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IOException  作者: 175の佃煮
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0003:エピローグ

 中型バスが海沿いの道を駆け抜けていく。広がる青い海、白い砂浜、澄んだ空、照り付ける太陽。生徒達は窓に顔を近づけ、どよめき合っていた。


「沖縄よ! 私は帰ってきた!!」


 後ろの席で準貴が歓声を上げている。二度目の訪問でも興奮は変わらないようだった。

 隣の席に座っているさくらの方を向いた。彼女は窓枠に肘をついて海を眺めている。


 彼女の話した賞金の望ましい使い方、それは今度こそクラス全員で修学旅行に行くことだった。以前ここに来たときは二十六人だった車内も、翔太が加わり二十七人になっている。


「アテンションプリーズ。あちらに見えてきましたのは本日の宿〜、本日の宿でございます〜」


 訂正。妙なテンションでアナウンスをしながらバスを運転している担任を合わせれば、二十八人である。

 通路に体を乗り出し、運転席の彼に話しかけてみた。


「先生、英語教師よりも運転手の方が似合ってますよ。天職なんじゃないですか」


「そうかそうか、考えておく」


 担任はいつもの堅苦しさから一転し、上機嫌でハンドルを握っている。


「でも、よく運転手を引き受けてくれましたね」


「今だから言えるが、俺は田中を救えなかったことをとても後悔していたんだ。常盤にはこういう機会を与えてもらえて、むしろ感謝しているくらいだぞ」


「先生は実費ですけどね」


「――聞いてないぞ?!」


 笑い声だけを残してシートに戻ると、さくらが話しかけてきた。


「祐太、いじわるしちゃ駄目だよ。先生のお陰でだいぶお金浮いたんだから」


「そうだな、夕飯のときに酌でもするか」


 返事をすると、さくらは頷いて視線を外に戻した。


 確かに今の時期に修学旅行をするのは、改めてクラスの絆を深める為にもとてもいいことだと思う。しかし彼女の保母になるという夢からは遠ざかってしまっている訳で、複雑な気持ちだ。

