0801:八日目(A)
あれは、面沢高校の入学試験まで二週間をきったある日のことだった。
getConnection( 17, 常盤さくら)
世間では追い込みが始まっている頃合。しかし祐太の部屋に集まり円い机を囲んでいる三人組は、相変わらず緊張感無く弛緩していた。
面沢高校は踏鞴坂市周辺で唯一の公立高校ということもあり、滅多に落とされる者はいない。そんな訳で、今日も勉強会という名目の座談会が執り行われている。
「今日も皆で勉強頑張ってるの? 偉いわね、そんな三人には差し入れをあげちゃう!」
祐太のお母さんが上機嫌で皿を並べている。
折り重ねられたお洒落な銀紙の中で、溢れんばかり豪勢に重ねられているアイボリーホワイトのとろけそうなクリーム。黄金の栗は神々に捧げられた宝物のごとく中央に鎮座ましまし、上から粉雪のような砂糖が上品に散らしてある。多分今私の目は、トラペゾヘドロンよりも輝いている。
三人は黙ってペンを動かしていたが、彼女が部屋を出たのと同時に、再びお喋りを始めた。
「おぉすごいよモンブランだよ。フランス語で白い山って意味だけどどう見ても茶色いよねどうでもいいよね」
ケーキを食べるのは久しぶりだ、テンションが上がる。
「お前、嗜好品は嫌いなんじゃなかったのか?」
準貴が尋ねてくる。彼のフォークは真っ先に栗に突き刺さっている。
「自分でお金を出して嗜むのが嫌いなの。いいないいな、あたし祐太の家の子になろうかなー」
「優しいのはお前らがいる時だけだぞ。普段は『勉強しろ』としか言わないからな」
祐太はクリームのついた横から攻めていた。
「うちも似たようなもんだ」
同意したのは準貴。私はというと、そんなことはなかった。うちは勉強に関してはわりと自由だ。とはいえ高校の授業料が貯まったので、今はバイトをやめて遅くまで勉強している。
「準貴の家はお父さんがかっこいいのが魅力的だけど、部屋がアレだからなぁ……」
モンブランを睨んで、どこから手をつけようか悩んでいたが、とうとうクリームにフォークを突き立てた。
「アレってどういうことだ?」
「視線が気になる」
準貴の部屋にはアニメのキャラクターのフィギュアやらポスターやらが所狭しと並んでいる。あの数百の視線を受けながら生活できる神経が理解できない。
「祐太の部屋にもポスター貼ろうぜ」
「嫌だって!」
「そうそう、憩いの場を侵食しないでよね」
三人ともケーキを食べ終わり、一応しばらくの間勉強に取り組む。
「そこ、綴り違う」
私は祐太に英語を教えていた。他は普通に出来るくせに、この教科だけはからかっているんじゃないかと思わせるくらい重症だ。
「え? アンサーだから、エー、エヌ、エス、エー、アール」
広告の裏に、ansarという意味不明な単語が書き込まれた。
「確かに読めなくもないけど、エー、エヌ、エス、ダブリュー、イー、アール」
正しい綴りをその下に書いてやる。
「いやいや、それだとアンスウェルだろ」
「ダブリューは読まないの」
「アァンセェル」
祐太が真面目な顔をして、ちょっと外国人っぽい発音で言った。
「……はぁ」
頭が痛くなった。目頭を押さえる。
「――なぁ、お前ら将来どうするんだ?」
黙って問題集をしていた準貴が口を開いた。
「将来か。面沢高校入って、大学行って、会社に行くんだろうな」
「その中身だよ。どこの大学とか会社とか」
「……う〜ん、考えたことがなかった」
祐太は無趣味のようだったし、そんな気がしていた。
「俺は造形大学にでも行って、アニメーション関係の仕事を目指そうと思う」
「予想通りというか、準貴らしいな」
「うんうん」
「さくらは?」
準貴がペンを置いて尋ねてくる。
「あたしは――保育士かな」
返事をし終えると、二人揃って目を丸くして私の顔を見つめてきた。やはり私には合っていないのだろうか。結構本気だったのだが。
「「――似合いすぎる!」」
口を揃えて叫び、親指を立てて拳を突き出してきた。
「そ、そう? ありがと」
「保育士って大卒必要だろ。大丈夫なのか?」
