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1.突然の嵐

「ずっと会いたかったんや……お母ちゃんは死んでしもうた。もうお父ちゃんのところしか頼れるとこはない」


 セイリュウ領のお屋敷の新年会は、大勢の客が来る。貴族や親戚やカナエやレオやレイナの友人や他の領地の領主など、会場となっている大広間はごった返していた。

 涙ながらにレンの着物の袖を掴んで、訴えかけた少女は、それに紛れてきたのだろう。褐色の肌に黒い髪、黒い目。コウエン領の容貌の彼女は、貴族たちに紛れ込めるように精一杯の綺麗な服を着てきたのであろうが、痩せた体にそれは合っていなかった。


「勘違いやないかね? 俺はレンやけど、サナさんと結婚しとるけん、他に子どもがおるわけないとよ?」

「不義の子やから、絶対に表に出たらあかんて、死んだお母ちゃんは言うてた。セイリュウ領の領主様は『魔王』て呼ばれるくらいに怖くて嫉妬深い御人や。うちが出て行ったら、殺されてしまう……でも、もうお母ちゃんもおらんくなって、お父ちゃんに頼るしかないんよ」


 痩せた体の中で大きな目から涙がぼろぼろと零れるのに、レンは心底困ったようにサナを見ていた。笑顔になったサナが素早くレンからその少女を引き剥がすのを見て、レオとカナエは青ざめた。


「お母ちゃん、殺しはあかん!」

「落ち着いてください、お母さん!」


 微笑みながらぺいっと少女を床に投げ捨てて、サナがレンの腕を取って、床の上に座り込んだ少女を見下ろす。


「お嬢ちゃん、年は幾つや? 名前は? お母はんの名前はなんていうんや?」

「年は、12歳……母は、アサヒ、うちはシヅキや」

「それやったら、13年前にレンさんとあんさんのお母はんが不義密通を働いたてことになるなぁ? 残念やけど、結婚してからうち、一度もレンさんと一緒に寝てない日、ないんやで?」

「工房で仕事が遅なって、そこで、お父ちゃんに見初められたんやって言うてた」

「嘘やな。工房に子作りできるような場所はあらへんし、レンさんは工房と領主の屋敷を行ったり来たりする他は、うちと一緒やないと出かけへん」


 絶対の自信を持って言い放つサナに、少女、シヅキも退かなかった。

 ぎゅっと手の中に握っていた魔術具のペンダントトップをサナの前で開いて見せる。開くと立体映像が展開される作りの魔術具は、レンの立ち姿を映し出していた。


「愛の証やって、お父ちゃんがこれをくれたんや!」

「これ、うちとレンさんの結婚のときの立体映像やないか。うちだけ切り取られてる……」

「お父ちゃんはほんまは領主様やなくて、うちのお母ちゃんが好きやった証拠や!」


 これまでにこんなことがなかったわけではない。領主という座を狙って、サナとレンの仲を裂こうとする輩はたくさんいた。ほとんどがサナの威圧と弁舌に圧倒されて、逃げ出してしまうのに、シヅキの必死さは何か違うものを感じる。

 レンもレオもカナエも、それに気付いていた。


「こんな立体映像、どこででも手に入るけど……シヅキちゃんは、ほんまにそれを信じさせられて育てられたんかも知れへん」

「お父さんとお母さんの結婚式の立体映像は、セイリュウ領の博物館にも飾られていますからね。入手するのは簡単なのですよ」

「問題は、それを魔術具にできる人物が、シヅキちゃんに俺の子って思い込ませて、育てたってことやんね。……工房の関係者やろか?」


 冷静に話し合うレオとカナエとレンに、サナは微笑みながらも怒りが止まらない様子だった。


「うちはレンさんがおらんと寝られへんし、レンさんも放っといたら、仕事場で仕事して一夜を明かしてしまうようなお方や。カナエちゃんを引き取ってからは、できる限り子どもとの時間を持とうて、仕事ははよ切り上げるようになったし、うちは毎日レンさんと寝てる。そこに他の女の入る隙やらあらしまへんわ」

「いつかお父ちゃんも、怖い領主様にうちのこと話してくれて、良い暮らしができるって、お母ちゃん言うてたのに……死んでしもたんや……」


 母親が嘘を教えてシヅキを育てたとしても、泣きながら訴える彼女は、唯一の肉親を亡くしたばかりの12歳の少女だった。順当に行けば、今年の四月から魔術学校に入れる年齢で、魔術の素質もありそうだ。


「この子が嘘を教えられていたとしても、放り出すわけにはいかんっちゃないかね」

「レンさんがそういう優しいことを言うと、この子が勘違いするで」

「お父ちゃんは、領主様の前でうちのことを認められへんのやろ……仕方ないわ、こんな怖い御人なんやもん」

「うちはレンさんと家族には怖ないわ! 失礼な!」


 この小娘を摘まみ出し!

