4.ドラゴンの背で空を駆けて
新年の浮かれた空気は、シヅキの登場で一転してしまった。ドラゴンの助けを求める声に応えて、戻って来たカナエとレオは疲れ切っていて、シャワーを浴びるとすぐに眠ってしまった。
その間に、事件が起きるなど、思いもせずに。
「レイナちゃんがおらへん!」
住居になっている場所を探し回るサナの声に叩き起こされたカナエは、パジャマのままで部屋から出てきた。気が付けばもう夕方になっている。仮眠は取ったが一日がかりのドラゴンのお産の手伝いですっかり疲れ切っていたようだ。
リビングでは、レオとレンが話している。
「レイナちゃんは、王都に行ったんやな?」
「音楽を習いに行く日やったけん、王都に行ったと思ってたとよ」
シヅキのことがあって、ドラゴンの谷から助けを求められて、シロとギンとハクのドラゴンの親子のことはミノリとレイナに任せていた。二人ともシロとハクとギンと言葉は通じないが、ドラゴンを怖がらないし、薬草を運ぶのを手伝っているので、ミノリにはハクとギンもよく懐いているのだ。任されたレイナの方は、ドラゴンと話ができないこともあってそれほど接していないし、ミノリの掃除道具を準備したり、薬草運びを請け負ったりして、手伝っていたが、ミノリの方から申し出たのだ。
「レイナちゃん、音楽の練習の日じゃないの? ハクちゃんとギンちゃんも落ち着いてるから、行って来たら良いよ」
「こんな大変なときにええんやろか?」
「レイナちゃんには夢があるんだから」
そう言ってミノリは送り出したのだが、レイナは魔術学校の3年生で移転の魔術を許可をもらって使って良い学年ではない。それなのに、サナもレンも手が空いていないと判断して、一人で行ってしまったというのだ。こういう周囲が騒がしいときにこそ、サナかレンの保護者が送り届けて、安全を守るべきだったのに。
夕方にドラゴンの住処の裏庭に顔を出したサナに、ミノリがレイナが王都に行ったことを告げて、事件が発覚した。
即座に王都に連絡を取ったサナは、レイナが来ていないという返事をもらったのだ。
「こんな状況やからって、一人で行かせてしまうんやなかった……」
「移転の魔術に失敗したとは思えんっちゃんね。レイナちゃん、魔術学校で優秀な方やけんね」
「まだ三年生やから、使ったらあかんて分かってるはずなのに」
忙しい両親の姿を見て、レイナは言い出せなかったのだろうが、それが最悪の事態を招いてしまった。
「レイナちゃんは、お父ちゃんの作った魔術具を着けてるやろ? 追跡できへんの?」
「外されてるみたいとよ」
「外されとる……!?」
魔術具は身を守るものであり、特にレイナにとってはレンの作ってくれた愛情あふれるものなので、身に着けているのが普通で、外にいるときに外すということはない。もしも、レイナが魔術具を着けていないとすれば、それは無理やりに外された可能性が高かった。
大事な妹の危機に狼狽えるレオに、サナが低く唸り声をあげる。
「うちの大事な娘になにかしてみ? 地獄に行った方がマシな目に遭わせたる……」
りぃんとガラスを鳴らすような音が響いたのに気付いたのは、レオとカナエだった。窓を開けると、その音が裏庭から響いてきているのが分かる。
「シロさんなのです!」
「俺、行って来る!」
駆け出すカナエとレオに、サナとレンもついてくる。パジャマ姿にサークレットを嵌めただけという格好も、非常事態なら仕方がないと、サナがカナエに羽織を貸して、レンがレオにカーディガンを羽織らせる。
『暴れておる気配がするぞ。レオ、カナエ、我の背に乗れ』
「良いのですか!?」
『我はこの領地に保護されておるが、この領地を守護もしておる。領主の娘の危機に動かぬわけにはいかぬだろう!』
「お父ちゃん、お母ちゃん、レイナちゃんを助けに行って来る!」
ドラゴンにだけレイナの声が聞こえるというようなことも、ドラゴン同士がどれだけ遠隔地でも呼び合えるような特殊な聴力があるから有り得ない話ではない。
シロを信じて、パジャマ姿に羽織を羽織って裸足に靴を引っかけただけのカナエと、パジャマ姿にカーディガンを羽織って裸足に靴を引っかけただけのレオは、二人してシロの背中によじ登る。カナエを前に、レオが後ろから抱き締めて包むようにして、シロの首にしがみ付いて跨った。
大きな羽が広げられて、純白のドラゴンがセイリュウ領を飛び立つ。
降り立った先は、王都の王宮の庭だった。
