という大イベントに塗り潰されていた。
「カナエちゃんのお誕生日や」
「あ! そうなのです!」
毎年、レオはカナエのお誕生日に何か嬉しいことをしてくれる。その準備で忙しいのだと暗に言われて、カナエは拗ねるなどと言ったことを恥ずかしく思った。
体を離して、レオの手を握る。
「三月には、春休みもあるのです。カナエのお誕生日は、何もいりません」
「いらへんのか?」
「だから、家族みんなでお祖父ちゃんとお祖母ちゃんのところに行きたいのです」
誕生日お祝いは、会ったことのない祖父に会い、優しい祖母のもとでお祝いをしてもらうこと。その願いを、カナエは口に出した。
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