3話 天才対怪物。。
3話 天才対怪物。。
七瀬の中学は岐阜の中学校だ。
岐阜といっても広い。田舎の方は山しかなく岐阜と聞いたら普通は田舎のイメージだろう。七瀬の通っていた東明中学校は、比較的愛知県に近い中学校でそこまで田舎ではなかった。
市内には8校の中学校がある。
大西が呼んでいる。
「キャプテン!勝負ですよ!」
いつのまにか、七瀬の列の部員のバッティング練習は終わっていた。
他の2箇所には、ピッチャーで3番の和田とショートで5番の山之内がバッターボックスに入っていた。
七瀬は、サードで4番。
つまり、クリーンナップが揃ってフリーバッティングをする。
他の部員も、注目しているようだ。
ひときわ背の大きい山之内が、叫ぶ。
「さあ!今日も俺が一番飛ばすからな!」
和田が答える。
「うるせー、試合でも打ってみろ。」
この二人は小学生から一緒なので何気にライバル視している。
そんな二人の掛け合いなどどうでもいい、、と思いながら七瀬はバッターボックスに入った。
『本気を見せてやろうか。。』
七瀬も根っからの野球小僧だ。ピッチャーと対峙した瞬間、スイッチが入った。
『まあ、ツイスター打法はやめといてやろ。中ボー相手に本気になってもな。』
そう心で呟きながら、本気になっていく。
そして、バットを構えてピッチャーを睨む。
凄まじい集中力。
この集中力は、プロに入ってから極めたものだ。
バッターは周りの音も、景色も感じなくなるほど集中しなければいけない。この考えに最初に行き着いたのは高校時代だ。
大西も気合が入ったみたいだ。
振りかぶって力いっぱい投げ込んだ!
ビュッ!!
指先からボールが離れる音がした。
そして、七瀬は初球から振りにいく。
ブオ!!
凄まじいバットのスイング音!!
ボールは、、キャッチャーミットにバスン!
『あり??』
七瀬は、思いっきり空振り…
『あかん、、、、球が遅い、、、、』
中学2年の少年が投げる球だ。
球速で120キロ出てないぐらいか‥
『これは、気合入れたら打てないな、、、』
七瀬は、オールスターのホームラン競争の感じで打ってみよう、と思った。軽く、、でもスイングスピードは落とさず…
インパクトの瞬間に爆発させるイメージ…
大西は2球目を投げた!
今度は、よく引きつけて‥
よし!
七瀬はスイングした!
バキーーン!
凄まじい音が鳴り響く。
が、、ボールは、、、外野の手前辺りでラインドライブがかかり、ボトンと勢いのまま地面に落ちる。
『あり???』
七瀬は感触はホームランだった。が、ラインドライブ‥
『軟式か、、、、』
ホールが軽すぎて負けちゃうのか…インパクトの瞬間ボールが潰れる…
大西はドンドン投げてくる。
取り敢えず七瀬はミートだけに徹して、段々と軟式の打ち方を覚える感じでバッティング練習を終えた。
『うーん、、まあ何とかなりそうだな、、』
他の連中も終わり、無事練習を終えた。
そして、着替えて校舎の中に入る。
下駄箱に入った瞬間、思い出した。
俺の下駄箱はここだ、、
記憶が段々と、中学時代を思い出していく。
そして、3年7組。
教室に入ると、ガキ臭い連中が普通にいる。
『当たり前か、、ここは中学生だから‥』
席が分からないが普通に女子に席を聞いた。
変に思われてももうどうでもよくなっていた。
七瀬は椅子に座り、腕を組んで考え込んでいた。
『明後日、西中との練習試合とか言ってたな、、
そうか、、、あの試合か、、、』
七瀬は、はっきりと鮮明に思い出した。
なぜならば、七瀬の野球の価値観を覆させられる試合だったからだ。
『西中のピッチャー、、怪物黒川か、、』
この初対決をきっかけに、生涯のライバルとなる黒川。
『そうか、、中学生の黒川か、、俺は確か、、、3打数3安打、、』
そう、、この初対決は七瀬の圧倒的な勝ちだった。鮮烈な記憶として残ったのはむしろ黒川の方だった。
では、七瀬にとって何が価値観を覆させられる試合だったのか、、
それは、、相手の打線、、取り分け4番の増田だった。
3打席連続ホームラン、、そして16失点の5回コールド負け、、
ピッチャーの和田も軟式の中学レベルでは、中々イケてると思っていた。
が全く歯が立たなかった。。
七瀬にとって人生初のコールド負けだった試合…
