0702:七日目(B)
危なっかしい足取りで駅に向かう酔っ払い達を見送る。明日からまた仕事が始まるだろうに、こんな遅くまで飲んでいて大丈夫なのだろうか。
時刻は二十二時。すっかり陽が落ちたが、駅前にはまだちらほら人の姿がある。
俺は準貴と共に、たたら南の町並みを巡回していた。
商店街を抜け、家屋が立ち並ぶ道へと足を踏み入れる。所々電気の消えている民家も見受けられる。
「今日はお疲れ様」
「こちらこそ。手伝いに来てくれてありがとうな」
「疲れてるだろ、別に俺一人でも……」
走った後で疲れているだろうに、準貴はこうして俺の我侭に付き合ってくれていた。
「お前だけじゃ心配なんだよ。――だいたい手ぶらってなんだ、手ぶらって。相手は刃物を持ってるんだぞ? バールのようなもの、くらい用意しとけ」
バットを持って行こうか迷ったが、夜中にそんなものを振り回していたら、こちらが職質されかねないのでやめた。
「それを言うなら準貴だって」
「俺は通信空手をやってたことがあるからな」
――正直、それはあまり頼もしくないと思った。
「準貴は、どんな奴が犯人だと思ってる?」
「想像もつかないな。涼子でなければいいとは思うが」
「氷室じゃないよ。あいつは傷つけることの怖さを知っているから、絶対にそんなことはしない」
「……そうだな」
なぜか準貴は嬉しそうに微笑んでいた。
「もし本当に犯人に会ったら、お前は下がってろ」
「うん……」
弘樹グループはここより西側、美月グループはたたら中央を見回っている。今までの犯行現場はいずれもたたら南であり、陸が襲われた現場の近くにいる俺達が一番遭遇する可能性が高いと思われる。気を抜くことはできない。
たたら南中の正門前の道路に着いた。外壁沿いに立っている、この街灯の下で陸が襲われたという。辺りに人影は無いようだった。
「――いないみたいだな」
「今日は、この辺りを見回ってみよう」
「あぁ」
その後二時間ほど歩いたが、不審な人物の姿は見当たらなかった。体力的にも時間的にも限界に達しており、残念だが引き上げ時だと思う。
「俺たちもそろそろ――」
帰る提案をしようとしたところ、安っぽい電子音が鳴った。俺の携帯だ。
「誰だ?」
「巧みたいだ。犯人を見つけたのかな?」
画面には大塚巧という文字が表示されている。通話ボタンを押し、受話部を耳に当てた。緊張が走る。
『もしもし。祐太か? 今どこにいる?』
携帯から発せられる巧の声は、落ち着いているように聞こえた。
「たたら南中の近くだ。何かあったのか?」
『いや、その逆だ。何も無いから撤収しようと思う。美月達も、帰るって言ってたぞ』
「そうか。今日は付き合わせてごめんな」
『そんなつれないこと言うな。おやすみ、また明日!』
「おやすみ」
携帯電話を閉じる。本日の成果はゼロ。幸先のよくないスタートになった。
話の内容を伝えようと思って準貴を見たが、彼は難しい顔をして、来た道を睨んでいた。
(おい、祐太聞こえるか?)
小声で話しかけてくる。どうも様子がおかしい。
(何かあったのか?)
(――俺達つけられてる)
驚き後ろを振り返ろうとしたが、バツ印のジェスチャーをされ止められた。
(背の高い女みたいだが、顔までは見えなかった。……どうする、ここで迎え撃つか?)
とうとう犯人が姿を現した。再び緊張が走り、心臓が激しく脈打つ。
相手は刃物を持っている可能性が高い。人数ではこちらの方が多いとはいえ、取っ組み合いになったら危険だ。
幸運にもここからだと、母校であるたたら南中学校が近い。三年間通っていたという地の利を活かすとしよう。
(南中の外周を使って、後ろから回りこんで挟み撃ちにしよう)
(分かった)
追跡者に気付かないフリをして、たたら南中学校の前に戻る。ここが南を向いている正門で、他にも東西南北に位置する校門が、学校を囲うロの字型の道路に繋がっている。この道は外周といい、体育の授業で何度も走らされた嫌な思い出の場所である。
ズボンで手の汗を拭う。アップステアーズをやっていて、こういう緊張感には慣れたつもりでいたが、現実はどこかが違う。五感で表現できない何かがある。
(俺が回り込む。お前はじっとしてろよ?)
