0904:九日目(D)
地面から砂の柱が上がる。まるで意志でも持っているかのように、うねり噴き付ける砂の塊を、準貴は大きく左右に跳びながら避けていく。
ここは砂の敷き詰められた一番目の部屋、石川健太をトップとするウトガルドの拠点。
「デルタダート!」
足を大きく回し衝撃波を蹴り出す。しかし健太の目の前で壁のように噴き上げた砂により、空気の刃は掻き消された。
勢い余って背中を向けたところを狙って、固まった砂が地面から斜めに飛び出してきた。肩越しに眺めながら後ろ回し蹴りで砕く。
「なるほど、下半身の身体強化系か」
健太が射撃を止め、口を開く。
「あぁ、そういうお前は祐太の読みどおり土の能力みたいだな。カラクリは分からないが、能力の範囲は自分から3mってところか」
「――せいぜい考察を活かして、長生きすることだ」
健太の足元から砂の塊が撃ち出される。7mほど距離をあけていたが、攻撃範囲はその限りではないようだ。確かに砂を動かせるのは自身の足元だけのようだが、砂の塊を銃弾のように扱うことで短いリーチをカバーしている。
右足を真上に振り上げて砂を砕く。足を地面に下ろしたのと同時に、足元の砂を散らして走り出した。
強化された脚力と長いストライドに物言わせて、ぐんぐんと加速する。健太は砂の上を滑るように猛スピードで後退しているが、距離をあっという間に詰めて追いついた。
「止まって見えるぜ!」
健太の横に、つま先を外側を向けて軸足を置く。思い切り腰を回して加速させたハイキック。
「エインザーム!」
健太が腕を振り上げながら叫んだ。
吹き上げた砂が四方を覆う。足先が砂に呑まれたのを認識した直後、視界が闇に包まれ思わず目を閉じた。皮膚が露出している腕と顔から、ざらざらした砂の感触が伝わってくる。
再び光が戻った時、俺は背中から地面に打ち付けられていた。
どうやら砂に巻き込まれて飛ばされたようだ。上半身を起こしたところ、天井まで続く砂の高嶺が崩れ落ちているところが見えた。
砂の中から無傷の健太が姿を現す。ゆっくりと人差し指を立ててこちらに向けた。
「――アペルトゥス」
地面が弾ける。ショットガンのように無数の砂の塊が飛び出し、扇状に飛散し向かってくる。
後転して立ち上がり、大きく後方に跳ぶ。先程まで自分が転がっていた地面につぶてが降り注いでいた。
健太がこちらを指差し、間髪いれずに第二射を放ってくる。
砂とはいえ、このように固まったものをくらったら打ち身では済まないだろう。横にかわしながら健太を中心に弧を描いて走り、反対側に周りこむ。
第三射が放たれる前に僅かな隙ができる。屈んで両手を地面につけ、クラウチングスタートのように腰を上げ後ろ足を踏ん張った。
砂の塊が、まるで鉛の雨のように降り注ぎ、地面を貫き土煙を上げる。俺は貫かれる一足前に、斜め前方に跳び上がっていた。
健太が見上げ目で追う先で、弧を描きながら前方に体を翻す。
「ヘルダイバー!!」
前宙の反動を利用して踵を振り下ろす。絶対防御の右足が、音の壁を破り唸りを上げる。
健太は射撃を止め、急いで手を掲げた。
「くっ、エインザーム!」
再び砂が彼を囲んで急な斜面の山のように噴き上げる。
「届けぇぇぇ!」
俺の叫んだ声は、体と共に砂の壁の中に消えた。
目を閉じているので何も見えない。ただでさえも少ない方向感覚が薄れ、どちらが上でどちらが下なのかすらも見失う。
噴き付ける砂によって、振り下ろす踵の威力が急激に削がれていくのが分かる。しかし健太に当たると信じて、この右足を最後まで振り切ることしかできない。目を閉じている状態で唯一見える、自分のまぶたが徐々に明るくなってきたのを感じた。
砂の山が崩れ去った。
健太の高く掲げられた腕と首の間に、俺の右の踵が食い込んでいる。肩から踵を抜いて地面に下り立つ。健太はその場に崩れ落ちた。
「っ……!」
健太が片目を閉じ、肩を押さえて呻く。踵は当たりこそしたが、だいぶ威力を削がれており致命打には至らなかった。
「降伏しろ、健太。ついでに龍之介を呼んできてくれ」
