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10.祖母

 庭に池を作って植物を植え、涼しくしているとはいえ、暑い地域には違いない。一月の冬の最中のセイリュウ領から移転の魔術で飛んでくる、サナとレイナとユナとリンには、くれぐれも涼しい格好でと伝えていた。

 指標が出来上がって、サナの移転の魔術で飛んできた一行を、レキと使用人が迎えてくれる。屋敷の中に入ると、カナエとレオとレンとレンの母親と、レキの家族が揃ってサナたちの到着を待っていた。


「お母さん……って呼ぶのはちょっと恥ずかしい気もするけど、お母さん、このひとが俺の結婚相手で、アイゼン王国のセイリュウ領の領主様とよ」

「こんな綺麗かひとが、レンのお嫁さんとね。初めまして、レイシーっていうとよ」

「サナと申します。レンさん、うち『綺麗』やて! 嬉しいわぁ」


 お淑やかに挨拶をしていたサナだが、誉め言葉に笑み崩れてしまう。

 顔の半分が醜く崩れる呪いをかけられたレイシーを、砂漠の部族の長である夫は、必死に逃げて来たものとして保護してくれて、その優しさに愛情が芽生え、呪いを解いて結婚したのだと話してくれた。


「レンのことは、ずっと気にかけとったっちゃけど、どうしてもコウエン領に戻る勇気が持てんで。酷い母親やと思われても仕方ないと思っとう」

「うちの両親は貴族で、愛のない結婚の末に、魔術の才能のあるうちを産んで、その後は家にも戻って来ませんでした。ずっとレンさんのことを思うてた気持ちがあれば、充分に母親やとうちは思います」

「サナさん……ありがとう」


 涙を堪えて礼を言うレイシーを、ユナとリンが丸いお目目でじっと見上げている。ふくふくと良く育った可愛い双子に見つめられて、レイシーは涙を拭いてしゃがんで目線を合わせ、手を差し出す。


「初めまして、お祖母ちゃんって呼んでもらっていいっちゃろか?」

「もちろんですわ。こっちの男の子がユナくん、女の子がリンちゃんです。リンちゃんはお祖母ちゃんに似てるなぁ」

「りーた。おばー?」

「ゆぅた。ばぁ?」

「お祖母ちゃんや」


 自己紹介をしてレイシーを見つめるリンとユナに、サナが教える。


「おば?」

「惜しいな」

「ばばぁ!」

「ユナくん、それはあかん!」

「ばばぁでもよかよ。ばばぁに抱っこさせてくれんね」

「お義母様、ばばぁはあきません。ばぁばや、ユナくん、リンちゃん」

「ばぁば!」


 飛び付いて抱っこされる二人は、レンに似たのかしっかりと重い。二人一度には無理だったので、順番に抱っこしてもらって、二人ともご満悦の顔で戻って来た。


「レイナです。レオお兄ちゃんとカナエちゃんの妹の」

「お母さんに似たっちゃね。お目目の色がレンとおんなじとね。お顔をよく見せて」

「お祖母ちゃんともお揃いやね」

「そうやった……こんなに可愛い孫がいっぱいで、なんて幸せっちゃろう」


 レイナの顔を覗き込んで涙ぐむレイシーの肩を、レキの妻が抱く。


「ばぁば、ないない?」

「あ、ユナくん、いけないのです!」


 顔を隠す布を不思議に思ったのか、剥がそうとするユナをカナエが止めたが、緩々と首を振って、レイシーは布を取ってしまった。白髪交じりだが豊かな黒髪と褐色の肌に紫の目で、レンより16歳年上というが若々しく見える女性の姿に、レンが目を凝らす。


「家族しかおらんけん、構わんよ」

「俺は、お母さんに似とったっちゃね」

「わたくしとも似ていますもんね」


 レイシーとレンとレキが笑い合う姿は、血の繋がりを感じさせた。

 ユナとリンがレイシーに遊んでもらっている間に、レキがお茶とお菓子を用意してサナに大陸の現状を話す。


「わたくしの母は魔術師ですが、若くして結婚させられたので、魔術師としての教育を充分に受けておりません。母からある程度は習ったのですが、わたくしも魔術師として移転の魔術も使えない有様です」

「魔術学校自体ないし、魔術師もカナエちゃんを攫おうとする輩が出て来るくらいおらへんみたいですからね」

「わたくしも魔術を習いたい気持ちはあるのですが、それよりも、魔術師としての血を引く子どもたちに教育の機会を与えたいのです」


 砂漠の部族の豪商だからこそ、セイリュウ領の領主であるサナと交渉することができるのだろうが、レキは自分の息子と娘をセイリュウ領の魔術学校に留学させることができないかと考えているようだった。

