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13.罠にかかった男

 短い冬休みは慌ただしく過ぎて行った。新年にはシヅキが押しかけてきて、ドラゴンの谷では卵の詰まったドラゴンが降り立って、レイナが王都で攫われかけて、大陸にも行った。

 大変だった冬休みの最後に、レンとサナはシヅキの後見人になることを発表した。


「この子は勘違いしとったみたいで、レンさんの異母兄弟の子どもみたいですのん」

「俺を血縁として頼ってきてくれたとやったら、家もなくなるっていうし、追い出すわけにはいかんけんね」


 冬休み明けから幼年学校の卒業まで通わせて、その後はセイリュウ領の魔術学校に通わせる。教育も衣食住も責任を持って成人まで面倒を見ると宣言したレンの言葉に、偽りはなかった。


「本当に俺の姪っ子で、捨てられたとやったら、俺と同じやけん、見捨てられるわけ、ないとよ」

「ここから、幼年学校に通って、ここに住んでええんか?」

「しばらくの間は、ここから通って、学費も生活費も援助するけん、シヅキちゃんを引き取りたいてひとがおって、シヅキちゃんも良いって思ったら、そこに移ってもらうよ」

「領主様は、うちのこと、怒ってへんのか?」


 後見人になることをシヅキに告げた席で、彼女は震えてサナを直視できなかった。新年会の日にあれだけ罵られたのである、サナのことは恐ろしくもあるだろう。


「レンさんが決めはったことやし、何より、あんさんがレンさんの異母兄弟の子どもやったら、血縁には違いないやろ」

「お母ちゃん、言い方が怖いで」

「うちが完全に認めてしもたら、レンさんの浮気を許したとか阿呆なことを言いだす輩がおるんや。あんさんが悪いんやないっていうのは分かってるけど、うちがあんさんに優しないのは、覚悟しといてな」


 形として、大歓迎という態を取ってしまえば、サナがレン愛しさに隠し子の存在を許したとも勘繰られかねない。貴族社会のわずらわしさを、ローズのように一蹴してしまえれば、ダリアのように冷ややかに退けられれば良いのだが、サナには守りたい家族がいて、領地も富ませたいという欲があるので、足元を掬われるような真似は避けたいのだ。

 震えてサナの顔を見られないままに、シヅキはレンとサナが後見人になる以外に生きていく道はないと悟って、了承した。

 幼年学校に通うシヅキには、警備兵を付けて、レオとレイナとカナエは普段通りに王都の魔術学校と研究過程に通い始めた。

 魔術学校で月帰石の勉強をして、その使い道を思い付いたのは、レオだった。


「ハクちゃんとギンちゃんはまだ飛べへんやろ? シロさんが一匹ずつ咥えて運んでるけど、大きなってきて、それも苦しそうや。月帰石を大型の荷物の輸送に使ってたって記録があってな」

「ハクちゃんとギンちゃんにつけて、シロさんに制御してもらって、二匹同時に連れて行くのですね」

「そうすれば、運動する場所と裏庭で二手に分かれて待ってる必要もなくなる」


 まず初めにカナエに教えてくれたレオの目は、きらきらと好奇心に輝いていた。大陸で自分を祖父と思って良いと言ってくれたレイシーの夫からもらった、希少な月帰石。使い道はレオとレンで一緒に考えようと言われていたので、いい考えが浮かんで嬉しかったのだろう。

 小さな頃に、何か出来上がると一番に見せに来てくれたレオ。その頃を思い出してカナエも胸がほっこりと暖かくなる。


「家族に使うことを考えてたけど、よく考えてみれば、俺らは魔術師やけん、浮遊の魔術は使えるとよね。浮かべないものを浮かばせてこそ、やったね」

「それでうまく行ったら、ドラゴンの谷におるドラゴンの赤さんも運べるんやないやろか」

「産卵地に開放するって言っても、あそこは広くないけんね。今は二家族しかおらんけど、増えたら手狭になるとよね」

「セイリュウ領にだけドラゴンがおるから、お母ちゃんも反乱を企ててるとか勘繰られるし、お母ちゃん、最近、大陸にまで進出し始めたって噂が立ってるんや」


 大陸に行ったのは純粋にレンの血縁関係を調べるためだったのだが、結果として砂漠の部族との繋がりができて、長の孫たちの留学まで約束して来たサナ。本人としてはレイシーに自分がレンの良い嫁であることを示したいだけなのに、周囲はそうは思ってくれないのが領主という立場のつらいところだ。


