0202:二日目(B)
拳を握って調子を確かめる。問題ない、うまくBCIケーブルは接続されているようだ。
ここはアップステアーズの仮想世界内。ステンドグラスが割れ、椅子の残骸が散らばっている、荒れるに荒れた教会である。
窓枠からは太陽光が直接射しこみ、ガラスが散乱した地面に十字架の影を映し出している。信者でも廃墟マニアでもないが、この神秘的な美しさはどこか心打つものがある。
ログインが開始時刻より少し遅くなってしまったが、まだ二人は来てないようだ。座れるだけの形を保った長椅子が見つからないので、マリア像の前の段差に腰掛ける。一応像に向かって会釈しておく。
涼子が剣道を辞めた理由は、どうやら美琴に関係があるようだ。彼女に聞いてみれば早いのだろうが、それでは涼子の気分が悪いだろう。
考えるのをやめる。今はアップステアーズに集中しよう。
サバイバルゲームで生き残るなら、何かしら武器が必要になると思う。智和は教えてくれなかったが、エリアのどこかに武器庫みたいなものがあるのかもしれない。
武器、そんなことを昨日解説された気がする。
「なにか失念しているような……」
不吉さを漂わせて、ギィと、ちょうつがいの擦れる金属音が教会内に響いた。
顔を上げ、訪問者の姿を確認しようとする。片方の扉がゆっくりと開いていくが、逆光で黒い影になっており顔は確認できない。
「早かったな」
準貴かさくらかは分からないが、明るい返事を期待して声をかけた。
黒い人影は無言で、一歩ずつ着実にこちらに進んでくる。窓枠から差し込んだ光によって足元からだんだんと照らされていく。光を受ける、黒のミリタリーブーツと迷彩のズボン。続いて、黒い半袖のTシャツにボディアーマーを羽織い、腕に包帯を巻いた少女の風貌が明らかになる。
パイナップルみたいに荒く毛先の散る頭が光に照らされた時、彼女は足を止めた。
「氷室……?!」
他の人間が入ってくる可能性もあることに、何故気が回らなかったのか。
「斉藤祐太……」
あちらも俺が誰か把握できていなかったようで、驚いた顔をしている。
ここから見る限り、武器はないようだ。腰を上げ教会の中央まで足を進め、向かい合って立つ。
「待ち合わせ?」
意外にも彼女から声をかけてきた。
「あぁ」
「――残念だけど、合流はできないわ」
涼子が右手を素早く肩の高さまで上げ、腕を伸ばして手のひらをこちらに向けてくる。
そう、ここは他人を殺すゲームの中。コーヒーをすすりながらお喋りをするような場ではない。
「タンマ! まだPT入ってなければ、ウチのPTに入らないか?」
「能力次第――かな」
慌てて説得を試みるが、涼子は聞き慣れない言葉を口にした。
「能力……?」
「見せてみな」
言い終わるが早いか、こちらに向けていた右手を振り下ろす。次の瞬間、彼女の前に指先から立ち上るようにして、身長と同じくらいの大きさで、三日月みたいな形の青いものが現れた。
自ら光を放つそれは、地面と垂直に猛スピードで俺に向かって飛んでくる。揺らぐ景色。熱気。五感をもって危険なものだと察知する。
「ッ!」
勢いをつけて横に跳んでかわした。青い刃が、先程まで俺がいた場所を通り過ぎていく。直後、背後から燃焼音と共に熱風が押し寄せてきた。
半身を起こして後ろを振り返る。壁が真っ黒くなり煙を上げていた。
――あれは三日月ではない。火。しかも非現実的な挙動で飛ぶ。
「能力――! そうか、最初の説明で確かそんなことを言ってた……」
失念していると感じていたのは、このことだろう。何故説明を飛ばしてしまったのか。これでは智和と同じではないか。
あれを横向きに撃たれたら、俺の運動神経ではとても避けられない。
間に合うか? 急いでメニュー用の端末を開く。一ページに満たない説明を読み始めた。
横目で涼子の様子を確認する。彼女は時間制限でも課したかのように、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