その試合をきっかけに、バッティング練習がいかに足らないか、部員全員で話し合った事まで思い出せる。
『あーー、もう一つ思い出した。
俺は3安打だったが、、、確か他のうちの連中、、、全員三振だったな。15アウトのうちの15三振、、、』
チームメイトは黒川に全く歯が立たなかった、、
『そうか、、、あの試合か、、6月なのにイヤに暑かったな、、』
七瀬は机に座りながら、そんな事を思い出していた。
そして、、夕方の練習と土曜日の練習も丹羽に声出しをしてもらい、何とか軟式の打ち方もできるようになっていた。
守備練習。
サードの守備についた七瀬は、監督がノックをする打球を華麗にさばき、矢のような送球でファーストに投げる。
部員は、、、何も気付かない。
『おいおい、、プロで10年連続もゴールデングラブ賞を取った俺の華麗な守備を、、、』
しかし、一人だけ違和感を感じている男がいた。
副キャプテンのファーストの丹羽だ。
ボールを取ってから投げるまでの速さ、構えたファーストミットにドンピシャに来るコントロール、そして、ボールの勢い…
明らかに全然違う七瀬の守備に、丹羽は戸惑っていた。
そして、日曜日。
西中との練習試合だ。
七瀬は結果を知っている、、が部員には何もアドバイスをしなかった。今から戦慄な光景をお目にかかるが、ソレを教えるのはアンフェアな気がしていた。
『俺は、自分のプレーに徹しよう、、』七瀬はそう決めてこの試合に臨もうとしていた。
西中のグラウンドに到着。
外野はネットが貼ってある、本格的なグラウンドだ。
西中とは二つ隣の市の学校だ。
市の予選大会では当たることはない。
が、その強さは二つ隣の七瀬の中学校でも有名だった。
そして、ピッチャーの黒川。
軟式なのに、左から繰り出される140キロ超えのストレート、
そして、シニアの連中でも見た事がないであろう、スライダー。とても中学の軟式レベルではない事は、東明中の連中でも知っていた。
両チームウォーミングアップも終わり、ホームベースに整列する。
七瀬は黒川と増田を見ていた。
『黒川、、相変わらず背が高い、、180センチはある、そして増田、、、前の世界では中学時代だったらこいつの方が上だったな…』
七瀬の前の世界…
通っていた高校は岐阜でも有名な、全国屈指の甲子園常連校、『帝都大岐阜』だった。
その『帝都大岐阜』でチームメイトになるのが、西中の4番増田だった。
、、視線を感じた。
黒川がジッと七瀬の方を見ていた。
『なんだ?俺を見ている?まあ、バッティング練習で、全球外野のネットに突き刺していたからな、西中の連中も驚いて見ていたからな、、』
整列の挨拶も終わり、後攻の西中がポジションに散っていく。
ピッチャーは黒川。
投球練習をしている姿を、東明中の連中は見ていた。
「速い、、」
「今のスライダー?あんなん反則やわ、、」
それぞれ、驚きの声が聞こえる。
七瀬もジッと黒川の投球練習を見ていた。
『綺麗なフォームだな、クセなんてこの中学時代でもほとんどないわ、、』
七瀬はツイスター打法を解禁しようか悩んでいたが、やっぱりやめることにした。
『いくら黒川でも、中ボー相手にツイスターはな、、』
そして、プレイボール。
『さ、中学時代の黒川はどんな球を投げるのか、、』
どおおーーん!!!
初球、キャッチャーミットに凄まじい音が響き渡った。
東明中の連中は声も出ない。
2球、3球、、1番バッターの加藤はバットを振ってみるものの全然当たらない、、
驚きの顔をしてバッターボックスから引き上げる加藤。
驚いていたのは七瀬も同じだった。。
『なんだ?黒川の中学ってこんなんだったか?球速は140真ん中ぐらい、、しかし、ボールのキレ、、回転が最早プロレベルだ。』
キレ、いわゆるボールの回転だ。150キロ投げても回転のないボールはただの棒球だ。当たれば飛ぶ。
しかし、140キロでも回転が速いと、手元で浮き上がるように見える。そうゆう球筋は当てる事さえも難しい。
2番バッター、大谷。
こちらも3球で引き上げる。
全球ストレートだ。
3番バッター和田。
和田の3球目にはスライダーを投げていた。
和田はバットを振ることさえもできなかった。
スリーアウト!
