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IOException  作者: 175の佃煮
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0304:三日目(D)

 森の中に幾重にも雷鳴が轟く。池の縁を走る祐太と涼子の周囲に、六個の光球が浮かんでいる。次の瞬間、同時に三本の雷撃が横向きに走った。


「っ?!」


 なんとか安全地帯に跳び込み回避する。涼子は着地するのと同時に、腕を振り下ろしてクロスした炎の刃を放っていた。青い十字が陽菜に迫る。

 彼女の上下に浮かぶ、四個の光球。縦に放たれた二本の雷撃によって、刃は容易く相殺された。


 限界を迎えたはずの雷は、ここに来て嘘のようにその威力を取り戻していた。


「自滅しないじゃない!」


 涼子も動揺しているようで、声を荒げる。


「はぁ、はぁ――、ゴフッ」


 陽菜の口と鼻から、鮮やかな赤色の血液が垂れる。腕で大雑把に拭った。

 確かに限界は訪れ、細胞が死滅し体の中でも弱い粘膜の部分から溶解が始まっている。それでも彼女は苦痛に耐え、体を犠牲にして能力を使っている。


「仕方ない、もう一つの作戦でいこう」


「――分かった」


 涼子が足を止め、陽菜を凝視する。俺は彼女から離れ、囮になるべく走り出した。


「何を企んでも無駄!」


 十の光球が俺の真上に現れる。それらはくるくる円を描きながら合わさっていき、ついには一つの大きな光の塊になった。

 地面アースに向けて十の雷撃を同時に放つつもりだ。足が止まる。


 ――回避は不能。防御も不能。


 光の塊が輝きを増す。戦闘中というのが嘘のように、辺りの音が消えた気がした。


布都御魂フツノミタマ――ッ!!」


 桁外れな大きさをもった光の柱が、湖岸一帯を呑みこむ。電子の濁流。神々の示現。巨大なレーザー砲のごとく、祐太がいた場所を根こそぎ焼き消す。

 あたりに散乱する雷の欠片でさえ木を焼き、地を焦がす。散々焼き尽くしておいて、続く衝撃波が脆弱になった全てを吹き飛ばす。

 音が戻った時には、木も池も無視した、巨大で綺麗な正円のクレーターが刻まれていた。




「斉藤?!」


 クレーターの中心に、先程まで共に戦っていた祐太の姿はない。ゲームから排除されたのだろうか。肉片残さず消滅したのだろうか。


 陽菜がギラギラした目で、次の獲物である私を睨んできた。体のそこら中から血を噴き出している。立っているのもおぼつかない。しかし直感で分かる、アレはまだ戦る。

 雷撃を避けるべく重心を落とした。とはいっても、先程の弩級の雷撃を避けることは不可能だろうが。


「ふ……」


 背後から微かに、苦しそうな声が聞こえた。


「はぁ、はぁ――そんな……」


 陽菜が私の後ろに何かを見てたじろいでいる。敵前だが、思わず私も後ろを振り返った。


「問題ない。続けてくれ、氷室――」


 声の主は木に寄りかかって立っていた。右手は煤だらけでひどく火傷しており、左手は体に繋がっていないみたいに、変な方向に曲がって垂れ下がっている。


「カッコイイ手してるね」


 今感じているこの感情は、安堵だろうか。間の抜けた声で呟いた。




「だろ?」


 重い足を引きずって涼子の側に向かう。折れた左手は見た目のわりに、痛みが少なかった。関節からいっているからだろうか、ゲームの中だからだろうか。昔折った時の方がはるかに痛かった。