大丈夫というのは、資金面での話だろう。確かにうちの家計に、大学の授業料を納めるだけの余裕はない。
「奨学金制度があるし、多分大丈夫」
「みんな将来の目標を持ってるんだな……」
祐太が沈んだ顔をしている。
「高校入ってから考えても遅くないと思うよ」
「英語使うのはやめとけ」
会話が止まったので、また勉強に戻る。
祐太の問題集の単語の上には小さい字で日本語がびっしりと書き込まれており、一生懸命辞書を引いていたことをうかがわせる。頑張っているのが分かるだけに切なくなる。出来る限り手伝ってあげようと思った。
「俺、そろそろ帰るわ」
問題集を終わらせた準貴が席を立つ。
「あぁ、お疲れ」
「ばいばい」
「さくらも帰ったらどうだ? そうずっと教えてもらうのも悪いし……」
準貴を見送り、英語の問題集を再開した祐太が言った。
「もう少しだけね。モンブランのカロリーの分だけ」
「そっか、ありがとう」
いつの間にか日が落ちて、窓から差し込む光がオレンジ色になっていた。
確か祐太が私達の仲間になったのも、こんな夕暮れ時だった。あの時は気まぐれで話しかけたようなものだったが、こんなに深い仲になるとは意外だった。きっときっかけは、あの松茸狩りだろう。あれから本当の親友だと思い始めた気がする。
「陽菜ちゃんも面沢高校を狙ってるんだってね」
「なんで陽菜? 陸も奈菜もそうだろ」
「だって祐太、陽菜ちゃんと仲いいじゃない?」
祐太は私達がいない時は、陽菜と一緒にいることが多い。
「いい眼科紹介しようか?」
「視力1.5あるから。……付き合えばいいのに」
二人が一緒にいるところを見るとやきもきする。いっそ付き合ってくれた方がすっきりするというものだ。
「あいつはライバルみたいなもんだよ。さくらこそ、二年のときに告白されてただろ? あの先輩、結構いい人に見えたけどな」
「恋人よりも家族の方が大切だから。……もし、あたしの家の事情を知って、あたしがデートより妹達の世話を優先するって知って、それでも傍にいてくれる人がいるなら付き合ってもいいかな――」
うちの家計のことを知れば、みんな男は関わろうとしないだろう。恋人のことより家族のことを優先する女だと知れば、みんな男は逃げ出すだろう。――そんな厄介な女だと知った後でも一緒にいてくれる人がいるのなら、きっとその人が運命の人なんだろうと思う。
「……我ながら贅沢だね。そんな変人、いるなら会ってみたいもんだよ」
「そうか。お互い春は来ないみたいだな」
「だね」
机に肘をついて問題集に向かっている祐太の横顔を見る。夕日でオレンジ色に染まった顔は、以前のぷっくらした幼い顔から一変して、男らしい顔つきになっていた。
ふと、気が付いてしまった。
家の事情を知ってくれている人。妹の世話を優先すると知ってくれている人。それでも懲りずに傍にいつづけてくれている人。
どうやら変人は案外近くにいたみたいだ。
End
つい先刻ベッドにもぐりこんだなんて、こちらの事情などお構いなしに、目覚まし時計の電子音が無神経に鳴り続いている。掛け布団を蹴飛ばして起き上がり、スイッチを叩いて止めた。
今日は月曜日、また学校が始まる。
思えば長い一週間だった。アップステアーズでの時間を合わせれば二週間過ごしたようなもので、そう感じるのも無理もないと思う。
「はぁ……」
着替えをしながら、ため息をついた。
さくらは先に学校に行っただろうし、準貴は脚の怪我で入院中だ。一人で学校に行くのは久しぶりかもしれない。週初めはいつも気が重くなるが、今日は尚更。ずっと布団をかぶっていたい衝動に駆られる。
準貴の見舞いには何を持っていこうか。暗いことを考えないようにして、顔を洗いに向かった。
いつものように両親と朝食を食べる。
「今朝は準貴君迎えに来てくれないの? 寝起きが悪いから、愛想を尽かされたんじゃない?」
「準貴なら入院してる」
「え、どうして?!」
昨晩の出来事をそのまま説明するわけにもいかないだろう。適当に説得して学校に行く準備を始めた。準貴は医者に何といって説明していたのだろうか。
