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8.水風呂とミントティー

 セイリュウ領は真冬だったが、大陸の最南端にある砂漠の部族の住む地域は、真夏以上に暑くて、遮るもののない砂漠では日差しも厳しい。冷却の魔術をかけながら進んでいたが、市から豪商のいるという街に着く前に、カナエは頭が痛くて、吐き気がして、暑さで倒れそうになっていた。肌を隠す布は、慣れないと非常に蒸して、顔が燃えるように熱くなっているのが分かる。


「お父さん、レオくん、気分が悪いのです……」

「お水、飲めんね?」

「吐きそうで……」


 水も受け付けないカナエの様子が重篤だと気付いたレンが、医者を探しに走るが異国のカナエたちを受け入れてくれる医者がいない。魔術師というだけで遠巻きにされて、恐れられている雰囲気があるのに、カナエの肌を隠す布を取ってしまえば、どうなるのかレンにもレオにも予測がつかなかった。

 治療をするといって引き離されれば、レンもレオもカナエを守ることができない。


「旅のお方ですか?」

「そうやけど……」

「旅の方はもてなすのが習いとなっております。よろしければ、わたくしの屋敷にいらっしゃいませんか?」


 褐色の肌に黒い髪、どこか見たことのあるような容貌の男性に声をかけられて、レンとレオは藁をもすがる気持ちで、カナエを連れてその屋敷に行った。街で一番大きな屋敷には、大きな庭があって、豊かに水を湛えた池がある。

 奥の棟は女性しか入れないと言われて、レオとレンはカナエを引き渡すのに躊躇った。


「女の子一人だけで行かせるわけには……」

「その女性には早急な治療が必要ですよ。わたくしの母と妻と使用人が責任を持って行いますので」

「カナエちゃん……」


 人買いに襲われたこともあって警戒はしていたが、このまま放置すればカナエは重篤な障害を負ってしまうかもしれない。渋々レオとレンはカナエを奥の女性たちの棟に送り出した。

 意識も朦朧としたままで、カナエは着ているものを全て剥がれて、水風呂に浸けられていた。ちょろちょろと細い水が管を通って美しいタイル張りの浴槽に入ってきて、常に浴槽を満たす水は冷たく保たれている。

 褐色の肌のサナくらいの年の女性と、それより年上の女性の二人が、心配そうにカナエを覗き込んでいた。


「あ……ありがとう、ございます」

「ミントティーをお飲みなさい。体が芯から冷えます」

「はい」


 差し出された冷たいミントティーを飲めば、熱の篭った体が冷えていくのが分かった。


「熱中症になったとやね。熱は漁火のごと、ずっとくすぶり続けるとよ。お嬢さん、じっとしとくのはつらかかもしれんけど、身体を冷やさんといけんよ」

「その喋り方……」


 ようやく焦点の合うようになってきたカナエの瞳が見つめる先には、白髪交じりの黒髪に、紫の目の老婦人が映っていた。自分が濡れるのも構わず、カナエにミントティーを差し出してくれて、カナエの額を拭いてくれる。


「大陸から来たとよ。恥ずかしいけん、あんまり喋らんっちゃけどね」

「大陸のコウエン領からですか?」

「この容貌と喋りやけん、分かろうね。15で結婚させられて、16で子どもを産んだけど、夫は何人も愛人を持って、私の腹が空になったら、次の子どもを産ませようとしたと」


 産まれた子どもは取り上げられて、自分の手で育てることもできずに、次の子どもを産むための行為を強いられて、彼女は嫌悪感に苛まれて、心を病んだ。夫を拒む彼女を、夫はあっさりと捨てて、次の女に乗り換えた。

 次の女は彼女が戻ってこないように、顔の半分が醜く崩れる呪いをかけたのだ。


「呪いをかけられて、家を追い出されて、子どもを連れて行こうと連れ出したのに、取り返されてしまったとよ……崩れた顔のせいで碌な扱いを受けんで、もうぼろぼろで死にそうで、逃げんと生きて行かれんと思って、泣く泣く子どもは置いてきたと。酷い母親やろう?」

「レン……その子どもの名前は、レンではなかったですか?」

「なんで、それを!?」


 見ず知らずのカナエの命を救おうとしてくれて、どれだけ貴重か分からない水をたっぷりと使った水風呂に入れて、ミントティーを差し出してくれたこの女性。褐色の肌に黒髪、それだけでなく紫色の目が、レンと酷似していた。