準貴が小声で言い残して、外壁の角を曲がっていった。彼の脚ならすぐに後ろに回りこめるだろう。
壁に寄りかかり、横目で追跡者の姿をちらりと確認する。確かに電柱の陰に誰かがいた。
あの人物が陸を傷つけたのだろうか。どんな理由であろうと認めることなんてできない。怒りが込み上げてくる。――今準貴が回り込んでいる、きっとすぐに捕まえられるはずだ。
準貴が走り去った方向から、足音が聞こえてきた。ゆっくり歩いて近づいてくる。
準貴が戻ってきたのだろうか。顔を上げて振り向く。
そこには意外なクラスメイトの姿があった。
「伊勢――」
辺りが暗く、俯いた顔はよく見えないが、おかっぱに眼鏡の二点セットの彼は伊勢敦で間違いないだろう。
なぜ彼がこんなところにいるのだろうか。そういえば、金曜日に学校を休んでいた。
「一昨日学校来てなかったよな。どうしたんだ?」
「こんな――偽りの世界で学ぶことなんて、何もない――」
敦の声は震えていた。
ゆっくりと彼の顔が上がる。目は血走り、顔色は青白くなっていた。
――油断していた。犯人は後ろの電柱に隠れている追跡者だと思っていた。それが思考を鈍らせた。
敦の両袖から、何かが飛び出している。街灯の光を反射して輝いたのは、30cmほどの刀身。
波打った諸刃の剣。陸の言葉が蘇る。
ゲームで見たことがある。あれはビチャハウ・バグナウとかいう、拳につける武器だ。虎の鉤爪を持ち、蠍の尾のように横に刃を持つ、殴って、抉って、斬るための凶器。
ここはアップステアーズの仮想世界内? いやいや、そんなことはない。ここは現実。何故現実でこんな状況に陥っているのか。
拳が突き出され、せり出した刃が振られている。寒いくらいに剥き出しになった感覚が、しなやかな筋肉の動きも、風を切る音も捉えている。しかし避けられない。体が動いてくれない。
「うおお!」
後ろから叫び声が聞こえたと思った次の瞬間、敦が吹き飛んで仰向けに転がった。
隣で準貴が荒い呼吸をしている。どうやら外周を走ってきて、そのまま跳び蹴りをお見舞いしたらしい。
「――犯人はあいつか、祐太?」
「え、た、多分」
敦がゆっくり起き上がる。武器は放さない。
「クッ――?!」
急に準貴が屈み、苦しそうな声を上げた。
「大丈夫か?!」
蹴った時に脚を切りつけられたらしく、太ももを押さえている。
敦がなぜ準貴を傷つける? クラスメイトを襲うなんて、一体どういうつもりなのか?