登校準備を終え、鞄を担いで玄関に向かう。と、チャイムが鳴った。急いで靴をつっかけて、ドアノブを回す。
「はい、どちら様――」
ドアを半分ほど開くと、長いものを担いだパイナップル頭の少女が見えた。思考を整理すべくドアを閉めようとする。
「折角迎えに来たのに、閉めないでくれる?」
ドアの隙間から入り込んできた手に止められた。涼子がその手で無理やりドアをこじ開ける。
「……おはよう」
「おはよう」
「なんで氷室がここに?」
「二人がいなくて、寂しがっているんじゃないかと思ってね」
「あら、氷室さん?」
廊下から母親の声がした。
「おはようございます、おば様」
「おはよう――、わざわざうちの馬鹿息子を迎えに来てくれたの?」
「祐太君には日頃からお世話になっていますので……。そういう訳で、お借りしていきますね」
涼子に手を引かれ、マンションの廊下を引きずられていった。
二人並んで南たたら駅に向かう。
「気を遣ってもらったみたいで、どうもありがとう」
「どういたしまして」
「その背中に担いでるのって――」
「竹刀のこと? 物騒な御時勢だから、護身用」
昨日の様子からして、確かに竹刀を持った涼子に敵う物騒な人はいないだろう。
「まぁ、剣道を再開するのはもう少し後になりそうだけどね」
「……それじゃ紅宮に戻るのか?」
涼子が引っ越してきたのは、生きる目的を見失った彼女が美琴の世話をする為だった。剣道という目的を取り戻した彼女は、もとの学校に戻るのではないだろうか?
「祐太は戻って欲しいわけ?」
彼女は不機嫌そうに言い捨て、歩くペースを速めた。
「いや、そういう意味で言ったんじゃないけど」
小走りして追いかける。
「そう」
彼女の表情とペースが戻る。
「……ん? 俺のこと名前で呼んだか?」
いつも苗字で呼ばれていたと思うが、いつの間にか下の名前で呼ばれていた。
「その方が短いし」
「なるほど」
「私のことも、名前で呼んでもらって構わないから」
「その方が長くないか?」
ただのしかばねのようにへんじがない。有無を言わさないということだろう。
「さっきから何探してるんだ?」
涼子は家を出てからちょくちょく辺りを見回している。
「……昨日の物騒な人がいないかと思ってね」
「敦か――」
言われてみれば、昨日襲われたからといって今日襲われない道理はない。それでようやくピンと来た。
「それで竹刀を持って迎えに来てくれたのか?」
肯定のようで、返事はない。
頼もしすぎるボディーガードではないか。向かいから来るランドセルを背負った子供達も、スーツを着た七三分けの男も、おびえた表情をして俺達を大きく避けていく。
「重ね重ねありがとう」
「重ね重ねどういたしまして」
涼子と話をしながら新鮮な気持ちで通学路を歩くこととなった。
いつにも増して眉間にシワを寄せた担任が黒板の前に立つ。ホームルームが始まった。
窓際で一番前、敦の机を見る。席の主は、また学校に来ていない。
昨日あったことは、真犯人探しを手伝ってくれていた連中にしか話していない。美月が早速彼の家に電話をかけたが、出た母親は『どこにいるか分からない』なんて平然と答えたらしい。どうやら複雑な家庭の事情があるようだ。
「先日、長谷川、杉浦、中曽根がそれぞれ深夜出歩いているところを襲われて怪我をした」
既に知っていたようで、クラスメイト達は驚いた様子もなく聞いている。
「本来ならクラス閉鎖もありえたが、受験生がいることに気を遣っていただき、たたら南地区で多数の警官に巡回してもらえることになった。だがまぁ、注意は怠らないように。放課後は真っ直ぐ帰る、戸締りをしっかりする、それから深夜に出歩いたりしないこと」
一切ゲームのことには触れない。口外したクラスメイトはいなかったようだ。それだけ3000万円の効果が大きいのだろうか。
担任は二、三連絡事項を伝えて、駆け足で教室を出て行った。
「祐太……」
久しぶりに聞くさくらの声。後ろを振り向く。
