1話 天才バッター七瀬 健。。
1話 天才バッター七瀬 健。。
日本は野球国である。これほど興行で成功したスポーツは、日本では野球が一番である。
それはなぜか。
ゴルフでもテニスでも水泳でも、卓球でもバスケでもバレーボールでも世間で騒がれる時は、決まってある出来事が起こる。
それは、
『スーパースターの出現』
である。
プロ野球創世記。
娯楽が少なかった戦後の日本において、スーパースターがゴロゴロ現れる。
それは、お父さんの日々の仕事の疲れや、学校での友達での会話、又は家族での一家団らんのコミュニケーションとして大いに役立った。
そして、娯楽の少ない戦後、情報の乏しい時代にマスコミはそのプロ野球界に現れるスーパースターを、こぞって取り上げた。
そして、企業も野球というスポーツに広告としてお金を出し、どんどん娯楽化していった。
その土壌があるからこそ、プロ野球は現在になっても日本で一番興行に成功したスポーツになった。
2020年9月。プロ野球のペナントレースもいよいよ佳境に入っていた。
〜アナウンサー
「さあ、いよいよペナントレースも大詰めを迎えました。9回裏、ツーアウト満塁、首位のエンジェルズ、この試合に勝てば、リーグ5連覇です!そして、バッターには、、エンジェルズの4番、いや日本の4番、天才七瀬が打席に向かいます。」
〜解説者
「七瀬ここは一発大きいの狙うでしょう。」
〜アナウンサー
「点差は僅か1点差、エンジェルズ3対4で劣勢。ここでタイムリーが出れば、同点、逆転サヨナラ、そしてリーグ5連覇です!」
〜解説者
「99本ですからね、、ここは100本狙うんじゃないでしょうか?」
〜アナウンサー
「バッターボックスの七瀬、シーズンここまで打率5割8分、ホームラン99本、まさしく天才バッター七瀬 健、ここで打って優勝を決めたいところ、、」
大歓声が球場全体を覆う。その観客はほぼ全員、七瀬のただならぬオーラを感じ取っていた。
ここで打つのではないか、いやここで打つからスーパースター、でも、まさか‥本当に打つのか?‥
人は疑心暗鬼になりながらも、そんな奇跡を見たいものである。そしてその奇跡を何度も見せつけてきたのが七瀬 健という男だ。
名古屋スタジアムのライトスタンドからは、お馴染みの曲、七瀬のテーマソングが、ゆっくりと神々しく演奏し始めた。
七瀬は集中していた。
『さあ、ここはホームラン狙うか、まあ、十中八九ストレート勝負だな。』
七瀬はバッターボックスで構えながら、そう心の中で呟いた。
『抑えの後藤、ストレートは速いしフォークも一流だ。しかし‥』
〜アナウンサー
「七瀬、バッターボックスで構えました。あ!出ました!七瀬の構え方!ツイスター打法です!」
〜解説者
「やはり狙ってきましたね!普通の打者ならヒット狙いで試合は決まるのに、ここであえてのツイスター打法ですか!これはピッチャーにプレッシャーを与えますよ!」
ライトスタンドから応援歌が鳴り響く。凄まじい音だ!!
まさに奇跡を見せてくれるのではないか、、いやきっと見せてくれる!ここで決めてくれ!ライトスタンドの応援団の願いが、応援歌に乗り移っているかのようだ。
〜アナウンサー
「さあ、振りかぶった抑えの後藤、第1球を投げました!」
七瀬が心の中で呟く。
『そう、、後藤よ。得点圏にランナーがいる時は、ストレートを初球に投げる確率70パーセント、、キャッチャーのサインに首を振ってでも、
そして‥』
後藤が投げた渾身のストレート、唸りを上げながらキャッチャーミットに突き刺さる‥
かと思った瞬間!
バカーーン!!
激しい衝突音と共に、ボールはレフト方向へ!
まさか、まさか、、観衆がその打球を見守る!