「お義母様が御子息を置いてきたという話を聞いて、偽の息子が金をせびりにきたことが、これまでに何度もありましたのよ」

「うちは豪商やけんね」


 砂漠の中に豊かに水の使える屋敷を建てて、交易で富を得ているこの家には、虚偽で金をかすめ取ろうとする輩がたくさん来る。セイリュウ領領主も、貴族たちに狙われて、レンの不義の娘まで押しかけてくるような状態なので、簡単には信じてもらえないとカナエは分かっていた。

 けれど、目の前の父と同じ紫の目の女性は魔術師である。


「お父さんの作った月のモチーフの髪飾りと金糸雀を、アイゼン王国の方と取り替えた覚えがあるでしょう?」

「お父さんって、あなたはレンの娘さんとね? あれは、やっぱり、レンの作ったものやったとね。魔術の痕跡が似とると思ったとよ」

「カナエの魔術具……は、レオくんが作ったものだったのです。お父さんの魔術具を借りてきてくれませんか? きっと分かると思うのです」


 カナエが奥の棟で水風呂で身体を冷やしてもらっている限り、レンとレオは遠くには行っていないはずだ。魔術師はそれぞれにかけた魔術に特徴があり、魔術師同士が見れば知っているものならば誰がかけたかをすぐに調べることができる。16,7年前にローズが大陸に渡って来たときに、月のモチーフの髪飾りにレンの魔術の痕跡を感じたのであれば、その後にレンが作ったものもレン本人の魔術の痕跡が残っていると分かるはずだ。

 本人に会ってみれば魔術を感じられるのだが、いきなり本人に会うのは、女性が隔離されて守られているような砂漠の部族の文化では難しいとカナエは判断した。

 紫の目の女性と、彼女の息子の嫁らしき女性が声をかけて、使用人に頼みごとをしている間も、カナエは水風呂の中に浸からされて動くことは許されなかった。たかが熱中症とカナエは甘く見ているが、重篤な障害が残ったり、命を落としたりすることがあると二人は心配してくれていた。


「レンの娘さんがこんなに白い肌なんて信じられんっちゃけどね。髪も綺麗な栗色やし、お目目も緑で」

「訳があって、カナエはお父さんの養子なのです。実子のレオくんを見たら、納得すると思うのです」

「あの魔術具を作った子?」


 水風呂に入るにあたって魔術具は全て取り外されていたが、魔術師の紫の目の女性はその精密さに気付いていたようだった。


「お父さんがお金をせびるなんて、ないのです。お父さんはアイゼン王国一番の魔術具製作者で、お母さんはアイゼン王国のセイリュウ領という場所の領主で、お金に困っているわけがありません」


 それはカナエが潤沢に魔術のかけられた魔術具を身に着けていて、身なりも良いものを着せてもらっていることからも分かっただろう。

 説明していると、使用人がばたばたと戻ってきて、レンの耳に下がっていたイヤリングを紫の目の女性に手渡した。掌の上にそれを乗せて、じっくりと見極めた彼女の目から、一筋の涙が伝い落ちた。


「レン……これは、レンの魔術がかかっとる」

「お父さんは、あなたの息子なのですね?」

「間違いなか。私の息子よ。あなたは、私の孫」


 水しぶきを上げて、濡れるのも構わずカナエは抱き締められて、じんと目の裏が熱くなった。

 覚悟を決めて会いに行ったカナエの両親は、カナエのことがいらないとはっきりと告げた。もう会わないことを条件に、タケの祖母の家を教えてもらった。実の両親と子どもはそんなものなのか。

 ミノリに関しても、あの両親は魔術師の才能を盾に金銭で売り渡すようなことをしていた。

 世の中はこんなものなのだと諦めていたカナエが、今、レンの実の母親に泣きながら抱き締められている。


「お嬢ちゃん、ありがとう。私の息子に会える」

「お義母様、お客様の前に出られる格好を準備致します。カナエ様も、もう一杯ミントティーを飲んでから、着替えを準備しましょうね」


 冷えたミントティーを渡してくれて、着替えに行ったレンの実の母と、その息子の嫁に、深く感謝しながら、カナエは少しずつミントティーを飲む。スッと鼻に抜ける爽快感のあるミントと、冷えた水分が体に燻る炎を消してくれる。


「お母さんに連絡しないといけないのです」


 セイリュウ領の領主として、レンの妻として、サナはレンの母に会いたがるだろうし、養子であるカナエに会えたことですら喜んでくれたレンの母に、レイナやユナやリンも会わせたい。


「カナエの、お祖母ちゃん……」


 テンロウ領に行くたびにナホやタケが甘えていた、お祖母ちゃんやお祖父ちゃんといった存在。それがカナエにもいて、自分を歓迎してくれている事実が、ミントティーと共に胸に染みわたるようだった。

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