構えていた脚を戻して話しかける。
「お前が龍之介に敵うとでも? 俺も一度戦ったが、あいつは格どころか戦いの次元が違うぞ」
「全部の属性を使えるんだっけか? 面白いじゃないか、カラクリを暴いてやるぜ」
夢オチか、幻覚か。そんなゲームバランスを崩すような能力が存在するはずがない。笑い飛ばす。
健太は何がおかしいのか笑みを浮かべている。肩に手を当てたまま立ち上がった。
「――全ての属性? 違うな。あいつの能力は、『全 て の 能 力を使う権限』だ」
「全ての能力だって……?」
「さて、無駄話はこれくらいにしておこうか」
健太が肩から手を離し、背筋を伸ばす。
「止めとけ、お前の能力のことは分かった。……自分から半径3m以内にある砂の粒子を加速させることだろ? 弾と壁で威力に差があるのは、砂の量に応じて加速度が変わるからだ」
「……それで?」
「つまりお前の弱点は、攻撃と防御を同時に行うことができないこと」
健太の口元がぴくりと動いたのを見逃さなかった。予測が確信に変わる。
「なるほど、歴戦を乗り越えてきただけのことはあるな。――それなら使ってやろう、龍之介に傷を負わしたこの技を」
健太が手の平を地面に向ける。
「攻撃と防御が同時にできないと言ったな? ……これが答えだ、準貴」
健太の周囲に砂が巻き上がり、砂塵の竜巻を形成した。すぐに球状に収束し、高密度のつぶてが猛スピードで渦巻き始める。
「――フラゴール!!」
準貴の戦っている部屋の先、常盤さくらをトップとするニダヴェリルの拠点は静寂に包まれていた。
涼子と美琴は互いに中段に構え、摺り足で横に移動しながら互いの隙を窺っている。その様相は、四月の準決勝の焼き直しのようだった。違うとすれば、二人の手の中にあるのが真剣であり、相手の攻撃を防ぐ防具が一切存在しないということだろうか。『有効』、『技あり』、そのような概念はここには存在しない。刃を受けることは『一本』であり、死でもある。
「はっ!」
美琴が沈黙を破り、間合いに踏み込んできた。
「っ!」
白銀の光が翻り迫る。速いにも関わらず正確に定まった剣筋、あの時よりもさらに腕が上がっている。
頭上に振り下ろされる刀を刀身の中央で受け止め、体をねじって受け流す。間髪いれずに胴を薙ぐが、空を切った。既に美琴は後退し、息を整えながら隙を窺っている。
柄を握りなおす。拮抗した実力でしか味わえないこの緊迫感、美琴の言うとおり準決勝の試合を思い出す。
上段に構えながら間合いに踏み込む。上体に意識が移ったのを見届け、素早く刀を反して胴を薙ぐ。しかし刀身がぶつかり合い、激しい金属音を立てた。
そう、あの時も勝利を確信した一撃を防がれ、唖然とした。あちらも同じことを考えていたらしく、物見の奥で苦笑いしていた彼女の顔が印象的だった。
隙をつくらせようと、間合いを保ったまま横に足を送る。彼女が隙なんて見せるはずもないのに。
試合時間が刻々と過ぎていく。勝負がつかないことを焦り、この時間が終わるのを残念に思い、柄を握る手に自然と力が篭る。
美琴の打ってきた面を鍔元で受け、力で押し込む。チャンスを逃さず刀を振り上げた。
面金に当たり砕ける竹刀。スローモーションで飛散する竹の破片が、美琴の瞼に突き刺さっていく様を、どうすることもできずに眺めている。
私は刀の軌道を変え、袈裟に振り下ろしていた。
竹の破片――? 今手にあるのは真剣のはず。目の前には、両目を見開いた美琴の姿がある。
「そんな調子で、本当に剣道を再開するつもり?」
美琴が刀を入れ込み、弾く。体勢を崩したところに連撃を浴びせてくる。
「がっかりしたわ、涼子。この数日で変わったように思っていたけれど、ほんの上っ面だけだったみたいね」
「うっ……」
小手を防ぎ、面を狙った一振りをそらす。彼女らしくない強引な攻撃を、なんとか受けきった。
会場が騒然となり、スタッフが試合場に踏み込んでくる。そこで記憶は止まっている。……フラッシュバック。しばらく忘れていた感覚に、意識が降下していく。荒れた呼吸が五月蝿い。