 巨大な雷撃が撃ち出される直前、俺は氷の弾丸の要領で自らの体に圧力波を当てて後ろに吹き飛んだ。これはその衝撃と、地面に落ちた時にできた怪我だ。

 それでも雷撃の周りにできた小さな放電をくらってしまい、しばらく気を失っていたらしい。


「はぁ、はぁ――、つっ……」


 陽菜の耳から血が噴き出した。せき止めるように手の平で耳を塞いで、苦しそうに喘いでいる。鼻血をもう片方の腕で拭い、自分に喝を入れるように頭を振った。


「でも――、そんな荒っぽい手は何度も使えないでしょ?」


 再び浮かぶ十個の光球。一点に収束し、光の塊を作り出す。


「くそっ……、まだか――」


 この腕では自分を吹き飛ばすだけの力を得られない。いざとなれば涼子だけでも回避させようと決心した。


「布都御魂――!!」


 辺りの音が消える。

 水蒸気を凝縮させ、水の塊を作った。既に一回見た技だ、今度こそ完璧にタイミングを合わせてみせる。


 葉々が揺れる音。音が戻った。

 光の塊は雷撃を放つことなく、宙に吸い込まれるように消えていた。

 陽菜が崩れるように膝をつく。


「あ……れ……?」


 手足を動かすことができずに、顔を横にしてうつ伏せに倒れる。


「――まだ、まだ撃てるはずなのに……」


 まだ雷撃を撃てるだけの体のシステムは残っていた。それだけに、彼女は自身が何故倒れているのか理解できないでいるのだろう。


「なんとか、間に合ったね……」


 涼子が肩の力を抜き、生きていることを味わうようにゆっくりと口を開いた。


「間一髪だった、ありがとう」


 俺も右手を下ろして肩の力を抜いた。不要になって落ちた水の塊が、地面に浸み込んで染みを作っている。


「なに――をした……?」


 陽菜が倒れたまま、かろうじて声を出す。


「私の能力は火を生み出す能力じゃなくてね、炭化水素を生成する能力なんだ。気付いていなかっただろうけど、さっきからずっとあんたに無色無臭のメタンを吸わせていたの」


「メタンは毒じゃないんだけどな、大量に吸うと体の自由がきかなくなる」


 有効な量が分からなかったので、なるべくは使いたくない方法だった。


「はは……、斉藤……」


「ん?」


「――インテリ似合わない」


 陽菜が最後の言葉を捻り出す。


「うるせぇ」


 彼女は意識を失った。

 陽菜を倒したが、ゲームオーバーの音声案内が流れてこない。


 俺の眼下で力なく倒れている陽菜。口、鼻、目、耳、体中のあらゆる穴から血液が絶えず流れ出している。土の上を流れる鮮赤の液体が、徐々に俺の足元に溜まっていく。彼女の水々しかった肌は弾力が無くなって縮んでおり、土色になっていた。


 ゲームではいつも、倒した敵は白く細かい粒子になって消えていった。

 早く消えろ。消えてくれ。

 手足が震える。まるで映像を見ているみたいに、意識が希薄化していく。


 血液の流出が止まった。脈なんて取らなくても、この凄惨な現場を見れば分かる。陽菜は死んだ。


「どうなってるの? 説明して」


 顔を背けた涼子の顔色も悪かった。


「臓器が既に逝っていたんだろう。いつ倒れてもおかしくない状態で能力を乱用してたんだろうな……」


 消えそうになっている自分の意識を保つように、なるべく冷静に言い放ったつもりだった。自分が何を言っているのか全然分からなかった。


 心の内にふつふつと浮かぶ黒いもの。懺悔、怨恨、憤怒、憎悪、後悔……。それは誰に対するものか。姿の見えない、このゲームの管理者に対するものか――。


「なんだよ、これ……。倒したら消えるんじゃないのかよ――?! ゲームオーバーって、こういうことなのかよ――?!」


 吐き気が押し寄せる。木の根元に向かい、何もないはずの胃の中のものを垂れ流した。


 ――それとも、思慮の足りなかった自分に対するものか。


「俺が――、殺したんだ。陽菜を――」


 俺の中で、何かが割れて壊れた。




 轟風が吹き荒れる。草や木々を巻き込んだことで、風の通り道が可視化されている。竜巻は直径五メートルほどの大きさに広がり、辺りのものは根こそぎ吸い込まれていった。


「おおおおお!」


 俺は距離をとり地面にはりつくようにして、なんとか吸い込まれるのに耐えている。巻き込まれでもすれば、猛スピードで回転している木に貫かれ、風のミキサーに体を裂かれるだろう。


「さくら、大丈夫か?!」


 竜巻の轟音に負けないように大声を上げた。


「うん! 準貴こそ、一度退けば?!」


 さくらが同じく大声を上げる。彼女は竜巻の影響の及ばない位置まで下がっていた。もはや闇を作る理由もなく、辺りは元の薄暗い森に戻っている。


「俺は大丈夫だ!」


 風に巻き上げられた砂塵や樹木のせいで奈菜の姿を捉えることはできない。竜巻の勢いは止まることなく、直径はじりじりと広がっている。


「このままだとまずいな……」


 強脚ホッパーで、絶対防御に物言わせて突っ込んでみてはどうだろうか。いや、足がいくら丈夫とはいえ上半身は生身のままだ。下半身だけになってBigDogみたいな珍妙な姿になるのが関の山だろう。