「本当に大丈夫なの? どこも痛くない?」
「準貴なら大丈夫って言ってたぞ。学校終わったらお見舞いに行かないか?」
誰も座っていない準貴の席をちらりと見る。
「準貴も心配だけど、祐太は?」
「無傷だよ。涼子が助けてくれたから」
「そっか、涼子ちゃんが……」
伏せた瞳に寂しげな光が浮かんだように感じた。
「準貴のお見舞い行くだろ?」
「時間が合わないと思うから、先行ってて」
「……分かった」
それっきりさくらは、口をかたく閉じて窓の外を見ていた。
放課後になるや否や、生徒達が慌しく移動を始めた。おそらくPTで集まって、事件について話し合うつもりなのだろう。
かく思う俺は、涼子と共に準貴のお見舞いに行くつもりだ。
「準備できたよ」
鞄と竹刀袋を担いだ涼子が、机を避けながらこちらに向かってきた。
「もう少し待っててもらってもいいか? プリントを持っていこうと思うんだけど……」
準貴の机の中を漁りながら返事をする。
男子の机の引き出しの中には、緑やオレンジ色のコッペパンや、中が黒くなったヨーグルトの容器などが入っているので、あまり手を入れたくない。牛乳臭い雑巾を、端を持って引きずり出しながらそんなことを考えていた。
ちなみに俺の机の中には、ビニール袋に入った揚げパンが封じられている。
「斉藤君、後輩が呼んでるわよ」
黒板を消していた七海が声をかけてきた。帰宅部の後輩なんていなかったと思うのだが。
「私が探しておくから行ってきな」
「やめておいた方がいいと思うけど……」
意気込んでいる涼子に警告らしきものを残し、七海に礼を言って廊下に向かった。
「斉藤さん……」
そこには、さくらの妹、えりかが制服姿で立っていた。
「えりかだったのか。教室に来るなんて珍しいな、さくらならいないぞ――」
教室の中を確認して言う。
「いえ、今日は斉藤さんと中曽根さんに話があって来たんです」
「準貴は入院してるからいないけど?」
「そうなんですか……」
えりかが困った顔を俯ける。何かよくないことがあったのだろうか。
「俺でよければ聞くけど」
「お願いします。姉さんのことなんですが……」
「さくらの?」
「はい。最近――、一週間前くらいから姉の様子がおかしくて」
さくらが泊まった夜のことが頭に浮かぶ。しかしあれは三日前のことで、変わったのが一週間前だとすると計算が合わない。
「イライラした様子で、ももに辛く当たることもあるんです。今までそんなことは一度も無かったんですが……」
えりかの目が潤む。どうやら彼女もさくらにひどい態度をとられたようだ。
「その、原因は分かっているんです――」
周囲に人がいないのを確認して、言いづらそうに口を開いた。
「姉さん、高校を卒業したら進学するつもりだったんです」
「知ってる。保母さんになりたいんだってな」
高校入試前の勉強会のことが思い出される。
「はい。大学は奨学金を利用すると言っていて、その審査を前から出していたんです」
彼女がユグドラシルに属していた理由――。急に背筋が寒くなった。
「ですが、一ヶ月前に審査内容のはがきが届いて……。内容は、経済上の理由から貸与できないということでした」
「そんな――」
夢について語っているとき、彼女は目を輝かせていた。そのはがきによるショックは想像に容易くない。
一ヶ月。話を聞く機会は山ほどあった。気付けなかったことが悔やまれる。
「――話してくれてありがとう。さくらと話し合ってみる」
さくらの様子がおかしくなったのは、アップステアーズが始まった時期と重なる。ユグドラシルに入ったのは、おそらく賞金を手に入れるため。さくらはまだ夢を諦めていない、藁にもすがるつもりで足掻いている。
俺はさくらが、障害を解決してエターナルリカーランスに戻ってきてくれることを望んでいた。しかし彼女の目的が見えてきた今、何も手を出さないでいるのが一番なのではないかと思ってしまう。
「お願いします……」
えりかは何度も頭を下げて去っていった。
ユグドラシルと交戦することになった時、俺はどうすればいいのだろうか?
