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12.シヅキの記憶

 道ならぬ恋の末に生まれたと教えられて育ってきたシヅキ。彼女にとっては、レオとカナエは、父の正妻の娘と息子にあたる。客間に訪れたシヅキが警戒しているのは感じ取っていた。

 服はレイナのお下がりを着せられて、風呂にも入れてもらっているようで、シヅキは清潔な印象だった。


「困っていることはありませんか?」

「家に帰りたい……」


 お茶の用意をして、シヅキと向かい合って座ると、膝の上でぎゅっと握り締めた拳が震えている。黒い瞳に涙をいっぱい溜めたシヅキは、幼さの残る少女でしかない。

 こんな大事になるとは思っていなかったのだろうが、母親を失って、他に頼るものもなく、必死だったのだろう。領主の屋敷に押しかけて、新年会で他の貴族も見ている前でのあの告白は、あまりにも衝撃的過ぎて、野放しにするわけにはいかないというのが領主としてのサナの本音だろう。蹴り出しても構わなかったのだが、シヅキが12歳で家を追い出されかけている状況で、しかも周囲にはサナを陥れたい貴族で溢れている。利用されないとも限らないシヅキを外に追い出すよりも、充分な待遇はしつつも、監視下に置いておいた方が賢明だと判断したのだ。

 当のシヅキにとっては、レンはこの屋敷でも慕われているし、サナは『魔王』として恐れられているので、針の筵だったに違いない。


「思い出して欲しいことがあるのです」

「答えたら、うちを帰してくれるん?」

「約束はできないのですが……シヅキちゃんの本当のお父さんを探す手掛かりになるかもしれません」


 「本当のお父さん」と言われて、シヅキの身体が強張る。震える手でカップを手に取ったシヅキは、落ち着こうとお茶を口に含んだ。喉が鳴るのを確認して、カナエは言葉を続けた。


「シヅキちゃんの会った『お父さん』の目の色は、何色でしたか?」

「目の色……立体映像は小さくて目の色はよく見えへんかったし……」

「立体映像ではなくて、実際に会った『お父さん』です」


 大陸に出向いて話を聞いたときに、レイシーはレンと同じ時期に愛人から異母兄弟が生まれていたことを教えてくれた。レキはレイシーの息子を騙って訪れた相手が、シヅキと同じ立体映像の展開するペンダントを持っていて、その人物の目が紫ではなかったと言っていた。


「お父さんの目……色……」


 考え込むシヅキに、レオもカナエも何の情報も与えずに、ただ答えを待っていた。目を閉じて記憶を反芻するように、シヅキが黙り込む。

 新年会で詰め寄ったときには、必死過ぎてレンの目の色を確認する余裕もなかっただろう。


「灰色……濃い灰色だった気がする」


 答えにカナエはレオを見た。レオが大きく頷く。


「お父ちゃんの目は紫なんや。大陸に言って聞いてきたんやけど、お父ちゃんの名前を騙ったひとの目は、灰色か黒か、とにかく、紫やなかったって」

「む、紫やったかもしれへん! 小さかったから覚えてないし!」

「本当は、シヅキちゃんも気付いているのではないですか?」


 レオとカナエに畳みかけられて、ほろほろとシヅキの目から涙が零れる。ぎゅっとワンピースの胸元を握り締めたシヅキは、しゃくりあげながら、言葉を紡ぐ。


「この服も、うちが手の届くもんやないし、出て来る食事も豪華やし……ここがうちの居場所やないっていうのはよう分かった……もう家に帰りたい」

「家に帰ってどないするんや? 戻るところがあるんか?」

「そんなん言われても……うち、どうすればいいか」


 顔を覆って泣き出してしまったシヅキにそれ以上は聞けず、カナエとレオは部屋を退出した。任せきりになっているシロとハクとギンのところへ向かう途中で、工房の前を通ると、レンが顔を出した。


「カナエちゃん、レオくん、サナさんには報告して来たっちゃけど、あの子が持ってたペンダントとレキさんが保管してくれとったペンダント、魔術が一致したとよ」

「それじゃあ、同じ人物なんですね」


 大陸にまで行って、レンを騙って、その人物は何がしたかったのだろう。


「本人を探してみらないけんけど、リューシュちゃんが領主になってから、貴族からも税金を取り立てたおかげで、俺の父親の家は潰れとるみたいっちゃんね」


 聞きたい情報でもなかったし、レイシーに話させたくもなかったが、父親の悪癖から全てが始まっていて、セイリュウ領領主のサナに迷惑をかけているとなれば、聞かないわけにはいかなかった。レイシーの話を元に調べてみたところ、リューシュの政策が始まってから、レンの父親は落ちぶれて愛人たちには捨てられて、持っていた屋敷も税金として取り上げられてどこに行ったかも分からなくなっている。


