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5.三歳児の激怒

 王族の端くれの身分と欲望だけはあるが、実力も努力する気概もない不届きものが、セイリュウ領が荒れているのを好機と思い込み、レイナを捕らえてセイリュウ領領主を追い落とす計画を立てた。それを実行に移した日が、レイナが女王のローズの配偶者であるリュリュと、女王のダリアの配偶者であるツムギのところに音楽の勉強をしに来る日だったのが、不運の始まりだった。

 お喋りも達者で、頭も良い、運動神経も非常に良く、ベビーベッドの高い柵すらもよじ登って乗り越えてしまう愛らしいローズの末っ子のミルカ、3歳。寝る時間になっても絶対に寝ないと駄々を捏ねたミルカは、ローズが仕事を終えて寝室に来るまで待っていて、仁王立ちでローズに告げた。


「ママ、しゅわんなしゃい」

「ここに、座れば良いのか?」

「みぃは、おこっちぇいまつ」


 父親のリュリュに似た優しい甘い顔立ちのミルカが、口をへの字にして、眉を吊り上げて激怒している。脱走はするもののそれ以外は良い子で、可愛い末っ子の変貌に、床に正座したローズも気圧されていた。


「れーたん、たがちてくえなかった!」

「レイナのことか? 無事に帰って行ったぞ?」

「みぃ、『こないねー、たがちて』っていったれしょ!」


 おやつの時間には、ローズは仕事が忙しくても、家族の時間を取るために同席することが多い。リュリュと息子と娘たちと過ごすお茶の時間は、ローズにとっても一日の中で大事な安らぎとなっていた。

 まだ日付感覚のないミルカは、レイナが来る日が一週間に一度ということが理解できず、毎日、リュリュとローズに聞いていた。


「きょう、れーたん、くゆ?」

「今日は音楽のレッスンの日ですから、来るはずですが……セイリュウ領は今大変な時期と聞きました」

「レンの不義とドラゴンのお産が重なって、それどころではないのかもしれぬな」


 その時点では、サナからリュリュとローズは「今日はレイナちゃんはドラゴンを見とかなあかんから、行かれへんかもしれません」という連絡は受けていたので、レイナが来ていないことについて、疑問は抱いていなかった。ドラゴンの谷にお産を手伝いに行ったレオとカナエとナホとタケの代わりに、セイリュウ領の裏庭で子育てをしているドラゴンの世話をしているのだろう。

 サナから休むかもしれないという連絡をもらっていたことを話しても、ミルカは納得しない。


「れーたん、くゆひなら、くゆの! まえのときに、みぃとやくとくちたの!」

「レイナちゃんにも都合というものがあるのですよ?」

「きてゆの! ぜったいぜったい、きてゆの! ママ、たがちて!」


 来ている気がするから探して欲しいというミルカの話を、ローズは取り合わなかった。そのときにサナに連絡をして、レイナが出ているか確かめれば良かったのだが、もう来ないものだと決め付けてしまったのだ。


「ママ、たがちてくれなかった!」

「そうは言うが、ミルカ、母にも仕事があるのだぞ?」

「みぃ、たがちてっておねがいちた。ママ、たがたなかった」

「それに関しては、僕もサナ様に連絡差し上げれば良かったと思っています」


 見かねたリュリュが口を挟んでくるが、キッとミルカはリュリュを睨み付けた。


「みぃ、ママとおはなちちてゆの! パパ、くちだちちないで!」

「は、はい!」


 物凄い剣幕に気圧されて、リュリュも口を閉じてしまう。

 サナと連絡を取らずに、ローズもレイナを探すことはしなかった。レオとカナエが駆け付けるのが遅ければ、レイナは酷い目に遭わされていたかもしれない。


「れーたん、こあいこあいらったのよ! ママ、ごめしゃいちて!」

「レイナのところに行って謝れば良いのか?」

「れーたん、もう、ちてくれないかもちれない……れーたんこない、みぃ、いえれちまつ!」


 家出宣言をするミルカに、慌てたのはローズだけではなかった。一歳前から脱走の天才のミルカは、逃げ出そうと思えばベビーベッドの柵も、ドアに付けている柵も登って、どこまででも行ってしまう。体が小さいので、警備兵にも見つかりにくく、家出されてしまえば、探しようがなかった。

 王位継承権は第一王子のユーリと、ダリアの元に養子に行っている第一王女のマーガレットが持っているが、ミルカも順位は落ちるものの王位継承権を持つれっきとした王子だった。それが王宮を逃げ出せば、誘拐や陰謀に巻き込まれるのは必須。