「なんだこりゃ……、感覚とか慣れとか、解説になってないだろ……」
端末に載せられていたのは、とても説明と言うことのできないものだった。どんな能力を持っているか、なんて最低限欲しかった情報すら載っていない。使い方も概念的なことしか書かれていない。
途方に暮れて視線を上げる。涼子がだんだんと加速しながらこちらに向かってきていた。
「タンマ!」
「タイムオーバー……」
大きく踏み込んだ一歩。いつの間にか彼女の姿が俺のすぐ目前に移っていた。そういえば彼女は剣道の猛者だったか。
「くっ」
離れようとして飛び退く。が、いつの間にか前に出していた左足に足を掛けられていて、体をすくわれた。なんとか後頭部をぶつけるのだけは防ぎ、仰向けに倒れこむ。
倒れた俺の上に、立ったまま跨る涼子。右腕が高く掲げられる。中指を親指の付け根に当ててパチンと軽快な音を鳴らすと、右手の中にサッカーボール程の大きさの球状の青い炎が生じた。
「じゃ」
彼女が無表情で発したのは、いつか教室で別れるときに話した言葉。俺の顔めがけて球状の炎が撃ち出される。
その距離1m弱、両脇に立てられた涼子の足で横に転がることができない俺に防ぐ手段は無い。
打開策は浮かばなかったが、とっさに両手で顔を庇った。
保身のために無意識でしただけの動作。しかし、その手を動かす動作が能力と密接に繋がっている。
激しい音と熱気を振りまいて、上がる蒸気。球状の炎が打ち消される。俺を守ってくれたのは、眼前に浮かぶ、ばってんの形をした水だった。
形を保ったまま自由落下してきた水をかぶる。
「うぷっ?!」
「ッ?!」
火を消した方も消された方もその奇跡に驚いていた。
涼子が正気に戻り、俺の上から飛び退く。俺もむせながらゆっくり立ち上がる。
「水……、これが俺の使える能力……」
ゲームでなら幾度となく、こういうシーンを見てきたはず。気を引き締めて頭を切り替える。
「……」
涼子は入り身に構えたまま難しそうな顔をしていた。
「なぁ、これでPTに入ってくれるか?」
「さっきの話は忘れて。悪いけど、厄介な能力は真っ先に潰させてもらうわ」
それもそうだ。水剋火、俺は涼子にとって最も相性の悪い能力を持ってしまったのだから。最後までラスボス自身の動かないRPGならいざ知らず、能力に慣れる前に倒すのがセオリーと言えるだろう。
交差させながら両手を上げる涼子。彼女の前に、先ほどのような火球が一度に四つも生じる。
「ふっ!」
両手が振り下ろされ、四つの火球が同時に飛び出した。それぞれが斜めに弧を描くようにしてこちらに向かってくる。
なんとなく水の出し方は分かった。左手を前に突き出す。火球が当たる直前大きな水の壁ができ、火球を全て飲み込んで打ち消した。水はそのまま流れて、地面に水溜りを作る。
「これなら、いける……」
右手を前に突き出す。先程の涼子の真似、水の球を作る。
球を撃ち出すようにイメージし、手を勢いよく振り下ろす。しかし予想に反して水の球は重力を受けてその場で地面に落ち、波紋を生じて潰れた。
「あれ」
チャンスと見て、涼子が再び距離をつめてくる。上段の連打。さすがにこれは水で防げない。なんとか後退しながら左右に避けるが、だんだんと間合いが狭まり余裕がなくなっていく。
涼子が斜めに踏み込んでから、左の順突きを放つ。俺は顔を庇うため、両手を顔の前に出した。
呼吸が止まる。一瞬、何が起きたか分からなかった。こみ上げてきたものを必死に嚥下して堪える。
視界の下に、屈んだ涼子の上体が見えた。腹部にめり込んでいるのは彼女の拳。
順突きはフェイント。防御が外れ、がら空きになったみぞおちに拳打を受けていた。
「ゴハッ?!」
イタイ。息ができない。
ゲームだと思って楽観的に考えていたが、とんでもない。この痛み、この苦しさ、現実と何ら変わりない。
