20.巡る季節
年末に産まれた双子は、誕生日を迎えて2歳になった。お喋りもかなり上手になってきて、一生懸命家族に話しかける。姉兄がいるせいか、たくさん話しかけられている双子は、お互いにはよく聞き取れない言葉で会話しているし、両親や姉兄にもいっぱいお話してくれた。
サナは「かか」、レンは「とと」、カナエは「かぁ」、レオは「れぉ」、レイナは「れぃ」と微妙な違いで喋る双子が両親も姉兄も可愛くて仕方がない。
「かか、もいっちょ!」
「とと、らっこ!」
おやつの焼き菓子をもう一個とサナに強請るリンと、レンに抱っこを強請るユナ。二人ともむちむちと肉がついてきて、身体も大きくなった。
「顔はサナさん似やけど、ユナくん、体格は俺に似とるっちゃなかろうか」
「うちのお顔で、身体はレンさんやて。将来有望やなぁ」
「リンちゃんも、体格良さそうやし……」
「もしかして、カナエは抜かされてしまうのですか!?」
細身で小柄なサナとカナエは、ほとんど身長が変わらないが、カナエの方が少し小さい。年下のレイナがカナエに迫ってきているのに気付いているので、もしかするとカナエは一家の中で一番小さいかもしれないという現実に気付き始めていた。
レイナもサナに似ているので大柄にはなりそうにないが、レンの血を引いているのですらりと背が伸びそうな気がする。
何よりカナエが気にしていたのは、豊かになる気配のないお胸のことだった。
新年を迎えて、レオの作ってくれた振袖を着せてくれるサナに、カナエは低く呟いた。
「カナエは今年、21歳になってしまうのです」
「もうカナエちゃんも21歳か。早いもんやなぁ」
「カナエのお胸は全然大きくならないのです」
「それは……小さくてもお乳は出るで!」
よく見れば、襦袢を着てカナエの次に着物を着せてもらう準備をしているレイナの方が、胸の辺りに膨らみがあるような気がする。コウエン領やテンロウ領の人種は体が大きく凹凸もはっきりしているが、セイリュウ領やモウコ領の人種は身体が小さく、あまり胸や腰も大きく張り出していないのが特徴だった。
栗色の髪に緑の目なので、テンロウ領の血が入っているはずなのに、カナエは体型だけはしっかりとセイリュウ領のもので、無言で着付けをするサナの着物の下の胸を凝視してしまった。
「カナエちゃん、胸やら気にせぇへんでも、お兄ちゃん、凄かったんやろ?」
「それは、そうなのですが……」
レオの教室に行って同級生の男の子に胸について揶揄われたときのレオの怒りは、尋常ではなかった。穏やかでおっとりしているレオが、あんなに熱く語ることがあるのだと、驚いてしまった。
魔術具作りに関しては情熱は注いでいるが、集中して物作りをすることを好み、出来上がったものに想いを込めて多くは語らないレオ。それが、カナエの胸を揶揄われて、「全世界の女性と赤さんに謝れ!」とまで怒ったのだ。あの様子にはオダリスも若干引いていたような気がする。
「カナエちゃん、めっちゃ綺麗やわ。俺がエスコートしてええの?」
着物を着せてもらって部屋から出ると、レオが廊下で待っていてくれる。大きな手にカナエの小さな白い手を重ねると、レオは歩調を合わせてゆっくりと歩いてくれた。
「シロさんとハクちゃんとギンちゃんにも、新年の挨拶に行こうな」
「ユナちゃんとリンちゃんは……お父さんとお母さんに任せましょうか」
せっかく綺麗に着せてもらった振袖が、双子を抱っこすると崩れるかもしれないのがもったいなくて、今だけはリンとユナのことはレンとサナに任せる。
「着崩れても平気なように、今年は自分でお着物が着られるようになるのです」
「あかんよ」
「ほえ?」
「普段着の着物は自分で着られるようになっても構わへんけど、振袖はあかんのやって、お母ちゃんが言うてた」
振袖は未婚の女性が着るものだから、簡単に脱がされないように厳重に帯も美しく結んで整えてある。着るときに手伝いがいるということは、脱ぐときにも同じく手伝いがいるということである。
