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IOException  作者: 175の佃煮
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0602:六日目(B)

 薫と睨みあいつつも、脇目で準貴の姿を確認する。あちらは大樹と話をしているようだ。上手い具合に二つに分断されてしまった。


「昨日学校に来たのは、今日の打ち合わせがあったからか?」


 最初の銃撃を行ってから、まったく戦う素振りを見せない薫に話しかける。

 準貴と大樹を戦わせるのが目的なので、自身は戦闘をする気がないのだろう。この際なので、コンピュータのプロにこのゲームのことを聞いてみたい。


「んー、そうだね。どっちにつこうか、ちょっと迷ってたのもあるけどね。どんな顔してるか見に行ったら、普通に学生してやんの」


「は? PTの所属の話か?」


「――いくらプログラマだからって、全く関わりのないゲームにハッキングなんてできると思う?」


「お前、まさかこのゲームの製作に……?!」


「ちょっとした余興のつもりだったんだけど、私用にホール作っといてよかったね」


 要領を得ない、ちぐはぐな会話。一番聞きたいところは、話をはぐらかされているような気がする。

 涼子はというと、口を半開きにして、頭からハテナマークが出そうな顔をしていた。


「ひょっとして、このゲームの製作者を知っているのか?」


「知ってるよ」


 駄目元で出した質問に対して、いとも簡単に答えが返ってきた。


「何だって?!」


「知ってるよ」


「誰なんだ、それは?」


「言いたくない」


 薫はそっぽを向いて口を閉ざした。難しいことをやっている割に、普段はだいぶ子供っぽいところがある。


「そーだ。このまま大樹待つのも暇だし、私に勝ったら教えてあげるよ」


「ハッキングしてるんだろ? 勝てるはずないじゃないか」


「個人のデータを弄るだけの権限はないから、条件は対等だと思う」


「そうか、なら――」


 ちらりと涼子を見る。ぽかんと開けていた口を閉じ、剣を構えて頷いてくれた。


「二対一だけど、悪く思わないでくれ」


「条件は対等でも、実力差は大きいからね。ハンデとしては丁度いいくらいだよ」


 音もなく薫が消えた。まるで消滅。忽然と姿が見えなくなったのだ。


「私が勝ったら、仕事の雑用でもさせようかな……」


 耳の後ろから、唾液を含んだ生暖かい声が聞こえた。背筋が凍る。


 急いで振り返る。微かに甘い匂いが残っているだけで、薫の姿はない。横では涼子も同じように驚いて辺りを見回していた。


「こっちこっち。今撃ってたら終わってたよね」


 今度は側方から声が聞こえる。薫は崩れた廃墟の上に腰掛けていた。

 テレポートする能力だろうか。それは能力というよりも超能力だろう。


 涼子が二、三回地面を蹴って薫に駆け寄り、火のついていない剣を斜めに振り上げた。金属音が響き、砕けた瓦礫が飛散する。


「ちょこまかちょこまかと……」


 苛立たしげに舌打ちをしている。

 鮮やかに振りきられた刃の軌跡の中に、薫の姿はなかった。

 焦点の合わない視界の端に、直立した人間の影を捉えた。薫はしてやったり顔で、最初の位置に戻っていた。


 両手を前に突き出して、氷の球を撃ち出す。近接攻撃が避けられても、遠距離攻撃なら届くのではないか。

 しかし真っすぐ薫に向かっていった砲弾は、着弾する前に忽然と消滅した。


「なっ――?!」


 物体もテレポートさせることができるのか。

 怯むことなく、涼子が剣に炎を灯して駆け出す。


「オーバーライド――」


 薫が顔を上げて呟く。直後、涼子が体を反って吹き飛んだ。


「氷室!!」


 うつ伏せに倒れこむ彼女のもとへ駆け寄る。


「大丈夫か?」


「……平気。蚊にタックルされる程度の痛みだったわ」


 呼吸を荒くして背中を押さえている。足元には砕けた氷の球の破片が転がっていた。


「俺の攻撃を、時間軸を変えてテレポートさせたのか……?!」


 この氷の欠片は、先程俺が放ったものだろう。ということは、消した氷の球をしばらく時間が経過してから涼子に当てたことになる。なんという万能な能力。これでは無用心に遠距離攻撃は放てない。


