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2.続く竜巻

 セイリュウ領の魔術学校を卒業して、王都で修行してから戻って来たアサヒは、レンに憧れてレンの工房で働き始めた。淡い恋心を抱いてレンのことを見ている事実は、周囲の者には隠せていなかった。

 領主のサナが頭を下げ、涙まで流して請うて、ダリアの元からセイリュウ領に来てもらったレン。ダリアが醜い毒を吐くドラゴンにされる呪いをかけられてセイリュウ領に保護されていた頃から、工房で仕事をしている時間が一番集中して充実して過ごせるレンにとっては、領主のお屋敷の敷地内に工房があるので基本的にお屋敷から出ることなく過ごして全く生活に支障がない。集中しすぎて徹夜で工房に籠ることはあっても、外出して遊びに行くことはないレン。

 引きこもりがちなレンをサナの方が誘って外に連れ出すくらいだった。

 唯一、一人で外出するとすれば、ダリアに呼び出されて王都に注文を受けに行くときくらいで、それも短時間で済ませてさっさと戻って来る。

 結婚してから16年と少しのレンの過ごし方を聞けば聞くほど、浮気をしている時間があれば魔術具の一つでも作ってサナや子どもたちを守ることしか考えていないことが分かる。


「お父さんに浮気ができるとは思えないのです」

「俺もそう思う。お母ちゃんのことを『美の女神(ミューズ)』やって言うて、ずっと愛し続けてるひとやで。絶対にあり得へん」


 母親のアサヒは、セイリュウ領の外れで魔術具を作って細々と暮らしていたが、病を患って昨年末に亡くなったとシヅキから聞いた。魔術具を作るためには、施設設備も、材料も、それなりに必要で、それを貸していたという大家から、シヅキは今後の支払いができないのならば出ていくようにと告げられたのだ。

 12歳の少女がたった一人で何ができるわけでもない。レンとの間の子どもを産んだことを秘密にしておくために、シヅキの母親は親戚とも縁を切っていて、頼れる場所はどこもなかった。

 追い詰められたシヅキは、持っている中で一番綺麗な服を着て、殺される覚悟でレンの元に乗り込んだのだった。

 身寄りのない12歳の少女を追い出すわけにもいかず、監視付きで客間で休ませているが、領主の屋敷の新年会で起きた騒動はすぐに広まってしまうだろう。仕事一筋のレンは、付け入る隙がなかったが、周囲の貴族たち全てがサナの政策に諸手を挙げて賛成しているわけではないことは、レオにもカナエにも分かっていた。これを機に、レンを工房の師匠(マイスター)から追い落とそうという動きが出て来てもおかしくはない。


「お母さんがあんなにシヅキちゃんを突き放して冷酷だったのも、領主としては仕方のないことなのですね」

「お母ちゃんのことやから、大事なお父ちゃんを侮辱されて怒り心頭やったのも間違いないけどな」


 夜も更けて、レンとサナはユナとリンと寝室で休んでいる。レイナも自室に戻っていた。目まぐるしく過ぎた一日に落ち着かずにいたのはカナエだけではないようで、リビングに出ればレオも来ていた。暖かなミルクココアを入れてもらって、飲みながら話をする。

 今朝は口付けを交わして甘い雰囲気だったのに、シヅキの登場でそれも完全に壊れてしまった。


「お母ちゃん、シヅキちゃんのこと、どないするんやろな」

「領主に対しても、領主の夫に対しても、工房の師匠に対しても、不義密通の疑いをかけるようなことを口にしたのですから、穏便にとはいきませんよね」

「シヅキちゃんのお父ちゃんは何をしとるんや!」


 本当の父親はどこにいるのだろう。

 男女間でそういう行為がなければ子どもができないことは、レオももう子どもではないので知っていた。子どもができるようなことは、結婚しなければしてはいけない。相手の同意がなければしてはいけない。それがレオとカナエの両親から教え込まれた共通認識だ。

 結婚している相手と子どもを作る。

 魔術の才能の高い子どもを作るために、貴族社会では暗黙の了解で行われていたことを、サナもレンも否定して退けている。


「カナエちゃん、覚えてるか? オダリスくんの虹色のブローチ」

「覚えているのです。相手の好意を持っている人物に錯覚する呪いの術具ですね」


 それを持って闇市に潜入したカナエは、錯覚させる魔術を増幅して、闇市全体の『大事な相手』に自分を錯覚させて、「売られるのです! 助けてください!」と助けを求めて、闇市を大混乱に陥れた。その間に、サナとローズが警備兵が入り込めないように張ってあった結界を破って、闇市の参加者が逃げられないように閉じ込める結界を張り直して、警備兵を呼び込んで逃げたのだ。


