1.領主の養女、カナエ
アイゼン王国には四つの領地があり、それぞれの領主が国王の命で統治している。その一つ、セイリュウ領の領主、サナには養子のカナエという、次期領主がいる。カナエを引き取った後で、サナには夫のレンとの間に息子のレオと、娘のレイナが産まれた。
3歳で引き取られたカナエが、4歳になってから産まれてきたレオと、カナエは結婚するつもりで、幼い頃からそれを公言してきた。
11歳にして身長は175センチを超えてすくすくと育ったレオは、見た目だけはかっこいい青年に見える。
「カナエちゃん、俺、幼年学校卒業したから、カナエちゃんと一緒の魔術学校に通えるんやで」
「私の方が先輩ですね。大丈夫ですよ、守ってあげますからね」
「カナエちゃんがおったら、安心や!」
無邪気な顔で微笑むレオが、年相応に中身が幼いことをカナエは知っているのだが、外見しか見ていない輩がいるのだ。
レオの喋り方には訛りがあるが、セイリュウ領の古くから伝わる喋り方だった。
コウエン領もそうだが、民族がテンロウ領を元にするアイゼン王国の王都の民族と違うから言語学的に違うという説と、領地を分けた遥か昔に領民が勝手に別の場所に行かないように喋り方で分かるようにしたという説がある。
幼年学校を卒業して、今年から魔術学校に入ったばかりのレオが、密やかにモテているのをカナエは警戒していた。長身の父親、レンに、褐色の肌も癖のある黒髪もよく似ているレオは、本当に格好良くなった。
「レオくんのオムツを替えたのはカナエなのですよ?」
「言わんといてー恥ずかしいー!」
耳まで真っ赤になってカナエしか見ていないレオは、こうやってカナエが周囲を牽制していることに気付いていない。
魔術師は血統でしか生まれてこない。前領主の子どもたちは皆、前領主の末の弟の子どもである今の領主のサナに魔術の才能で劣っていた。国王が代替わりして制度が変わりつつあるが、領主は血縁の中から一番魔術師の才能の高いものをという因習はまだ完全に変えられていない。
前領主の孫であるカナエは、産まれたときから無意識に魔術を暴発させてしまうくらい魔術師としての才能が高く、現在の領主であるサナの跡継ぎとして引き取られた。
義母にあたるサナ曰く、「優秀な魔術師を産むための結婚はしたくない」「家族が円満であるために、カナエを後継者として、実子でどれだけ魔術に秀でた子が産まれようとも、それを覆すことはない」ということで、カナエは安心して領主の御屋敷でサナとレン夫婦を実の両親のようにして育った。特に、父親のレンは出会った当初から優しくて、大好きだった。
そのレンとそっくりなレオを、カナエが好きにならない要素がない。
「カナエちゃん、お昼一緒に食べへん?」
「お揃いのお弁当ですね」
16歳で5年生のカナエと、11歳で1年生のレオは授業は全く違うが、中庭で待ち合わせをして毎日お弁当は一緒に食べていた。サナは領主で『魔王』とまで呼ばれた国一番の魔術師、レンは領地の工房を束ねる国一番の魔術具製作者。両親は忙しく、お弁当はお屋敷の厨房で作ってもらっているが、厨房に入り込んで、レオは料理を習い始めたのだという。
「この卵焼きな、形は悪いねんけど、俺が焼いたんや」
「凄く美味しいです。レオくんは手先が器用ですね」
「俺も、お父ちゃんみたいな魔術具職人になりたいねん」
もしゅもしゅとお弁当を食べるレオは可愛い。カナエよりもずっと大きいことを、忘れているところも、凄く可愛い。
おずおずと「レオくんにお話があるんですが」と出てきた同級生らしき少女を見て、レオはカナエの後ろに隠れた。大きさ的にはみ出るのだが、そこには気付いていないで隠れたつもりでいる。
「幼年学校の頃から、レオくんのことがずっと好きで……」
「その話は、婚約者の私がよぉく聞きましょうね」
涙目になる一年生の少女を遠ざけて、安心したつもりだった。
少女と二人で話し合って、レオのことは諦めさせたカナエが戻ったときに、見知らぬ少女がレオと話していた。
はめられたのだと気付いた。
あの少女は囮で、本命は他にいたのだ。
「わたくし、コウエン領の領主の娘で、リューシュと申しますの」
「はぁ……コウエン領の領主の娘さんが、俺になにか?」
「セイリュウ領とコウエン領は同盟を結ぶべきだと思いませんか? そのために、わたくしとレオ様が結婚するのです」
「俺は、もう、カナエちゃんと婚約しとるし……」
褐色の肌に黒い髪の少女、リューシュは、レオを口説くためにコウエン領からわざわざ出てきたのだろう。この魔術学校で見たことのない顔だった。
「カナエ様は、あの才能ですもの、王都の魔術学校に進まれるんじゃありませんか?」
