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IOException  作者: 175の佃煮
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0905:九日目(E)

 砂の塊が絶えず降り注ぐ。地面を抉り土煙をあげる。準貴は当たるつぶてだけを蹴り崩しながら、着実に前へ進んでいく。


 健太が使用したのは攻防一体の技、フラゴール。砂の塊を自身の周りで猛スピードで回転させることで物理的な攻撃を拒み、近づいたものを切り裂く。さらには今のように、遠心力を利用してマシンガンのごとくつぶてを撃ち出すこともできる。


 迫り来るつぶての隙を見て、両手を地面につき片膝を地面につけた。降り注ぐ砂の塊の間を縫って跳び上がる。健太の上で身を翻す。


「ヘルダイバー!!」


 砂の噴き荒れる球状の物体目がけて踵を振り下ろした。顔の辺りに踵が直撃する。

 しかし横から噴き付ける砂によって軌道をずらされ、貫くまでの力を伝えることができずに空中でバランスを崩した。


「くらえ!」


 球の中から健太の掛け声が聞こえ、渦巻いていた砂が一斉に撃ち出されてきた。脚を曲げ盾のように上半身を庇うが、覆いきれない左右からつぶてを受ける。さらに地面から斜めに噴き出した砂流によって飛ばされ、壁に背中を打ちつけた。


「がはっ?!」


 視界一杯に光が散る。乾いた土の上にうつ伏せになって倒れこんだ。

 脇腹にしこたま砂の塊をくらった。特に往なされた時、がら空きになった左の脇腹が刺されたように痛い。

 左足にあまり負担をかけないようにして、ゆっくりと立ち上がった。こみ上げた血を横に吐き出す。


「俺は甘くはないからな、降伏しろとは言わない。だが、ログアウトして痛みを感じずにゲームオーバーになるくらいなら見逃してやるぞ」


 そう口を開いた健太は、砂を纏わずに直立していた。


「どっちも御免被るぜ。今この時も、みんな一生懸命戦っているはずだ、俺だけそんな格好悪いマネできるかよ」


「みんな戦っている、か……。俺の見立てでは、既に他の連中はみんな排除されていると思うんだがな」


「うちの連中は死んでも死なないくらい諦めの悪い連中だぞ。もちろん、俺も含めてな」


 両足で地面を踏みしめた。左の足に体重がかかったことにより、脇腹が悲鳴を上げる。


「そうか、それならさっさと退場してもらおう。――フラゴール」


 再び健太の周りに砂の竜巻が起こり、球状に収束する。

 複数の砂の塊を撃ち出してきた。避けようと左側に跳ぼうとしたが、激痛で思わず脇腹を押さえた。一発目は運よく、屈んだ頭の上を越えていった。

 続いて飛んでくる砂の塊を右に跳んでかわす。

 このまま避け続けたところで、キングだけになったチェスのように、つぶてに追い詰められて殺られるだけだ。勝つ為、生き残る為には攻めるしかない。フラゴールは砂の厚さ自体は薄いが、先程踵をずらされたように、回転する砂の塊が力をかけさせない。力点をずらされることなく叩ければ、砂の殻を破れると思うのだが。


 左に避けることが困難だと気付かれたのか、右寄りに砂の塊が撃ち出されて来る。歯を食いしばって左足に力を込め、ジグザグに跳んで避けた。



 足元の砂が減ってきた為、健太が射撃を止めて砂を纏ったまま歩き始めた。

 チャンスと見て、思い切り後ろ足を踏み込み彼の目の前まで一歩で跳び込む。瞬時に左足を軸足にして右足を大きく横向きに振る。割れた肋骨の断面同士が食い込み、砕けた衝撃を感じた。