「そうだ、これだけ脚力があれば――」


 空を見上げ、踵をそろえる。呼吸を整え目を閉じ、地面を踏みしめながら両脚をゆっくり曲げていく。


 風の轟音が遠くに聞こえる。――高揚。世界と切り離され、自身との戦いが始まる十数秒。そうか、これは短距離走のスタートに似ている。


 火薬銃の音はまだか。


 竜巻の輪から外れた丸太が地面に落ち、大きな音を立てて転がる。次の瞬間、俺は地面に足型を刻んで大きく跳びあがっていた。


 眼下には吹き荒れる風に囲まれた奈菜の姿がある。強脚による初速を失った俺の体は、彼女目がけて自由落下を始める。

 竜巻の荒れているのは表面だけで、中は嘘みたいに静寂な空気が漂っていた。


「もらった!」


 跳び下りながら足先を奈菜に向ける。


「かかりましたね?」


 不適な表情を浮かべる奈菜。竜巻が消え去り、彼女の両手の手の平がこちらに向けられた。


「な?!」


「空中では避けられないでしょう?」


 俺が跳び込んでいくのも作戦のうちだったらしい。それにまんまと乗せられ、こうして無防備な体勢を取っている。


 奈菜が両手を離すようにして一つの大きな空気の刃を放った。落ちる俺と、かまいたちが急速に距離を縮める。


「パクらせてもらうぞ!」


 サッカーのシュートように両手を広げ、右足を引いた。蹴り出すのは大気。


「デルタダートォ!!」


 右足を勢いよく前に振りぬく。押し出された空気が大きな三日月状の衝撃波となって、地面を目指す。

 衝撃波とかまいたちが刃を交える。威力はほぼ互角だったが、十分引き付けて放った分俺の衝撃波が、よりエネルギーを保有していた。巻き込んで相殺し、余った力で奈菜の近くの地面を削る。


「きゃっ?!」


 土が飛び散り、奈菜が思わず声を上げて屈む。その横に、大きな音を立てて着地した。

 彼女が俺を睨んで見上げてくる。気丈な子だ。


「立てるか?」


 手の平を上にして差し出した。


「――どういうつもりですか?」


 奈菜は手を取らない。


「いくらゲームとはいえ、女の子に手を上げるのはな……」


「今更甘いことを言わないでください」


「お前だって、さくらに手を出さなかっただろ。お互い様だ」


 奈菜が苦笑いして、手を取ってきた。引っ張って立たせてやる。


「私の負けです。好きにして下さい」


「そ、そうか?」


「準貴、鼻の下伸びてるよ」


 寄ってきたさくらに、たしなめられる。


「だって男の子だもん! ――じゃあ姉を説得してくれよ」


 冗談はさておき、本題に入る。


「それはできません。確かに私の言う事なら聞いてくれると思いますが、それは姉さんを裏切ることになりますから……」


 双子の姉妹の関係はなにやら複雑らしい。


「そっか、じゃあ……」


 とその時、音声案内が仮想世界中に流れた。


 『25・松井陽菜がゲームオーバーになりました。ジェミニのPTメンバーは強制脱落となります』


 ジェミニというのが、奈菜と陽菜の所属するPTの名前なのだろう。作戦では妹に降伏を勧めるのが最優先になっていたが、上手く姉を倒せたようだ。


「祐太と涼子がやってくれたみたいだな」


「うん」


 さくらも安心した表情をしている。


「姉さん――」


 奈菜は目を細めて西の空を眺めていた。


「さて、我らがリーダーのところに行ってやるか!」


 池を目指すべく体を向ける。と、奈菜の体ががくんと崩れ落ちた。辛うじて膝立ちで体を支えている状態だ。


「おい、どうした?!」


 再び手を差し出す。奈菜は自身の体に起きた異常を理解しているようで、悟った表情をしていた。


「最後に忠告だけさせてください」


「え?」


「私達は初日に合流して、二日目に『ユグドラシル』と交戦しました。彼らの能力は異常です。特に武田さんは五行に風雷光闇、あらゆる自然の力を操り、榊さんは死神と同等の力を持っています。私達は逃げるだけで精一杯でした」


