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IOException  作者: 175の佃煮
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0302:三日目(B)

 夕食の終わった後、三人はファンシーグッズが並ぶ子供部屋に集まっていた。ももは母親の部屋で眠っているし、えりかはリビングで勉強している。今日は三人の貸切だ。

 ピンク色のノートパソコンにBCIケーブルを接続し、囲んで座った。ハードディスクとファンが音を立てて、一生懸命起動を試みている。


「98?! 今時98か?! 俺のPC持ってこようか?」


 前後左右から眺めながら驚嘆の声を上げる準貴。


「98を馬鹿にするなぁ! 電気の『馬鹿喰い』はしないし――いや、なんでもない。なに、この負けた気分は……」


 お腹を擦っていたさくらがうなだれた。

 と、ようやく読み込みが完了する。いつものように静かに目を閉じた。




「ももちゃん、性格もさくらに似てきたな」


 黒い背景に赤色の文字で三日目と表示され、昨日ログアウトした廃教会からスタートされた。いがみ合う二人を見ていたせいか、自然とそんな言葉が出てくる。


「それはいい意味でだよね?」


「えりかにはさくら色に染まって欲しくないな」


 準貴も同じことを感じていたらしい。


「いい意味でだよね?」


 打ち合わせでもしていたかのように、俺達はそっぽを向いて口笛を吹き始める。



「PTの名前考えてきたか?」


 本題に移る。


「何でもいいや、一番最初に出てくるやつで」


 準貴が適当なことを言っているので、真っ先に提案することにした。


「じゃあ『ハイパーミラクル……』」


「――だが断る」


 昨晩三十分もかけて考えた自信作は、最後まで言わせてもらうことすらなく却下された。


「何でもいいんじゃないのかよ?!」


「さくらそういうの得意だろ。神話とかミステリーとか詳しいし」


 無視してさくらに尋ねる準貴。


「う〜ん……、エターナルリカーランスとかどうかな?」


「英語臭がする」


 意味は分からないが、響きで英語ということは分かった。


「うん、日本語で『永劫回帰』って意味」


「ニーチェか?」


 日本語で聞いてようやく理解した。哲学はよく分からないが、フロイトやらカントくらいなら名前だけは知っている。。


「うん。『ツァラトゥストラはかく語りき』だね」


「日本語で頼む」


 準貴が腕を組んで難しい顔をしている。


「えっとね、曲解になるけど、生まれ変わってもまたこのメンバーならいいな、みたいな感じかな」


「いいんじゃないか?」


「あぁ、俺達にぴったりだな」


 スムーズに全会一致で採択された。端末を呼び出し、PT作成の画面の操作をする。


「PT作成っと、名前は……」


 横文字は一度聞いただけでは覚えられない。


「『えたぁなるりかぁらんす』」


『『エターナルリカーランス』を作成します。リーダーを選択してください』


 PT名の入力を受け、初回ログイン時に流れていたのと同じ声で音声案内が流れる。


「どうする?」


 そういえばPT名を考えるのに必死で、リーダーのことは考えていなかった。


「お前でいいんじゃないか?」


 準貴が俺を指差してくる。


「俺?」


「うんうん」


 さくらも尻尾を揺らして激しく頷いている。


「リーダー倒されたらおしまいだし、神経質なくらいが丁度いいだろ」


「褒められてるのか? まぁいいや」


 鈍感で神経質、不器用な生き方ではないか。


「リーダーは斉藤祐太で」


『『エターナルリカーランス』作成されました』


 音声案内が流れるだけで、特に何も変わったところはない。


「リーダー、俺達も入れてくれよ」


「祐太、あたしも入っていいの?」


「あぁ、当たり前だろ」