準貴が体を起こそうとするが、痛みに耐えられずにまた屈んでしまった。
敦が慎重に距離を詰めてくる。
怪我をした準貴をつれて逃げ切ることはできないだろう。俺が戦うしかない。震える両拳を構えた。
正面で構えている敦の姿はこなれていて、単なる喧嘩屋のものには見えない。絶望をひしひしと感じる。
「――下がってな」
誰かが俺達の横を、まるで風のように俊敏に通り抜けていった。
甘い匂いがした。
彼女がジャブを放つ。パイナップルみたいに後ろで結われた髪が揺れる。
不意打ちだったが、敦は冷静に正中線をずらして避けた。刃を斜めに振り上げ、彼女を後退させる。
「氷室?!」
俺達に背を向けて立っているのは、涼子だった。
「話は後。準貴をつれて逃げて!」
刃物に怯むことなく、拳を構えて牽制している。どういう訳か、電柱の陰に隠れていた追跡者は涼子だったようだ。
「――でも!」
「私なら間合いをとれる分、まともに戦える。足手まといだから逃げて」
涼子が背中を向けたまま言った。
足手まといという言葉は否定できない。彼女は刃物の前にも引けを取っていなかった。俺達がこの場に残ったところで、何も出来ないままに敦の絶好の的になり、迷惑をかけるだけだろう。今自分がこなすべきことは、一刻も早く警察に電話をして、準貴を病院に連れて行くこと。
「分かった、ごめん!」
準貴に肩を貸して歩き出した。背後からは、地面を踏む音や刃物が振られる音が聞こえていた。
学校近くの公園に入り、準貴をベンチに座らせた。ズボンの太もも部分が裂けており、黒く固まっていてとても痛々しく見える。
「痛むか?」
「いや、もう血も止まっているみたいだし大丈夫だ。お前の方がよっぽど苦しそうな顔をしてるぞ。……涼子のことが心配なんだろ?」
「そ、そうだけど、準貴のことも――」
図星を指され、しどろもどろに答える。
「ははっ、からかっている場合じゃないな。俺はここまで来れれば大丈夫だ。110番は俺がしとくから、あいつのところに行ってやれ」
「準貴……」
「お前じゃ俺ルートは攻略できねぇよ! 早くしろ!!」
準貴が叫ぶ。意を決して、踵を返して走り出した。
祐太の後ろ姿が見えなくなる。準貴は上機嫌で携帯電話を耳に当てていた。
「あぁ言ったものの、あんな奮起した顔を見せられたら、ちょっと妬けてしまうな。さて、涼子ルートはどうなることやら……」
準貴に肩を貸して歩いてきた道を戻っていく。こうして寝静まった住宅街を走っていると、ここにいる人間が自分達だけのような錯覚に陥る。
「氷室、無事でいてくれ――」
あの場に戻ったところで、無力な俺にできることがあるのだろうか。しかし今は無我夢中で走るしかない。そんなことは着いてから考えればいい。
ふと視界の端に、何か長いものを担いだ人間の姿を見た。
「あら、そんなに急いでどこに行くの?」
眼帯の少女は息を切らせた俺を見て、そう尋ねた。
ただの狂人だと思い、油断していた。
次々に繰り出される拳打と蹴り。腰の捻りに重ねて放たれるそれらは、速さだけでなく重い破壊力をもっている。
彼の動きは熟練された拳法のものだ。故に反撃する機会を得られずに、私はじりじりと後退させられている。
横一文字に振られたこの剣筋は、明らかに私の首を狙っている。しゃがんでかわし、ストレートを打ちこもうと拳を引く。
しかし敦は一回転して鋭い後ろ蹴りを放ってきた。拳を出せないまま後退する。
さらに厄介なことに、この男の刃には躊躇いが無い。
「あんた、自分が何をしているのか分かってる?」
声をかけるが返事はない。先程からずっとこうだ、彼はまるで魂がここにないように無心で戦い続けている。
祐太と準貴は無事病院に着いただろうか。
彼らが巡回を始めてから、私はずっと後ろをつけていた。どうやら途中でばれて、そのことが話をややこしくしてしまったようだが。
彼らが危ないことを言い出したのは自分のせいだと思った。だからいざという時守れるように後をつけた。
だが実際は、この様だ。一撃も入れることができないでいる。
クロスした波打つ剣が、両脇から迫る。大きく後方に跳んで避けるが、後ろ足の踵に硬いものが当たった。
壁だ、マズイ。
何とかして壁際から逃れようとするが、敦に逃がす気はないようで、壁と平行に移動して追いかけてきた。
