6.大陸へ
元旦に領主の屋敷の客間に軟禁状態になったシヅキの処遇は、未だ決まっていなかった。領地の貴族や、王都からの訪問客、他の領地の領主もいる前で、セイリュウ領領主の夫に不義密通の疑いをかけて、侮辱したのだから、罪人として扱われても仕方がない状況だったが、シヅキがまだ12歳ということと、彼女自身が騙されていた可能性を考えての恩情だった。
セイリュウ領領主を追い落としたい連中は、「本当は不義の子だが、公表できないので保護しているのだろう」などとチクチクとサナに嫌みを言って来る。
「こんな胸も尻も小さい体だから、子どもを産むのも苦労するし、旦那にも浮気されるんだろうな」
「気ばかり強くて、他の女に安らぎを求めたいレン殿のお気持ちも分かる」
同情を装って、サナを侮辱する下劣な男どもに関しては、心の閻魔帳にしっかりと名前を記すが、公の場では聞こえないふりをしてやるのだが、話がレンのことになるとサナも落ち着いてはいられない。
「あのレンという捨て子、ダリア女王のお下がりなのだろう」
「色んな女のところを渡り歩いているんだな」
ダリアの元にいた頃に、レンがダリアとの仲を勘繰られていたのは知っているが、レンからはっきりとダリアと恋愛関係はなかった、ローズの魔術具を共に作る同士のようなものだったと告げられて、サナはそれを信じた。今更掘り返されても不快なだけで、じろりと声の方を睨み付ければ、バンッと公務の卓を叩く音が聞こえた。
「それは、わたくしに対する侮辱ですわね? 不敬罪に処される覚悟はおありで?」
どうやら腹を立てているのはサナだけではない。卓を思い切り両手で叩いたダリアも、その隣りで眉間に皺を寄せているローズも、サナとレンへの聞こえよがしの誹謗中傷に辟易している様子だった。
王都での会議の後で帰り際にダリアに声をかけられる。
「レン様のこと、早く解決なさいますように」
「ありがとうございます。できるだけはよ解決して、女王はんにご迷惑のかからへんようにします」
「わたくしは良いのですが、お姉様が剣に手をかけておいででしたわ」
見えぬ卓の下で、ローズは卓ごと下劣な連中を切り捨てようと剣の柄に手をかけていた。気付いたダリアが、止めるために卓を叩いてわざとパフォーマンスをしたのだと聞けば、サナもこの事態を早く収めるべく動かざるを得なかった。
「うちは領主やから、今のタイミングでは大陸には行かれへん。会えるようにお膳立てされて、短期間やったら行けるかもしれへんけど……」
「ドラゴンのこともあるし、サナさんに無理はさせられんよ。俺だけで行って来よう」
「それは嫌や。レンさん、無茶なところがあるから」
纏まらない夫婦の会話に割って入ったのは、長女と長男の二人だった。
「カナエは今年で21歳になるのです。もう大人です。戦闘的な魔術の才能もあります。お父さんを守れると思うのです」
「俺は、カナエちゃんが暴走せぇへんように止められる。ドラゴンの方はナホちゃんとタケちゃんに任せることになるけど、うちのお父ちゃんのことやもん、俺らに行かせて」
申し出たカナエとレオに、僅かに躊躇ったが、サナは決断を下した。
「カナエちゃんとレオくんがおったら、レンさんも無茶はせぇへんやろう。レンさん、くれぐれも気をつけてな」
「話ができる状態になったら、呼ぶかもしれんけん、そのときにはよろしくね」
抱き合うようにして別れを惜しむ夫婦に、大陸に行くことの厳しさをカナエとレオは噛み締める。
人道を外れた魔術を使って自らの寿命を延ばし、百年以上の統治を行ってきた大陸のイレーヌ王国。レオが生まれる前にローズが介入して、女帝を倒して獣人の王が治めるようになったが、ローズが出会った砂漠の部族は、イレーヌ王国よりも南の辺境の地に住む一族で、砂漠の中に市を立て、キャラバン隊を編成し、交易で富を築いているという。少ない水場を共有して家畜を放牧する流浪の民と、僅かな緑の育つオアシスのような街で暮らす部族がいるらしい。
アイゼン王国と違い、魔術師の数が非常に少なくて、魔術の指標となる場所がほとんどないために、移転の魔術があまり使えないというのも、事前に教えられていた。
「移転の魔術は、指標となる魔術的拠点がないと、目標を見失ってどこに出てしまうか分からへんから危険やって習ったで」
「セイリュウ領のお屋敷にも、王都の魔術学校や王宮にも、魔術師が設置した指標があるのです」
「大陸にはアイゼン王国ほど魔術師が多くないから、そもそも、指標が作られへんのやな」
セイリュウ領の港町までは移転の魔術で飛んだが、これから先は船に乗っての移動になる。行った先を詳しくローズから聞いているが、とても移転の魔術で飛べるような場所ではないとは分かっていた。
