3.小雪の中
魔術がかかっているとはいえ、薄くて持ち運びしやすい寝袋は、地面の硬さをそのまま体に伝えてきて、寝心地が悪く、寝返りを打てば隙間から空気が入って寒かったのを覚えている。
仮眠をとって目覚めたカナエの視界に飛び込んできたのは、レオの寝顔で、寝ぼけた頭でもこれが非常に良くないことだけは分かっていた。寝袋を二つくっつけるようにして、カナエがレオを下敷きにして、その胸に顔を埋めて眠っていた。通りで暖かくてちょっと硬かったがいい匂いがしてよく眠れたはずだ。
「れ、レオ、くん……」
慌てて身体を離そうと勢いよく起き上がったカナエは、レオの胸に手をついてしまって、息をつめたレオが「ぐえっ!?」と潰れたカエルのような声を出して目を覚ます。
「カナエちゃん……あれ? なんで、俺……」
「ち、違うのです! カナエはレオくんを襲ってなんかいないのです!」
「いや、それ、俺のセリフやない?」
ぼんやりと寝ぼけているレオと話していると、にょきっと寝袋の中からタケが生えてきた。どうやら、カナエだけでなくタケもレオに抱き締められて眠っていたようだ。親指を吸って寝ていたようで、指と口元にべったりとよだれがついている。
「タケたん、しゃむかったんや。カナたんにしゃむいっていったら、カナたんもしゃむいっていって」
それでレオに助けを求めたら、二人纏めて寝袋の中に抱き込まれてしまった。寝ぼけていたレオは記憶がないままに、そのまま眠ってしまったし、カナエもタケも暖かくなってぐっすり眠ってしまったので、何か起きるはずもないのだが、妙に恥ずかしくてカナエは真っ赤になっていた。
ことの始まりはシロがドラゴンの谷で卵詰まりに苦しむ母ドラゴンの助けを呼ぶ声を聞いたことで、先陣として駆け付けたナホとタケがマンドラゴラを連れて様子を見に行けば、以前にドラゴンの谷に降り立って卵を産んでいた漆黒の鱗と鬣のドラゴンが、自分の子どもを連れて、もう一匹の苦しんでいる青く透き通る鱗のドラゴンをどうやって助ければいいか思案していた。
ナホの判断は早かった。
「ブレスで炎を起こしてもらって。それでお湯を沸かすよ」
「びぎゃぎゃ!」
「タケちゃんは危ないから下がってね」
漆黒のドラゴンに起こしてもらった炎の上に魔術で引き寄せたお鍋を乗せてお湯を沸かして、温かなお湯に浸して絞ったタオルで苦しんでいる青く透き通る鱗のドラゴンの大きなお腹を摩るように拭くのだが、風が冷たく、雪も降り始めていて、すぐにタオルが冷めてしまう。炎も風にかき消されるので、何度も着けてもらっているときに、カナエとレオの後援部隊が到着した。
「タケちゃん、木の枝や葉っぱを拾ってきてくれるか? この石を組んだら竈ができそうやな」
「かまど……?」
「魔術で何でもしてしまうのは簡単かもしれへんけど、それ以外の技術もあれば、火を消えにくくしたり、長持ちさせたりできるんや」
周囲にある石を集めて、タケには小枝や乾いた木の葉を集めさせるレオ。
魔術を使えないひとたちは当然としてしていることを、魔術を使えるだけに、ナホやカナエは思い付かない。石を組んで簡易竈を組んで、タケとカナエの集めた小枝や葉っぱを中に入れて、ブレスで火を着けてもらえば、鍋の中のお湯は常に熱々の状態になった。そこに魔術のかかったどれだけでも水の入る水筒から桶に水を足して、温度調節したお湯を準備して、カナエがタオルを絞ってはナホに渡し、ナホは常に暖かいタオルで青く透き通る鱗のドラゴンのお腹を温めていく。
長期戦になりそうなのは覚悟していたが、火の番をレオが、小枝集めをタケが、カナエがお湯の温度調整とタオル絞りをして、ナホがドラゴンの卵の入ったお腹を温める。夕方までそれを続ければ、さすがにお腹もペコペコで、タケに至っては歩きながら寝そうになっていた。
「少しの間、お願いできますか?」
「びょえ!」
マンドラゴラと漆黒のドラゴンに、青く透き通る鱗のドラゴンのことは頼んで、お弁当で栄養補給をして、何かあったらすぐに起こすという約束でタケとナホが先に仮眠を取った。その間、レオが火の番をしながら薪も拾って、カナエがお湯の調節をして絞ったタオルでドラゴンのお腹を温めるように拭いていく。