「追い詰める方が性に合ってるんだけど……」
もはや王手を指されたようなものだ。なんとなく呟いてみる。
致命傷覚悟で特攻しようか。それすらこの男には届かないかもしれない。
――こんなことなら意地を張っていないで、押入れの中で埃をかぶっている袋を持って来ればよかった。
敦は容赦なく、じりじりと間合いを詰めてくる。
せめて噛み付いてから散ろうと、覚悟を決めた。重心を落とす。
跳び出そうと、足先に力を込めたその時、道の向こう――街灯の光が届かない闇の中から、何か長いものが回転しながら飛んできた。
「ッ!」
思わずそれを掴む。思ったよりも軽く、痛みは少なかった。視線を向ける。
――驚くことに、私の手の中に収まっているのは竹刀袋である。それが飛んできた方向には、息を切らせた祐太が立っていた。
「あんた、まだ――」
「追い詰める方が性に合ってるんだろ?」
考えている暇はない。今さら剣道はできない、なんて寝言を言っている余裕もない。
紐をほどき、流れるように袋から竹刀を抜き取る。右手の小指から味わうように柄を握りなおす。湿り気を帯びた日本的な香りも、ざらざらした人工皮の触感も、すべてが懐かしい。
身体に刷り込まれた記憶のままに、剣先を敦の顔に向け、左手を柄に添えた。
涼子が竹刀を中段に構えて敦と対峙している。気迫と静寂、相反したものを纏った彼女は、先程とはまるで雰囲気が違う。あんな冷たい目で睨まれたら足がすくむ。
敦もその変化に驚いているようで、気圧されて徐々に後ろに下がっていた。
「氷室……」
「大丈夫よ」
竹刀を預けた張本人が歩いてくる。
「本気になったあの子より強い奴なんて見たことがないもの」
「そんなに強かったのか?」
「そりゃもう、性質の悪い獣みたいだったわ――」
先に仕掛けたのは敦。左の刃が涼子の首を狙って弧を描く。中段に構えられていた竹刀に遮られ、先端をわずかに弾いた。
彼は勢いを止めずに一回転して、今度は前に出ている足を狙う。とんでもなく速い。もはや形を捉えられない刃が、二本の銀色の軌跡を描いている。
しかし涼子はまるで先読みでもしていたかのように、その雷撃のような一振りを一歩下がってかわした。おまけに右手だけで支えた竹刀の先で刃を往なしている。
普通ならバランスを崩して転がってしまいそうなものだが、彼は違った。さらに回転を増し威力を高めながら、立てた刃を心臓めがけて振り下ろす。竹刀の先に左手を添え横向きに構えて、涼子が下から受け止める。
竹刀ごと斬ろうと、剣に力を込める敦。しかし涼子は左手を柄に戻しながら受け流し、彼の内懐に踏み込んで手首を叩いた。住宅街に竹のぶつかる場違いな音が響く。
「くっ!」
敦が片方のビチャハウ・バグナウを落とす。涼子ははしゃぐ様子も無く、鮮やかに竹刀を納めた。
「すごい――」
華麗な剣技にすっかり見入っていた。美琴も腕を組んで頷きながら観戦している。
剣を持った彼女も凄いと思っていたが、竹刀を持った彼女は更に強いように見える。まぁ、ゲームでのドカンドカンに慣れているせいか、つつましい戦い方に違和感を覚えてしまっているのだが。
敦は叩かれた左手をぶら下げつつも、残った右の刃を構えた。まだ続けるつもりらしく、拳を真っすぐ振りぬきながら突進していく。
涼子は竹刀を腰に納めたまま、澄ました顔をしている。構えずに戦うつもりなのか。肝が冷える。
左足を擦らせて出しながら柄に手をかける。続いて、右足を踏み出すのと同時に、敦の体を右脇腹から斜めに斬り上げた。
――居合。本来竹刀でやるものではないと思われるが、それでも刃が付いていると錯覚するほどの鋭い軌跡を描いていた。
敦も流石で、直感的に体を捩ってダメージを軽減していた。勝利を確信し口の端を歪めて、反撃に移ろうとする。
しかし涼子は既に、振り上げたまま竹刀を返していた。勢いよく袈裟に切り下ろす。
竹刀の先が、敦の首元に沈む。容赦ない一撃を受け、彼は白目を剥いていた。
……あぁ、あの過激な戦い方。アレは涼子だ。
敦はまだ意識があるようで、前の足を踏ん張って体を支えている。
「仮想世界の分際で、僕の前に立ち塞がるな――!!」
意味不明なことを叫び、狂ったように刃物を振り回しながら走り去っていった。