ぼやけている視界の中に迫る光を捉える。なんとか喉元に突き出された剣先をかわした。
「――止めなさい」
「……え?」
美琴の声を聞き、ぎりぎりのところで自分を引き留めた。
「そんな中途半端な気持ちで再開しようと思っているなら、剣道なんて止めなさい。あなたのことを見守ってくれている人たちに迷惑をかけるだけだわ」
試合の途中でこんな失態を見せたらどうなる? ずっと支えてくれた美琴、画策してくれた祐太、仲間として迎え入れてくれた二人、応援してくれている両親、皆に心配をかける。
美琴の言うとおり、私は変われていないのだろうか。また一人で過去の記憶に脅えていなければならないのだろうか。
「私は――」
言葉の途中で、美琴が間合いに踏み込み刃を振り下ろしてきた。鍔元で受け止め、互いを押し合いながら火花を散らして激しく鍔迫り合いする。
「私は、中途半端な気持ちなんかじゃない!!」
――愚問だろう。自分は変わるものではなく、変えるもの。
腕を勢いよくはねて柄を押し、美琴を押し下げる。直刃と皆焼の刀身が離れたが、素早く足を送り再び射程におさめる。上がったままの腕の下を縫い、胴を左から薙ぐ。美琴が左手を柄から離し、刀を回しながら受けた。
「やればできるじゃない」
美琴が苦笑いを浮かべて言った。
刀が逆に回され火花を散らす。切先を下に向けた鍔迫り合いの形になった。お互い下に振り切りながら後方に下がって距離をとる。
美琴が小手を狙い、中段から切先を振ってくる。それを鎬で弾き落とし、素早く刀を上段に構えた。
腕が震え、切っ先が振れる。そこら中から汗が吹き出す。全身があらゆる生理機能を総動員して、それを拒否している。
この町に来たことが、彼らとの出会いが無意味だったなんて、そんなのは嫌だ。私は私を変える、だからもうその一振りを迷わない。
美琴の懐に力強く踏み込む。下方に振り切られた刀が反される前に、真っすぐ振り下ろした。
「……お見事」
美琴が肩の力を抜いて微笑んだ。
――直刃の切先は、美琴の額と紙一重のところでぴたりと止まっていた。
「美琴、ありがとう」
礼の言葉を述べながら、刀を下げ血振りをして収めた。
「何? お礼を言われるようなことしてないわよ。それって敗者に対するいじめ?」
「――もう私、大丈夫みたい」
美琴には、しきれないくらい感謝している。人生を変えてしまった人間を気遣い、支えてくれたおかしな人。
彼女にどう接していいのか分からなかった。傷つけたのは私なのに、びくびくしてむしろ私が傷口みたいになっていた。順番が逆になってしまったが、私の傷が癒えた今、これからは私が彼女の傍にいて支えてあげたい。
「そう……、感謝しないとね、斉藤君にも二人にも」
「精一杯これで返すつもり」
鯉口を切り刀を鳴らす。
「……それで、アップステアーズの戦いはどうするの?」
終わったのは個人的な、ずっと中止していた試合の続きに過ぎない。続いてエターナルリカーランスとユグドラシルの戦いが始まるのだろう。
「私はパス、久しぶりにいい運動したわ。――綾音、そのつもりで来たんでしょう?」
先の部屋に続くドアを振り向いた彼女の視線の先を追う。そこにはツイストパーマのかかった長い黒髪が特徴の、黒江綾音が寄りかかって立っていた。
「譲ってくれるの? 気が利くわね〜」
あの部屋には祐太が向かったはず。PTが解散していないからには無事だと思うが、どうなっているのだろうか。
「そっちには祐太が行ったはずだけど?」
「そうだった? 全然見えなかったわ。――ということは、さくらちゃんのいる部屋に辿り着いちゃった訳ね」
綾音が口元を吊り上げて笑い、美琴もつられるように笑い始めた。どうやら二人は初めから祐太をさくらの元に通すつもりだったらしい。
「どうして二人を合わせてくれたの?」
「さくらちゃんは私達にとっても仲間なのよ? ……私達じゃあ彼女を笑わせてあげられないから。じゃあね、涼子。生きてたら、またやりましょう」