「デルタダートッ!!」


 激痛を堪えて右足を振り切り、砂の球に向けて衝撃波を放つ。空気の刃はフラゴールの側面に食い込んだが、次々と押し寄せるつぶてによって貫通できずに掻き消された。


「無駄だ!」


 健太が砂の塊を撃ち出してくる。今度は地面に足をついていたので後方に跳んで避けた。


 フラゴールは相変わらず轟々と音を立てて渦巻いている。形こそ球だが、まるでドリルだ。

 ふと、ドリルと聞いてピンと来た。今は『ドリルは男のロマン』などと感傷に浸っている場合ではない。確かドリルには一箇所回転していない場所があったはず。

 砂の塊がマシンガンのように次々と撃ち出されてくる。隙を窺い、脇腹を庇いながら左右に避けていく。

 チャンスは一回。失敗すれば今度こそ動けない体を狙い撃ちにされる。

 大幅に狙いが逸れた二発のつぶて。その隙に屈み片膝を立て、クラウチングスタートのように両手を地面についた。


 眼裏に競技場の風景を浮かべる。目の前に続いているのは、ゴールまで続く赤い滑走路。

 つぶてが着弾する。地面を抉り大きな音を立てる。


 思い切り両足で地面を蹴った。地表を後方に噴き飛ばして斜めに跳び出す。健太を眼下に、前方に一回転して右の踵を下に向けた。


「空中では身動きがとれないことを忘れたか?」


 健太が呆れたような声を出す。問題ない、もう身動きする必要はないのだから。

 踵の向いた先は、砂の球の頂点――渦が向かう最終地点。ここなら力点をずらされることもない。この脇腹が耐えられるかどうかが一番の問題だ。


「ヘルダイバーッ!!」


 砂の球の真上に踵を振り落とす。今度は逸らされない。完全に伝わった力が頂点から伝播し、砂の流れが止まった球が砂煙を立てて崩れ落ちていく。

 まだ踵は止まらない。球の中にいた健太の右肩を打ち抜いた。


 健太が砂を散らして倒れる。その横に着地した。

 口から垂れた血を右手の甲で拭う。激痛に我慢しながら脇腹を優しくさすってみたところ、もっこりと膨らんでおり触り慣れない硬いものが飛び出していた。


 うつ伏せに倒れた健太が睨んでいる。どうやら体が動かせないようだ。


「じゃあな。勝手に進ませてもらうぞ」


「そんな満身創痍で龍之介に会うつもりか? 止めてお――ゴハッ!」


 息も絶え絶えに健太が口を開くが、苦しそうに血を吐いてむせた。


「心配は無用、俺はまだ二回の変身を残している……。お前こそ、体中逝っちまってるんだから黙ってくたばってろ」


 喋るだけでも脇腹に激痛が走る。引きつった笑いを浮かべて言葉を返した。苦笑いをした健太は、助言どおりに黙って目を閉じた。


 次の部屋を目指し、よろよろと砂の上を歩く。祐太は、涼子は無事だろうか。さくらはどうしているだろう。

 ――扉が遠い。

 真央は、美月と巧と弘樹はまだ戦っているのだろうか。

 ――足が進まない。意識が薄れていく。


「わるい、しばらく休む……」


 俺は力なく砂の上に倒れこんだ。




 刀を中段に構え、ナイフを逆手に持った綾音と向かい合う。彼女の構え方は素人のものであり、美琴の時のような威圧感は全く感じない。私は積極的に距離を詰めていた。

 ただしこの世界の戦闘では能力が本質だ。ニヴルヘイムのトップだと言う彼女に油断はできない。


 綾音がナイフを離して順手に持ち替えた。警戒して足を止める。

 綾音は口元を吊り上げ、突然自身の右腕を縦に切り裂いた。鮮やかな赤色の水玉がコンクリートの地面の上に飛び散った。動脈を傷つけたのだろう、リズムを刻みながら鮮血が溢れ出す。


「え?!」


 私は切先を下に向け、呆然とその光景を凝視していた。


「マーダラー」


 綾音は血の垂れる腕を折りたたんでから、勢いよく下に向かって振り下ろした。散った血液が、慣性で空中に取り残されたように見える。いや、まるで時間を止めたように、本当にそのまま空間に固定されている。


「――デスサイズ」


 ガシャリと液体にあらざる音を立てて、血液が固まってできた柄が握られる。空中で静止していた血が、綾音の握る柄に従うように動き出した。

 緩やかに湾曲した刃。ところどころ欠けた荒い刃先。槍のように長い柄。それは血液が固まってできた大鎌。

 彼女は遠心力を利用し、血の鎌を上下左右に振り回してから肩に担いだ。いつの間にか腕から垂れていた血が止まっている。


「行くわよ」


 綾音が鎌を担いだまま、前傾になって駆け出した。夢幻でも見ていたかのように放心していた私も、その足音で正気を取り戻し刀を構えなおす。

 巨大な血の鎌が、足元を狙い大振りに振られる。摺り足で一歩後ろに下がり、目の前を通り過ぎた刃を刀の峰で往なした。

 この手の巨大な武器は破壊力は甚大だろうが、攻撃の後は致命的な隙が生じる。がら空きの彼女の懐に踏み込み、上段から首元目がけて刀を振り下ろした。


「え……?」


 思わず声を漏らす。金属音と共に刀の軌道が逸らされていた。刃が逆を向いていたはずの大鎌によって、刀の横腹を叩かれていたのだ。

 今度はその異様な光景を、自分の目で見た。

 血の刃が空中に取り残されたように浮かび、振られた柄の反対側にくっついて刃の向きが逆になる。反すことなく向きを変えた大鎌が、首を狙い風を切って迫ってくる。

 刀を構えたまま上体を屈めて避け、二、三歩後退した。


「血液の凝固と線溶ができる能力――?」


「えぇ、そうよ。身体強化系ブーステッドだから、ついでに絶対防御もついてるけどね」


 血液の絶対防御とは恐れ入った。道理で、要するにカサブタを鉄の鎌のように振り回している訳だ。


「貧血になりそう……」


 昨日のこともあり、出血には嫌な思い出しかない。


「心配いらないわ、湯水みたいに勝手に沸いてくるから。――そういうあなたは火の能力なんでしょう? お姉さん見てみたいわぁ」


「そう、じゃあお言葉に甘えて」


 中指と親指を合わせて指を鳴らした。指先に生まれた青い火が刀まで走り、刀身が炎に包まれる。


「綺麗な火……」


 綾音が微笑んで呟いた。


「もっと、もっと――、見せてみなさい!」


 腰に差していたナイフを抜き、今度は手首に突き立てた。血が指先を伝わり、ダラダラとコンクリートの地面の上に垂れる。続いて手を勢いよく振り上げ、大量の鮮血を空に舞き散らした。