「振袖着てる間は、お母ちゃんに着せられとって」
カナエの身を守りたい。カナエの純潔を守りたい。
そんなレオの独占欲が見えた気がして、カナエは頬が熱くなった。
髪も纏めてもらっていたので、崩したくなくてサークレットを付けなかったが、シロがカナエの格好を褒めてくれていること、今年もよろしくと言ってくれていることは、レオが伝えてくれた。
「レオくんの髪を纏めているのは、カナエが作ったシュシュですか?」
「そうやで、大事に使わせてもらってる」
「嬉しいのです。今年の目標は、『普段着のお着物を』自分で着られるようにする、にしますね」
言い方を変えると、レオが蕩けるように微笑む。裏庭から帰る途中で、粉雪が舞っている庭の通路は、人気がない。
「ラペルピンが出来上がった日、カナエちゃんを見て、俺、逃げてしもたやろ?」
「はい、びっくりしたのです。雨が降っていたのに……」
「あんとき、俺、カナエちゃんに触れたくて、でも、傷付けたくなくて、どうしたらええか分からへんかったねん」
一人飛び出して相談できる相手を探して、レオはエドヴァルドとイサギの元に行った。
「俺はまだ結婚できる年やないし、力も強い、身体も大きい。カナエちゃんは小さくて、可愛くて、綺麗で、壊してしまいそうで怖かった。やけど、エドさんは抱き締めるのも、キスをするのも、いけないことやないって教えてくれたんや」
「レオくん、カナエをあの後、抱き締めてくれましたよね」
「したらあかんことはあるけど、抱き締めたり、キスをしたりするのは、あかんことやない。したらもっと好きになるて言うてもらって……カナエちゃんの嫌がることをするのは言語道断なんやけどな」
それで、とレオが言葉を切る。
黒い凛々しい目が、熱を持ってカナエを見つめていた。
二人きりで海に行った日に、カナエはレオにキスをされるかと期待して、目をつぶって、それが全くの見当違いで崩れ落ちたのを覚えている。日焼けを心配したレオが、カナエの赤くなった頬に冷却ローションを塗ってくれただけだったのだ。
しかし、そのときと今のレオは全く違う。
「カナエちゃん、キスをしても良いですか?」
頬に手を添えて、真剣にレオが問いかける。
本当はもっとロマンチックに、そっと唇を奪って欲しかったなんて、乙女らしい希望がなかったわけではない。しかし、カナエの意思をどこまでも尊重する姿勢のレオが、眩しいほどにかっこよかった。
「はい」
答えて目を伏せると、そっとレオの顔が近付いてくる。目を閉じて待っていると、柔らかな感触が唇に触れた。
目を開けると、顔を離して真っ赤になっているレオが見える。
「どないしよ……」
「なにか、違いましたか?」
幼い頃からずっと一緒にいるから、恋愛対象ではなく姉だったなんてことがあり得ないわけでもない。そういう日が来る可能性を、カナエは一番恐れていたのだが、レオの答えは全く違った。
「も、もう一回、したい……」
「良いですよ、何度でも」
「いや、あかん! 自制心がなくなってまう! それに、お母ちゃんたちも待ってる」
蚊の鳴くような声でもう一回と言ったレオが可愛くて、カナエの方からキスがしたかったが、背の高さの都合上できず、カナエは目を閉じてレオを待つことにした。おずおずと抱き寄せられて、もう一度唇が触れて、離れていく。
「新年のお祝いが始まってまう。帰ろ」
「みんな待ってますね」
手を繋いでお屋敷に戻るレオとカナエ。
その日、コウエン領から挨拶に来ていたリューシュから、カナエはリューシュの姉のライラが、オダリスと婚約を発表したことを聞かされたのだが、キスで頭がふわふわとしていて、お祝いを言えたのかどうか、カナエも覚えていなかった。
これで、第四章は終わりです。
引き続き、第五章をお楽しみください。
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