よろめき、その場にうつぶせに倒れそうになった。しかし涼子に髪を掴まれ、膝をついて立たされる。
彼女の右手には、再び火球が作られていた。
「じゃ」
脳に血が回らない。アドレナリンの駆け巡った薬漬けみたいな脳みそも、血が回らなければ働かない。
今度こそ死ぬのだろうか。殴られただけでこの痛みだ、除外される時の苦痛はいかほどなものだろう。
覚悟を決めかねていたその時、教会の天井が落ちた。
舞う砂埃。その中に大きな黒い影を捉える。一瞬助けられたのかと思ったが、剥き出しの殺意からそれは違うと理解した。
人間の肌とは全く異なる無機質な質感、それでいて有機的な動き。こんな不気味な生き物は見たことが無い。
涼子が俺から手を離し、右手に作っていた火球をそれに放つ。しかし黒い金属光沢のある甲殻を傷つけることが出来ずに火球は消えた。
人間のような姿をしているが、ところどころバランスがおかしい。肩幅が異常に大きくて、頭が小さい。手足の先がパンチグローブをつけたみたいに大きい。
体表は黒光りする鎧みたいなもので覆われている。浮かんだ印象は、戦いの為に作られた化け物。
「あれも能力か?」
息を整えながら、こちらに背を向けている涼子に尋ねる。
「さぁ?」
彼女の背中越しに二つの紅い目が灯っているのが見えた。それは脚を曲げ、勢いよく真上に跳び上がる。
涼子がその場を飛び退く。彼女のいた地面に大きな影が映っている。俺も急いで離れた。
次の瞬間、黒い化け物が床を両足でぶち抜いた。俺の顔の側を、木片が猛スピードで飛び去っていく。危ない、あの場に残っていたら全身に斑模様をつくるはめになっていた。
「はっ!」
涼子は少しも動じず、振り返り様に炎の刃をクロスさせてそれに撃ち出していた。三日月の炎も甲殻に当たりはするが、吸い込まれるように掻き消える。
化け物が涼子に標的を定め、大振りな拳打を打ち出す。摺り足というやつだろうか、それを涼子は重心を低く保ったまま、左右に流れるように動き避けていく。
このまま見守っているだけでいいのだろうか。先程まで殺されかけていたのだ、ゲームのルール的にも、化け物を利用して涼子を倒すべきなのかもしれない。しかしそう単純に仮想世界と現実世界を割り切れるものではない。彼女の力になってあげたい、それが骨子になっている。
覚悟は出来た。だが俺がこの戦いに飛び込んでいったところで、邪魔になるだけだろう。せめてこの能力による攻撃手段が欲しい。
ミズ。水。ミミズ。お水のお姉さん。……連想ゲームをやっている場合ではなくて。
「ひょっとして――」
閃いたことを試してみたい。右手を上に、左手を下にして前に出し、水の球を作る。このままでは先のように崩れ落ちてしまう。すぐに水から熱が奪われるイメージをする。左の手の平の上に、球の形状を保った氷が乗った。
やはり相転移もいける。だいたい能力のことが分かってきた。
これは『水を自由に生み出して自由に動かす』能力ではなく、『水を相転移させる』能力。
大きく振りかぶって、化け物に向かってドッジボールの要領で氷の球を投げた。ドラを叩くような大きな音を立てて、表面が少し凹む。
化け物が動きを止め、殺意を持ってこちらを振り向く。その隙に涼子が頭にとび膝蹴りをお見舞いした。それでも黒い体は倒れず踏み堪えている。
「邪魔だから、隅で膝抱えてガタガタ震えていて」
言い捨てて、再び化け物と対峙する涼子。しかし俺も引き下がっていられない。
「俺も戦う」
「水は火を消すし、火は氷を溶かす。火と水じゃ互いの能力を損ねるだけよ」
正論だ。しかし、だからといって指をくわえて見ているようでは、現実の世界でも彼女に干渉することなんてできないだろう。
「いや。火と水だって、お互いを活かすこともできる。思い切り熱いのをそいつにぶちかましてくれ!」
返事はない。動きを止めているから、話は聞いていると思うのだが。
「自分勝手なのは分かってる。だけど今だけでいい、信用してくれないか?」