 背中をさすりながら涼子が起き上がった。


「ごめん、俺の氷が……」


「気にしないで、あの奇妙な能力のせいだから」


 再び剣を構えた背中は、怒っているように見えた。



「ヒントはこれくらいでいい? そんじゃブートアップ」


 二丁のサブマシンガンが火を噴く。徐々に逸れていた照準が定まり、足元のアスファルトを削る。

 俺達は示し合わせたように別々の方向に駆けた。


 廃墟の陰に滑り込み、壁を背にする。銃弾が壁に当たった衝撃が伝わってきた。

 隠れたというのに、薫は依然サブマシンガンを撃ち続けている。こんな調子で撃っていたら、すぐに弾切れになるのではないだろうか。

 案の定、銃声が止まった。


 攻撃のチャンス。右手の周囲に水蒸気を掻き集めながら、壁から顔を出す。


 アスファルトの上に、薫の姿は無かった。


 危険を感じて、その場から飛び退く。前方に流れていく景色の中に、黒い銃身が混じっていた。俺が先程まで寄りかかっていた壁が、抉られ土煙を上げる。

 サブマシンガンを構えていたのは薫。わざと隙を見せて、テレポートで後ろに回り込むつもりだったようだ。


「あらら」


 一度引き金を離し、冷静に銃を二丁ともこちらに向けてくる。

 氷の壁を凝結させようと右手を前に突き出した。しかし薫の後方に、剣を振りかぶって走ってくる涼子の姿を捉えて止める。

 水平に一文字を描く剣閃。むなしく空を切った。


「後ろ!」


 涼子が叫びながら、俺の前に飛び込んでくる。準備していた右手を握り、後方に特別厚い氷の壁を凝結させた。

 二丁のサブマシンガンが大きな銃声を上げる。次々に氷塊に鉛の弾が食い込んでくる。

 銃弾の嵐によって急速に氷の壁が浸食されていくが、氷を足すことでなんとか平衡を保つ。


「ねぇ、銃の装弾数ってどのくらいなの?」


 絶えず鳴り響く銃声、硝煙の臭いの中、涼子が後ろから尋ねてきた。


「よく分からないけど、箱型弾倉みたいだし三十発くらいじゃないか?」


「さっきからあの子、装填してないわよ」


 この銃撃一つとってみても、既に三十秒近く撃ち続けているはずだ。いくら装弾数を多めに考えても弾切れにならないのはおかしい。


「能力……、か?」


「そう考えるのが妥当でしょうね。斉藤はどう見る?」


「弾を何かで代用しているとか……」


 言いながら氷の壁を注視する。形状を保ったフルメタルジャケット弾が三、四十個埋まっている。違う物質を使っているわけではなさそうだ。

 他に思い当たることはないかと考えを巡らせていたが、突然銃声が止んだ。


「出るぞ!」


 氷の壁を破棄し、二人別々の方に飛び出す。

 予想どおり、テレポートしていた薫が氷の壁に銃撃を浴びせた。


 銃弾の嵐から逃れ、再び廃墟の壁を背にする。

 なにか引っ掛かる。なにか失念している。アドレナリンの駆け巡るこの脳では、落ち着いて考えることもできない。




 準貴は大樹と対峙していた。


「準貴、俺はこの世界でお前と会うのを楽しみにしていた」


「何でまた? 俺はノンケだぞ」


「今までの鬱憤を晴らすことができるからな」


 場の空気を和ませようとしたが、見事にスルーされた。


「そんなに恨まれるようなことをしたか?」


「一つは、練習をいい加減にやって、部内の風紀を乱していることだ」


「俺が練習をいい加減にしてるって?」


 聞き捨てならないことを聞いた。フレンドリーな態度をやめて、真剣に聞き返す。


「あぁそうだ。お前は先輩達の期待を裏切り、人目に付くところだけで最低限の練習をして、あとは遊び呆けている。お前以外の短距離の部員は部活の後も自主練をして、休みの日でも欠かさず走っているのに、だ」


 いつもの彼とは思えないくらいに饒舌で語り続ける。


「それでもお前は速い。結果の上辺だけを見て、先輩達はお前を次期部長にすると言い出した。……他人からすれば、ただ妬んでいるだけに見えるのかもしれない。だが、それでも俺は腸が煮えくり返るほど不愉快だ。お前のような奴が上に立つなんて、俺は絶対に認めない」