 その言葉がサナの口から出る前に、レオとカナエがアイコンタクトでシヅキを両側から支えて立たせた。


「お父ちゃんは、工房の資料を確認して」

「レイナちゃんは、お母さんを落ち着かせるのです」


 このままでは十分に話を聞くこともできない。母親を失ったばかりの12歳の少女を傷付けるだけの結果になってしまうかもしれない。シヅキを会場から連れ出して、レオとカナエはユナとリンが眠たくなって休んでいる子ども部屋に連れて行った。

 お茶を出してお菓子を渡していると、匂いに釣られて起き出したユナとリンが、ベビーベッドから脱走しようと身を乗り出してくる。


「まんまっ!」

「んまっ! ちっ!」

「リンちゃんとユナくんの分もあるからな」


 抱き上げて着替えさせて手を拭いて、子ども用の椅子に座らせて、ミルクと焼き菓子を与えると、幸せそうに頬張るユナとリン。サナにそっくりなユナと、レンにそっくりなリンの双子を見て、シヅキは目を丸くしていた。


「赤ちゃん……え? お父ちゃんと領主様の間に?」

「双子が生まれたて報が流れたはずやけど、知らへんかったんか?」

「だって、お父ちゃんはもう子どもが産めへんくなった領主様に、愛想をつかしてうちのお母ちゃんにうちを産ませたって……」

「それは、ないですね」


 超難産でレオを産んで、その後にやや安産だったがそれでも苦しんでレイナを産んだサナに、「三人目はいつですか?」と聞いた貴族に憤って、「うちにはもう三人可愛い子どもがいます!」とサナに無理にお産をしなくてもいいと言ったレンが、子どもが欲しいだけの理由で浮気をするわけがない。


「お母ちゃんは、嘘を吐いてたのん? なんで? うち、いつかお父ちゃんと一緒に暮らせるて思うてたのに」


 両手で顔を覆って泣き出してしまったシヅキを、焼き菓子を食べ終わって手を拭いてもらったユナとリンが、「よちよち」と手を伸ばして撫でる。


「どうして、シヅキちゃんのお母さんは、こんなすぐにバレるような嘘を吐いたのでしょう」

「そもそも、シヅキちゃんの本当のお父ちゃんは、誰や?」


 レオの言葉に、カナエははっと息を飲んだ。

 言えないような相手と子どもを作ってしまって、それをレンに擦り付けたのだとすれば、一番悪いのはシヅキがレンを父親と言われて思い込むほど、一切関わっていない本当の父親に違いなかった。

 落ち着くように背中を摩って、カナエはシヅキが酷く痩せていることに気付く。嗚咽を堪えて泣くシヅキは、それが演技であるとすれば、物凄い名女優である。


「シヅキちゃんは、お父さんの記憶はあるのですか?」

「すごく小さい頃……抱っこしてもらった……けど、お母ちゃんの見せてくれたあの立体映像にそっくりやった……」

「記憶は塗り替えられている可能性があるのです。後からあの立体映像を何度も見せられて、『これがお父さん』と言われたら、そうだったような気がしてくるかもしれないのです」

「うちの、お父ちゃんやて……言えへんだけやて……」


 セイリュウ領領主は国一番の魔術師で、性格も容赦がなく恐ろしい。ローズとダリア、双子の女王にも遠慮なく話をして、セイリュウ領にドラゴンを保護するだけでなく、アイゼン王国全体でドラゴンを守る法律まで作らせてしまった。

 そんなサナが、配偶者のレンが不義を働いて子どもを作っていたりなどすれば、相手も子どもも無事ではいられないだろう。言い出せないのを良いことに、嘘を吹き込んだシヅキの母親は何を考えていたのか。


「工房の記録を見たら、アサヒっていう女性の魔術師がおったとよ。13年前に辞めて、どこに行ったか分からんっちゃけど」

「結婚するから辞めるんやて、送別会をしたっていうのを覚えとる工房の職人もおった」


 レンとサナが来ると、シヅキの身体が緊張に強張る。

 父親だと信じていた相手からは全否定されて、その妻からは人前でなじられた。セイリュウ領の領主として、レンの配偶者として、はっきりさせておかなければならないことだったのだが、サナの剣幕はそれ以上のものがあった。


「シヅキちゃんのお母はんは、工房を出て、誰かと結婚したんや。それが、誰かやな」


 サナの言葉に、カナエは自分のことを思い浮かべていた。

 全く予期していなかったのに、カナエには実の妹がいることが、最近になって発覚している。


「お父さんは捨て子だったのです。もし、お父さんに兄弟がいて、そのひとがお父さんに成りすましてシヅキちゃんとシヅキちゃんのお母さんを騙していたのだったら」


 全てが悪意なく行われたことだったのならば、誰もシヅキもその母親も罪に問うことはできない。

 いるのか分からないレンの兄弟がしでかしたことならば、その罪はその人物にある。

 そうあって欲しいというカナエの願望を元に、シヅキの実の父親の捜索が始まった。

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