『エターナルリカーランス、PTメンバーが更新されました。『斉藤祐太、中曽根準貴、常盤さくら』』


 俺達のPTが始動した。見た目は何も変わっていないが、心なしか絆が深まった気がする。


「改めてよろしく、お二人さん」


「よろしくな」


「うん、よろしく」


「リーダー、これからどうする?」


 自分で任命しておいて、その呼び方は卑怯ではないか。でもノリノリな自分がいる。


「ここにいても仕方ないし、外に出ようか」


「どこか行くあてあるの?」


「特に無いけど、戦闘の時の為に地形を見ておきたいな」


 一昨日のように崖から落ちそうになるのは避けたい。運がよければ智和が持っていたような武器や、篭る為の要塞もあるかもしれない。




 教会を後にし、出た先に広がっている草原を歩いていた。水平線まで緑の床が続いており、向かって右側には智和が襲ってきた山林が位置している。

 島中走ってきた準貴によると、この島の東半分はこうした自然が残った環境で、西半分は廃墟や傷んだ道路がある荒んだ環境らしい。


「まだ一人も脱落者がいないけど、みんな何してるんだろうな?」


 下手をすれば俺が唯一の脱落者になっていたかもしれない。二日のいずれも奇跡で助かったようなものなのだから。


「俺達みたいにPTを組んでるんじゃないか? まだ始まったばっかりだし」


「……」


 さくらは何やら考え事をしているようだ。


「美月達とか、松井双子はもう組んでたみたいだな」


 準貴が前を向いたまま呟く。彼も手形村出身の彼らがPTを組んでいることを知っていたようだ。真央が違うPTに入っているのは、彼氏としてどう思っているのだろうか。


「今のうちにまだPTを組んでいない連中を狙うか?」


 提案する。三人いればそう不利になることはないと思う。排除を目的に戦って、機会があれば味方に引き込めばいい。


「いいんじゃないか? さくらはどう思う?」


 準貴が見るに見かねてさくらに声をかける。


「え……?」


 ポニーテールを揺らしながら振り返った彼女は、まったく話を聞いていなかったようだ。


「大丈夫か、さっきから黙ったきりだけど」


「ごめんごめん、ちょっと考え事をね。あんまり北西の廃墟には近づかないほうがいいと思うよ」


「ずいぶん具体的だな」


 昨日合流する前に何かあったのだろうか?


「いや、そんな気がするというか。アハハハハ……」



 平穏としていた草原に、急に風が舞い起こった。根の弱い草々が次々に巻き上がる。思わず腕で目を覆った。


 風が止む。


 巻き上がった草が、卒業式の時に皆でばら撒く紙吹雪みたいに舞い落ちてきたが、誰も頭にのったそれらを払おうとしなかった。

 いつの間にか目の前に二人のプレイヤーが現れていたからだ。


「よう、皆さんお揃いで」


「こんばんは」


「陽菜と奈菜?!」


 いつもの調子でネジが緩んだ顔をした姉と、少し後ろに立ち位置を固めている妹。二人とも黒いTシャツを着て、迷彩服を腰に巻いている。武器は持っていないようだが、能力のことがあるので安心はできない。


「いつの間に」


 準貴が三人の気持ちを代弁してくれた。


「何ソレ! さっきから見てたのに、なかなか気づいてくれないからちょっと演出をだね……」


「悲しくなるのでやめてください、姉さん……」


 ゲームの中でもこの二人の役割分担は変わらないらしい。走る姉、抑える妹。


「そういうことだから、死んで♪」


 そんな理不尽なことを言って、陽菜は俺を指差した。




 教会を出て裏側に回ったところに、山の一部分が地崩れしてできた崖がある。島の東側の大部分から、水平線の下に広がる海まで見渡すことができる、絶好の物見スポットである。


 足を投げ出して、所在無く崖上の段差に腰掛けている少女。

 景色を眺めながら、千切った花を片手でこねくり回していたが、ふとした拍子に崖の下に落としてしまう。舞うように落ちていく花を追っていた視線の先で閃光が走った。遅れて聞こえてきた圧力音が木々を揺らす。