悠々と引き上げる黒川。
三者三振、、しかも9球で…
完璧な立ち上がりだった。
今度はこちらが守備につく。
和田は投球練習を見る限り、調子は悪くはなさそうだ。
七瀬はマウンドにいる和田に声をかけた。
「和田、素直にストライクを取りにいくなよ。今までの相手と少し違うぞ。」
和田は黙って頷く。気合は入っているようだ。
市の春の大会、東明中は優勝して、地区大会に進んだ。
その時の和田は、市の大会3試合全て完封していた。
和田も実力はある筈だ。
ちなみに、中学の軟式は市の大会で優勝すると、地区大会に進む。
春の地区大会では、各市で優勝したチームが10ブロック40チームに分かれて、県大会への切符を争う。
市の大会で優勝した東明中は、地区大会の1回戦を突破し2回戦で敗退していた。
西中は別ブロックの地区大会でも優勝し、県大会でも優勝していた。
県で実力ナンバーワンのチームだった。
エースの黒川と4番の増田。この超中学生級の2人がいたから当然だった。
1回の裏が始まった。
いきなりの3連打!
4番の増田にはホームラン!
初回ワンアウトも取れずにいきなり4失点…
続く5番にもホームラン…
5失点。
ようやく初回の攻撃が終わる頃には7失点していた。
『これだ、俺が衝撃を受けたのは、、』
七瀬は、昔を思い出すかのようにしてベンチに引き上げる。
さあ、俺の打順だ。
ヘルメットを被り、バッターボックスに向かった。
チームメイトも見守る。
この2日間、七瀬のバッティングの変化に驚いていたチームメイトも黒川に通用するのか、ある意味期待を込めて七瀬を見ていた。
バッターボックスで構える七瀬。
『さあ、中ボーの黒川よ。俺が鼻をへし折ってやるよ。』
七瀬は自分自身がプロの実力を持っているのをもう忘れていた。
振りかぶる黒川。
綺麗なフォームに幾分か迫力を増しながら、第1球を投げた!
唸りを上げるストレートだ!
どおおん!!!
キャッチャーミットが破壊されるのではないかという凄まじい音を上げながら、アウトコースに構えたミットに収まった。
見送った七瀬。
『おいおい、、こんな球、中ボーで投げれるのか、中学の俺はよく3安打も打ったな、、』
驚きを隠せない七瀬。
『ま、、。しかし、俺の敵ではないわな、所詮中ボー。』
黒川は第2球を投げるべく、もう振りかぶっていた。
『相変わらず、投球テンポはいいな。黒川。』
ダイナミックなフォームで投げ込む黒川!
アウトコース、、高い!
瞬時に七瀬は判断して見送った。
「ボール!」
審判の控え部員が声を上げる。
『初球もアウトコース高め、。今もアウトコース高め、、』
七瀬はコースを冷静に分析した。
『プロの時代ならここで、変化球、しかもインローに、このパターンが多いが、、』
七瀬と黒川のプロ時代100打席対戦している。そして七瀬は40安打。打率4割だ。
その対戦パターンも頭にインプットされていて、その記憶も思いだせる。
『ま、、しかし、、今は中ボー。ストレートやろな。』
黒川は、大きく振りかぶり第3球を投げた!
またもや、アウトコースストレート!
『ナメるな!』
七瀬はバットを鋭く振り抜いた!!
チッ!!ズドン!!
バットとボールが激しくこする音がして、キャッチャーミットに収まった!
『空振り??』
七瀬は、表情には出さないが驚いていた。
しかし、、
すかさず4球目!またもやアウトコース高め!
唸りを上げるストレート!
ガキーーン!!
鋭く振り抜く七瀬!
打球は、一直線にライト越しのネットに突き刺さる!
ホームラン!
七瀬は、バットを放り投げ1塁へゆっくり走り出した。
歓声を上げるチームメイト。
『3球目のファウルチップ、、なぜ捉えきれなかったのか、理由は分かっていた。黒川の投げる軟式の140キロ超えの回転に慣れてないからだ。』
打たれた黒川。ライトの方をしばし見ながら、そして少しニヤついていた。
そのニヤついた顔を見る七瀬。
打たれてニヤついてやがる。七瀬は少し違和感を感じながらホームベースを回っていた。。