 俺には沖縄に来る前に、密かに決心したことがあった。




 夕飯にBBQをした後、夜の宿では生徒達が思い思いに友人達と時間を過ごしていた。

 部屋のベッドの上で正座して見合っているのは、聖と翔太、七海である。三人の中央には表向きにされたトランプのカードが無造作に積み重ねられている。


 翔太が申し訳なさそうに、7のカードを四枚シーツの上に並べた。聖と七海が首を振る。


「これで五連勝か……」


 最後のカードを手放し翔太の手が空いたのを見て、聖がため息をついた。


「前は僕の一人勝ちだったんだけどな。見ない間に腕を上げたか?」


「船で賭け事のコツを教えてもらったんだ」


 翔太が慣れた手つきでベッドの上のカードをまとめて切りながら答えた。


「船や船員のみんなの話を聞かせてよ」


 七海が喋りながら、5のカードを二枚押し出す。


「そうだなぁ。乗組員の中に加瀬君によく似たおじさんがいて、よく世話をしてもらっていたっけ。その度に郷愁の念にかられたよ」


「……おじさんか」


 複雑な気持ちなのか持ち札が悪いのか、聖はしかめっ面をして4のカードを二枚、シーツの上に投げた。


「私のことは思い出さなかったの?」


 七海がいじわるそうな顔をして、その上に3のカードを二枚乗せた。


「えぇと、思い出したことは思い出したんだけど――」


「何? 歯切れが悪いじゃない」


 首を振る聖を見て、彼女が最後のカードをベッドの上に捨てた。


「……ゴンザレスさんのメキシコ民謡を聴くと山並さんの顔が浮かんだなんて、色気がなくて、とても口に出せないよ」


「あらあら」


 負けた聖が翔太からカードの束を受け取り、再び三人に分配した。


「夜は長い。ゆっくりでもいい、翔太の見てきたこと、感じてきたこと、僕達に聞かせてくれ」




 夜の砂浜にシートを敷いて腰かけ、波の音を鑑賞しているのは準貴と真央である。


「――癒されますね」


「そうだな」


 しばらく無言で自然音楽を楽しんでいたが、真央がうとうとして肩に頭を乗せてきた。


「部屋に戻ろうか?」


「ううん、もう少しこのままで……」


「分かった」


 そっと後ろから手を回して、彼女の頭を撫で始める。


「ここから私達のお付き合いが始まったんですよね」


「あぁ。アップステアーズが無ければ、あのまま別れていたかもしれないんだよな……」


「翔太君達には感謝しないと」


「祐太とさくらもあれで付き合い始めたようなものだから、さしずめ恋のキューピッドってところだな。……もう一人の恋のキューピッドは、また合コンしてるんだって?」


 俺達が付き合うきっかけを作ってくれた美月は今、例のロビーで懲りずに『合コンみたいなもの(本人談)』をしているらしい。

 真央が声を漏らして笑い始めた。


「どうした?」


「旅行後のお楽しみです。もう一組カップルができているかもしれないですよ」


「それは楽しみだ」


 あの八人掛けのテーブルで何が起こっているのか、一発で分かってしまった。


「準貴君、私は今とて――も幸せ……」


 眠気と疲れが意思に勝ってしまったようだ。真央が静かに寝息を立て始めた。

 彼女を起こさないようにそっと囁く。


「俺も幸せだぞ。……ぬるぽ」


「ガッ」




 ロビーには多くの生徒達が集まっていた。その中央で、八人の男女が昨年と全く同じように長机を囲んでいる。行われるのも昨年と全く同じ合コンである。


「それで、何故あなたがいるのかしら?」


 正面に座った男を見て、美月が口を開いた。微笑を浮かべているが、口元が引きつっている。


「さっきそこで龍之介に会ったんだが、用事ができたから代わりに行ってくれって……」


 体を小さくして椅子に座っている智和が答える。


「まぁまぁ、そう細かいことは気にするな。メンバーの交代くらい、いいじゃないか」


「そうそう。早く進行してくれよ」


 にこやかに催促する弘樹と巧。妙に落ち着いている二人を見て、美月には思い当たることがあったようだ。


「さてはあんた達――」


「さっさとしてよ、せっかく来てあげたのにいつまで待たせる気?」


 理沙が貧乏ゆすりをしながら声を上げた。彼女は真央の抜けた埋め合わせとして参加している。


「へぇ、主催者にそういう態度を取るんですか、あなたは……」


「話すの久しぶりよね。元気にしてた?」


 綾音が舌なめずりをして巧に話しかけ、震え上がらせている。他の面子も次々にお喋りを始めてしまった。メンバーはというと、女子は美月、綾音、理沙、美緒、そして男子は智和、巧、健太、弘樹である。


「何か話しなさいよ、早漏」


 美月が不機嫌そうに席に腰かけ、正面の智和と向き合った。




 カタカタとキーボードを打つ音がロビーに響いている。部屋の隅っこに用意されたネットに繋げられる椅子に座って、ノートパソコンと向かい合っているのは薫である。画面にはデバッガが表示されており、あっという間に空白が英数字で埋められていく。

