勇者はティラミスが食べたい
息抜きのオムニバスです。
ギャグコメディなので軽い気持ちで見てもらえれば幸いです。
【ティラミス】
北イタリア生まれのデザートの一種。
適度な大きさの型にエスプレッソを染み込ませたビスコッティ・サヴォイアルディ(サヴォイアのフィンガービスケット)を敷き詰め、
その上からマルサラワイン・砂糖と共に卵黄を温めながらかき立てたカスタードソース「ザバイオーネ」と
マスカルポーネチーズを合わせた「ザバイオーネ・クリーム」を流し入れ、
同工程を2 - 3層繰り返し、型を埋め尽くし冷し固める。仕上げは表面にココアパウダーやチョコパウダー、
時にエスプレッソの豆を挽いた粉をふりかけて風味付ける。
――Wikipediaより引用。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%82%B9
新暦0387年……魔王の圧政に苦しむ世界は一人の勇者の活躍によって救われた。
国々が、世界が歓喜に包まれ、こんどこそ恒久の平和を作っていこうと奮起していた。
そんな中――異界から来た勇者が呟いた。
ティラミスが食べたい、と――。
第一話:勇者はティラミスが食べたい
そこはそこそこの豪邸と言っていい家だった。
落ち着いたこげ茶色のレンガ造り、屋根は赤いペンキで塗られ、手入れの行き届いた風通しのいい庭には噴水まで設置されている。
元々は一貴族のものだったこの家は、今では異界から来た勇者と、そのパーティメンバーの拠点となっていた。
その庭のベンチに座り、ぱかぽかと陽気な空をぼんやりと眺めながら、
勇者の御付きであるメイドが一人、どうしたものかと能天気に頭をひねっていた。
「”てぃらみす”ってなんなんでしょうかぁ~? わたしち~っともわかりません~……」
つい先日行われた、魔王討伐の功績をたたえる凱旋。勇者の言葉を国中……いや、世界が待ち望んでいたあの時。
国王から賜れた褒賞と共に行われたインタビューで、勇者は言った。
『ティラミスが食べたい』
と。
てぃらみす。それは聞いたことのない単語だった。
食べたい、と言うからには食べ物であろう。甘味好きの勇者さまのことだから、きっと甘いモノだろう。
求められるものが料理ならば、いちメイドとして私の出番である。
しかし聞いたことも見たこともない料理は作れないのも自明。仕方なく勇者さまにどんなものかと尋ねてみれば、
肝心の勇者さまも作り方までは分からないとのことだった。
辛うじてわかったのは見た目、色合い。茶色で固形で小さく甘いらしい。
もっと深く聞いてみると、かつて勇者さまがもっていた『ちょこれいと』に近いモノなのだという。
だけど『ちょこれいと』のようにテカテカもしていないし、固形は固形でも硬いモノではなくそこはかとなくゆわりとしたものであるという。
謎かけそのものである勇者の言葉に、メイドは頭をひねらせているというわけだ。
元々このメイドは頭をひねって色々考えるのは苦手だった。
ほかのパーティメンバーも、魔法使いさんと賢者さんは現在王立図書館に赴いててぃらみすに関する文献がないか調べているところだ。
そのまま他人に解決をゆだねた方がいい気もする。が、先に示した通り料理、炊事、その手の類でメイドたる者後れを取るのはプライドが許さない。
「ん~。とりあえずぅ~……。色々やってみましょう!」
メイドはよぉし! とベンチから立ち上がると、両手をぶんぶん振り回しながら厨房へと向かった。
「はぁ……。ティラミスが食べてぇな……」
暖炉の前の長椅子に、勇者は寝ころんでいた。
鎧装束はすべて脱ぎ去り、今は半袖の白地のシャツに茶色のパンツ、足は裸足ととてもラフな格好でいた。
今は日本でいうと季節は秋であった。そろそろ風が涼しく感じる季節であるが、さすがに暖炉に火をともすほどではない。
というわけでしん、と沈黙する暖炉を前に、勇者は誰に問うでもなくぼそぼそとごちていた。
ティラミス。それはいつだったか。初めて食べたのは喫茶店だったかファミレスだったか。
甘党であり、甘いモノに――特に高カロリーの甘味に目が無かった勇者は、一口食べたその時からそれにハマっていた。