「戦闘――」


 女は目を凝らし、五人のプレイヤーの姿を捉えた。


「斉藤祐太に取り巻きの二人――、それから双子か」


 軽く跳躍して体を浮かし、手を使わずに立ち上がる。


「さて、どう動こうかな……」




「危ねぇ……」


 冷や汗が額を垂れる。俺は呆然として、抉れた地面を見つめていた。


「あらら。外しちゃったよ、奈菜ちゃん」


「少しはマシな戦いを期待しても良さそうですね」


 再び陽菜が俺に右手の人差し指を向ける。いや、指先を少し横にずらし、指の間に俺が位置するように左手の指も指した。


「雷神!」


 陽菜の叫びと共に、指差された先、俺の左右に光球が発生する。


 とっさに陽菜から離れるように後ろに跳んだ。その直後、二つの光球がくっつくように一本の線になり、耳が裂けそうな雷鳴を轟かせ、火花とジグザグの光を散らす。今回もなんとか避けられたものの、その破壊力に愕然とする。


 どうやら陽菜がもっているのは『光球間に電気を流す』能力らしい。しかし大気中で絶縁破壊を起こすとは、なんという桁外れなエネルギーか。


「この!」


 準貴が激しく地面を蹴り、目で捉えられないほどの速さで陽菜に跳びかかろうとする。しかし突如二人の間に、強烈な向かい風が舞い起こった。


「うぉ?!」


 押し返され、仰向けになって倒れる準貴。さくらが駆け寄る。


「大丈夫?」


「大丈夫だ。こっちは風かよ……」


 足で反動をつけて頭はね起きする。


「奈菜ちゃんのは風神」


「ね、姉さん。能力に名前をつけるのは、ちょっと恥ずかしいかと……」


 顔を赤くして奈菜が進言する。


「いいのいいの、ジャ○プでもマ○ジンでも昔っからやってんだから」


「だよなだよな、いいよな技名とか」


 敵に賛同する準貴。俺も心の中では賛同だが、リーダーとしてここは止めるべきだろう。


「言ってる場合か!」


 光球が二つ浮かんでいるのが見えた。その真ん中に入らないように、前に跳び込んで地面を転がる。

 後ろで雷鳴が大気を揺らした。

 喋っていたら反応が遅れてしまった。消毒臭が鼻につく。今のはギリギリだったようだ。


「あーもう、避けるな!」


 陽菜が大げさに地団駄を踏んでいる。


「馬鹿言うな、あんなのくらったら死ぬわ!」


「殺すつもりで――」


 今度は両手で、ピースをするみたいに二本の指を立ててこちらに向けてきた。指一本につき一つの光球が出ると仮定すれば、これは四個の光球、二本の雷撃。

 光球が出てからでは間に合わない。手足を一生懸命振って全速力で走る。


 予想通り、四つの光球が宙に浮かんだ。


「――やってんのッ!」


 球が二つずつ繋がり、二本の雷撃が走る。生意気にも一本目を避けた後通るルートに二本目を配置している。走り続けていなければ、今頃二本目で撃ち抜かれていた。


「ッ!」


 かろうじて両方を避けたが、バランスを崩してうつ伏せに倒れる。


「獲った!」


 転んでいるのなんてお構いなしに、陽菜が容赦なく人差し指を向けてきた。


「祐太!!」


 さくらが近寄ろうとしているが、奈菜のつくった向かい風で前に進めない。それでも彼女は手を伸ばして前に進もうとしていた。


「祐太っ!!」


 バランスを崩して地面に倒れこみながらも、泣きそうな顔で叫ぶ。


 その時、奈菜とさくらの間を青い三日月が通り過ぎた。弧を描いて五人の周りを旋回してから、俺と陽菜の間に着弾し、軽い爆発を起こして両者に熱風を吹き浴びせる。


「っ?!」


 驚いた陽菜が仰向けに転んで尻餅をつく。光球は炸裂することなく静かに掻き消えた。

 その隙に立ち上がって体勢を立て直す。


「火の刃、氷室か――?」


 三日月の飛んできた方を振り向く。五人から離れたところに涼子が立っていた。


「姉さん!」


「大丈夫よ、奈菜ちゃん。まさか、あんな隠し玉があったなんてね……」


 奈菜が近寄ろうとするのを手で制止して立ち上がる陽菜。

 涼子はそんな二人に無言で圧力を与えながら、俺達のそばまで歩いてきた。


「なんで涼子が?」