「うちが反乱なんて起こすわけがないわ。シロはんを兵器と考えるやなんて、失礼な輩もおるし、大陸に進出やなんて……ただ、お義母さんに可愛いお嫁ちゃんやて思うて欲しいだけなのにー」


 周囲が『魔王』と言って恐れているサナも、レンの前ではただの乙女だし、レンの母の前ではただの良い嫁だった。領主としての威厳のために、わざと恐ろしいイメージを付けているというのには、異存はないようだが。


「月帰石で、先に来てた漆黒のドラゴンさんに、移動をお願いしてみたらいいっちゃないかね」

「ローズ女王はんとダリア女王はんと話し合ってくるけど、多分、テンロウ領やろうな」


 初めに受け入れてもらうのはテンロウ領になるだろうというサナの予測は、領地としてテンロウ領が一番落ち着いているのと、マンドラゴラ栽培に領主が凝っているせいで、薬草栽培も盛んになって、ドラゴンの赤ん坊の食料も潤沢にありそうだからだった。モウコ領は魔術学校の整備に忙しく、どちらかといえば乾いた土地なので、薬草栽培に向いていない。コウエン領に至っては、まだ領地を建て直している途中で、ドラゴンまで面倒を見切れるとは思えない。

 その点、孫がシロの世話をしているナホとタケと関わりの深いテンロウ領ならば、安心感があった。

 月帰石の使い道も決まって、一月が終わろうとしていた頃に、男性は現れた。

 王都の魔術学校で、レオを待ち伏せしていたのは、レンよりも背が低いが、全体的な雰囲気としては似ている男性だった。一目でレオはそれがレンではないと分かったのだが、オダリスが丁寧に頭を下げている。


「レオくんのお父ちゃんやなかですか。お久しぶりです」

「レオを連れて帰らないといかんくなってね」

「オダリスくん……このひとが、お父ちゃんに見えとるんか?」

「え? レンさんやないとね?」

「レンやけど?」


 当然のようにレオの腕を掴んで連れて行こうとする男性の指が、レオの腕に食い込む。胸元のブローチの虹色の光りを見ていると、レオもその男性がレンのような気がしてくる。

 呪いの魔術具だ。

 どこで手に入れたのか分からないが、この男性は呪いの魔術具を使って、似ていることを使って自分をレンと思わせている。


「俺のお父ちゃんやない! 放せ! カナエちゃん! カナエちゃん、助けて!」


 魔術で力を強化しているのか、レオの方が体格が良いのにその男性の手を振りほどけない。どちらかといえば、物に魔術をかける方が得意で、戦いや筋力強化に優れていないレオは、その手から逃れることができずに引きずられる。


「俺の娘を奪うっちゃけん、息子を奪われても仕方なかろうもん?」


 暗く呟く男性の瞳の色は、闇に塗り潰された濃い灰色だった。シヅキが言っていたのと同じ色。


「カナエのレオくんを奪うとは、地獄を見たいのですね?」


 魔術学校の敷地内から引きずり出されたレオの指輪に呼応して、カナエが駆け付けて来たのは、その直後だった。

 ブローチの虹色の光など目に入れず、跳躍したカナエが、男性の前に降り立って、逃げ道を塞ぐ。レオを盾にしようとした男性に、カナエが素早くレオを引き剥がして後ろに庇い、小柄な体を使って、深く腰を落として、飛び上がるようにしてアッパーカットを放っていた。鍛え上げている上に、筋力強化までされたアッパーカットをもろに受けて、男性は後ろに吹っ飛んでいく。

 小柄なカナエがこんなに攻撃力が高いとは考えていなかったのだろう。

 脳震盪を起こしてひっくり返っている男性を、カナエがぐりぐりと踏みつぶしながら、レオをしっかりと抱き締めた。


「レオくん、無事で良かったのです」

「俺の方に来るとは思わんかった……」


 警備兵を付けたシヅキの方に行くだろうとばかり考えていたが、男性が狙ったのはレオだった。娘を奪われたから、レンの息子を奪ってやる。そんな考えの男性に連れて行かれていれば、命まで危なかったかもしれない。


「カナエちゃん、ありがとう」


 しっかりとカナエを抱き締めて、レオは礼を言った。

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