とはいえ、彼は日本ではごく普通の男子高校生だった。ティラミスは好きな食べ物ではあるが、それをわざわざ自宅で造るほどドハマリしたわけではない。
甘党と言っても、甘いものに目がないだけで所詮『甘味オタク』ではなかったので、その作り方やらに興味はなかったのだ。
しかし今となっては、せめて原材料くらい知っておくべきだったと絶賛後悔している所だった。
彼は一度気になりだすと、とことん気になってしまうタイプだった。こうなってしまったら、ティラミスを食べられるその日まで、このもやもやが晴れることはないだろう。
「しかしまぁ……。この世界ティラミスってもの自体がないなんてなぁ……」
テレビもなければゲームもなく、携帯電話もなければパソコンもない。そんな異世界で現代日本人であった勇者がやっていけたのは、ひとえに食べ物のおいしさにあった。
この世界の食は、うまかった。
しかも、勇者とは別の日本人? あるいは外国人か、ともかく彼同様の世界から来た者たちにより、様々な食文化が混ざり合って発達していたのだ。
カレーがあった、ハンバーグがあった、焼肉があった、焼き鳥があった、パスタがあった、キムチがあった、ラーメンがあった、たこ焼きがあった。
お菓子、甘味にしても大福があった、饅頭があった、磯辺焼きがあった、ポテトチップスがあった、ビスケットがあった、豆缶や杏仁豆腐があった。
しかし、ティラミスがない。
そう、ティラミスがないのだ。
ついでに言うと元々チョコレートもなかった。ケーキもない。
ただチョコレートに関しては、たまたま勇者が持ち込んでいたモノを解析して、極めてそれに近いモノは製造されたのだった。
少々偏り過ぎではないか、文化が? と思わずにいられないが、とにかく食べ物はうまいのだった。
しかしここまで食べ物文化が蔓延していながら、ティラミスがないとは何事か! 確かに現代日本でもあまり知られていない方のデザートだとは思う。
そして思い出したが、かくいう勇者もたまたま行ったイタリア料理のファミレスのデザートコーナーで初めて見かけて、一目ぼれしたものなのだから。
しかしティラミスはうまいのだ。
あの見た目、まず見た目からしてカロリーの暴力である。
100人中100人がぜってぇうまい! あまい! と言い切れる見た目をしている。
そして食べてみればその通りだとわかる。あまく、口どけの良い食感、最高だ!
合わせてにが~いブラックコーヒーを飲めるなら、なお最高だ。苦さを甘さが緩和して、口の中で心地よいハーモニーを奏でてくれる……。
ちなみにこの世界にコーヒーは存在する。なんでますますチョコレートとティラミスがないのか、これが分からない……。
メイドだとか魔法使いだとかが今一生懸命ティラミスについて調べてくれているが、まぁ無理だろう。
勇者がふたたびため息をつき、尻を掻きだしたころ、背後からメイドの声がした。
「勇者さまぁ~。てぃらみす、つくりましたぁ~!」
「マジで!!? デジマ!!? いややっぱマジで!!!??!?!?」
「はぁい!!」
長机に新品同様の真っ白なテーブルクロスがかけられて、勇者はエプロンを巻いて食堂に座した。
気分はウキウキ、心は高く上り、口の中では懐かしのカロリーモンスターの到着をまだかまだがと舌が暴れて唾液は洪水状態。
期待値の高さは、あのメイドにある。
あのメイドは勇者がこの世界に来て最初に組んだパーティメンバーだった。
ドジがかさんでパーティを追放され続け、酒場で落ち込んでいたところを勇者から誘ったのだ。
栗色の髪をツインテールにまとめて、朝焼けのような紅色の瞳、ほんのり自己主張する胸と尻。漆黒のメイド服に良く映える、ほんのりうすぴんくな肌。ぶっちゃけ可愛いかった。美少女だった。
パーティを組んでから今までずっと、彼女のドジさにヤバい目にもあったし迷惑もかけられ続けたが、それでも彼女はやる時はやるメイドだった。
魔王幹部との激戦。旧時代へのタイムスリップの冒険。古のドラゴンとの死闘。別の異世界人との決戦。
どのシチュエーションにおいても、彼女の存在があったから乗り越えられた。
その彼女が、自信たっぷりに言うのだ。「ティラミスを作れた」と。
それを信じなくてどうする! 世界中が彼女からそっぽを向いても、俺だけは彼女から目をそむけない!
