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心理学概論  作者: 空波 遥
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心理学の『歴史』

「人名だらけの講義はこれで最後だ」

 そう言って、教授は講義を始めた。

「今日覚えるのは四人。経験説を支持し、実験心理学を支持した結果は、だいぶ恐ろしいものだった」

 何かの物語を始めようかという口調だった。

「まあ、その前にフロイトの話をしなくては」

 教授は表情を崩し、ホワイトボードに、フロイト、精神分析学、と書いた。

「下手をすれば、ヴントさんよりも有名かもしれないな。今の人にとっては当たり前かもしれないが、当時は無意識に目を向けた人はいなかった。主流だった内観法では、無意識なんて探りっこなかった」

 いくら現社がひどかったとはいえ、この人の名前は知っていた。確か、ユングって人とセットで覚えていたはずだ。

「ユング、という名前とセットで覚えている人も多い。この二人は師弟関係にあり、のちに一人の女性によって別の道を歩くことになった。ユングさんは『分析心理学』を確立した。名前がややこしいから、間違って覚えないように。……ユングはテストに出すつもりはないが」

 ユング、と書きかけた手を止め、消した。

「さて、では経験説の怖さについて話そう」

 僕は小さくつばを飲み込んだ。

「ワトソン。経験説をもっと拡大した、『行動主義』という考え方を提唱した。それまでの主流は、ヴントさんの考えた内観法だった。しかし、心は行動に表れるから行動を観察すればいい、ということを考えた。ここまではよかったんだ」

 確かに、ここまではおかしいとは思わない。

「アルバート、という生後11ヵ月の男の子がいた。ワトソンは、この子が、白いネズミに対して恐怖を持つように実験を行った。その結果は、大成功だ。その子は白いネズミを怖がるようになり、果ては似たような色の毛皮、髭なんかも怖がるようになった」

 教授の表情は、寂しそうだった。

「人が恐怖を覚えるのは、小さい頃のトラウマの所為だと結論付けられたわけだ」

 再現は、当然不可能な実験だろう。皮肉にもこの非道な実験が心理学界にもたらした業績は非常に大きい。独り言のようにつぶやく教授の姿が、何かを僕に訴えていた。

「いや、暗い話はいったん終わりだ。次はこの人」

 ペンを持ち直し、ホワイトボードにまた人名が書かれる。

「ウェルトハイマー。ゲシュタルト心理学の基を創った人だ。ゲシュタルト心理学を簡単に説明しよう」

 そう言って、教授は赤のペンを取り出した。そして、ホワイトボードにいびつなリンゴの絵を描いた。

「これ、何に見える?」

 視線が僕に合った。

「りんご……です」

「そうだ。これを見て、『マーカーで描かれた赤い線の集まり』と答える人はいない」

 何のことやらさっぱりだ。

「つまり、心理学においても、心を『りんご』と見るべきだ、という考え方だ」

 わかったような、わからないような。

「ヴントさんの構成主義とは正反対の立場にある考え方だな。例えば、心の要素が恐怖と不安だけでできているとする」

 いきなり恐ろしい心の状態を提示され、僕は戸惑った。この教授はもしかして情緒不安定なのだろうか。

「この心に対して必要なアプローチは、『恐怖を解消するアプローチ』と『不安を解消するアプローチ』ではない。『恐怖と不安を持つ心へのアプローチ』だということだ」

 ヴントの構成主義に若干の共感を持っていた僕としては、少々この説は嬉しくなかった。ただ、これだけ合理的な説明をされると認めざるを得ない。

「最後に、スキナー。この人は自身の考え方を『徹底的行動主義』と呼んだ。とは言っても、やたらひどい実験をしたわけじゃない。ただ、この人の実験の応用が、社会に広く浸透している」

 隣に、スキナー箱、と加える。

「ここではレバーを押すと、エサが出てくる。このシステムを理解すると、ネズミはレバーを自ら押すようになる。オペラント条件付けといい、生物を習ってた人なら、古典的条件付けと一緒に習っただろう」

 そうだ、これは確かに習った覚えがある。何が違うのかいまいち理解できなくて苦しんだ覚えがある。

「では、レバーを押してもエサが出てこなくなったらどうするか。しばらくはレバーを押してみるが、その後は諦めてエサを探しに行く」

 人が働く理由だろうか。仕事をすれば、お金が入る。

「次に、レバーを押してエサが出てくる確率を1/2にしよう。これを部分強化という。ネズミはレバーをたくさん押すようになる。ここで、さらに確率を下げるんだ。1/3、1/4、1/5、……。最終的には、エサを探しに行った方がいいような確率にする」

 教授は、にやりと笑った。間違いない、情緒不安定だ。

「……ネズミはレバーを押し続ける。うまく調整してレバーを押し続けさせる。最終的には0にする。どうなるか。……ずーっと、押し続けるんだよ」

 僕は、わかってしまった。

「わかっただろう、ギャンブルだ。ガチャガチャでもいい。ギャンブル性があり、人を惹きつけてやまないもの。みんなスキナー箱の中にいるネズミと一緒だ。しかも、この快感は中々忘れられない。これがギャンブル依存症だ」

 僕が課金しているソシャゲガチャ。僕もまた、ネズミだったようだ。

 僕が若干の心の傷を負っていると、教授は思い出したように言った。

「そうだ、今話したのは、自発行動によって報酬が与えられたパターンだが、これは罰を与えてもいい。いじめの所為で大人になっても人と関われない、なんていうのは、アルバート坊やとスキナー箱を足して二で割ったような代物だな」

 今回の講義は、どうやら僕にはあまり嬉しくない講義だったようだ。

「では、いつものようにまとめるぞ」



・Freud.S/オーストリア/精神分析/無意識/


・Watson.J/アメリカ/行動主義/アルバート坊や


・Wertheimer.M/ドイツ/ゲシュタルト心理学/仮現運動


・Skinner.B/アメリカ/徹底的行動主義/スキナー箱/新行動派/オペラント条件付け



「そうだ少し脱線するが、ユングとフロイトについて知りたいなら『危険なメソッド』という映画があるから見てみるといい」

 僕はノートの端に、きけんなめそっど、と殴り書きした。

 今日は、全体的に字が汚いな。

「心理学は、心理学を知らない人には親近感を与え、学ぶ人には失望を与える学問だ。これから、もう少し失望してもらわねばならない」

 次回は、サボろうかな。


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