追う余力は無い。住宅街の中に消えていくのを無言で見送った。
「怖い怖い。さっきのって、居合?」
「美琴、なんでここに?!」
戦いに集中していて、美琴がいたことに気付いていなかったようだ。涼子が慌てふためく。
「なんでもなにも、その竹刀私のなんだけどね。合戦の後みたいな見た目になってるけど」
切り傷だらけになった竹刀を指差している。
「ごめん。……美琴の、竹刀?」
何故美琴がこんな遅くに外にいて、しかも竹刀を持ち歩いていたのだろうか。
「――ちょっと言い出せなかったんだけどね、私最近また剣道始めたの」
「え?」
涼子は目を丸くして随分と驚いていた。
「近くの小さな剣道場に通ってるんだけど、その帰りに偶然斉藤君と会ったっていう訳。――ごめんね、もっと早く言い出せていれば、涼子も楽になれていたかもしれないのに……」
「大丈夫なの? その……、目の方は?」
彼女は泣き出しそうな顔をして美琴を見つめている。
「こんなの、眼鏡の人が剣道をしている程度のハンデよ。今まではその覚悟が無かっただけだったみたい」
眼帯を人差し指でつついて苦々しく笑う。
「良かった――、本当に良かった……」
とうとう涼子の頬を涙が伝わり落ちた。
「ごめんね。言い出せなくて本当にごめんね……」
「ごめんなさい。美琴、ごめんなさい……」
二人の少女は抱き合って、ひたすらお互いに謝っていた。
自転車にまたがった警察官が、交番へと戻っていくのを見送る。
敦が逃げ去り、しばらくしてから準貴の呼んだ警官が駆けつけた。女子生徒二人は話せる状態ではなかったので、俺が受け答えすることになったのだが、この状況を説明するのに苦労した。正直言って、自分でもよく分かっていないのだから。
犯人に心当たりはあるか尋ねられたが、敦の名前を出すことができなかった。彼は尋常でない錯乱状態にあった。なにか事情があったのかもしれない。
「じゃあ私も帰るわね」
美琴が竹刀袋を担いで言った。
「家まで送るよ」
「すぐ近くだから、気持ちだけ貰っておくわ。それより涼子を送ってあげなさいよ」
「それこそ、どっちが送ってもらっているのか分からないな」
「それもそうね」
からから笑った後、手をひらひらさせて闇の中に消えていった。
「――ありがとう」
涼子が泣き疲れた顔、されども爽やかな顔で言った。
「それは俺の台詞だ。助けてくれてありがとう」
「さっきのことだけじゃないわ。一人でいた私を気にかけてくれたことも、剣道をさせようと画策してくれたことも、庇ってくれたことも、みんなありがとう」
「――どういたしまして。好きでやってることだから、気にするな」
感謝される為にやっていたわけではない。言うならば自己満足だ。
「好きでやってること、ね……」
ぽつりと呟き、一歩分だけ歩み寄ってきた。間合いの内に入ったみたいで、落ち着けない気がする。
「私馬鹿だからさ、そういうことされると期待するよ?」
正面に立った涼子が言う。戦いの後のせいか、顔が火照っているように見えた。
「からかうなよ。――もう電車無いと思うけど、帰りはどうするんだ?」
彼女はしばらく目を伏せていたが、すぐに笑顔になって言葉を返してきた。
「またタクシー使うわ」
「そっか。じゃあ明日学校でな」
「えぇ。おやすみ、祐太……」
「おやすみ」
妙な違和感を感じながら、一人で住宅街を歩く。
携帯電話には準貴から、入院することになったという旨のメールが入っていた。後遺症は残らないと言われたようなので、一安心だ。
着信履歴には意外にも、さくらの名前が表示されていた。十分ごとに五件ほど入っている。おそらく準貴が知らせたのだろう。時間が遅いので、メールだけ送っておくことにした。
深夜にクラスメイトを襲っていた犯人は、同じクラスメイトだった。さらには本気で命を狙ってきたし、意味不明なことを叫んでいた。
この件にはきっとアップステアーズが関わっている。そして恐らくこれが、製作者の望んでいること。
田中翔太。もうクラスにいないはずの人物が、何故こんなことをするのだろう。
いじめを行っていたクラスへの復讐――。翔太の怨霊がクラスを崩壊させようと画策して、クラスメイト達を争わせている。
「――まさか、な」
そんなホラー映画みたいなことが起きるはずがない。家路を急いだ。