美琴が手をひらひらさせて、綾音と入れ替わるようにして扉をくぐっていった。
「榊に代わりまして〜、代打黒江――」
両手を腰にあて上半身を傾けた綾音が歩いてくる。上下の迷彩服を着ていて、腰の後ろからナイフと思われる黒いプラスチックの柄が飛び出している。
鞘から素早く刀を抜き、中段に構えた。
「転校生さんとは、あんまり話をしたことが無かったわよね? あたしは黒江綾音、趣味は年下の男の子を苛めること。ニヴルヘイムの頭よ、よろしく」
「わ、私は氷室涼子。趣味はクス――じゃなくて剣道。こちらこそよろしく」
倉庫の端に位置する、いかにも余ったスペースに配置された薄暗く小さな部屋。そこでは男女が寄り添いコンクリートの塊に腰かけていた。
「なぁ、さくら。実はもう一つ大切な話があるんだ――」
沈黙を破って口を開く。さくらの涙も止まり、俺達は余韻でも味わうかのように壁を見つめていた。
「何?」
さくらが無邪気にこちらを振り向いてくる。喉元まで出かかっていた言葉が再び肺の中に戻った。
先程の雰囲気なら緊張しないで言えていただろうに、タイミングを間違えてしまったようだ。
「さくらが家に来た夜、話した後のことが心配になって言えなかった」
再び言葉を喉まで押し上げる。
「あの時は誤魔化してしまったけど、俺、本当はお前のことが――」
恥ずかしさのあまり、このまま走って逃げ出したい衝動に駆られる。あの夜のさくらも同じ思いでいたのかと思うと、申し訳ない気持ちになる。
さくらは身を乗り出して言葉の続きを待っていた。
「お前のことが――」
一番大切な二文字が言い出せずに言い直す。身を乗り出していたさくらがバランスを崩している。
……ならば、切り口を変えてみるだけだ。
「――牛丼――大好き」
彼女の言葉を借りることで、ようやくできた告白。どっと肩の力が抜ける。
恐る恐る横に座る彼女の顔を見た。しかし当のさくらは明らかに不機嫌そうな顔をしている。
「日本語で言って」
とうとう彼女のきつく閉じられていた口が開いた。
ずいぶんと無茶な要求を言ってくれる。婉曲表現ですら、穴と言う穴から火が噴き出るほどの恥ずかしさだ。言葉に出せば、エントロピーが云々ではないが、今度こそ頭が融解を始める。
――まぁ立場上、無理だと口に出せないところが辛いところだ。
「ア……、アイ ロベ ユー」
「台無し」
なかなか手厳しい。
「俺、本当はお前のことが――」
一度口を閉じ、さくらの瞳をしっかりと見据えて両拳を握った。
ほんの数日前に気付けた自分の真意。伝えられずに苦しんだこの気持ち。彼女の憂慮を取り除くことができた今なら言える。
恥ずかしい? 言えずに苦しんだ言葉を発するのに、どうして及び腰になる必要があるだろうか。
唇を舐めて湿らし、大きく息を吸い込んだ。
「――好きだ」
息を吐き出すのと一緒に囁いた。
とうとう言い切った。言う前に異変をきたしていた体も落ち着き、今は意外にも落ち着き澄んだ気持ちだった。
「へ、へぇ〜、そうなんだ……?」
さくらが口を押さえ、ロボットの効果音を付けられそうな不自然な挙動で壁を見る。
「どうして、こんなあたしを好きになってくれたの? 可愛くないし、ワガママだし……」
自分を貶す度に、赤茶色の頭がうなだれていく。
「さくらは可愛いぞ」
「へ?」
口から手を離し、潤んだ瞳をこちらに向けてくる。
「ワガママっていうけれど、その奔放な明るさに俺は何度も救われた」
「で、でも――、貧乏だし、ケチだし……」
「むしろ家事がしっかりできるっていう長所だろ。準貴に笑われるかもしれないけど、俺、家庭的な女の子が好きなんだ」
準貴の好みは、『長い黒髪、Bカップ〜Cカップ、普段は距離を置こうとしているのに二人きりになるとデレる……』から始まり、原稿用紙三枚分に渡っている。何度も聞かされているうちに覚えてしまった。
さくらが腹をよじって笑い出した。
「わ、笑うなよ。……本気だぞ」
「――返事、後でもいいかな?」
笑いが止まった後で彼女はそう言った。目の端に涙を浮かべていた。
