16.月帰石
月帰石は大陸の一部でしか採取されない、非常に貴重な鉱物だ。色は淡い緑色で、形は蛍石に似ていて、規則正しく正八面体に割れる性質を持っている。月帰石の大きな特徴は、浮遊の魔術を石の中に織り込むことができ、身に着けたものを制御する魔術か術具で浮かせることができるというものだ。
大陸には腕のいい魔術師が非常に少なく、訓練もされていないために、大陸で発見されたときには、制御できずに空に向かって一直線に飛び上がって行ってしまうことが多かったので、月に帰る石という名称が付けられた。
拳大の月帰石を作業台に乗せて、割れた正八面体の欠片を秤に乗せていく。重さとかける魔術で、浮遊させられる対象物の大きさが決まってくるのだが、その範囲をどこまで広げるかが、今、レオとレンとカイセの三人の中で、共通の問題になっていた。
「羽ばたいて、短距離やけど飛べるようにはなりよるって話やけん、飛べるまでもう少しなんやないかね」
「そうだとしても、ハクちゃんとギンちゃんは、身体が大きいって話なんや。シロさんは、今までに産んだ子はこんなに早く成長しなかったて言うてる」
「ドラゴンの谷の方の子どものドラゴンはどうなのですか?」
「そっちはナホちゃんが測りに行ってくれてるみたいやけど、まだ牛くらいの大きさやって言うてた」
産まれたときは子牛くらいで、そのうちに成体の牛くらいの大きさになって、大人になる頃には家一軒分くらいの大きさになるドラゴン。シロは純白で鬣が長いが、ドラゴンの谷にいる漆黒のドラゴンは鬣が短く、尾が長い。青く透ける鱗のドラゴンは羽が大きく、身体が細長い。それぞれに姿も大きさも個体差が大きいのがドラゴンという種で、子どもはほとんどが母親の姿に似るとシロはレオに話してくれた。
『体の成長が早いのは、薬草を潤沢に貰っておるだけでなく、番った雄の性質やも知れぬな』
シロと番ったドラゴンの雄は非常に体が大きかったので、色違いの赤と青の目以外姿形はシロにそっくりでも、成長速度や大きさは雄に似るということもあるようだ。
どれくらい大きくなるのかはシロにも分からないというのだから、魔術具を作るレオたちも慎重になる。
「着ける場所は前脚の足首で構わへんと思うんや。どっちがハクちゃんか、ギンちゃんか分かるように付けてる足輪で慣れてるから」
「成長するのを見越してでしたら、その大きさも調整できるようにしなければなりませんね」
「大きすぎて抜けても問題だから、きつくなれば、その都度作り替えるっていうのもありっちゃありやけどね」
作業台で秤を前に、計算をしながら三人で真剣に話し合う。初めて月帰石を扱うレオとレンには、大陸で月帰石を扱ったことがあるというカイセの助けが必要だった。
「俺がお父ちゃんの仕事を手伝えて、カイセ叔父さんがお父ちゃんの力になって、なんか、ええなぁ」
「レオくん、この男にされたことを忘れたわけやなかろうね」
「あれは未遂やったし、女性のところに連れて行かれても、俺は絶対なんもせんかったやろうし、お父ちゃん、厳めしい顔、似合うてへんで?」
「仕事には真摯でいたいとよ」
そんなことを言うレンが、結婚前にセイリュウ領に保護されていた時期には、無意識にサナのイメージの魔術具を作って毎日プレゼントするようなロマンチストだということを知っているので、レオはそのうちレンもカイセと打ち解けるだろうと考えていた。
レオたちが魔術具の計算をして作成に入る間に、カナエにはナホと共にドラゴンの谷に出向いて漆黒のドラゴンと交渉する任務があった。
「テンロウ領のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、寒いところだけど、それでも構わないなら、屋根のある場所を準備して待ってるって言ってるよ」
「テンロウ領は雪に閉ざされますからね、納得してくれるか心配なのです」
女王の許可をもらって入ったドラゴンの谷では、前回来たときには卵詰まりで苦しんでいた青く透ける鱗のドラゴンが卵を抱いていた。孵化の近い卵の健診をして、ナホは異常がないことを確かめる。卵を産むときに手伝ったおかげか、青く透ける鱗のドラゴンは、マンドラゴラの通訳に従って、大人しく卵を見せてくれた。
「中から叩く音がしてる。もうすぐ生まれそうだね」
「元気に生まれてくるのですよ」
「びぎょえ! びゃびゃ、ぎょえ」
「あっちのドラゴンが良くしてくれるって言ってるって」
