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9.母子の再会

 豪商の屋敷で、レンとレオは歓待を受けていた。旅人に親切にすることが、商売の先行きを良くするという信仰のある砂漠の部族では、富のあるものは惜しみなく貧しいものや旅のものにそれを分け与える。

 そういう風習を勘違いした輩が、金をせびりに来るのも良くあることなのだが、それに関しては厳しく対応しているという。

 甘いお菓子やミルクで煮出したお茶などをいただいて、屋敷の主人の男性と話をしながらも、レンとレオは奥の棟に連れて行かれたカナエのことが気にかかっていた。


「母と妻が処置しております。熱中症になったのでしょう」

「会わせてもらうわけにはいかんっちゃろか?」

「娘さんのことは心配かと思いますが、裸で水風呂に浸かってもらっている状態ですし、奥の棟は家族か女性しか入れないことになっております」


 肌を隠し、目元しか見えないように布を被る風習のある砂漠の部族は、家族と女性しかいない住居の中でしか厳重な装いを解かない。見知らぬ相手に顔を見せる風習のない彼女たちにしてみれば、レンやレオが入ってくれば大混乱になってしまうだろう。

 郷に入っては郷に従えとはいうが、成人しているとはいえ、カナエが一人きりで引き離されている状態に、レオは不安しかなかった。


「奥方とお母上に、後でお礼を言わせていただけますか?」

「娘さんが回復して、お会いできる格好になりましたら」


 親切にしてくれるし、悪い相手ではないのだろうが、カナエが一人きりで連れて行かれたことに、レンもレオも警戒していないわけではなかった。魔術師として戦う能力は高いので、普段ならば何かされそうになっても抵抗できるが、カナエは熱中症で倒れているのである。もしもこの親切が全てまやかしで、カナエという魔術師を得るための演技だとすれば、それほど恐ろしいことはなかった。

 落ち着かずお茶にもお菓子にも手を付けられないでいるレオとレンに、屋敷の主人は使用人呼ぶ。


「娘さんのことが心配でしょう。様子を聞いてこさせます」

「ありがとうございます」

「先程の喋り方……アイゼン王国からいらっしゃった方ではないですか?」


 コウエン領の訛りのレンと、セイリュウ領の訛りのレオ。どちらも喋り方に特徴がある。どちらを聞いて言ったのかは分からないが、屋敷の主人は二人の喋り方を聞いて、助けに入ってくれたという。


「わたくしの母も、アイゼン王国の出身で、似たような喋り方をしております。訛っていて恥ずかしいので、わたくしには真似をしないようにと言い聞かせて育てられましたが、あなたの喋り方は、どこか懐かしい」


 屋敷の主人が真っすぐに見て言ったのは、レンの顔だった。見つめ合うレンと屋敷の主人が、どこか似た面影があることに、レオは気付く。よく見れば、濃い色なので気付かなかったが、屋敷の主人もレンと同じ紫色の目をしていた。


「お名前を聞いても良いですやろか?」

「レキと申します」

「レキ……お父ちゃんの名前は、レンやな」


 名前にも似ているところがある。

 年はレキの方が下だろうが、似た雰囲気で、身長はレンの方が高いが、体格ががっしりとしているのも似ている気がする。


「レキ様、お母上様からお客様にお願いがあって参りました」


 走って戻ってきた使用人は、カナエの体調が順調に回復していることを告げた後に、レキに奥の棟にいる母親からの頼み事を伝えた。話を聞いて、レキはすぐにレンに向き直る。


「実は、こちらに嫁ぐ前に母にはアイゼン王国に置いてきた息子がいて、その息子のことをずっと後悔していると聞いていました。その話を聞きつけた不届きな輩が、息子を騙って金をせびりに来るのも日常で、誰が来ようと母に会わせるつもりはなかったのです」


 けれど、熱中症で倒れかけている若い女性と、それを心配する親子、その姿にどうしても放っておけなくて、レキは声をかけた。


「母の息子の名前がレンということも知っていましたが、騙っているのかもしれないと警戒していました」


 一人でカナエを預けて、魔術師として売られたり、無理やりに子どもを産まされたり、酷いことをされないかレンとレオが警戒していたように、レキの方もこの訪問客が母の息子を騙っていないか警戒していたという。事実、何度もそういう輩が屋敷を訪れて、そのたびに母親は違うことを思い知らされて傷付いたのだ。