「俺と同じくらいの年の息子がおったっていう記録はあったとよ」

「お父さんの偽物ですね」

「なんで、俺を騙って、拘ってるんか分からんっちゃけど」


 レンとしては自覚はないのかもしれないが、国一番の魔術具製作者という肩書に、セイリュウ領領主の夫という待遇まで付いてくるのだ、騙りたくなる気持ちは、カナエには理解したくないが、起きても仕方がないと思えた。


「シロさんのところに行って来るわ。しばらくご無沙汰やったから、申し訳ない」

「そうだったのです。この件に関しては、カナエもよく考えてみるのです」


 いい考えが浮かばないときには、カナエには強い味方がいた。それがナホである。ドラゴンのシロとハクとギンの世話も担っているナホのところに行けば、いい考えが浮かぶかもしれない。

 大陸に行くときも快くシロたちのことを請け負って送り出してくれたナホは、話を聞いて、思案顔になる。マンドラゴラとハクとギンと追いかけっこをしていたタケも、しゃがみ込んで、頬に手を当てて考える真似をしている。


「シヅキちゃんを囮にして、出て来るようなひとじゃなさそうだもんね」

「シヅキちゃんを囮にって、具体的に?」

「サナさんは賛成しないと思うけど、レンさんが、シヅキちゃんを娘って認めるふりをするの」

「え!? そんなの嫌なのです!」


 レンが嘘でもシヅキを娘と認めてしまったら、サナの風当たりも強くなるし、後で誤解を解こうとしても、レンには不名誉な噂が付きまとう。それこそ、サナが一番恐れていることだった。


「レンさんの娘だと認めて可愛がってたら、レンさんにそれだけ執着してるなら、娘を取られたと逆恨みして、姿を現すかもしれない」

「お父さんにそんな汚名を着せたくないのです」


 ナホの言っていることは正しいとカナエにも分かるのだが、どうしても幼い自分を本当の父親として引き取って育ててくれたレンに、そんな汚名を着せたくなくて、迷うカナエの肩をレオが抱いた。


「お父ちゃんは、優しいひとや。12歳の女の子が天涯孤独になってたら、見捨てられるわけがない」

「そうか、そっちの線でいくわけか!」


 何か思いついたレオに、ナホだけが納得した表情で、カナエは不思議そうにレオとナホの間に視線を行ったり来たりさせていた。

 夕食の後で、レオはカナエを含めて、レンとサナとレイナに考え付いた策を教えてくれた。


「お父ちゃんとお母ちゃんが、未成年やったリューシュちゃんの後見人になったみたいに、シヅキちゃんの後見人になるんや。養子にする方がええんかもしれへんけど、それは解消が面倒やろ?」

「なんで、レンさんを陥れようとする輩に、そのネタを上げなあかんのや」

「落ち着いて、お母ちゃん。これはシヅキちゃんの本当のお父ちゃんをおびき出すための罠なんや!」


 これだけレンに執着していて、レンのふりをし続けている兄弟ならば、娘をレンが後見人になって成人まで見届けると知れれば、娘を奪われたと嫉妬に狂って姿を現すかもしれない。


「そうやなくても、もっと最低な男やったら、娘が金になるって思うかもしれへんやろ」

「そうでした、シヅキちゃん、レイナちゃんのお下がりのワンピースを、こんないい服と言って、食事も贅沢だと言っていたのです」


 引き取られるまでの期間はあまり覚えていないが、カナエにとっては領主の屋敷での食事や生活が普通になって気付いていないが、魔術学校に通えるのも、栄養バランスのいい食事を毎日三食食べられるのも、清潔で綺麗な服を着られるのも、毎日お風呂に入れるのだって、貴族以外はなかなかできることではない。

 セイリュウ領では幼年学校は無料で給食まで出すし、成績優秀者には魔術学校も奨学金を出しているので、学問のハードルは低くなっているとはいえ、領民が全員豊かかと言えば、これだけサナが頑張っていても行き届かないところがあった。

 大陸までレンの母親に金の無心をしに行く人物が、セイリュウ領のお屋敷に娘が引き取られたとすれば、どのような反応をするのか。


「やってみようかね」

「レンさん、ええの?」

「サナさんが俺を信じてくれるけん、大胆な手に出られるとよ」


 レオの意見を受けて、レンは心を決めたようだった。

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