11.祖父からの贈り物
「カナエはお父さんとお母さんに引き取られましたが、二人を本当の両親と思って生きてきました。それだけで充分幸せだと思っていたのに、友達にナホちゃんという子がいるのですが、その子がテンロウ領に行ってお祖父ちゃんとお祖母ちゃんに会うたびに、ほんの少しだけ羨ましかったのです。お祖母ちゃんができて、カナエは嬉しいのです」
別れ際にレイシーに告げると、考え込んだ後に、レイシーはそっとカナエに耳打ちしてくれた。
「そう言ってくれて、私も受け入れられてものすごく嬉しか。……もしかすると、お祖父ちゃんもできるかもしれんけん、そのときはよろしくね」
移転の魔術でセイリュウ領に帰ってからも、しばらくはその言葉の意味をカナエは知ることはなかった。お屋敷のリビングで家族が揃うと、まずはユナとリンが数日いなかった父のレンの脚にしっかりとしがみ付く。
「とと、ないない、やっ!」
「とと、らっこ!」
「寂しい思いをさせたみたいやね。ただいま、ユナくん、リンちゃん」
二人を一度に抱っこして頬を摺り寄せると、ユナとリンが真面目な顔でサナに手招きする。サナにも抱っこして欲しいのかと、近寄れば、ユナとリンは抱っこから降りて、お気に入りのブランケットを引きずって戻って来た。ソファにサナとレンを座らせて、ぎゅうぎゅうとブランケットを押し付ける。
「かか、ねんこ!」
「とと、かか、ねんこよ!」
「大陸に行ったから疲れて眠くなってしもたんか? 今日ははよ寝よか?」
「とと、ちやう!」
「かか、ねんこ!」
必死に主張する双子に、レイナが苦笑しながらレンに説明した。
「お母ちゃん、お父ちゃんと一緒やないとよう眠れへんって宣言してたやん? その通りやったみたいで、お父ちゃんがおらへん間、眠そうにしてたんや。ちゃんとリンちゃんもユナくんも見てたんやな」
「いやや、レイナちゃん、言わんとって! 恥ずかしい!」
「お父ちゃん、お母ちゃんをねんこさせたって」
くすくすと笑いながら言う娘に、赤くなった両頬を押さえたサナを、レンは軽々と抱き上げた。
「ユナくん、リンちゃん、おいで。みんなでねんこしようかね」
「あーい!」
「ちゅみなちゃ!」
お休みなさいとカナエとレオとレイナに挨拶をして、ユナとリンはサナを抱き上げて寝室に入って行ったレンをぽてぽてと追いかけて行った。夕食は軽く頂いていたし、お風呂はカナエは入れてもらっている。サナとレオの寝室には、赤ん坊がお漏らしをしたとき用の簡易シャワーが付いているので、サナとレンとリンとユナはそれで済ませるだろう。
「うち、お風呂お先に。髪に砂が絡まってしもうて、気持ち悪いわ」
周囲が緑に囲まれているとはいえ、砂漠の中の街は風が砂っぽく、埃っぽかった。汗と砂を流したいと先にお風呂に入るレイナに、レオとカナエの二人が残される。
「カナエちゃんもお疲れ様やったな。熱中症は平気か?」
「もうすっかり平気なのですよ」
「お父ちゃんの魔術具をお祖母ちゃんに見てもらうの、カナエちゃんが提案したんやろ?」
「そうなのです。ローズ女王陛下が着けていた髪飾りで気付いたのだったら、お父さんの魔術具だったら気付くと思ったのです」
思惑通りに事が進んで、カナエは誇らしい気持ちでいっぱいだった。緩く両腕を広げたレオが、カナエを抱き締めようとして躊躇っている様子に、不思議そうに小首を傾げれば、恥ずかしそうにレオがぼそぼそと呟く。
「カナエちゃんのことを抱き締めたいんやけど、お風呂も入ってないから、汗臭いし……」
「構わないのですよ」
「大陸に行ってから一度も入ってないんや! 俺、絶対、男臭い!」
顔を覆って絶望するレオが可愛くて、カナエは近寄って自分からその分厚い胸板に頬を寄せて、抱き付いてみた。確かに言われた通りに酸っぱい匂いはしたが、ものすごく臭いというわけではなく、許容範囲内だった。
人買いに襲われても、カナエは一人で解決してしまうようなところがあるが、それとは別に、レオには可愛い女の子と思われたい。守られたいわけではないが、レオに大事にしてもらっているという実感が欲しい。
「匂いまで気にしてくれるなんて、レオくんはカナエが大好きなのですね」
