15.カイセの覚悟
「綺麗な格好をしとるっちゃけん、俺に触ったらいけんよ。俺は何日も着替えてないし、風呂にも入ってない……」
カイセの側に近付こうとするシヅキに、カイセは恐れるように後退りする。確かにカイセは異臭を放っていたが、シヅキはそれを気にせずに、ぎゅっとその手を握り締めた。
「お父ちゃん、レン様に謝って? うちとやり直そう?」
「俺がしたことを、許してくれるはずがないやろ? 違法なこともしてしまったし……」
「謝って? うち、お父ちゃんと暮らしたい!」
豪華な食事が出て来て、綺麗な服を着せられても、シヅキの気持ちは最初から変わっていなかった。新年会の日にレンを父親と思い込んで懇願したように、『本当の父親』と一緒に暮らすことこそが彼女の望みで、贅沢な暮らしがしたいわけではないのだ。
ここの暮らしは自分に合わない、家に帰りたいと泣いた彼女の顔を、カナエはよく覚えていた。
「レオくんも、自分が汗臭かったら、カナエに抱き付けないと言ったのです」
「そ、そんな恥ずかしいこと、公開せんといて!?」
「カイセさんも、シヅキちゃんが大事だから、汚れている自分に触れさせたくないのではないのですか?」
大事に思っていなければ、あの言葉は出ない。
それと同時に、カナエは思い出したことがあった。
本当の両親の元で暮らしていた時期に、まだ幼くて排泄もきちんとできず、風呂にも入れてもらえず、何日も同じ服を着ていたカナエを、レンは気にせず抱き締めてくれた。汚れていて臭かったに違いないのに、レンは躊躇うことなくカナエの求めるままに、ぎゅっと抱っこしてくれた。
レオのときも臭いなど気にならなかったが、シヅキも異臭など気にならないくらい、父親のカイセを慕っている。
「ひとは、間違えるものなのです。間違えた後にどうするかが大事なのではないでしょうか? お父さん、お母さん、シヅキちゃんのためにも、寛大な判断をお願いしたいのです」
シヅキがやってきてから、シロとハクとギンの世話は疎かになるし、大陸にまで出向かなければいけなかったし、レオは危険に晒されるし、大変なことがたくさんあった。けれど、嫌なことばかりではなかった。大陸に行ったおかげでレンは実の母親と再会でき、カナエには祖父母ができた。いとこもセイリュウ領に留学が決まった。
「今はコウエン領の領主になったリューシュちゃんだって、レオくんを奪おうとしたり、カナエに意地悪をしたりしました。デシレーちゃんとオダリスくんも、カナエやレオくんに意地悪をしました。でも、今は友達なのです」
「どうして、うちにそんなに優しくしてくれるん?」
「だって、シヅキちゃんは、カナエとレオくんとレイナちゃんとユナちゃんとリンちゃんのいとこなのですよ? 大陸のお父さんが違う弟のレキさんの方のいとこは留学させる約束をして、アイゼン王国のお母さんの違うカイセさんの方のいとこは放り出すなんて、カナエは納得できません!」
必死に訴えるカナエの顔を見て、カイセに掴みかからないようにサナに腕にしがみ付かれたレンが、黙していた口を開いた。真正面からカイセを見つめる表情は鋭く、厳しく、カナエも、配偶者のサナですらも見たことのないものだ。
「お前は、やり直す気があるとね?」
「俺……? や、やり直すって言っても、俺にそんなチャンス、与えられるわけないやろ? 短期間やけど違法な呪いの魔術具にまで手を出したし、そのときに作った魔術具を使っとるとよ?」
「呪いの魔術具に関しては、対策を練る意味でも研究のために制作過程を公開するのを、償いにすればよかろうもん。シヅキちゃんとカナエちゃんが、お前にチャンスをくれとるのが、分からんかね? お前は、どうしたいとね?」
厳しい表情での問いかけに、まさか許されるとは思っていなかったカイセが言葉に詰まる。躊躇うようにシヅキを見つめると、涙目でシヅキがカイセを見つめ返す。
「なんでもします……シヅキと暮らさせてください! どんなことでもします!」
床に膝を付き、額を床に擦り付けるようにして懇願するカイセに、レンがサナの顔を見る。
「レンさんの弟やから、見捨てられるわけないわ。しゃーない、呪いの魔術具の件も併せて、女王はんに交渉したろ」
「ありがとう、サナさん」
「ありがとうございます」
サナには柔らかく微笑んでから、土下座の態勢のままのカイセの前に膝を付いたレンの表情は、厳しいものに戻っていた。
「性根から叩き直してやる。兄として、魔術具製作者の先輩として、俺がお前を一流の魔術具製作者にしちゃる」