俺だけは彼女を信じなくてはならないのだ!!
それはそうと腹が減った。
厨房からはあま~い香りが漂ってくる。これはチョコレートの香りか。ますます期待は膨らんでいく。
「はぁ~い! できあがりですぅ~!!」
銀の皿に乗せられて、勇者の目の前にそれは現れた。
かたちは崩れていて不恰好。皿には茶色の絵具のごとくべちゃべちゃにちょこらしきものがついている。
それでも、それはティラミスと言えばティラミスに見える。そんな感じだった。
勇者は思わず感動した。
見ず知らずモノを再現するのは、はたしてどれほどの苦労がいったことか、考えるのが苦手な彼女のことだ、知恵熱では済まないくらい頭がスパークしたことだろう。
「よ、よくやった……! 本当によくやったぞォーー!!!」
「ひゃっ! よ、喜んでくれて嬉しいですぅ~!!!」
勇者は泣いて叫んでメイドに抱きついた。メイドは頬を赤らめて、ともに喜びを分かち合う。
「さっそういただくぜ! いただきまぁ~す!!」
勇者はフォークを手に取って、その不恰好なティラミス(?)を口に運んだ。
さて、食感はいかに……。
一口目から、口の中に甘い香りが広がった。これはチョコレートの香り。思ったとおりだ。素晴らしい。
しかし、舌触りがよくない。なんだか粉っぽいし、妙に脂っぽい気がする。
それからなんだか魚小骨のような、薔薇のトゲとでもいうようなちくちくした感触があった。
それからなんだかほかほかしている……まぁこれは急冷蔵技術のないこの世界では仕方ないことかもしれないが、その熱っぽさが前述の油っぽい感じを助長しているのだ。
勇者は眉をひそめた。もったいないし、残念だけど、これはティラミスじゃない。
「これ、材料なに使ったんだ?」
勇者の質問に、メイドはニコニコ笑顔で答えた。
「はい! アブラムシです!」
「……はい?」
勇者の手がぴたりと止まった。まて、こいつ何を言った? 何を言いやがった……!!?
「ですから、アブラムシです! アブラムシを1000匹すりつぶして、色と風味を付けました!!!」
「ぶふーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
勇者は思いっきり吐き出した。
アブラムシ……。なんのことだか分からない人に簡単に説明すると、ゴキブリのことである。
確かに、色は茶色だし見た目テカテカしてるし、まぁ分からなくはないよ、その辺は。
「てめーーーーーーーーーーっ!!!!!!!! アブラムシなんか食えるかこのーーっ!!!!!! 俺に何か恨みでもあんのかこのやろーーーーっ!!!!!!」」
「ひぁあっ!! す、すみませ~ん!! で、でもアブラムシは猛獣使いさんのペットのドラゴンの好物なんですよ~!!!?」
「俺を羽根つきオオトカゲと一緒すんなぁーーーっ!!! ってあいつゴキブリ食べんの!!? うへぇ、ショックなんだけどそれ!!?」
聞きたくもない情報を聞いて、半狂乱の勇者はメイドのツインテールをつかんでがっくんがっくん揺らした。
メイドはすっかり目を回してあわあわしている。
「もうてめーには死んでもたよんねーぞッ!!! くそっ!! ちくしょーがーーーーッ!!!!」
「ああ~ん! そんなぁ……ま、まってくださぁ~い!! ゆ、勇者さまぁ~っ!!!!」
失意と怒りとなんやかんやの感情が混ざったまま食堂からずかずかと立ち去る勇者と、それを追いかけるダメメイド。
なお翌日には普通に仲良くしている二人が目撃されているので、まぁ二人の日常はこんなもんなんだろう。
勇者がティラミスを食べられる日は、くるのだろうか……?