「そ、そうなんか、カナエちゃん?」
黒い瞳を潤ませてカナエを見つめるレオに、つかつかと歩み寄って、カナエはリューシュとレオの間に入った。
「私はどこにも行きませんよ? レオくんとずっと一緒です」
「さぁ、どうなることでしょうね。レオ様、考えてくださいませね」
コウエン領は領民のほとんどが褐色の肌で、レオの父親のレンの出身地でもある。
セイリュウ領の現領主のサナが15歳で領主に任命されたときに、一番に手を付けたのが魔術学校の建設であるのに対して、コウエン領は魔術学校すらない。魔術師の数も少なく、領民は貧困に喘いでいるという。
そんなコウエン領の領主の娘がレオと結婚しようとするのには、何か裏がありそうで、カナエは去っていくリューシュの背中を睨み付けていた。
学校が終わって、先に終わっていたレオが待っていてくれて一緒にお屋敷に帰ると、サナが難しい顔をしている。
「カナエちゃん、王都の魔術学校に行かへんか?」
「嫌です」
「即答やな!? 学校から成績表が送って来たんやけどな……」
成績優秀なカナエは、既にセイリュウ領の魔術学校を卒業してもいいくらいの実力があった。魔術師としての才能を、歴史の浅いセイリュウ領の魔術学校では活かしきれないと教授たちはカナエを持て余しているのだ。
「卒業して、おばさんの手伝いをすればいいではないですか」
「お母ちゃんてまだ呼んでくれへんし……」
「ごめんなさい、間違えました、お義母様」
「なんや、姑のような呼ばれ方しよる!?」
成人したらレオと結婚するのだから、結局「義母」になるのでカナエは構わないと思うのだが、サナは気にするようだ。
「制御されん魔術は脅威やけん、俺は、カナエちゃんが化け物とか、魔王とか呼ばれて欲しくないんよ」
「お父さん……王都には行きたくないのです」
「うちも王都の魔術学校で学んだんや。レオくんと結婚するて言うてるけど、レオくんが成人するまで、まだ、6年以上あるやろ」
「おばさん……じゃない、お義母様が私とレオくんを引き離そうとするのですー! レオくん、お父さん、助けてくださいー!」
大声を上げてレオとレンの腕を取ると、にゅっとレオの妹のレイナが顔を出した。父親似のレオと対照的に、レイナは母親によく似て、白い肌に癖のない黒髪である。魔術の才能も、レイナはカナエほどではないが、母親に似て、非常に高かった。
「再来年には、うちも入学するから」
「でも……」
「レオお兄ちゃんも一緒に行ったらええやん。ナホちゃんも行きたがってるって噂やで」
義母である領主の従弟のイサギは、前領主の息子はテンロウ領の領主の長男のエドヴァルドと、男性同士で結婚して、女の子の養子をもらっている。その子がナホなのだが、彼女は王都の双子の女王の姉のローズの息子、ラウリと結婚の約束をしていて、王都に行きたがっているという。
「ナホちゃんと、レオくんと一緒なら、考えなくもないです」
「レオくん、お母ちゃんを置いて、行ってしまうんか!?」
「うちも、幼年学校卒業したら行きたいわぁ」
「レイナちゃんまで!?」
最初にカナエに王都の魔術学校に行くように勧めたのはサナなのに、実子の二人まで行ってしまうとなると、寂しくて悲鳴を上げるのだから、腹が立つ。
優しいレンと違って、サナは初対面の三歳のときからカナエを妙に鍛えたがった。
「お義母様は、カナエがいなくなれば良いと思っているのです」
ぷくんと頬を膨らませると、レンに悲しそうな顔をされる。
「サナさんは、自分が魔術の才能が有りすぎて、『魔王』とまで呼ばれたけん、カナエちゃんが暴走したり、魔術の使い道を誤ったりせんように、心配しとるだけなんよ」
「……みんなと一緒じゃないと、嫌です」
褐色の肌のレンはコウエン領の出身で、セイリュウ領とは違う独特の訛りのある喋り方をする。
幼い頃に、両親とも思っていない実の両親に、恐れられて、カナエはたった一人で離れに閉じ込められた。家具が壊れても、料理を吹っ飛ばしてしまっても、壁にひびを入れても、実の両親はカナエを怖がって近寄ろうとしなかった。
そんなものなのだろうと諦めていた3歳の日に、サナとレンが迎えに来てくれた。それから、領主の娘として大事に育てられただけ、カナエはこの居心地のいい場所を失うことが怖かった。
「俺がおる!」
カナエの手を握ってくれるレオの手は大きい。けれど、子どもの高い体温に、カナエは小さく頷いた。
王都の魔術学校へ行くために、王都にあるテンロウ領の領主の別邸に、カナエとレオ、そして、サナの従弟の養女、ナホは住むことになった。
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