 大樹がそっと背後から近づいてきて声をかけた。


「おい」


 ヘッドホンからベース音を漏らしている彼女は気付かない。


「おい、薫」


 パソコンの画面と顔の間で手をひらひらさせることで、ようやく反応した。


「大樹……。何?」


「悪いな、取り込み中。明日の自由行動、一緒に海で泳がないか?」


「う〜ん、どうしよう。大樹は私の水着姿見たい?」


「あ、あぁ……」


 大樹が顔をうつむき加減にして言葉を発したのを見て、薫は満足そうに頷いた。


「行く」


「よし、そうと決まれば朝は早いぞ」


「時間は関係ないと思うけど」


「そ、そうかもしれないが、いられる時間は少ないだろ?」


 あたふたしつつも、大樹は消極的な態度で返事をする薫の説得を試みる。


「いつでも行けるよ」


「ん?」


 温度差とも違う、二人の間の食い違いを感じ取ったようで、大樹が顔をしかめた。


「鼻血出さないように心の準備しときなよ。今年はとびっきり過激なポリゴンで――」


「お前は沖縄まで来て、BCIで疑似体験するつもりか!」




 陸を先頭にして、三人の生徒達がロビーを横切っていく。各々が透明でないビニール袋を抱え、鼻の下を伸ばしている。


「よっ。起きたのか」


 向かいから来た敦に気付き、陸が声をかけた。


「うん……、ちょっと喉が渇いちゃって」


 敦が及び腰で返事をする。彼は晩飯が終わって早々に部屋に戻っていた。


「丁度いい、お前も一緒に来いよ」


 蓮が敦の背中を押して連れて行く。


「え、でも……」


「ようこそ、同士よ」


 孝大が逃げようとしている彼の肩を支える。


「では行こうか諸君、めくるめく芸術の世界へ」


 陸の号令に従い、四人の生徒達は闇に紛れて渡り廊下へと消えていった。




 電気の消えた一室では、二人の男がベランダから夜の海を眺めていた。隼人は柵から体を乗り出し、龍之介はベッドに腰かけている。


「いつも側にいる二人はどうした?」


「あいつらなら対等な友人ができたみたいで、部屋でDVDとやらを見てる」


「そうか、それは寂しいな……」


「いや、そうでもないぜ。外で暴れる時はついて来てくれるしな。――それに、俺にも付き従ったり従わせたりするんじゃない、対等な友人っていう奴ができたんだ」


 隼人がちらりと後ろを振り向き、鼻で笑った。


「てめぇは、ゲームで言ってた『自分の理解者』とやらは見つかったのか?」


「あぁ。喧嘩っ早くて少しクセのある奴ではあるがな」


「贅沢言ってんじゃねぇよ」


 龍之介も鼻で笑ったが、すぐに表情を暗くした。


「――すまなかった。俺はお前を最強と証明してやれなかった」


「なんだ、ここしばらくジメジメしてると思っていたが、そんなことを気にしていたのか?」


 会話が止まる。波の音と、ロビーで騒いでいる生徒の声が微かに聞こえてくる。


「……自分の大切なものを護り抜くこと」


 やがて隼人が呟いた。


「なんだそれは?」


「桜井の信念らしい。奴に言わせれば、俺も大切なものを見つけたんだとよ。悔しいが、あいつの方が俺の一歩前を行っていたらしいな」


 隼人は自身の拳を見つめている。


「これから俺はこれで自己顕示をするんじゃなく、周りの奴らを護ってやろうと思うんだ」


「……そうか。俺もその拳で護ってもらえるのか?」


「馬鹿言うな、てめぇは俺の横に立って一緒に戦いやがれ」


 二人は顔を見合わせ笑った。




 涼子はベッドに腰掛け、シャワーを浴びに行った美琴を待っていた。蛇口をひねる音の後、パジャマを纏った美琴が歩いてきた。


「先に失礼。いい湯だったわ」


「早かったね。ゆっくり浴びてくればよかったのに……」


 湯上りで眼帯が外されており、美琴の右目には痛々しい傷が見える。


「遅くなっちゃったけど、アップステアーズでは私を生き返らせてくれてありがとう――」


「どういたしまして。斉藤君をせしめられなくて、無駄になっちゃったみたいだけどね」


 美琴がいたずらっぽく笑いながら、向かい側のベッドに腰かけた。


「うっ――、知ってたの?」


「この片目は、涼子のことなら何でもお見通しよ」


「……ごめん」


「でも、涼子が元気になったから良しとするわ。――そうだ、剣道部はどう?」


「体が鈍っていてなかなか思った通りにはいかないね。でもとても楽しい。美琴の紹介のお陰よ」


 美琴に仲立ちしてもらい、面沢高校の剣道部に入部したのはつい最近の話である。割って入ったにも関わらず、部員の皆はとてもよくしてくれる。


「それなら私も復部しようかな……」


「本当?! そうなればとても嬉しいけど――」


「このままじゃあなたの一人勝ちでしょう? 少しは高校剣道界も面白くしてあげないとね。……今度こそ決着をつけるわよ」


「うん!」


 私達はがっちりと手を握り、互いの健闘を誓った。




 砂浜で三角座りして、波打ち際ではしゃいでいるさくらを眺めているのは祐太。彼は沖縄についたあたりからずっと元気がなかった。


「どしたの、祐太。もうおねむ?」


「いや、大丈夫」


 時刻は既に朝の五時近くになっていた。


「なぁ、ちょっといいか? 大切な話があるんだ」


 横の砂を叩いて言った。


「また?」


 濡れた足に砂をくっつけながら歩いてきて、しぶしぶ隣に座った。

 さくらがクラスメイト全員で沖縄に行くと言い出してから、俺はずっと彼女の夢を叶える手段を考えていた。彼女は家庭の経済上の理由から奨学金の貸与を拒否された。けれど友人としての関係の方が大切だから、俺達三人からは金を借りたくないと言う。

