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7.大陸の魔術師

 魔術師がアイゼン王国から渡って来た。それだけで噂になって、宿に人買いが押しかけてくるほど、大陸には魔術師が足りていない。

 血統でしか生まれない魔術師は、アイゼン王国が島国で、貴族がその血統を守るために魔術の才能の高いものを集めて婚姻を結び続けていたために、貴族のほとんどが才能の差はあるものの魔術師として教育を受け、ある程度の魔術は使える。

 早朝に見知らぬ幼子を人質に脅されたのは不運だったが、大陸の現状を見ることができたのと、案内人と出会えて話をできたのは、不幸中の幸いだった。


「お嬢さんのように白い肌に栗色の髪、緑の目なんて、一目で魔術師と分かってしまいますよ」

「お父さんとレオくんはバレていなかったということですか?」

「外見的にはっきりと分かるお姿ではないですからね。お嬢さんは一目で分かりますが」


 案内人の説明を聞きながら、宿の一階で食事を摂っていると有益な情報が得られた。

 日差しのせいもあるが、肌を見せることを良しとしない風習のために、砂漠の部族や放牧の流浪の民たちは、女性は家族以外のいる場所に出るときは、目元以外を隠しているという。案内人に布の巻き方を習って、カナエは目元以外が見えないように隠してしまった。こうすれば、カナエの目立つ肌の色も、髪の色も、目の色も、隠せてしまう。

 魔術師だと知られるだけで人買いに追いかけられていれば、行動がしにくいのは確かだった。


「お父さんの血縁かもしれない方も、顔を隠していたのでしょうか?」

「その方は女性ですか……あの白金の髪の女性に金糸雀を渡した女性では?」


 カナエの呟きに案内人が語ってくれたのは、16,7年前にローズがこの市に来たときに偶然訪れていた豪商らしき人物の奥方で、女性から他人に声をかけるのははしたないとされているので、使用人の男性を通して、ローズの髪飾りとリュリュが呪いをかけられて金糸雀にさせられて閉じ込められていた籠を取り換える交渉をしたのだ。


「大陸から来た方だと聞いたような気がします。髪飾りの形よりも、そこにかけられていた魔術に興味を持ったようでしたので」

「魔術師ってことやね」


 その豪商が誰なのか、探し当てなければいけない。

 情報も土地勘もないレンの判断は早かった。


「調べるのに使った分と、働いてもらった分はしっかりと払うけん、探してくれんね?」


 通貨が違うので代わりになる宝石や金の欠片を見せれば、案内人の目の色が変わる。手を出そうとする案内人に金の粒を当面の活動費として渡して、それ以外はレンは素早く財布の中にしまってしまった。


「出来高制やけんね? 働いてもらわな」

「それは、その人物を探し出せばがっぽりくださるということですよね?」

「できたんやったらね?」


 捨て子で、魔術師の弟子としてコウエン領の領主のお屋敷に勤めていたレンは、そこから王宮の双子の王女の妹に見いだされ、上り詰めて来た。交渉術も心得た様子に、カナエもレオも父の頼もしさを実感していた。

 気にかかるのはアイゼン王国に残してきた、母と妹と弟である。


「リンちゃんとユナくん、寂しがってないやろか……お父ちゃんも俺もカナエちゃんもおらへんで、お母ちゃんとレイナちゃんにべったりかもしれへん」

「お母さんも、お父さんのためならひとを殺すようなところがありますが、意外と繊細ですから、眠れていないかもしれませんね」

「お父ちゃんと一緒やないと眠られへんって言うてたもんなぁ」


 セイリュウ領領主の激務をこなしながらも、サナが子どもを育てていられるのは、レンがサナと共に子育てをすることが当然という考え方をしているからだった。カナエを引き取った後も、初めは家族というものを持ったことがなかったので、一人で3歳のカナエを子ども部屋で寝かせて、寂しいと泣かせてしまったが、それ以降はレンもサナも試行錯誤しながら、できる限り子どもに寄り添いながら、生活している。

 領主と工房の師匠(マイスター)、どちらもセイリュウ領のトップにいる夫婦なので、忙しいことも多々あるが、レイナを魔術学校に送る時間を取ったり、朝食と夕食は必ず家族で食べたり、お茶の時間にも余裕があれば顔を出したりして、カナエとレオは両親に充分愛されていることを理解して伸び伸びと育ってきた。