「オダリスくん、言っていたのです。あれは、好きな相手を誤認させて、寝室に入り込んで既成事実を作るための術具だと」

「お父ちゃんの兄弟もおるかもしれへんけど、そっちの線も捨てられんな」


 どっちにしろ、シヅキの父親に対するカナエの評価は、決まっていた。


「碌な男じゃないのです……」


 許せないと拳を握るカナエの手を、レオがそっと握る。ヒビが入りそうになっていたココアのカップをカナエの手から取って、そっとテーブルに置いたレオとの距離が近いことに、カナエは気付いていた。

 ゆるりと両腕を広げられて、躊躇ったが、そっと体を寄せると、抱き締められてつむじにキスをするように顔を埋められる。


「変なこと考えてへんから、少しだけこうしといてくれへん? カナエちゃんを抱き締めてると、安心する」


 朝に二人でドラゴンの様子を見に行って、口付けて、楽しく甘い気分だったのが、突如、父親の不義を申し出たシヅキの登場で粉々にされて、16歳のレオがショックでなかったわけがない。背中に腕を回して抱き返すと、強めに引き寄せられる。

 厚みのあるレオの胸は暖かく、ココアとミルクの匂いがした。

 しばらく抱き合ってから、離れたレオの表情は、穏やかなものになっていた。眉間に皺を寄せているよりもそっちの表情の方が、カナエには見慣れていて、カナエも笑顔になる。


「お休みなさい、レオくん」

「お休み、カナエちゃん」


 怒涛のような一日は、レオからカナエへの額にキスで終わった。

 翌日から、シヅキは監視付きで領主のお屋敷の客間で囚われて、レンは工房の職人たちから話を聞いて、アサヒについての証言を集めていた。カナエとレオも手伝いたかったが、年末年始で忙しかったこともあって、ハクとギンの運動に行けていないということで、サナからそちらを任された。


「あけまして、おめーとごじゃます」

「タケちゃん、今年もよろしくな」

「カナエちゃん、レオくん、今年もよろしくね」

「昨日は来てくれてたのに、ご挨拶ができなくて申し訳なかったのです」


 シヅキの騒動のせいで、恐ろしい笑顔で怒り狂うサナに怯えてしまったタケはお漏らしをして、イサギは震えてエドヴァルドにしがみ付いて、ナホとミノリは早々に家に帰っていたのだ。コウエン領の領主として挨拶に来たリューシュとは話せたが、ナホとは話もできなかった。

 今年もナホとカナエとレオとタケとミノリは、ドラゴンについて安全を確保することになる。マンドラゴラと話ができないミノリは、ドラゴンが不在の間に寝床になっている厩を片付けたり、見張っていてくれたりするので、非常に助かっている。


「大掃除するからね! 今年もよろしくね、シロさん、ハクちゃん、ギンちゃん!」


 遅れて薬草を持ってきたミノリに、言葉は通じていないのだが、食べ物の気配にハクとギンがにゅっと顔を出す。栄養状態が良いせいか、双子のドラゴンは身体も大きくなっていた。


『助けを求める声がするな』


 もしゃもしゃと薬草を食べるハクとギンの後ろから、顔を出したシロがドラゴンにしか聞こえない声を聞きとったのか、サークレットの魔術具越しに伝えて来る情報に、カナエとレオは耳を澄ました。

 以前、シロが大陸のドラゴンに伝えるために遠鳴をしたように、どこかでドラゴンが鳴いたのかもしれない。どれだけ遠く離れていても、ドラゴン同士はその鳴き声が聞こえるとシロが言っていた。


「場所はどこですか?」

「どんな状況なの?」


 異様な空気を感じ取って、ナホもシロに近付いて問い掛ける。


『ドラゴンの谷で、卵が詰まって苦しんでおる母ドラゴンがおるようだ』


 助けを求めて鳴いたとしても、ドラゴンの谷には不審者が入れないように厳重に警戒をして結界が張られて、ローズとダリアの許しがなければ入ることができない。


「ミノリちゃん、後のことは任せてもええか?」

「うん、行ってきてあげて!」


 言葉は通じなくても、ミノリが薬草を持ってきてくれるのでハクとギンは懐いているし、シロも信頼している。充分にこの場を任せられるに足る人材だった。今日の運動はなくしても、ドラゴンが卵詰まりで死んでしまうようなことがあってはいけない。

 大急ぎでナホとタケとカナエとレオで、サナの元に駆けて行けば、話を聞いてサナは素早くローズとダリアに許可を取ってくれた。


「お産は時間がかかるかもしれへん。先にタケちゃんとナホちゃんが行って、レオくんとカナエちゃんは、野宿できる準備をしてから行き」

「分かったのです。お母さん、シヅキちゃんのこと、早まったらいけませんよ?」

「うちはどれだけ嫉妬深くて、信用されてないのん?」


 苦笑して送り出してくれるサナに、ナホとタケが移転の魔術で通訳のマンドラゴラを連れてドラゴンの谷に飛んで、カナエとレオは魔術のかかった医療道具と食事と寝袋を準備して、大急ぎでその後を追った。

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