「ほ、本当に!?」
「工房の職人のための宿舎に住み。言っとくけど、俺は甘くないけんね?」
魔術具制作に関しては、レンは一切の妥協を許さない。初心者のカナエや、能力のあるレンに関しては、ある程度態度は優しいが、間違ったところはきっちりとやり直しをさせるし、出来上がるものに妥協はさせない。
国一番の魔術具製作者になりたくて、挫折して、捩じれて『レン』に拗らせた感情を抱いたカイセが、レンの元で修行するというのは、年齢も同じで若くはないし、複雑な気持ちはあるだろうが、差し出されたチャンスを、カイセは逃さずに掴んだ。
幸運の女神は前髪しかないという。後ろ髪を掴もうとしても、もう逃してしまうものばかりなのだ。その前髪を、カイセは掴んだ。
その日のうちに職人のための宿舎にシヅキとカイセは移って、最低限の身の回りのものをシヅキはレイナのお下がりをもらって、カイセは古着屋や古道具屋などから調達して、生活ができるように整えた。
定住せずに各地の小さな工房で魔術具作りの仕事を請け負いながら、転々と居場所を定めていなかったカイセ。髭は公衆のお手洗いで剃っていたが、何日も風呂に入っていなかったというカイセはさっぱりと風呂に入って清潔な服に着替えると、やはり、レンに印象が少し似ていた。
「呪いの魔術具の件に関しては、解析と対策のための情報を全て吐き出すという条件で、見逃してもらったわ。もう二度と作らへん、使わへんように、うちとレンさんがしっかり見張るからな」
「どれだけでも協力させてもらいます」
「レンさんはセイリュウ領の工房の師匠や。しっかり学んで励むように」
「心得ました」
心を入れ替えたといってもすぐに変われるわけではないだろうが、必死に喋り方も丁寧にして、カイセが頑張ろうとしているのは伝わってくる。最後の荷物を取りに来たシヅキに、カナエはその手を握って声をかけた。
「何かあったら、いつでも相談してください。カナエは、シヅキちゃんの従姉なのです」
「ありがとう、カナエちゃん。お父ちゃんのこと、よろしくな」
セイリュウ領の外れで母のアサヒと二人でひっそりと暮らしていたシヅキにとっては、お屋敷での生活よりも、宿舎での父親と一緒の生活の方が合っているのだろう。家に帰りたいと泣いたときよりも、明るい表情の彼女を、カナエは応援すると約束した。
「月帰石を加工するつもりなんや。カイセさんは、月帰石を加工したことがあるか?」
「大陸に渡ったときに、少しだけ」
「……あるんか!? これ、原石なんやけどな、大きさで迷ってるねん」
「浮かばせるものの大きさと、かける魔術の強さによって、月帰石の大きさの計算式があったはずです」
「お父ちゃん、カイセさん、月帰石のカットの計算式知ってはるって!」
過去のことがあるので険しい表情のレンとは対照的に、レオは人懐っこさを発揮して、カイセに月帰石の加工を相談していた。持ってきた月帰石の原石に、カイセは驚いて手も触れられない様子である。
「そんな貴重なもの……俺に見せて良いんですか?」
「カイセさんが盗むかもしれへんって疑えってこと?」
「大陸でしか手に入らない貴重な石だと、レオ様は自覚がおありで?」
「盗まへんやろ。もう、カイセさんは、『レン』を名乗ってた昔のカイセさんやない。シヅキちゃんがおるんやから」
あっさりと答えたレオに、カイセは呆気にとられた顔になっている。その顔を見て、厳めしい表情を続けられずに、レンも吹き出してしまった。
「そうやんね……うちの子、いい子やろ? ひとの善性を信じとるとよ」
カナエもレオも、カイセが間違いはしたが、更生できると信じている。それは、シヅキが父親の目の色を覚えているくらいに、カイセと触れ合った記憶が優しく嬉しいものであったと想像できたからに違いなかった。
「ハクちゃんとギンちゃんを飛ばすんや。シロさんに制御装置を使ってもらって。それが成功したら、ドラゴンの谷の漆黒のドラゴンさんに、次の産卵のドラゴンが来てもええように、テンロウ領に飛んでもらう」
作らなければいけないものが目の前にあって、それを加工する技術を持っている人物がここにいる。その人物がかつて『レン』を騙り、セイリュウ領を騒がせた相手だとしても、娘のために土下座をして心を入れ替えようとしている。
レオにとって、カイセは共に工房で切磋琢磨する職人の一人で、まだ実感は薄かったが、叔父に違いなかった。
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