 それなら、借りることのできる環境を作り出せればいいのではないだろうか。そこで一つの――強引な解決法を思いついた。


「ここ数日、ずっと真剣に考えてたんだ。大学の授業料のことだけどさ――」


 軽蔑されるかもしれない。馬鹿にされるかもしれない。それでも、俺だって彼女が関係を大切にしたいように、彼女の笑っている顔をずっと見ていたいから、勇気を出してこの言葉を口にしよう。


「ん、それなら――」


「……結婚しないか?」


 さくらの言葉を切り、彼女の顔を見つめてそう言い放った。


「――へ?」


「いやその、家に籍を入れれば奨学金も借りられるだろ? さくらが嫌だったら無理にとは言えないけどさ……」


 さくらは口をぽかんと開け、こちらを凝視して固まっていた。が、突然大声で笑い出した。


「やっぱり無理だよな。悪かった、突拍子もないこと言って」


「――ううん、ごめん、びっくりしちゃって。実はね、美緒ちゃんから貸してもらえることになったんだ」


「山浦が?」


「前のことにまだ罪悪感を感じてるみたいで、大学のお金全部出してくれるって言ってくれてたんだけどね、それはさすがに悪いでしょう? 美緒ちゃんともずっと友達でいたいしね。そしたら、無利子で貸すくらいさせてくれって提案してくれたんだ」


「そ、そうか。良かったな!」


 勝手に一人で暴走していた自分が馬鹿らしくなり、ついでに自分の口にした言葉の恥ずかしさにようやく気が付いて、変な汗が滲み出してきた。


「ごめんね、そこまで真剣に考えてくれてたのに……」


「――今のやり取りは忘れてもらえると助かる」


「ヤダ。この先もずっと覚えてるよ、とっても嬉しかったから……」


 さくらの顔半分が眩しいほど明るく照らされた。振り向くと、水平線から太陽が覗いていた。


「わー、綺麗な朝日!」


 さくらが立ち上がる。念を押す暇もなく、再び波打ち際に向かって走っていってしまった。



「おーい、写真撮ろうぜー!」


 声のした方を振り向くと、準貴と涼子がこちらに向かってくるところだった。


「見よ、東方は赤く燃えているッ!!」


「お前、真央ちゃん放っておいていいのかよ?」


 相変わらず彼のテンションは分からないので、スルーして話を続ける。


「スイートハートは今し方就寝された」


「祐太こそ、さくらさんを放っているように見えるけど……」


 涼子が、水を撥ねて走ってくるさくらを指差している。


「そんなことないよ。さっき祐太にプロポ――ぉ」


 物怖じせずに先程の失態を話そうとする彼女の顔にアイアンクローをかけた。


「いやー、何でもない。何でもないぞ!」


 準貴と涼子が顔を見合わせて首を傾げていた。



「よう、さくらちゃんと愉快な仲間達」


 いいタイミングでこちらに歩いてきたのは陽菜と奈菜だ。


「お前に愉快とか言われたくないけど……、丁度いいところに来てくれた!」


「帰ろっか、奈菜ちゃん」


「はい、姉さん」


 面倒なことには巻き込まれたくないとでも言いたげに、二人は踵を返した。


「待った待った。写真を撮ってくれないか?」


 用件を伝えて、なんとか足を止めさせる。


「何だ写真か。それならあたしが撮ったげるよ」


「できることなら奈菜にお願いしたいんだが」


 準貴の言葉に三人が頷いた。


「大丈夫ですよ、姉さん写真を撮るのすごく上手いですから。――たくさん手とか顔が映りこんで賑やかな写真になるんです」


「確かにすごいけど、全然良くない。心霊写真だろ、それ」


 陽菜にそんな特技(?)があるとは知らなかった。


「はい、1+1は〜?」


 いつの間にか彼女はカメラを構え、ベタな号令まで開始している。慌てて朝日を背にして浜辺に並んだ。


「待った、指大丈夫だよな?」


 カメラのレンズに陽菜の中指が掛かっているように見える。


「ん? 別に痛くないけど?」


「……もういいから、シャッター切れよ」


「ん? とっくに撮ったけど」


 崩れ落ちる四人。狙ってかどうかは知らないが、リラックスした四人が写真におさまっていた。



 2 YEARS LATER



「ほんとーに大丈夫なの? ラスボスより強いって噂だよ?」


 白いポンチョに身を包んだ女が洞窟に足を踏み入れた。

 赤茶色の頭に短いポニーテールを結っており、お喋りな少し横広い口が印象的な彼女は二年前と何も変わっていない。手に持った長い杖と白を基調とした服装から、まだ白魔導士からジョブを変えていないことが分かる。