 言い終えると、足を地に擦らせて肩幅程に開いた。固く握った両拳をボクシングのように眼前で構える。


強腕クラバー――」


 大樹が右の拳を、目で捉えきれない速さで振りぬいた。打ち出された空気が衝撃波となり、砕けて舞ったアスファルト共々地を走ってくる。


強脚ホッパー


 自分の能力につけた名を呟く。一歩前に踏み込み、跳躍。空中で前方に一回転し、大樹の後ろに降り立った。


「俺がクラバーで、お前がホッパーか。気が利いているな」


 彼は顔だけこちらに向けて冷笑している。

 あれは腕の強化――、俺の能力とは逆に、上半身の身体強化系ブーステッドか。拳の軸上に立つときは気をつける必要がありそうだ。


「俺を嫌っているのはそれが理由か?」


「あぁそうだ!」


 大樹が大股で間合いを詰めて、大振りに右の拳を振り下ろしてくる。それを彼の側方に飛び込んでかわした。

 地面に叩きつけられた拳が、地響きを立て円状の衝撃を伝えて、アスファルトを波紋のように粉砕した。


「危ねぇ……」


 彼の左の拳が中段に構えられたのを見て後退する。


「それに、そういう人を見下すような態度も気に入らねぇ」


 拳を振りぬき、再び衝撃波を放ってくる。回し蹴りで、薙いで相殺した。


「ついかっとなってやった、今は反省している」


「そういう態度がむかつくんだよ!」


 大樹が右の拳を振り被って突っ込んでくる。

 思わずいつもの調子で冗談を言ってしまった。確かに卑下しているように聞こえるかもしれない。


 直接当てることを狙った一撃を、上体を傾けてかわす。続く左のアッパーを、加速して衝撃波を放つ前に膝で止めた。


「すまない、今のは全面的に俺が悪かった」


「もうどうでもいいんだよ! とりあえず殴らせろ!」


 すっかり大樹は頭に血が上ってしまったようだ。こめかみを狙って横から振られた拳を、後ろに下がってかわした。


「そんなので殴られたら死ぬだろ」


「知ったことか」


 普段は二、三回言葉のキャッチボールをしてお終いなのだが、いつもより会話が弾む。内容はともかく。


 大樹が手を開いて指を立て、地面を掬いながら勢いよく振り上げた。細かいアスファルトの破片が散弾銃のように俺の頭めがけて飛散してくる。

 踏み込んでいる時間の余裕はない。足先の力だけで跳び上がった。宙を舞いながら、アスファルトの散弾が、背後にあった廃墟の壁を撃ち抜いているのを見た。

 大樹が上空の俺を見据えて、拳を握りなおし振りかぶる。俺も空中で右脚を引き、腰にバネを溜めた。


 同時に放たれる拳打と蹴り。


 二つが衝突し、周囲に大気を震わすほどの圧力波を放った。

 しかし絶対防御をもつ俺達の能力にとって、それは有効な一撃にはならない。お互い拳と足を引いた。




 壁の間から顔だけ出して辺りを見回す。ちょうど涼子が隠れていた廃墟の陰から飛び出してきた。

 どうやら薫がまたテレポートしたらしい。サブマシンガンを向けて涼子を追っている。

 俺も道路に飛び出し、両手を前に突き出して氷の球を撃ち出した。薫がいた場所のアスファルトに当たって砕ける。


 彼女はどこに消え――。


「右!!」


 涼子が俺の右側を指差して叫ぶ。迷わず廃墟の陰に戻って壁を背にした。

 やはり薫は装填しているようには見えない。それに厄介なのはこのテレポート。攻撃を避けるだけに飽き足らず、いつの間にか死角に入ってくる。

 転移してから銃を撃つまでにタイムラグがあるのがせめてもの救いだ。背後に回ってすぐに撃たれたら避けられないだろうに、余裕を見せ付けているつもりなのだろうか。


 無くならない銃弾。時間すらも越えて転移する氷の球。攻撃までの時間のずれ。テレポート。氷にめり込んだ銃弾。

 ――不意に事象が繋がり、今まで引っ掛かっていたことが分かった。


「――そうか!」


 両手の平を上空に向けた。薫に気づかれないように、上手くカモフラージュする必要がある。


「ん?」


 薫がそれに気付き、銃撃を止めた。銃から手を離し、手の平を上に向けている。


「雪だ……」


 暖かい気候にも関わらず、曇った空から深々と雪が降る。


「早めの雪っていうのも悪くないかもね。――今年のクリスマスは仕事休もうかな」


 彼女は雪が目に入らないように手をかざし、空を見上げている。

 道路の向こう側からは、涼子が不思議そうにこちらを見ている。なんとかして彼女に作戦のことを伝えられないだろうか。