「ブラッドレイン……!」


 何が嬉しいのか、綾音が口元を吊り上げ囁き、掲げた右手を握る。上空で血が槍状に凝固し、雨のように降り注ぐ。


「不知火!」


 刀を振り上げて火球を撃ち出す。空中で爆発させて血の雨を弾き飛ばした。乱れ散り、金属音を立てて跳ね転がる。

 地面が蹴られる音を聞き、素早く刀を中段に戻した。正面に大鎌を構えた綾音の姿がある。

 後方に跳び、大振りに薙ぎ払われた一撃を避けた。


「紅蓮――」


 刀を上段から縦に振り下ろし、巨大な炎の刃を生み出す。正面に作られた炭化水素のレールを走って綾音に向かっていく。


「クレッセント」


 綾音も大鎌を高く掲げ、地面に向けて振り下ろした。同じく巨大な血の刃が放たれる。

 青と赤、二つの三日月が真っ向からぶつかり交わる。炭化水素がたらふく供給された火も、液体相手では分が悪い。血の刃が炎を掻き消し、速度を落とすことなく向かってくる。

 刃の側方に回り込んで避けた。地面を裂いて通り過ぎていくのを見送る。

 視線を戻すと、綾音が血の剣を縦に振り下ろしているところだった。すぐに体勢を立て直し、鍔元で受けて鍔迫り合いを始める。先程の三日月の刃で血液の量が減ったのだろう、大鎌は西洋の剣のような様相に変わっていた。


「その腕痛くないの?」


 鍔迫り合いをしながら尋ねた。彼女の右腕は血こそ止まっているものの、深い傷が残り赤く染まっている。


「小学校の時、手の甲に鉛筆の芯を突き刺した経験あるでしょう? 献血で血が抜かれる感覚好きでしょう? 大小はあるにしても、苦痛を、傷つくことを快感に感じる。よくある話よ」


「少しは――理解できるかも。痛いと知りながら、みんながアップステアーズにログインし続けているのも、心のどこかで痛みを求めているからなのかしら」


「あら、いつもは変態呼ばわりされるんだけど、あなたとは気が合いそうね」


「いや、私も黒江さんは変態だと思う」


「いやねぇ、そんなに褒めても血しか出ないわよ?」


 度々浮かべる恍惚とした表情の意味が分かった。彼女はドMなのだ、それも大和並みの超弩級。


「でも、傷つけるのも好きよ。あなたの苦痛に歪んだ顔を見たくて疼いてる」


 綾音はうっとりした表情を浮かべている。


 日本刀と血の剣が、力と力をぶつけ合って競り合っている。鍔迫り合いが成立する理由、それは互いにとって力を込めることが自分を守る術であり、相手を倒す術だから。


 血の剣が液体に戻る。

 しかし痛みを与えることと受けることを好む人間に、この概念は通用するだろうか?


 刀を呑み込むように通過した血液が再び凝固し、刃先の荒れた両刃の剣に戻った。互いの首元に刃が食い込む。


「あッ?!」


 血の剣は鎖骨を抉り止まっていた。体をひねって振り払い、綾音から距離を取る。

 自分の血か彼女の血かは分からないが、胸の上を生暖かい液体が流れていく感覚があった。


「狂ってる……」


 乱れた呼吸で呟く。綾音は満足そうに、刀で付けられた傷を味わうように指でこねくり回している。


「あぁ、もっと苦しそうな表情をしてくれないかしら? まだその目は、希望を持っているわね」


 そこで体の異変に気が付いた。体が重く、息が苦しいので喉を掻こうとするが顔まで手が上がらない。頭がくらくらして、思考がまともに働かない。


「――ネクロフィリア」


 綾音がその技の名前を口にした。


 先程の斬撃で体内に入り込んだ綾音の血液、それを新鮮な血液を送る大動脈で凝固させることによって、体への酸素の供給を完全に遮断する。彼女の血液は一度混入したが最後、体内に仕掛けられた爆弾と化す。


 足の裏の感覚がなくなり、うつ伏せになって倒れこんだ。痛みも、音も分からない。陸に打ち揚げられた魚のように口をパクパクさせて呼吸をしようとするが、酸素を取り込めずに苦しさは増していく。


「そう、その顔よ、その苦しそうな表情! その絶望した表情!」


 綾音が歓喜し叫んでいる声が聞こえる。

 最後の力を振り絞って、落としてしまっていた刀の柄を掴んだ。こんなところで終われない、祐太と準貴はまだ戦っているはずなのだから。


「いいえ、終わりなのよ、涼子」


 冷たい声に促され、全身の感覚が無くなる。世界が黒く染まっていく。

 負けたくない。死にたくない。諦めたくない――。唯一思いだけははっきりとしていた。


 体がなければ、心は、ついて来ない。そこで、プッツリと、意識が、途絶えた。

 アップステアーズ9日目、氷室涼子は仮想世界から除外された。

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