「前もお前、そんなこと言ってたぞ」


 続いて、腕を頭の後ろに組んだ男が歩いてきた。

 大きな目と黒色の短い髪の彼は、以前よりもさらに背が高くなった。武道家である彼は、腕に鉄甲をはめている。


「明日試合があるっていうのに、私は何をやってるんだか……」


 さらに、後ろ向きに歩いてきた、着物を羽織った女は以前にはいなかったはずのプレイヤー。

 パイナップル頭は相変わらずで、薬を止めた顔は血色がいい。腰に日本刀を差した彼女は、最近作られた侍というジョブである。


「日本一の剣客が何言ってるんだよ」


 最後に歩いてきたのは、手を腰に当てた自身ありげな男だ。

 茶色がかった髪と眠そうな目の彼は旧友からよく、全然変わっていないと言われる。勇者という柄にもないジョブの彼は肩と胸に青光りするプレートをつけ、両手で持つ両刃の剣を担いでいる。


「あれはたまたま高校の最後に優勝できたっていうだけで、日本一なんて夢のまた夢よ」


 涼子が爽やかに笑い流した。彼女はアップステアーズの一件の後、なんと全国大会で優勝してしまった。美琴との優勝をかけた激戦は、今も面沢高校で語り継がれているらしい。


「旅館の鴨ネギ鍋美味しかったなぁ……」


「全国大会に呼んでもらっておいて、思い出が飯かよ」


 よだれを垂らして何処かを見上げているさくらにため息をついた。彼女は美緒にお金を借りて、希望通り国立大学で保育士の勉強をしている。


「上機嫌だな。何か良いことあったのか?」


 幸せそうに頬を緩めて、いかにも訳を尋ねて欲しそうにしている準貴に話しかけた。彼は今、芸術系の専門学校に通っており、クリエイターの夢に向けて着実に歩みを進めている。


「分かるか、分かるか? 実は明日久しぶりに真央と会うんだ」


 一度別れかけた二人だが、あれからはずっと付き合い続けている。見習いたいところは多い。

 俺はアップステアーズをしていた時、能力を活かすために勉強をしていて興味をもった、自然科学の勉強をしている。英語のせいで、三人と担任にはだいぶ迷惑をかけた。

 クラスの皆とは離れ離れになってしまったが、薫の作ったチャットで近況を伝え合っているし、長期休みには直接会って騒ぐし、案外距離は感じない。


「二人は会わないの?」


 涼子が尋ねてきた。彼女の言う二人とは、俺とさくらのことだろう。


「あたし達はケ○タッキーだから」


「倦怠期な。……っておい、倦怠期なのか?!」


 さくらは返事をしないで、いたずらっぽく笑っている。


「そう、それは大変ね。……でも安心しなよ、捨てられたら私が貰ってあげるから」


 涼子が肩に肘を置き、耳元で囁いてきた。


「違う、違う、ケ○タッキーじゃない!!」


 必死に取り繕うさくらの姿を見て、今度は涼子が笑っている。相変わらず彼女と一緒にいる時は、落ち着いて心を休めそうにない。


「この調子じゃあ、子供達にもからかわれているんじゃないか?」


「ムー」


 準貴にからかわれ、さくらが頬を膨らませている。切り出すタイミングを失ったが、ゲームが終わったら久しぶりにデートに誘ってみよう。



 洞窟の奥から、通路一杯に脚を動かして巨大な蜘蛛が這い出てきた。姿に似合わず繊細で、退化した眼の代わりに足先を使って振動を感知して獲物を捕食する。……そういう設定である。

 これは最近のアップデートで新たに配置された隠しモンスターである。二年が経ち、他のゲームにプレイヤーが流れた今でもこの会社は律儀に更新を続けている。

 俺達は横一列に陣取りモンスターと対峙した。


「ダブルスペル!」


 さくらの声を皮切りに戦闘が始まる。

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