「それは構わないけど……」
「散々あたしを焦らした罰だよ。あー、なんか一人になりたい気分だなぁ。――さぁ、出てった出てった」
さくらに背中を押され、隣の部屋に追い出された。扉がゆっくりと閉まっていく。
「励ましてくれてありがとう」
扉が完全に閉まる直前、彼女の囁く声が聞こえた。
大きく深呼吸してから、後ろを振り返る。そこは天井が何箇所か抜け落ち、光が安っぽいスポットライトみたいに差し込んでいる部屋だった。
その中央に男はいた。
「龍之介……」
こちらに背を向け立っていたのは龍之介だった。金の長髪が光で白く反射し、後光でも出ているかのよう。振り向く様も物憂げで、カリスマを漲らせている。
「さくらとの話はついたか?」
無言のまま扉の前で突っ立っていると、あちらから話しかけてきた。
「あぁ。もしかして待っていてくれたのか?」
龍之介は口を開かない。代わりに、チキリと金属音で返事をした。彼の手の中には、いつの間にか鋼の片手剣が握られている。
「待った、もうお前らと戦う気はないんだ!」
さくらと仲直りもできた。後はユグドラシルが優勝してくれれば、全てが丸く収まる。もう彼らと戦う理由は無い。
「そちらに意思が無くても、こちらにはあるんだ。外の戦いも終わった、あとはお前らを倒せば奴らの尻尾が掴める……」
龍之介は何を言っているのだろうか。奴らとは誰のことを言っているのだろうか。
「そういえばお前も嗅ぎ回っていたようだな、このゲーム製作者のことを――」
「製作者だって?!」
どうやらこの男は製作者の手がかりを知っているようだ。薫は田中翔太だと言っていた。彼も同じことを、あり得ないことをぬかすのだろうか。
「そうだな、お前にも試してやろう。この世界が創られた理由を知る権利があるかどうかを」
龍之介が半身で立ち、前の手で片手剣を構える。
仮想世界が創られた理由――。知りたい。憎しみを生み出すために稼動しているようでありながら、どこか優しさを感じるこの世界のことを。
氷の大剣を右手の中に凝結させ、左手を添えて刃先を正面に向けた。
「それが噂に聞く、水の相転移を操る能力か」
「お前の能力のことも噂に聞いているぞ。木火土金水風雷光闇すべての属性を使えるんだってな」
「誰からの噂かは知らないが、いささか不正確な情報だな」
突如龍之介の姿が渦を描いて掻き消えた。
「っ?!」
右腕を掴まれ、ひねり上げられた。いつの間にか龍之介が真横に立っている。
「――属性だけではない。全ての能力に訂正してもらおう」
今のはおそらく、薫のバックアップ能力。本当に全ての能力を使えるのだとしたら、とても勝機などない。
フェンシングのように突き出してきた片手剣を体を傾けてかわし、氷の大剣を左手だけで支え逆袈裟に切り上げた。
確かに胴を狙い斬ったのだが、手ごたえはない。龍之介の体に傷も無い。
ふと気付くと、掴まれていたはずの右腕が自由に動くようになっていた。
「どこを見ている?」
再び目の前の龍之介の姿が掻き消え、後方から声が聞こえてきた。
急いで振り返ったところ、丁度片手剣が突き出されてくるところだった。氷の大剣の側面を向け、盾代わりにして防ぐ。
薫の能力の弱点は、位置だけでなく姿勢まで記憶してしまうため、転移後すぐに攻撃できないこと。しかし今の一撃といい、腕を掴まれた事といい、明らかに龍之介は転移直後から行動を開始している。
龍之介の刺突が続く。大剣でなんとか防いでいるが、じりじりと押されていた。すぐ後方に壁が迫っている。
龍之介は突きを止め、片手剣を横に薙いだ。振れるにつれて刀身が細く長くなり、しゃがんだ俺の頭上の壁を横一文字に切り裂いた。
「っ……!」
屈んだまま走り距離をとる。龍之介の右手の中にある片手剣は元の長さに戻っていた。
どうやら彼は本当に複数の能力を使えるようだ。しかも自分の知らない能力がいくつか混じっているらしい。初めて見る能力の弱点を探るのに今までどれだけ苦労してきたと思っているのかと、行き詰まりを感じながらも、攻撃に備えて剣の柄を握りなおした。