「サナさんの声が聞きたかね」

「お父さんもお母さんが恋しいですか?」

「結婚してから、離れたことないけんね。早く帰りたかよ。レオくんとカナエちゃんの冬休みが終わる前には帰らないかんし」


 両親の一大事なのだから、魔術学校や研究過程を少しくらい休んでも、教授は事情を理解してくれそうだが、良い父親であるレンは、子どもたちに魔術学校も研究過程も休ませたくないと言ってくれる。


「カナエは……本当の両親が良いものかどうか、分からないのです。その女性がお父さんのお母さんでも、お父さんが歓迎されるかは、分からないのです」

「心配してくれとるっちゃね。ありがとう、カナエちゃん。歓迎されんでも、情報だけ聞き出せたら良いって俺は思っとるけん」


 物心ついたらお腹を空かせてコウエン領の汚い通りに蹲っていた。魔術の才能に気付いて近付いてきたペトロナが、拾ってくれたが、そこでも食事を与えるかは気分次第、機嫌が悪ければ何もしていないのに暴力を加えられるような生活だった。挙句に、16歳になれば魔術師の才能を見込まれて、子どもを作るために種を与えろと迫られる。

 育った環境は最悪だったが、逃げ切って王宮でダリアと共に魔術具を作れるようになった時期は、心穏やかに過ごせた。周囲はダリアとレンの仲を勘繰るようなことをしてくるが、ダリア自身から誘われた覚えはなく、年の離れた親友のように仲良くしてもらった。その日々が、レンの穏やかさを培ったのかもしれない。


「ええひとやったら良いけど、そうやなくても、お父ちゃんには俺やカナエちゃんやお母ちゃんやレイナちゃんやユナくんやリンちゃんがおるで」

「レオくんは外見は俺に似とるのに、こういうところはサナさんに似て」


 自分よりも大きくなった息子に抱き締められて、レンは穏やかに微笑んでいた。

 案内人はどこを走り回っていたのか砂だらけで、夕方には宿で合流した。当然のように夕飯を奢ってもらう気の案内人に、レンがメニューを閉じさせて、先に話を聞く。


「どうやったとね?」

「もう、喉がからからで……飲み物だけでも……」

「どうやったと?」

「殺生な雇い主様だ。俺は一日この暑さと渇きの中で身を粉にしてきたっていうのに」

「それで、どうやったと?」

「鬼ー! 悪魔ー! 鬼畜ー!」


 どれだけ同情を買おうとしても、レンの態度は一貫している。散々文句を言った後に、案内人は今日の成果を話してくれた。

 褐色の肌なので目立たないようにしているが、40年以上前に砂漠の部族の豪商が、大陸から渡って来た魔術師を妻として迎えたというのは、今でも砂漠の部族の中で語り継がれるほど有名なことだという。大陸からやってきた魔術師は、一人子どもも産んで、その子が魔術師としての才能があるということで、とても大事にされているらしい。


「幸せに暮らしとるっちゃね……」

「お父さんが現れたら、その幸せを壊すとか、思わないでしょうか?」

「そうだとしても、俺はセイリュウ領の領主の夫として、やらないけんことがある」

「……そして、俺に飲み物を……」


 テーブルに潰れている案内人に飲み物と食べ物をたっぷりと奢ってから、自分たちも食事を終えて、レンは最後の交渉に入った。


「その豪商の住んどる場所を掴んだっちゃろ?」

「それは、俺は有能ですから」

「教えんね」

「案内いたしますよ?」

「それも別料金っちゃろ? 俺らで行くけん、場所を教えて」


 穏やかで優しい父親の姿ばかり見ていたレオとカナエにとっては、案内人に強く出るレンの姿は意外だったが、サナの夫で王宮でダリアとの仲をどれだけ勘繰られても平然としていたのだから、肝が据わっていることは間違いない。


「お父さんの意外な一面を見てしまったのです」

「お母ちゃんに話したら、惚れ直すやろか」


 二人でひそひそと話してから、カナエとレオはレンに向き直る。


「何が起きても、カナエたちがいるのです」


 そのために大陸まで付いてきたのだ。

 明日の朝、レンはカナエとレオを連れて、水場のあるオアシスのような街に住んでいるという豪商を訪ねることになる。

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