「そうやで、大好きなんやで」
「綺麗」とレイシーに言われて喜んでいたサナの気持ちが、カナエにも分かる気がした。
レイナがお風呂から出てきた後で、カナエにお休みを言ってレオも風呂に入る。祖母の屋敷での一日と、大陸での数日は、夢のように過ぎて行った。
それが夢ではなかったと分からせたのは、翌々日にレイシーから魔術で届いた手紙と小包だった。手紙は隠居してから一人旅を趣味にしていて、家を空けていたレイシーの夫の言葉を、レイシーがアイゼン王国の文字で書き起こしたものだった。
『自分はレキという一人息子に恵まれたが、レキに兄弟がいればどれほど良いかと思っていた。妻がアイゼン王国に残してきた息子については、ずっと話を聞いて気の毒に思っていたので、幸せに暮らしているようで安心した。今後、アイゼン王国のセイリュウ領とはあの街の長としても交流を持ちたい』
そんな内容が書かれていて、最後に添えられた言葉に、カナエは息を飲んだ。
『血の繋がりはないが、レキの兄ということで、嫌でなければ、私を父、祖父と思ってくれたら嬉しい』
「お祖父ちゃんが、できたのです!」
「お義母様の旦那様やもんな、カナエちゃんやレオくんやレイナちゃんやユナくんやリンちゃんがお祖父ちゃんと思うても構わへんやろうけど、レンさんはどない?」
「物凄く嬉しかよ」
確認し合う夫婦に認められて、レイシーの夫を祖父と思って良いという一家の共通認識が生まれた。
一緒に届いた小包を開けて、レンは驚きの声を上げる。蛍石のような色合いと形の拳大の宝石の原石が入っていた。
「お父ちゃん、これは珍しい宝石なんか?」
「月帰石やと思うっちゃけど、サナさん、ちょっと見てくれんね」
呼ばれて手紙をユナとリンに読み聞かせていたサナが、テーブルの上に置かれた宝石を覗き込む。
「お母ちゃん、珍しい石なんか?」
「大陸の一部でしか採れへん宝石やな。レイナちゃん、ちょっと持ってみ?」
促されて拳大のそれを抱いたレイナに、サナが簡単な術式を編み上げて石に魔術をかける。白い指先がゆっくりと上に上がるにつれて、原石を抱いているレイナの身体もふわりと宙に浮いていた。
「ひゃー!? なんやこれ!?」
「魔術をかけると、持っている相手の重力を操れるんやけど、大陸は魔術師が少なくて、訓練も受けてないから、魔術が上手にかからへんと、空に向かって一直線に吹っ飛んで行ってしもてな、それで月に帰る石、月帰石て呼ばれてるんや」
驚くレイナを床の上に下ろして、レイナが月帰石の原石をテーブルの上に戻す。大陸の一部でしか採れない貴重な月帰石を信愛の証に届けてくれたということは、それだけレンと親しくなりたいのだろう。
「嬉しかね。色も薄緑で綺麗やし、レオくん、一緒に家族の分、加工してみんね?」
「そんな貴重なもんを俺が使ってええの?」
「お祖父ちゃんの気持ちやけん、使わせてもらおう」
親子で話し合って、月帰石はレオとレンの二人で工房で加工することになった。
ほのぼのと親子で過ごしている間も、シヅキはもう一週間以上客間に閉じ込められている。同情するわけではないが、12歳の少女ということもあって、カナエはずっと気にはなっていた。
ナホとタケとミノリとレイナにずっとシロとハクとギンのことを任せているのも気になるが、シヅキと話してみたい気持ちもある。
悩んでいるときに、背中を押してくれたのは、レオだった。
「俺はカナエちゃんが何を悩んでるか分からへんけど、カナエちゃんの良いようにしたらええと思う。カナエちゃんはお母ちゃんの自慢の後継者なんやから」
「ついてきてくれますか?」
「一生ついていくで」
レンがいなければ眠れないサナのように、カナエもレオと結婚したら、レオがいなければ眠れなくなるかもしれない。研修で離れたとき以外、レオがいない日など考えたこともないが、これから先もレオの側にいない人生を考えることはできない。
手を差し出せば、自然とそれが握られて、カナエはレオと手を繋いで客間へと続く廊下を歩きだしていた。
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