14.もう一人の『レン』
罠をかけて囮として見張っていたのはシヅキの方で、まさか体格差もあるレオの方に来るとは誰も予測していなかった。苦しんで産んだ、愛しいレンそっくりの息子を奪おうという男性に、憤っていたのはカナエだけでなく、母親のサナもだった。むしろ、サナの方が怒り狂っていたかもしれない。
執務室で後ろ手に縛られて床に跪かされている男性を前に、着物の袖に包まれた両腕を組んで、細い顎をくいっと上げる。
「うちの可愛いレオくんを連れ去って、ナニをするおつもりでしたんやろか? こっちはお宅の娘さんを後見人として大事に保護してるだけやのに」
「次期領主との婚約が決まっとるっちゃろ? 別の女と関係持ったら、そんなまな板みたいな胸の子どもみたいな娘、どうでも良くなるっちゃないかね」
「だーれーがーまーなーいーたーでーすーかー!」
父親のふりをしてレオを連れ出して、商売女の味を覚えさせる。それがその男性の計画だったようだ。娘を奪われた仕返しに、娘を取り返しに来るでなく、レンの息子のレオを汚そうとする。
「捻くれて、拗らせたその根性、叩きなおしたらなあきまへんなぁ」
「レオくん、お父さん、レイナちゃん、ちょっと部屋から出てくれますか?」
捕えられた男性を前に、集まっていた家族に見せられないことをする気満々で、術式を編み上げていくカナエとサナに、レオとレンが青ざめる。ペトロナのときと違って、ここはセイリュウ領の領主のお屋敷である。自業自得だったし、魔術を吸い取るようなおぞましい部屋を作っていたペトロナの屋敷は、瓦礫に化しても仕方がなかったが、国一番の魔術師のサナとその後継者のカナエが暴れれば、セイリュウ領のお屋敷も瓦礫と化さないとは限らない。
「落ち着いて、サナさん」
「落ち着けるわけないわ。これは、レンさんでも止められへんで!」
「カナエちゃん、人殺しはあかん!」
「殺しはしないのですよ。ちょっと、『死んだ方がマシかな?』と思わせるだけで」
剣呑なことを口にする二人が編み上げていく術式を、レンとレオとレイナの三人でなんとか解きほぐし、発動しないようにするが、男性は挑発するようにサナとカナエを睨み付ける。
「殺すなら殺せばいい! 最初から俺の人生なんてなかったったい!」
レンのふりをして、レンの母親に金を無心しに行ったり、自分をレンだと偽ってシヅキの母親と子どもを作ったり、この男性が何を考えているのか。殺せば聞くこともできない。
「お父ちゃんが来てるって本当なんか!?」
廊下を走って来たシヅキが執務室の扉を開ける。レイナのお下がりの中でも傷んでいない綺麗な服を着せられて、健康状態も良く、艶々とした姿のシヅキに、男性は顔を反らした。それを許さずに、シヅキが歩み寄って、顔を覗き込む。
「似てる……けど、確かに違う……。お母ちゃん、死んでしもたんよ? どこ行ってたん? 何をしてたん?」
「俺は……嘘なんてなにも付いとらん! 俺の名前はレンやけん」
当のレンの前に来てまで、自分はレンだと主張する男性。
「ちょっと場所を移そうか」
執務室で縛られている状態では本音など聞き出せない。そう判断したレンに、サナもカナエも渋々従って、客間で自分を『レン』と名乗る男性にお客様対応で魔術の拘束を解いてお茶を出した。お茶にも菓子にも手を付けないが、隣りにシヅキが泣きそうな顔で座っているのを横目で見て、男性が俯く。
「本当の名前はなんていうとね? 俺の弟? 兄?」
「数日違いやけど、弟……名前は、カイセ、やった」
「やった?」
「変えられたとよ、22歳のときに」
22歳。
その時期に自分になにがあったか、レンは鮮明に思い出せる。
12歳になったダリア女王が、レンの魔術具を見て、才能を見出して、王都に引き抜かれたのだ。師匠であるペトロナには16歳のときから妙な秋波を送られていたし、工房でもレンは才能はあったが名は知られていなかった。それが、まだ王女だったダリアの目に留まったことにより、一転した。
「王女は潔癖なところがあるけん、うちの父親のような素行の貴族が近付こうとしても無理やし、捨てた子どもを今更取り返そうとしても、あんたはもう成人しとって、無理やけんって」