吹きすさぶ風とちらつく小雪に、カナエもレオも震えていたが、ドラゴンの方がどんどん体温が下がるようで怖かった。
「頑張るんやで。可愛い赤さんが産まれるんやから」
「死んではいけないのです」
ここに飛んでくるまでに青く透ける鱗のドラゴンになにがあったのか分からないが、かなり憔悴していることだけは分かった。必死に考えて、カナエは髪を結んでいたゴムを外し、イヤリングを外し、アンクレットとブレスレットも外す。ネックレスだけは用心のためにも付けておくつもりだったが、カナエは外したそれらを手に乗せて、レオを見た。
「レオくんの魔術具には、美しい愛情の篭った魔術がかけられているとシロさんが言っていたのです。カナエは、そのことが誇りです。これを、あのドラゴンさんにあげてもいいですか?」
「カナエちゃん、そうやったな。ドラゴンさんは、魔術のかかったもんで栄養を摂るんやった。思い出してくれてありがとう。俺のイヤリングとブレスレットとアンクレットも、上げような」
二人で持っていくと、ナホが連れて来てくれたマンドラゴラが、ぐったりとしている青く透き通る鱗のドラゴンに話を通してくれる。美しい青い鬣を揺らしながら顔を上げたドラゴンは、深く頭を下げて、一つ一つ大事に魔術具を飲み込んでいった。
内側から灯りをともしたように、輝きを取り戻していくドラゴンの鱗に、カナエが目を見張る。
「お疲れ様、カナエちゃん、レオくん。もうすぐ卵は産まれると思う。タケちゃんと一緒に休んでて」
仮眠から起きて来たナホと交代して、カナエはタケの近くに寝袋を置いて、レオが少し離れた場所で寝袋を置いて、休んだはずだったのだが、結果として、冒頭に戻る。
「あの、れ、レオくん……」
「カナエちゃん、ぐっすり眠れたか?」
「はい、それはもう」
「タケちゃんも寒くなかったか?」
「あっちゃかかったで。あいがちょな」
「良かった」
取り乱しているのはカナエだけのようで、真っ赤になって、髪もばさばさで、顔も洗っていない状態をレオに見られたことが、若干ショックだったが、それを吹き飛ばしたのは、ナホの呼び声だった。
「無事に生まれたよ!」
駆け寄って青く透き通った鱗のドラゴンのところに行けば、大事そうに卵を羽根の下に抱いている。疲れは見えるが、死にそうに憔悴していた様子は消えて、青く透き通った鱗のドラゴンは落ち着いているようだった。
「卵の大きさから、双子ではなさそうだね」
「びゃ! びょびょえ! びぎょ!」
「え!? そうなの!?」
マンドラゴラの通訳を聞いてナホが驚いている。
詳しく聞けば、大陸の産卵地で卵を産もうとしたそのドラゴンは、人間に警戒してストレスを感じていたせいか、産んだ卵は殻が柔らかく、とても育てられる状態ではなかった。幸い、もう一個お腹には卵があったので、殻の柔らかい卵を人間に利用されないように泣く泣く食べてしまって、ドラゴンの谷に産卵場所を移したのだ。
卵一つに二匹入っていることもあれば、一度の産卵で二個の卵を産むこともあるというのが分かったのは学術的には進歩だったが、聞けば聞くほど青く透き通る鱗のドラゴンの境遇は哀れだった。
「この国では誰もあなたの子育てを脅かさないからね」
「もう大丈夫なのですよ」
慰めるようにナホが手を伸ばしてドラゴンの鬣を撫でると、感謝の意を伝えるようにドラゴンは深々と頭を下げる。この卵が無事に孵るように、カナエは願わずにいられなかった。
「ローズ女王陛下とダリア女王陛下にお願いして、ドラゴンの専門医を育ててもらわなきゃいけないね」
「きゃけないね」
「タケちゃんも、今回はすごく頑張ってくれてありがとうね。帰ってイサギお父ちゃんとエドお父さんに、いーっぱい褒めてもらおうね」
「タケたん、えらかったんや!」
誇らしげなタケは今年の夏には5歳になるのに、喋りがまだ幼かった。精神的な幼さと、舌が発達していないせいなのだろうとナホは言っていたが、ドラゴンだけでなく、領民の小さい子どもたちの発達もチェックして支援していかなければならない。
「領主になるのも、楽ではないのです」
サナが進めている政策の一つ一つを、カナエは勉強するべきときに来ているのかもしれないと自覚していた。
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