 魔術師の素養があっても、レキのように育てられないままに生きていくものも大陸では多いという。魔術師しか、相手が魔術師であること、その才能を見抜けないので、そもそも、在野に才能が埋もれていても発掘できる魔術師がいないのだ。


「この部族にも他にも魔術師としての才能を持つものがいるやもしれませんし、今後、産まれてくるかもしれない。そのときに、息子と娘が正しい魔術師としての教育を受けていれば、師匠になることが可能でしょう」

「部族のことを考えてはるんやな。うちも魔術師の才能があるんやったら、磨いて勉強した方が領地のため、国のためになると思うて、領主になってすぐに魔術学校を作りました。息子さんと娘さんの留学の件、責任もってうちが請け負いましょう」

「ありがとうございます。兄の奥方があなたのような方で良かった」


 利害も一致して、レキともいい関係が築けそうだとほっとしたところで、サナとレンは本来の目的である一番大事なことを聞かなければいけなかった。ユナとリンはカナエとレオの膝の上に抱っこされて、レイナも並んで座って、全員でレイシーと向き合う。


「コウエン領におったときのことをお聞きして良いですやろか? 嫌な気分にならはるんやったら、辞めておきますが」

「今、セイリュウ領の領主の屋敷に、俺を騙った相手の子どもと思われる女の子が来てて、絶対にあり得んことっちゃけど、不義密通の嫌疑をかけられとるっちゃん」


 あり得ないことだから、訪ねて来たシヅキを追い出して終わりにしても良い話だった。けれど、まだ12歳で母親を亡くしたばかりのシヅキを追い出すことに同情の余地があったのと、追い出されたシヅキが他の貴族に利用されて、もっと大きな騒ぎになるとまた面倒なことになる。

 詳しく話をすれば、考え込むレイシーよりも、答えをくれたのはレキだった。


「母を訪ねて来る『レン』を名乗る輩は、今まで全員金の無心に来たと判断して、追い返していました。10年ほど前でしょうか……妙な魔術具を持った男が来たのを覚えています」

「魔術具を?」

「ロケットペンダント、というのでしょうか、開くと中から立体映像が現れて、そこにレン兄さんの姿が映し出されていました」


 自分がそのレンで、このペンダントを渡してくれれば分かると言われたが、レキはペンダントで映し出された立体映像のレンの姿と、その男の姿が、雰囲気は似ているが、違うように思えて、信用しなかったのだ。


「そんなことがあったとね」

「年の頃はレン兄さんか、わたくしくらいだったかと」


 その当時のレキかレンの年齢だったとすれば、年代も近い男性だと分かる。


「あの子も、捨てられたっちゃろか」


 思い当たることがあったのか、レイシーの呟きに、一同が視線を向けた。


「レンと同じ時期に、愛人が子どもを産んだって噂が聞こえてきたとよ。それで、私は元夫を受け入れられんくなったっちゃけど」

「俺の異母兄弟がいたってことやね」

「ちょっと待っていてください」


 走って奥に引っ込んだレキに一同が待っていると、レキはペンダントトップを持って戻って来た。開くとシヅキが持っていたのと同じ、レンの結婚式のときの写真が、サナの部分だけ切り取られて、立体映像で映し出される。


「渡して欲しいとしつこく押し付けられて、気持ち悪くて捨てようかと思っていたのですが、魔術のかかったものは大陸では貴重なので」

「とっとってくれたっちゃね。ありがとう」

「これはレン兄さんにお渡しします。レン兄さんに雰囲気の似た男でしたが、一つ、確実に違ったのは目の色でした」


 ペンダントを受け取るレンの目の色も、レキの目の色も、レイシーの目の色を受け継いだ深い紫色である。


「その男の目の色は、灰色か、黒か……とにかく、紫ではなかったと思います」


 あまり見えないように布を目深に被っていたが、レキは男の目の色がレンのものと違うことをしっかりと見ていてくれた。

 指標もできたので、幼年学校を卒業する年に相当する12歳になったら、留学の手続きを請け負うと約束をして、レンとサナとカナエとレオとレイナとユナとリン、セイリュウ領領主一家は帰り支度を始める。幼年学校で習う読み書きや計算は、レキとレイシーが教えると言っていた。


「本当にお世話になりました」

「指標を維持してくれたら、いつでも会えるから、また会いに来るで、お祖母ちゃん!」


 祖母ができた喜びを胸に、一家は大陸を後にしたのだった。

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