「別に信用できないわけじゃない。ただ気分がよくないだけよ――」
涼子が二、三歩下がり、化け物から距離をとった。右手の手の平を上に向け、火球を生じさせる。さらに左手を横に振り、火の玉の周りに木星の輪のように炎を纏わせた。
両手を突き出してしっかりと構えると、炎が一点に収束していき、眩しい光を放った。化け物に向けて狙いがさだめられる。
「フッ!」
火弾が放たれる。黒い外骨格に当たる直前に、涼子が前に出したままだった両手を握り締めた。
火球を中心に爆炎が巻き起こり、化け物を火炎で包む。遅れて届く、耳をつんざく轟音。
これだけ遠く離れていても熱風が吹き付けてくる。なんという桁外れな威力。思わず両手を顔の前にかざした。
辺りが静かになる。手を下ろすと、爆発があった場所の床が大部分に渡って砕けて抉れているのが見えた。ガラスの破片が砂埃のように舞い散り、光が当たって散乱している。
化け物の姿が無い。辺りを見渡すと、吹き飛ばされ、壁に大きな窪みを作っている巨体があった。
確かに火を頼んだが、まさか爆発するとは思わなかった。これでは俺の出る幕は無いのではないか。
しかしすぐにその心配は無用だと気付く。化け物が身を起こそうとしている。体は輝きを失い煙を上げているが、目は爛々と紅く灯っている。
「しぶといな……」
右手の手の平を空に向けた。対象空間は化け物の上。水蒸気を凝縮し、雨を降らす。
温度差で化け物の体が歪んでいく。焼ける音と共に、体の節々から大量の煙が噴き出し、表面にヒビが入った。脆くなれば十分だと思っていたが、これなら文句はないだろう。
涼子とアイコンタクトする。言いたいことは伝わっているようだ。二人同時に駆け出す。
化け物は声でない悲鳴を上げている。
二人が地面を蹴り、同時にとび蹴りを同方向から放つ。涼子の足はそれの頭を、俺の足は胸を捉える。黒の外骨格を砕き、再び壁にはね飛ばした。
音と煙と動きが止まった。紅かった目の灯りが、テレビの主電源みたいにゆっくり消えていく。
俺達はしばらくの間、動かなくなった化け物を見つめていた。死んだ。
「プレイヤーじゃないのか……」
化け物に近寄り、顔を覗き込む。
「不用意に近づくと危ないよ?」
そう口では言いながらも、涼子も興味津々で甲殻を小突いている。
化け物の頭の先から光が散り始めた。
用心して距離をとる。どうやら体が砂になっていくようだ。上から順に塵になり、サラサラと消えていく。やがて塵の山だけが地面の上に残った。
「結局何だったんだ、こいつは?」
「さぁ?」
何はともあれ、涼子が協力してくれたお陰で助かった。これからあの続きをするのだと思うと気が重くなる。
「……信じてくれてありがとう」
「私の台詞よ、それ」
涼子がため息をつきながら笑みをこぼした。彼女の笑顔を初めて見た気がする。
彼女はそのまま踵を返し、教会の出口に向かって歩き出した。
「続きしないのか?」
「疲れた。今日はもうクソして寝るわ」
「あはは……」
涼子の姿が見えなくなる。
「結構口悪いのな」
さくらと気が合うのではないだろうか、なんて失礼なことを考える。
どっと疲れが押し寄せてきたので、落ちてきた天井のコンクリートに腰かけた。
窓際に置いてあった燭台が、カタカタ音を立てる。地面が揺れている。
「地震か……?!」
揺れはだんだんと大きくなっていく。工事現場の破砕機を教会の壁にぶち当てたような衝撃。天井から小石が降って来る。今すぐにでも崩落しそうだ。
音からして、ただの地震ではないようだ。何かが猛烈に地面にぶつかりながら近づいてくる。まさか向かってきているのは、この教会だろうか。このままだと生き埋めになりかねない。
散々な一日だ。姿勢を低くして出口に向かう。窓枠の向こうでは、森から砂埃が舞い上がっている。
突如、あれだけ激しかった振動が止んだ。
止まったか、――いや、跳んだのだ!
