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11.リューシュ奪還

 国一番の魔術具製作者のレンが作ってくれた魔術具が一式。セイリュウ領に籠っているので本人は自覚がないが、薬草を育てるのに関しては最高級の腕を持つイサギが、エドヴァルドと調合した魔術薬。

 持てる物は全て準備して、カナエとナホは移転の魔術の準備をした。

 魔術師として初歩にあたる移転の魔術だが、失敗すると建物の中や、馬車の通る道の真ん中、川や海の中に出現してしまうこともあって、基本的に魔術学校でも3年生までは使用を禁止されていて、4年生以上になると試験を受けて、目的地となる場所を学んでから使うことが許されるようになる。

 貴族の屋敷や領主の屋敷には目印(ポータル)になる魔術がかけられていて、大抵、障害物のない玄関先や庭に飛ぶように設定されていた。


「私たちは、結婚を強制されそうになっているクラスメイトを助けに行くんだからね?」

「レオくんとラウリくんには内緒なのです」

「ラウリくんは気付いてるかもしれないけど、移転の魔術が使えないからね」


 移転の魔術自体、実際には使うことはできるのだが、無許可では使用してはいけないことになっている。10歳と12歳で魔術学校の1年生のラウリとレオは、コウエン領に飛ぶことができなかった。


「レオくんと連れて行くと、略奪愛みたいに、勘違いされそうで嫌なのです」

「それもあるよね」


 女二人で計画を立てて、移転の魔術を使ってコウエン領の領主の御屋敷まで飛ぶ。距離はあったが、魔術の才能があるカナエとナホならば、無理なく行くことができた。

 領主の御屋敷の近くは栄えているように見えるが、コウエン領の民は明らかに貧困に喘いでいた。幼年学校の整備すら怪しく、魔術学校のないコウエン領から、領民が逃げ出すのを、コウエン領領主は厳しく罰しているという。


「ひとまずは、リューシュちゃんを救い出すのです」


 悪巧みをしている場所ほど、警戒して警護が厳しいのは確かだったが、悪党に従うのはそれ相応の相手でしかない。


「こういうときには、これが一番強いって、クリスティアン叔父様が言ってたよ」


 ナホが取り出したのは、革で作られた趣味のいい財布で、そこから金貨を摘まんでカナエに見せる。年相応の少女のような顔で、二人はコウエン領領主の屋敷の門の前に立っている警備兵に近寄った。


「リューシュちゃんの魔術学校の同級生なのです」

「結婚のお祝いを言いたいんだけど、お部屋が分かると嬉しいな」

「領主様はお嬢様の学友が来るなど言ってないぞ」

「お部屋の場所だけでも教えてもらえたら、すごぉく助かるのです」


 他の警備兵に見えないようにナホが握らせた金貨に、警備兵の目つきが変わった。内緒だとくれぐれも言って、部屋がどこかを教えてくれる。

 庭から入り込んで、教えられた部屋のベランダまで、浮遊の魔術でナホとカナエは飛んだ。駆け寄った窓はカーテンが閉められているが、悲鳴のようなものが聞こえている。


「リューシュちゃん、助けに来たのですよ!」

「あー!? カナエちゃん!?」


 鍵を開ける方法をナホが考えている時間も惜しくて、カナエは魔術を発動させて窓枠ごと窓を外してしまった。素早くナホが音を消す魔術を編めたのは、カナエの猪突猛進な性格を知っていたからだった。

 音を消していたので侵入に気付かれず、カーテンから覗いた部屋の中では、コウエン領領主が乗馬鞭のようなものを振り上げていた。顔を背けて、震えながらも、リューシュは抵抗せず腕を差し出している。