これが辺境の砂漠の部族ではなく、イレーヌ王国内ならば、まだ王都に飛ぶ程度の選択肢はあるのだが、砂漠に設置されている指標は、レンやカナエやレオたち、魔術師として訓練を受けたものにしてみれば、あまりにも稚拙で、危険すぎて使う気になれない。
「俺の作った魔術具を持っとるとやったら、ある程度辿れると思うっちゃけど」
「お父ちゃん、心配事か?」
「あの時期にローズ女王が着けていらっしゃった魔術具は、イヤリングがすり替えられとったとよ」
生まれながらにローズは魔術の影響を受けない体質で、呪いを解く能力を持っていたが、ダリアが醜い毒を吐くドラゴンの姿に変えられたときに、呪いを解くことができなかった。愕然としながら、ローズはダリアの呪いを解く方法を探して大陸の砂漠の部族の市に向かったのだが、ローズのイヤリングが呪いの魔術具とすり替えられていて、呪いを解く魔術を封じていたことが後から分かったのだ。
「髪飾りもすり替えられてた可能性があるということですか?」
「ネックレスはリュリュ様を守って砕けたって話やけん、髪飾りは大丈夫やと信じたいっちゃけど……」
確信の持てないままに辿り着いた大陸。コウエン領の民族と近い人種が暮らしているということで、強い日差しに負けないように濃い色の肌と髪の人々が、色とりどりの布を巻いて砂と日差しと風を避けている。
持ってきていた日除けの布を、レオが丁寧にカナエに巻いてくれた。
「カナエちゃんは肌が白いんやから、火傷になってしまわへんようにせな」
「一月なのに暑いのです」
「夜は急激に気温が下がるって話よ」
日差しを遮ることのない砂漠は、日中と夜の気温差が激しい。夜になる前に宿を探さなければいけないと思いつつ、慣れない砂地を歩いて、市の開かれる場所に着くころには、日没が近かった。
宿を探して部屋を取るが、三人一緒の部屋が一室空いていただけだった。
「ごめんね、カナエちゃん。別々の部屋にしたかったっちゃけど、空きがなかったし、夜に離れる方が心配やけん」
「お父さんとレオくんなら平気なのです」
「シャワーもないけど、水筒は持ってきたけんそれで顔を洗って、身体を拭き」
どれだけでも水の入る魔術のかかった水筒は、ここでも重宝した。レオとレンが部屋の外で見張ってくれている間に、カナエは服を脱いでタオルに水を浸して全身を拭く。顔も洗ってしまうと、かなりさっぱりとした。
「移転の魔術に慣れ過ぎていて、足を甘やかしていたのです」
「カナエちゃん、揉んだろ。こっちに座って」
衝立の向こうでレンが身体を拭いて着替えている間に、レオが籐の編まれた椅子にカナエを座らせて、脹脛を揉んでくれる。大きな手に丁寧に揉まれて、カナエはうっとりと目を細めた。じんじんと痛んでいた脚がかなり楽になる。
レンと交代で衝立の向こうで身体を拭いて着替えたレオは長椅子で、カナエはベッドで、レンは床で寝ることになった。
「お父ちゃん、俺が床でも構わへんのやで?」
「俺はお父さんなんやけん、子どもに格好つけさせてよ」
結局レンに甘えて、ベッドと長椅子を使わせてもらって眠ったカナエとレオは、翌朝、扉を叩く音に起こされた。
廊下から悲鳴が聞こえる。
「アイゼン王国の魔術師がいるんだろう? 出てこい! 言うことを聞かなければ、ここにいる子どもの首を切っていくぞ?」
魔術師というのはそれだけで次の魔術師を産み出す苗床や種として、重宝される。レンとレオは目立つ容貌をしていないが、カナエは一目で異国の容貌と分かってしまったのだろう。
「魔術師と戦ったことがないのですね、可哀想に」
扉を開けて飛び出したカナエの編んだ術式が、泣き喚く幼子の首に突き付けられた剣を弾き飛ばす。弾かれた剣は天井に突き刺さり、レオとレンが愕然として動けない人買いらしき男を取り押さえた。
「アイゼン王国の、魔術師?」
男を役人に引き渡し、幼子を預けていると、宿に泊まっていた客の一人がレンとレオとカナエに近付いてきた。
「もしかして、白金の髪の物凄く強い身分ある方をご存じでは?」
「あなたは?」
「16,7年ほど前でしょうか、その方を案内した覚えがあります」
金払いが良かったのと、呪いを解く金糸雀を逃げるかもしれないのに籠から出していたのが印象的で覚えていたという案内人。人買いに早朝から起こされたのは災難だったが、騒ぎを見に来た野次馬の中に少しでも過去の状況を知っていそうな相手を見つけてレンとレオとカナエは、大陸に来たことに確かな手ごたえを感じていた。
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