 準貴は驚いたような楽しんでいるような顔をしている。さくらは不安げな表情で涼子を見つめていた。涼子のことになると、彼女の様子がおかしくなる気がする。


「手を貸してくれるのか?」


 今の攻撃はそういう意味だと思うが、一応確認してみる。


「勘違いしないで、教会での礼よ」


 涼子が陽菜達と向き合い、入り身になって構える。礼をしたいのはこちらの方だ、と言いたかったが、泥沼になりそうなのでやめておいた。


「見ろよ、さくら。本物のツンデレだぜ!」


「……」


「いい加減、幼馴染属性だけじゃ押し負けるぞ!」


「うっさい!」


 準貴のお陰でさくらの調子も元に戻ったようだ。


「リーダー、作戦かなんかないのか?」


「一応考えたけど、秘密裏に話せないと作戦にならないぞ……」


 作戦と呼べるものかは分からないが、戦闘を有利に運ぶ方法なら考えついた。涼子が合流した今、不安材料も消えた。しかし情報が筒抜けになっては作戦も意味を成さない。


「私が弾幕を張るから――」


「あたしがやる!」


 涼子が言い終わる前にさくらが叫んだ。

 手を使うこともなく、直立したまま能力が使用される。陽菜と奈菜の目に向けて光が収束した。目を焼くには至らないが、視界を奪われたことでふらつく二人。

 三人がよろしく、と口を開く前の一瞬に、既に事は済んでいた。


「ッ、何?!」


 陽菜が目を擦りながら叫ぶ。

 ぽかんとして立っていたが、さくらに手を引かれて走り出した。涼子と準貴も黙ってその後を追い、四人は森の中へと消えていった。




「うぅ……。何、どうなったの?!」


「落ち着いてください、ただの目くらましです」


 二人の目が元に戻る頃には、四人の姿はどこにも無かった。


「逃げられたー!」


「大丈夫です、姉さんの能力で――」


「あぁ、雷神ね」


「……はい。彼らが逃げるくらいの範囲でしたら、その、ら、雷神で人体の微弱電流を読み取れます」


 姉の期待は裏切れない、奈菜が顔を赤くして能力名を口にした。妹の照れる姿を見て、陽菜に笑顔が戻る。


「ドキドキしてるから、ちょっと待ってねー」


 微弱電流を読み取るには、些細なことがノイズとなって影響する。彼女らは心拍が戻るまで少し体を休めることにした。




 島の東のエリアでは、草原を囲うように広大な森が広がっている。四人は森の中に入ると、双子が追ってこないのを確認して足を止めた。


「ふぅ」


 平然と息をつく準貴。さすがに陸上部であることも能力のこともあり、速いし体力がある。


「はぁ、はぁ……」


 対して運動が苦手なさくらにはこの距離の全力疾走はきつかったようだ。しかし光を収束させて相手の目に当てるとは機転が利いていた。


「閃光か、よく思いついたな」


「えへへ……」


 とはいえ、姉はまだしも妹に二度通用するとは限らないし、この状態のさくらをまた走らせるわけにはいかない。かくいう帰宅部である俺も息が上がっていた。


「それで、作戦があるって聞いたけど?」


 涼子も今は帰宅部のはずだが、まったく息が乱れていない。昨日は散々痛めつけられたが、共に戦ってくれるとなるとそれも心強い。


「氷室にも参加してもらえると助かる」


「そのつもりでここまで来てるんだから、早く話して頂戴」


「サンキュー。……確認しておきたいんだけど、氷室の能力は火を操る能力じゃなくて――」


 そう言って、涼子の中指につけられた皮の指輪みたいなものを見た。その視線に気づいた彼女が驚いた顔をする。


「ならいいんだ。さくらは、さっきの逆で光を弱めることはできるか? 別に光自体を弱めなくてもいい、拡散させて一帯を暗くできれば」


「そっちの方が楽だよ」


「よっしゃ。準貴、森の中に池があったって言ってたよな?」


「おう。こう、海岸線を走ってきたわけだから――」


 準貴が指を南から西に向けて指す。


「ここから西に行ったあたりかな」


 今回ばかりはいつものMMORPGみたいにへまをする訳にはいかない。こんな俺を信じてくれているみんなに感謝を。


「じゃあみんな、聞いてくれ――」

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