巨大なドラゴンの飛来に驚いて警戒する警備兵を蹴散らして、王宮の薬草畑の中にある薬草保管庫を、シロは鼻先で示した。
「セイリュウ領の領主の娘にして、次期領主のカナエです!」
「領主の息子のレオや! 中を改めさせてもらうで!」
薬草保管庫に入ると、がしゃがしゃと破壊的な音が響いていた。
「こっち来んといてー!」
「大人しくしろ! セイリュウ領の領主に身代金を要求するのだ!」
「薬草が勿体ないから魔術ぶっ放せんやん! 卑怯者ー!」
空の瓶を投げ付けてけん制するレイナの後ろには、王宮の薬草管理者が縄で縛られて捕えられている。
「セイリュウ領は今大荒れなんだろ。領主を追い落とすのは今しかない!」
「誰を追い落とすのですか?」
「あの生意気な女領主だよ。ドラゴンのような危険な兵器を、領地に抱え込んでいる……うわー!?」
じりじりとレイナに迫っていた男は、カナエとレオの顔を見て悲鳴を上げた。その男の顔に、カナエもレオも見覚えがある。
「セイリュウ領の新年会に来ていましたね?」
「前の国王の異母兄弟の孫かなんかで、お母ちゃんにへらへら挨拶しよったわ、知らんけど」
丸々と肥え太った男の腕を、レオが後ろ手に捩じり上げる。その間に、カナエはレイナに駆け寄っていた。
「カナエちゃん、助けに来てくれたんやな。あのおっさん、暴れたら薬草保管庫の薬草が全部だめになってまうて言うて、うちを脅してん。後ろのおっちゃんたちも泣きよるし」
薬草が全部だめになってしまったら、育てて精製した薬草畑の管理者は立つ瀬がない。それを分かって、泣いて懇願する薬草管理者をわざと縛って転がしておいて、レイナに魔術具を外させて、拘束しようと男は迫っていたのだった。
「お母ちゃん、お父ちゃん! レイナちゃんは無事や!」
呼びかける声に、サナとレンが移転の魔術で飛んでくる。
「レイナちゃん、無事でよかった!」
「もう、一人で出かけるやなんて……うちらが声かけられへんような状況にしてしもたんやな。ほんまにごめんな。無事で良かったわ」
駆け付けた両親に抱き締められて、レイナの紫の瞳から涙が零れる。
「ごめんなさい……お父ちゃん、お母ちゃん、心配かけてごめんなさい」
捕えられた男はサナとレオの手によって、薬草畑保管庫から放り出された。薬草保管庫の中で捕らえられていた管理者たちも、レンとカナエが縄を解いて助け出す。
警備兵はシロに気を取られていたようだが、着物を着たセイリュウ領の領主とひと目で分かるサナの姿に、姿勢を正した。
「そのドラゴンはんは、うちの領地の守護者やで。あんさんら、そのお方に警戒するよりも、こっちに気ぃ付かはりませんでしたのん?」
底冷えのするサナの言葉と共に、突き出される王族の男は、震えながらもシロを指差した。
「ドラゴンを兵器にはしないと宣言しておいて、王宮に攻め込んで来ているではないか!」
「よぉく目ぇかっぽじいて見なはれ。あの威厳ある姿。どこに敵意がありますやろか。あるように見えはるんやったら、あんさんの心がそれだけ曇ってるってことや」
剣を抜いて警戒している警備兵たちも、シロがブレスを一吹きすれば骨まで溶けてしまうことは分かっている。それだけの力を持ちながら、シロは警備兵に囲まれても大人しく羽を閉じて、静かにレオとカナエを待っていてくれた。
「レイナちゃんの居所が分かって助かったで。ほんまにありがとう」
『レイナは無事か?』
「お陰さまで、大丈夫でした」
語りかけるレオとカナエに、穏やかに接するシロはその純白の鱗も宝石のように煌き、白銀の鬣も美しく風に靡いている。
首を伸ばして、ふっと悪戯に王族の男に息を吹きかけるシロに、王族の男は腰を抜かしてしまう。
「ひぃ!? 殺される!?」
「こないに優しいお方やのに、あんさんの心根は余程腐っとるみたいや。人生やり直して来たらええんとちゃいます?」
周囲の空気を歪めるようにして編み上げられていく術式の膨大さに、レオとカナエは勘付いてサナにしがみ付いた。
「お母ちゃんが殺してしまわへんうちに、そのひと、女王陛下のところに連れてって!」
「良かったですね、お母さんよりも女王陛下の方が、まだ優しいかもしれませんよ」
警備兵に連れて行かれる王族の男を見送って、サナとレンとカナエとレオは、レイナを保護してセイリュウ領のお屋敷に戻ったのだった。
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