「優しいドラゴンさんなのです」
卵詰まりで青く透ける鱗のドラゴンが苦しんでいたときも、自分の子どもを近くで大人しくさせて、ブレスで火を起こしたりするのを手伝ってくれた漆黒のドラゴン。近寄れば、本人から申し出があったようだ。
「ドラゴンの谷では子どもが走り回れない、走り回ると他のドラゴンの孵化を妨げるかもしれない、もっと広いところに行きたいって言ってるみたいだよ」
「それだったら、話は早いですね」
マンドラゴラに通訳されたナホがカナエに話してくれて、カナエはナホを通じてマンドラゴラに通訳を頼んで、状況を説明する。
「アイゼン王国の北にテンロウ領という場所があるのです。そこのお屋敷の敷地内に、屋根のある場所を作って待っているので、そちらに移りませんか?」
「これから、大陸から次々と産卵にドラゴンが訪れれば、ここも手狭になるだろうからね。私はテンロウ領の領主の孫だから、頻繁に屋敷は訪れるし、様子も見に行くよ」
説明されて、漆黒のドラゴンは羽の下から這い出て、駆け回ろうとする赤ん坊のドラゴンの首を咥えて、引きずって羽根の下に戻した。心配そうな理由をマンドラゴラを通して聞いてみれば、その赤ん坊のことだった。
「まだその子が飛べないから長距離の移動に心配なのは分かっているのです。そのために、月帰石で魔術具を作っているのですが……」
「このドラゴンさん、月帰石を知ってるって言ってるよ」
「知っているのですか? 制御する魔術具を付ければ、使えますか?」
マンドラゴラを通さなければいけないのでもどかしく長く続いた会話は、いい方向で纏まった。魔術を含んだ宝石として、月帰石はドラゴンの栄養にもなるので、飲むことがあるらしい。量が少ない貴重な石なので飲ませることはできないが、どういう石か知っているのならば、話は早かった。
月帰石を使った魔術具を赤ん坊に装着して、制御する魔術具を母親のドラゴンが付けて、ドラゴンの移動をするということで話は纏まった。
「セイリュウ領にだけドラゴンがいたから、お母さんが矢面に立たされるようなことになったのです。今後、テンロウ領だけでなく、数が増えてきたら、モウコ領、コウエン領にもドラゴンがいるようになれば良いのです」
「そのためには、モウコ領の薬草の確保と、コウエン領の統治の安定が必要だけどね」
「領主は大変なのです……」
それでも、ドラゴンが領地にいると魔物を追い払う効果があるので、テンロウ領もそれを見越して歓迎していたし、モウコ領も、コウエン領もドラゴンの来訪を望んでいるという。
帰り道にナホと話しながら戻ると、レオが工房から試作品をハクとギンに届けるところだった。
結界から勝手に出ないように付けていた足輪と同じ、月帰石をはめ込んだ金属プレートを付けた魔術具の赤い皮で作ったものがギン、青い皮で作ったものがハクの前脚に巻かれた。匂いを嗅いだり、甘噛みしてみたり、慣れない様子だったがシロが外さないように言い聞かせて、二匹は一生懸命それを気にしないようにしていたが、尻尾が揺れ、視線がちらちらと脚元に行くので気になっているのはすぐに分かる。
シロの方には、月帰石を制御する金属プレートに丸い魔術を込めたガラス玉の嵌った魔術具を、首から鎖でかける形にした。
「ちょっとデザインがごつくなってしもたんやけど、シロさんは羽ばたくから、万が一切れたり、外れたりしたらあかんと思って」
『心遣いに感謝する』
「拘束されとるみたいに思うたらごめんな?」
『レオが我らのことを考えてくれているのはよく伝わってくる』
初めて作ったものだったし、事故が起きるといけないと、何か起きたときには浮遊の魔術でサポートできるように、カナエとナホがシロの背中に乗せてもらって、シロが自ら羽ばたいて飛びながら、ハクとギンを浮かせて運ぶ。
暴れないように言い聞かされていても、幼いハクとギンは咥えられておらず自分たちだけで浮くのが面白いのか、羽をバタつかせていた。
『これは飛ぶ感覚の練習にもなって良いな』
「失敗せぇへんで良かった。ハクちゃんもギンちゃんも無事やな」
無事にいつも運動をしている場所まで降り立つと、移転の魔術で飛んできていたレオがハクとギンの脚の魔術具とシロの首の制御の魔術具を確認する。
初めての月帰石の加工は、成功したようだった。
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