「お前がセイリュウ領の領主に告げ口をしたんだろう! 女王陛下に詰問されたんだぞ!」

「わたくしはなにも……きゃっ! お許しください! ごめんなさい、ごめんなさい……」


 鞭で打たれて涙を零すリューシュをにやけた顔で見ている部屋の隅に立つ青年に、カナエは見覚えがあった。誕生日お祝いをレオと買いに行ったときに、邪魔をした青年である。


「これだから女は役に立たない。せいぜい優秀な魔術師を、私が生きているうちに産むんだな」

「はい……お父様」

「泣くな! 泣いて良いと許可した覚えはないぞ!」

「いやぁ!? ごめんなさい、ごめんなさい!」


 従順に従うリューシュを更に鞭で打ったコウエン領領主は、部屋の隅の青年を呼び寄せた。


「リューシュには継がせない。いくら魔術の才能があっても、リアム、お前のように男でないと役に立たない。女は子どもを産むし、情に流される」

「父さん、役立たずのリューシュはどうするとね?」

「魔術の才能がある貴族の嫁にやる。コウエン領を継ぐのはお前だ」


 魔術の才能に関係なく、現領主が指名した次期領主を、各領主と女王たちと議会で選定して、許可する法が定められているのは、カナエも知っていた。それは、魔術の才能ではなく、領地を治める能力で領主を選ぶためのものだったが、それをコウエン領領主は悪用しようとしている。

 見ていられないと飛び出したカナエに、ナホも続く。


「リューシュちゃん、助けに、来たのですよ」

「あなたは……お帰りになってください!」

「セイリュウ領の、カナエ様やないね。俺に会いに来てくれたとね」


 自分の妹が鞭で打たれているのを嘲笑って見ていながら、カナエが来ればいい顔をするコウエン領領主の息子、リアムというらしい彼のことを、カナエは少しも信用できなかった。


「近寄らないでください」

「リューシュちゃん、こっちに」

「いけません、お二人に、危害が……きゃああ!?」


 魔術を発動させてカナエとナホを捕えてしまおうとするリアムとコウエン領領主から、二人を庇うようにリューシュが間に入る。振り上げられた鞭が振り下ろされて、リューシュの頬に赤く痕が付いた。


「これから嫁に行くのに、顔を怪我するなど!」

「怪我をさせたのはあなたではないのですか!」

「リューシュちゃん、結婚、したいの?」


 凛としてリューシュを抱き留めたカナエと、問いかけるナホに、リューシュの瞳からはらはらと涙が零れる。


「お父様、お願いです、親子のように年の離れた方とは……」

「年など関係ない。相手はお前のような女と結婚してくださるために、奥方と別れてくださったのだぞ? まぁ、子どもも産めぬ役立たずの奥方だったようだが」


 ぷつりと何かが切れる音がした気がした。

 カナエの周囲で小さな爆発が起きる。術式さえ編まれていない原始的な魔術は、部屋を破壊していく。爆発が無差別に起きていて、標的を定められていないと気付いたコウエン領領主が、カナエに鞭を振り上げた。


「リューシュちゃん、選ぶのです! あなたを大事にしないひとに、傷付けられて、望まない相手の子どもを産んで、リューシュちゃんは愛せますか?」

「わたくしは……」

「リューシュちゃんが、将来心から好きになるひとが、どこかにいるかもしれない。そのひとと出会ったときに、リューシュちゃんは躊躇わずにそのひとの元にいけるの?」


 カナエとナホの問いかけに、リューシュの周囲で巨大な術式が編まれる気配がした。魔術の才能は、この場ではカナエが一番だが、次がナホとリューシュ、変わらないくらいで、コウエン領領主とリアムはそれよりもかなり劣っている。

 振り上げられた鞭が振り下ろされようと迫っていた。


「もう、嫌! わたくしも、わたくしの友達も、傷付けないで!」


 悲痛なリューシュの叫び声と共に発動した魔術が、コウエン領領主とリアムを吹き飛ばす。ナホとカナエはリューシュを挟むようにして、移転の魔術でさっさとテンロウ領の王都の別邸に戻ったのだった。

 薄着で傷だらけのリューシュを連れ戻ると、ラウリとレオが出てきて、カナエとナホに駆け寄る。


「カナエちゃんもナホちゃんもおらへんから、探してたんや」

「リューシュさん、大丈夫ですか?」

「わたくし……お父様に、逆らってしまいました……」


 崩れ落ちそうなリューシュを支えて、ナホとカナエがリビングのソファに座らせる。持ってきたカナエの服は小さかったので、使用人から服を借りて、カナエとナホはリューシュの服を着替えさせた。

 腕を中心に、鞭で打たれた痣が幾つもある体は痛々しい。


「お父ちゃんとお母ちゃんに連絡しよ! リューシュちゃんは、もう戻ったらあかん!」

「そうです、なんて酷い! 僕も母に伝えます」


 話を聞いたレオとラウリの行動は早かった。セイリュウ領の領主の名のもとに、コウエン領領主による娘のリューシュの虐待が女王に報告されて、リューシュは正式にテンロウ領の王都の別邸に保護されることとなった。

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