 今回は本物かもしれない。

 それを証明するためには、レンの魔術のかかったものが必要だった。


「幼い日に置いていったとしても、母は息子の魔術の特徴を忘れることはないと言っております。どうか、魔術具をお貸し願えませんか?」

「俺の作ったもんで良ければ」


 アイゼン王国においては、魔術具は安全のために裕福な家庭では、子どもの頃から当然のように付けるが、魔術師の少ない大陸においては、魔術具の価値は跳ね上がる。透かし彫りのイヤリングを片方外してレキに手渡すと、一礼して、レキは走ってきた使用人にそれを渡した。

 バタバタと使用人が行ったり来たりする気配がして、ようやく現れたのは、黒い布で目元以外を隠した女性だった。真っすぐにレンの元に駆けてきて、レンの顔を下から見上げる。


「大きくなって……また会えるとは思っとらんかった……小さいあなたを置いていってしまった酷い母親やって、憎まれとっても構わんけん、お願い、よく顔を見せて」

「俺のお母さんですか?」

「あぁ、間違いない。この顔、この魔術……あなたは私のレンよ」


 かろうじて見える目元から、彼女の瞳の色がレンと同じ紫だと分かる。

 捨てられたときに幼かったが、レンと付けられた名前だけは覚えていた。

 母親が逃げた後に、邪魔になったレンを後妻が貧民街に捨てたのだろう。その後でどうやって生きていたのか分からないが、ペトロナに拾われるまで、小さなレンはお腹を空かせて貧民街を彷徨いて、最終的に道端に座り込んでいた。

 母の記憶など全くなかったが、屈んで顔を見せるレンの頬を撫でる手が暖かい。


「お父さん、レオくん、カナエはお祖母ちゃんと叔母様に助けてもらって、元気になったのです」

「カナエちゃん! 良かった! もう平気なんか?」

「水風呂に入れてもらって、ミントティーもいただいたのです」


 大陸に渡ってからお風呂にも入れていなかったカナエは、髪も綺麗に洗って整えてもらって、顔全体を隠すまでもなく、肌を隠す長袖の服に髪だけを隠すように布を巻かれて戻ってきた。しっかりと抱き締めて回復を喜ぶレオに、カナエも抱き付く。

 カナエの後ろから、レンの母と同じように黒い布で顔も含め肌を全て隠した女性が、二人の子どもを連れてくる。年の頃は10歳前後で、片方は女の子で髪を隠すように黒い布を被っていて、もう片方は男の子で興味津々にレオとカナエを見つめていた。


「レツ、アニー、伯父様といとこたちですよ。ご挨拶なさい」

「はじめまして」

「おにいちゃん、おっきいね」


 母親の後ろに隠れながらも声をかけてくれるいとこたちは、年下で可愛い。微笑んで自己紹介をしようとして、レオはレンの顔を見上げ、祖母にあたるレンの母の顔の視線を移す。


「お祖母ちゃん、あんな、お母ちゃんと妹と弟を紹介したいんや! 二つ年下の妹と、2歳になった双子の妹と弟がおるんよ」

「ぜひ会いたいっちゃけど、アイゼン王国におるっちゃないと?」

「指標を作らせてもらっても良いやろか?」


 移転の魔術の目標となる指標が作られれば、それを目標としてサナもレイナとリンとユナを連れて移転の魔術で飛んでこられる。アイゼン王国に帰った後も、指標を維持してもらっていれば、いつでもレン一家はこの屋敷に飛んでこられる。


「アイゼン王国のセイリュウ領と繋がりができるのは、わたくしの商売にとっても大きな利益となります」


 魔術具作りが盛んなセイリュウ領と繋がりができれば、レキは良質の魔術具を仕入れることができるし、セイリュウ領の工房に大陸の宝飾品の材料を送ることができる。兄弟として認め合うだけでなく、商売にも利益になるとわかれば、レキに躊躇いはなかった。

 指標を作ることを許されて、レンが屋敷の門に指標となる魔術をかけて、それを魔術師の才能を受け継いでいるというレキに維持する魔術を伝える。


「兄弟でこんな風に仲良くできるとは思いませんでした」

「弟と思って良いと?」

「もちろんです。隠居している父も、喜びます」


 父親が違うということもレキにとっては蟠りはないように見えた。

 指標を作り終えたレンはサナに通信を送る。


「サナさん、俺の母親が見つかったとよ」


 これから、レンの血縁の中に、レンを騙るような輩がいたかどうかを確認しなければいけない。最初の目的はそれだったが、少しの間だけはそれを忘れて、家族の再会を喜び、妻と子を紹介したいというレンに、反対するものは誰もいなかった。

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