「だからって、成人もしてる息子の名前を変えるとね!?」
「変えたのは母親よ。父親が『レンがここにいれば』て言い続けるけん、当てつけに俺の名前を『レン』にするて宣言して、その日から『レン』て呼び始めた」
その頃には父親は新しい愛人がいて、母親も面白くなかったのだろう。財産は欲しいので正妻の座を譲る気はなかったが、父親に嫌がらせはしたかった。屋敷の使用人はほとんど母親の支配下にあったので、カイセはその日から『レン』と呼ばれるようになってしまった。
「俺の人生はない。それやったら、俺が『レン』になってやろうと思ったっちゃん」
両親に見切りをつけても、『レン』の呪縛から逃れられずに、王都に行って魔術具作りの勉強をしたが、カイセにはある程度の才能があったが、レンほどの才能はなかった。王都で名を上げようとして、夢破れて帰ったコウエン領で、カイセは工房の師匠だったペトロナと出会い、呪いの術具を作るようになった。
「正当な方法じゃ認められんけん、呪いの術具は『レン』も作れんやろうって思って……でも、あの女、俺に迫ってきて……」
――レンよりは劣るけど、これで我慢してやるたい
その言葉に、ぷつりとカイセの中で何かが切れた。
ペトロナの元から逃げ出して、王都に戻って、小さな工房を構えて、今度こそ真面目にやり直そうと思っていた。それなのに、そこに修行に来た魔術学校を出たばかりの可愛らしい女性は、『レン』に憧れていて、修行が終わったらセイリュウ領に戻ってレンの工房に行くのだという。
彼女がアサヒだった。
修業期間を終えたアサヒを追いかけて、カイセもセイリュウ領に入って、呪いの魔術具を身に着けた。
「どうかしとったと、自分でも思うとよ。でも、俺はレンにはなれん……それなのに、俺にレンになれとずっと言われとる気がして」
呪いのように絡み付いた母親の声が、ペトロナの声が消えない。
呪いの魔術具でアサヒを騙して、子どもを作ったが、頻繁に会えば自分がレンでないと分かってしまう。会わない間に、レンに相当する男になろうと、カイセも努力したのだ。
「工房をもう一度建てて、アサヒとシヅキを迎えに行こうと思ったったい。前の工房の借金もあったし……」
「それで、大陸に金の無心をしに行ったとね」
「俺だって、『レン』やけん」
「……身勝手な」
さすがのレンも呆れ果てるカイセの物言いに、カイセはレンの胸倉を掴み上げる。
「あんたには分からんやろうね。人生も名前も、何もかもあんたに奪われて、挙句に娘まで奪われたとよ?」
「俺は何も奪っとらん。お前がそう思い込んだだけやろう? なんで、『カイセ』としてアサヒさんに真摯に気持ちを告げんやったとね? シヅキちゃんが大事なら、レオくんを使って復讐するんやなくて、シヅキちゃんを迎えに来ないかんかったやろう?」
「アサヒが惚れとるのはあんたやった! シヅキだって、あんたを見たら、あんたが父親だった方が良いって思うに決まっとるやろ? あんたは、恵まれとるけんそれを言えるとよ!」
つかみ合いになっている兄弟を、レオとサナが引き離す。隣りで静かに聞いていたシヅキが立ち上がって、つかつかとカイセの前に歩み出た。
振り上げた小さな手が、ぱしんっとカイセの頬を叩く。
「うちのお父ちゃんが、ごめんなさい。許されることやないって分かってます。でも、やっぱり、このひとがうちのお父さんや。レンさんみたいに、できたひとやない。我がままで、自分勝手で……でも、お母ちゃんは、お父ちゃんのことが、最後まで好きやったんやで?」
隠れてしか会えない中でも、贈ってくれた魔術具を大事にしていた。騙されたふりをしていたのかもしれない。本当に近くに寄れば、工房で短期間とはいえ働いていたアサヒが、レンとカイセを見間違えることはなさそうだった。
「最初は魔術具で騙されてたんかもしれんけど、お父ちゃん、目の色隠せてなかったし、お母ちゃんも気付いてたんやろ。気付いてて、お父ちゃんの嘘に合わせてたんや」
幸せな夢の中にいたのかもしれない。
深々とレンに自分の父の非礼を詫びるシヅキの潔い姿に、カイセの方が戸惑っているようだった。
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