 恐ろしいことに、ミルカはローズの魔術を受け付けない体質を受け継いでいて、どんな結界もすり抜けてしまうのだ。魔術でどれだけ厳重に王宮を閉じてしまったところで、この三歳児の家出を止めることはできない。


「ミルカ、落ち着け。母はレイナに誠心誠意謝罪をしよう。両親のサナとレンにも頭を下げよう。だから、家出だけはしてくれるな」

「僕も謝りに行きます」

「パパは、おうちいて、だーやおばしゃまに、ママ、いっちぇきましゅっていって。 ママ、あちた、みぃとごめしゃいすゆのよ?」

「分かった、約束する」


 リュリュがダリアに説明をして、ローズが明日謝罪に行く。そう約束してもらって、ようやく納得してミルカはお布団に入った。しばらくすると健やかな寝息が聞こえて来る。


「どうやら、ダリアに似たようだな……」


 頭を抱えるローズに、リュリュが「賢い子になりそうですね」と微笑んでいた。

 そういう経緯で、翌日に、レイナに小さな見舞客がやってきた。ローズに連れられてぽてぽてと走って来たミルカは、レイナの脚にしっかりと抱き付く。


「れーたん、たいへんらったの」

「ミルカちゃん、うちのこと、心配してくれてたんか?」

「れーたん、こないねーって、みぃ、まってたの。しゃがせばよかったの」

「うちのこと心配してくれて、それだけで嬉しいわ。探したらミルカちゃんが危なかったかも知れへん。気持ちだけで充分や」


 しっかりと抱き締め合うミルカとレイナを見守りながら、ローズはサナに謝罪をした。


「王宮の中にあのような不届きものがおろうとは。レイナには怖い思いをさせてしまった、すまない」

「女王はん直々に謝りに来はるなんて……」

「ミルカがレイナを危険な目に遭わせたことを怒っておってな」

「うちも自分たちのことばかりで、レイナちゃんを放っておきすぎました」

「レイナ、次からは誰かに送ってもらうとして、音楽の練習にはまた来てくれるか? ミルカがレイナの来る日をとても楽しみにしておるのだ」


 まだ日にちの感覚の分かっていないミルカは、一週間に一度レイナが来るというのが分からず、「きょー、れーたん、くゆ?」と毎日聞いてくる。それに「後三つですよ」とリュリュが指を折って毎回丁寧に答えている。

 それだけ楽しみにされているし、レイナとしても音楽でいずれは大成したいと思っているので、怖い目に遭っても続けない選択肢はなかった。


「必ずお伺いします」

「おうただい?」

「行くでってことや」

「きてくれゆ! うれちい」


 飛び跳ねて喜ぶミルカとレイナの様子に胸を撫で下ろしたローズだが、ふとレンに視線を移す。


「隠し子の話だが……」

「あれは完全に虚偽にございます」

「そうであろうな。何か引っかかることがあってな」


 思い出そうとするローズの耳でしゃらんと、答えを告げるように月のモチーフのイヤリングが涼やかな音を立てた。

 過ぎったのは、まだレンとサナが生まれる前のこと。ダリアが醜いドラゴンに姿を変えられる呪いをかけられて、呪いを解くために大陸で方法を探していたローズは、一人の女性と出会った。


「ご本人とは言葉は交わしておらぬが、レンの作った髪飾りを、『国に置いて行った息子を思い出す』と言って欲しがっておった」


 捨て子だったレンは、両親の記憶がない。

 大陸にその手掛かりがあるのならば。

 シヅキの父親の手がかりもそこにあるのではないだろうか。


「その女性がわたくしの血縁かもしれないと?」

「砂漠の部族の身分の高い者のようだった。醜く顔が崩れる呪いをかけられたとかで、リュリュに呪いを解いてもらったと言っておった」


 レンが生まれたと思われる頃から、コウエン領は荒れていた。権力争いに巻き込まれて、呪いをかけられて、大陸に逃れたのだとすれば、レンの母親である可能性も捨てきれない。

 血統でしか引き継がれない魔術師の才能を、レンが国一番の魔術具制作者になれるくらい持っているのは、レンに貴族の血が入っているからではないかとは、ローズも思っていたようだ。


「大陸に、お父さんの血縁者が……」


 いつか大陸に行きたいと言っていたサナとレン。

 それが思わぬ形で叶いそうな予感に、カナエは落ち着かない気分になっていた。

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