〜アナウンサー
「打球はレフトへ!レフトバック!レフトバック!これは!入ればサヨナラ!優勝だが!!」
アナウンサーももう興奮を抑えきれない。
そして、、打球はレフトスタンドへ!
湧き上がる大観衆!
〜アナウンサー
「ホームラン!ホームラン!これぞ天才と呼ばれる由縁!エンジェルズ5連覇!何とサヨナラで決めました!!そしてシーズン前人未到の100本塁打!!」
〜解説者
「いやーー、、狙ってましたね!それを本当に打つのが七瀬 健という男!素晴らしい!!」
七瀬はそのボールがスタンドに届くのを見届けて、ゆっくりと1塁へ走り出した。
『そして、ストレートを投げる時と変化球を投げる時は、若干フォームが違う。‥』
そう呟きながら、七瀬はゆっくりと走り出す。
投手は色々な球種を投げる。その際、ストレートと変化球では投球フォームが違う場合が多い。いわゆるクセだ。それはアマチュアほど顕著に現れる。プロの投手、1軍で活躍する投手になればなるほど、そのクセはほどんど差はない。
しかし、七瀬はどんな投手でもそのクセを見破っている。
球種が分かる天才なのだ。
しかし、そのクセをチームメイトに教える事はない。
いや、教えられないのだ。当の本人の七瀬も上手く言葉で説明できない、いわゆるフィーリングらしい。
七瀬はゆっくりと、シーズン100本目のホームランを噛み締めながらダイヤモンドを走っていた。。
一方その頃、、、
〜東京スタジアム
〜アナウンサー
「さあ、タイタンズのエース左腕黒川、シーズン30勝まで後一人!今年は負けなしの29勝0敗です。」
〜解説者
「そうですね、大車輪の活躍でしたが、優勝まで後1歩届かなかったですね。」
〜アナウンサー
「名古屋でのエンジェルズですが、、ちょっとお待ち下さい!
速報が入ってきました!エンジェルズサヨナラです!シーズン5連覇を達成しました!」
〜解説者
「サヨナラですか?それは大いに盛り上がっているでしょう!」
〜アナウンサー
「え?そしてですね、、そのサヨナラですが、七瀬がシーズン100本目のホームランで決めたとの事ですよ!」
〜解説者
「打ちましたか!いやーすごい!まさしくスーパースターですね!もうこんなバッターにはお目にかかれないでしょう。」
〜アナウンサー
「さあ、そしてこちらも大記録が生まれようとしております!
シーズン30勝0敗に向けて、こちらもスーパースターの怪物黒川!投げました!
バッター打ち上げた!ピッチャーフライだ!ピッチャー、グラブを構える!黒川取りました!
ゲームセット!ピッチャー黒川、大記録30勝です!」
黒川はボールを取ると、笑顔を見せずに、お迎えの同僚や監督がいるベンチに歩いていった。
『今年も終わったか、、七瀬には結局4割の打率を残したか、、
同じバッターに4割‥』
そして、汗を拭くタオルを頭に被りベンチに深く腰掛けた。
『結局、あいつとは天才対怪物と言われ続けて、中学、高校、プロになっても負けっぱなしか‥』
そう呟きながら、一杯の水を飲み干し、タオルを顔に被せ上を見上げた。
〜名古屋スタジアム
七瀬は3塁ベースを周り、歓喜のチームメイトが待つホームベースに向かっていた。
そして、
ホームベースを踏んだ瞬間、チームメイトの手荒い祝福が待っていた!
「思いっきり叩くのはやめろよ!」
七瀬は、頭をポンポン叩かれながら、笑顔でチームメイトの輪に入っていった。
そして、しばらくすると、、、、
一人のチームメイトが、何かに気付いた。
「おい、、ちょっと待て!みんな!七瀬の様子がおかしい!」
七瀬は、最初はみんなからの祝福に嬉しそうに反応していたが、やがてふらつきながら笑顔もなく、とうとうチームメイトの輪の中心で倒れ込んでしまった。
「おい!!七瀬!七瀬!!」
チームメイトの掛け声も遠くに、大観衆の声も小さくなり、やがて七瀬は意識を失った。。