足先が窓から入ってきたと思った刹那、窓枠が壁ごと吹き飛ばされた。何かが猛スピードで突っ込んでくる。
「ッ!」
彼はスキーでターンするみたいに体をこちらに向けて止まった。取り巻いている灰色の煙のせいで、姿格好を確認することができない。
コンクリートの粉塵の中から、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。水を凝縮させる準備を整えながら身構えた。
「……また二秒、仮想世界を縮めた」
「準貴!!」
煙の中から出てきたのは、黒いタンクトップについた塵を払っている準貴だった。
「待たせたな。場所が分からなくて、この島二周してきた」
「さすが陸上部。仮想世界でも方向音痴と滅茶苦茶さは相変わらずか」
これ以上何をするつもりか、準貴は後ろを振り向いて目測を始めている。
「よっと」
彼の体が重力を感じさせない、軽やかな動作で宙を舞う。後方へ一回転、バク宙。3mほどの高さにあったマリア像の肩に飛び乗り座る。
「それが準貴の能力か?」
「あぁ、強脚って名前付けた。俺らしいだろ?」
「能力も、名前付けるのもな」
名前、子供っぽいが悪くないかもしれない。あとで苦手な英語の辞書を引いてみよう。
「さくら見なかったか? てっきり準貴と合流してくるかと思ってたけど……」
「見てないな。島中走った訳じゃない」
ふと入り口に人の気配を感じて振り向いた。
「やーやー、お揃いですねお二人さん」
さくらがご丁寧に扉を閉めてからこちらに向かってくる。服装は迷彩服の上下という、俺と同じタイプのもののようだ。
「遅いぞ。……俺も来たばっかりだけど」
準貴が再び宙を舞い、俺の側に飛び下りる。
「来る途中一悶着あってねー」
「ちゃんと撒いてきたんだろうな?」
「もちろん、あたしの能力で」
さくらは両手を腰にあて、胸を張っている。無性にからかってやりたくなった。
「待った、当ててみる。――食う能力?」
「焼きコロスよ? ――えい」
準貴によって壊された壁から差し込み、床にできていた光の円が緩やかに移動を始める。教会中に舞っている塵が光の軌道を映し出す。光は吸い込まれるように、さくらの手の中に収束した。
「うおっまぶしっ」
大げさに手をかざす準貴。
「電磁波?」
光も、紫外線も、赤外線も、電波も、みんな電磁波で一括されると聞いたことがあった。
「光の能力……なんじゃない?」
はっきりしない回答が返ってくる。
「なんじゃない?」
「よく分かんないもん。祐太は……英語がペラペラになる能力?」
今日はなかなか冴えているようだ、からかい返された。
「どんな嫌がらせだ、それ。――ほら」
手馴れた感じで右手に氷の球を作る。
「氷? 冷却する能力か?」
氷の球を奪った準貴が鑑定を始める。さくらも興味深々で横から覗いている。
「水を、氷と水と水蒸気に相転移できる。今のは大気中の水蒸気を凝縮させて水にして、形を保っている間に凝固させて作った。その気になれば、水蒸気から直接凝結させることもできるんじゃないかな」
「そんなインテリなの似合わないなぁー」
さくらが準貴から氷の球を受け取っていじくりながら言う。
「自覚してる」
「回復はできないのか?」
準貴から投げかけられたのは、予想外の質問。
「なんで?」
「水属性っていったら回復の代名詞だろ」
確かにRPGでは何故か水や風で回復できることが多い。
「逆に聞くけど、どうやって水で回復するんだ?」
「確かにな」
準貴も納得してくれたようだ。
「もう一時になるよ?」
さくらに言われて時計を見ると、五分前だった。
「PT組むのは明日でいいか」
あっという間の六時間だった。しばらくは寝不足を覚悟しなければならなそうだ。
「名前がいるんだよな? 誰か考えてたか?」
準貴の問いに、首を振る俺とさくら。そう言われれば、まだ名前を決めていなかった。これも英語の辞書を引いておこう。
「宿題ね。お先に〜」
さくらがログアウトし、頭の上にCPUのマークを浮かべた。ログアウトしても時間まではCPU扱いで、当然死んだらゲームオーバーになる。
自分もログアウトしようと思ったが、もう強制ログアウトの時間だった。
「おやすみ」
「じゃあな」
準貴とあいさつを交わしてアップステアーズを後にする。アップステアーズ、どのような意味なのだろう。これも英語の辞書を引いてみるとしよう。
黒い背景に27人の顔写真が並んだ画面。クラスメイトの顔が並んでいる。
十五番。二年二組に存在しないはずの番号の男の顔写真も表示される。
だんだんとフェードアウトし、今日も赤い文字で『生存者27名』と、そう表示された。