「ユグドラシル……!」


「彼らに会ったら迷わず逃げることをお勧めしておきます」


 言い終えると、奈菜はうつ伏せに倒れた。死んだように全く動かない。


「奈菜ちゃん……」


 さくらが呆然として彼女を見下ろしている。俺はさくらを下がらせ、屈んで奈菜の右手の脈を取った。冷たくなった腕に生気は感じられない。さくらに分かるように首を振った。


「ゲームオーバーっていうのは、こういうことか……」


「祐太は――、祐太は大丈夫かな?」


 これと同じことが向こうにも起こっているのだとすれば、あちらはもっと凄惨なことになっているかもしれない。


「参ったな……」


 暴力的で、妙に現実的なこのゲームのことを不自然には思っていた。しかし親友と遊べるということで、はしゃいでいたのだろうか。警戒心が希薄だった。

 このゲームの製作者は純粋にエンターテイメントを提供しているわけではない。ただ単に、金に釣られた道化が踊るのを見たかっただけだったのだ。




 島の西方、灯台を抱える岬では六人の生徒が交戦していた。追い詰められているのは、崖を背に立つ二人の生徒。それを弧を描くように四人の生徒が囲う。


「あぁ? 能力も使わずにくたばるつもりじゃねぇよな?」


 ドレッドヘアーに剃られた眉毛、高校生とは思えない凶悪な面をした少年が口を開いた。北の谷口こと、谷口隼人は太い腕を腰にあてて顎を突き出している。

 追われている二人の内の一人、山並七海が右足を引いて構えた。


「どうするの?」


「好都合だ、この場は大人しく除外されるとしよう」


 彼女の隣に立っていた加瀬聖が返事をする。学校で見せている優等生面とはまた異なった、感情の無い表情。その言葉を聞いて、七海が構えていた両手を下ろす。


「ちっ……。おい、吸わなくていいのか?」


 隼人が舌打ちをして、一番後ろに一人控えている生徒を振り返る。


「見る価値も無い力など不要だ、殺せ」


 金の長髪の男が明後日の方向を向いて告げる。


「あ、体はなるべく無傷で残してね」


 口を挟んだのは眼帯の少女、榊美琴。


「そういう注文はもっと器用なヤツに頼むんだな」


「そうね」


 諦めたように苦笑いしている。


「あたしがやってあげようか?」


 軽くツイストパーマのかかった長い黒い髪を手櫛ですいて、黒江綾音が尋ねた。


「五月蝿ぇよ、こいつらは俺の獲物だ」


 いつの間にか声の出所に隼人の姿はなかった。代わりに黒い翼を生やした異質なものがとどまっている。


「じゃあな、死んでくれ」


 化け物の嘴から隼人の声が発せられ、鱗の生えた腕が振り上げられる。


「Dort Wollen wir niedersinken」


 七海がつぶやくようにドイツ語の詩を詠い始めた。

 化け物が聖と向き合い、鉤爪を薙ぐ。鋭い爪先が肉を引き裂き、頸骨をへし折り、首を体から引き離して頭を転がした。眼鏡を岬に残して、赤い液体を岩肌に擦り付け弾みながら崖の下へ落ちていく。

 取り残された胴体の首から勢いよく血が噴き出す。血の雨を浴び、化け物の黒い羽が紅く染まった。覗く金色の瞳は心なしか笑っているように見える。徐々に血の勢いが弱まり、首のない生徒がその場に倒れこんだ。


「おえっ……」


 綾音が表情を変えないまま、嗚咽を漏らす真似をする。他の生徒達も目をそらす。仲間を殺されたはずの七海は、別段気にする様子もなく詩を続けていた。


「Unter dem Palamenbaum,」


「野郎、本当に抵抗しないで死にやがった……」


 化け物が爪についた血を日本刀のように払う。


「Und Liebe und Ruhe trinken,」


 最後に残った七海に向けて、再び腕が振り上げられる。まるで死を宣告するギロチンのように。


「てめぇもその口か?」


「えぇ。彼がそう言うのだから、今回は私も大人しく消えましょう」


 真上から振り下ろされる腕。


「Und traumen seligen Traum――」


 澄んだ声を発していた頭は、鈍く醜い音を出して四方へ飛散した。




 黒い背景に27人の顔写真が並んだ画面。クラスメイトの顔が並んでいる。

 加瀬聖、松井奈菜、松井陽菜、山並七海の顔写真は仏壇に立てかける写真のように白黒で表示されている。

 だんだんとフェードアウトし、今日は赤い文字で『生存者23名』と、そう表示された。

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