準貴達の入院している、たたら中央記念病院は踏鞴坂市で一番大きい病院である。三階建ての低い建物だが、蜘蛛の巣のように放射状に広がった棟に診療科が割り当てられた、不思議な造りをしている。今俺達の向かっている入院棟もその内の一つである。
部屋のプレートにクラスメイト三人の名前が書かれていることを確認して踏み入る。しかし各ベッドがカーテンで覆われていて、準貴がどこにいるのか分からない。
「――たいていは企画物なんだが、こいつは――」
涼子と顔を見合わせていると、カーテンの向こうから陸の声が聞こえてきた。続いて蓮の歓喜の声が上がる。二人はカーテンを締め切って、テレビで何かを鑑賞しているようだ。深くは触れないでおこう――
「ねぇ、彼らは何してるの?」
――と思ったが、空気を読めずに尋ねてくる涼子。カーテンをめくられても困るので、陸の名誉ためにもなんとか誤魔化そうとする。
「えぇと、男のロマンとか夢とかそういう類の――」
「あぁ、エロね……」
彼女は目を細くし呆れた顔をして、吐き捨てるように言い放った。何だか負けた気分になった。
「エロいのは男の罪、それを許さないのは女の罪ィ――」
背後のカーテンの奥から、渋くて抑揚のきつい声が聞こえてきた。口調が気になるが、多分準貴だろう。カーテンを開ける。中では彼が足を包帯でぐるぐる巻きにして、ベッドに横になっていた。
涼子と共にベッドの脇に置いてあった椅子に腰掛ける。
「例のブツは持ってきてくれたか?」
「開口一番それか。病院にこんなもの必要ないと思うけどな……」
鞄から、エアキャップで厳重に梱包された袋を取り出した。中に見えるのは、年季の入ったノートパソコン。
「おぉ。こいつがないと落ち着かないんだよ」
準貴は早速エアキャップを千切って開封し、コンセントを繋いで電源を入れている。
「病室で使って大丈夫なの?」
「ちゃんと確認した。……いやぁ、ハードディスクの中身を偽装し忘れていたからな、気が気じゃなかった」
モニターにはアニメのキャラクターの壁紙が映っている。
「準貴に万一のことがあったら、ちゃんとフォーマットしておくよ」
「そうか、持つべきものは親友だな!」
HAHAHAと、紳士的に笑い合う。
「全然話の内容が理解できないんだけど」
涼子が眉間に皺を寄せている。そういえば彼女はパソコン関係の横文字が駄目だったか。
かく言う俺は、準貴に操作方法と一緒に教え込まれ、英語というよりもカタカナ同様に扱うことが出来るようになった。
「えーと、フォーマットというのは――」
パソコンを指差しながら一字一句を説明する。涼子は大人しく頷きながら聞いてくれていた。
「……お前ら、昨日あの後何かあったな?」
その様子を見ていた準貴が口を開く。
「あったぞ。涼子と敦が戦って――」
「いや、そのことじゃなくて。……ん? お前、涼子のこと名前で呼ぶようになったのか?」
きのうはおたのしみでしたね、とでも言いたいのだろうか。彼はニヤニヤして自分の顎を撫でている。
「準貴だって名前で呼んでただろ」
「俺は誰でも名前で呼ぶからな。いいんだいいんだ、退院したら祐太の部屋でじっくり聞かせてもらう」
「はぁ。――何か食べたいものとかあるか? リンゴ持ってきたけど」
「リンゴは午前中に食べ飽きた。みんな来る人来る人リンゴを持ってくるからな」
枕元の棚に載っているバスケットが親指で指される。
「そうか、ご愁傷様」
「ごめん、私もリンゴ持ってきた」
涼子が鞄からリンゴを三個取り出して、コレクションでもしているみたいにたくさん入っているバスケットに加えた。
「準貴君、お見舞いに来ました」
学校での出来事など取りとめもない話をしていると、カーテンの陰から真央が顔を出した。
「お、おぉ……」
準貴は顔を赤くして頭を掻いている。
「俺達そろそろ帰るよ」
「悪いな」
真央に会釈してベッドから離れる。
「何か食べたいものあります?」
真央は、たくさんリンゴが入った大きなバスケットを抱えていた。
「リ、リンゴタベタイ……」
これを機にリンゴ恐怖症にならなければいいが。
俺と涼子は、手を合わせゆっくりお辞儀をして、病室を後にした。