 ひび割れたアスファルトに雪が積もっていく。本来は氷点下になっていない地面に降ってもすぐに溶けてしまうが、今は俺の能力のお陰で形を保っている。


 安全装置が外された音がした。薫が雪に飽きて、戦闘を再開しようとしているらしい。

 ここからが気合の入れどころだ。


「薫、こっちだ!!」


 両手を前に突き出して、廃墟の陰から飛び出す。彼女がこちらを振り向いてから氷の球を放った。さすがに雪を制御しながらだと、集中しきれずに初速が遅くなる。

 戦闘が始まったときと同じく、氷の砲弾は薫に当たる前に忽然と消滅した。


「また自分に当てたい?」


 薫がほくそ笑んでいるが、構わずに二撃目を撃ち出す。彼女は笑みを止めて姿を消した。

 読みが当たっていれば、ある特定の条件を満たさない限り、氷の球が自分達に当たることはない。全神経を研ぎ澄ませて、消えた彼女の場所を探る。


「そこか――」


 横からした瓦礫を踏む音を捉え、急いで手の平を向けながら振り向く。手の先では、薫がサブマシンガンの銃口をこちらに向けようとしていた。

 氷の砲弾を凝結する前に、眼前を青い火の玉が通り過ぎた。射線にいた薫が姿を消す。


「ねぇ、斉藤」


 火の玉が飛んできた方向から声が聞こえる。声の主、涼子は道路の真ん中に立っていた。


「前に、水と火じゃ互いの能力を損ねるだけって言ったけどさ、不思議と今はあんたのことが頼もしく思える。……そのまま続けて、私を信じて」


 涼子の側に現れた薫に氷の球を放った。再び着弾する前に姿を消される。


「――分かった。氷室を信じる」


 ゲーム二日目に、彼女と共に化け物と戦った。文句を言いながらも、直前まで争っていた自分のことを信じてくれた。

 彼女を信じよう。彼女が薫の能力に気付いたと信じて、このまま作戦を続けよう。


「姿を見せた直後は転移できないと思った? できるよ」


 背後から薫の声がした。

 屈んで頭を下げたところ、首のすぐ後ろを熱いものが通り過ぎていった。薫が銃の引き金を引けずに舌打ちだけして消える。

 後ろを振り向くと、三日月の炎が壁にぶつかって火の粉を撒き散らすところだった。薫が消えた場所では、雪が足型に溶けて黒いアスファルトが覗いている。


 辺りに気を配りながら道路の中央まで歩いた。涼子の傍に立ち、背中合わせになる。


 薫が現れる度に、射撃される前に遠距離攻撃を放つ。

 薫がテレポートして現れる際、格好と向きを選べない為、撃つまでにタイムラグができる。二人で死角をカバーすれば、先に攻撃されることはない。


 もう彼女は十回近く転移を繰り返しただろうか。

 ひょっとしたら限界などないのかもしれないが、俺には今までの戦いから得た確信があった。

 予想より多い回数だが、涼子は大丈夫だろうか。剣を降ろしているところを見ると、既に準備はできているようだった。


「え――」


 薫が転移の合間に、一面に積もった雪につけられた自身の足跡を見た。少々気付くのが遅かったようだ。既に一番最初の場所に転移してしまっている。


 涼子は中指と親指を合わせて両手首を折り曲げている。


「氷室!」


「えぇ。――不知火!!」


 目標は、雪上に残った薫の足跡。

 涼子が両手指を鳴らして火花を散らす。メタンが溜められていたすべての箇所に火が入る。

 一斉に地面のあちこちで、白いマグマが噴火したように雪が巻き上がった。



 薫の能力、それはバックアップ。物や人の絶対座標、状態、運動量などを記憶し、任意のタイミングで再生できる。

 ただしハードディスクに容量があるように、保存できるデータの量が制限されている。人の情報は容量が大きいため、消した氷の球や装填したサブマシンガンのデータ、ベースに戻るためのデータを考慮すれば、記憶できる場所の数はせいぜい十一箇所。



 一度降って積もった雪が、再び空から舞い落ちている。肩の力を抜いたところ、水と相転移を繰り返していた雪が一斉に溶けた。


「あの子は?」


「分からない。保存できる量がもっと多かったのかも……」


 道路のあちこちでは、火山ガスを噴き出すように爆発の熱による蒸気が上がっている。しかし薫の姿はどこにも無かった。保存していた箇所全てを同時に攻撃できたと思ったのだが、不十分だったのだろうか。


「いつ気付いたの?」


 涼子が振り向いて尋ねてきた。


「氷の壁で銃撃を防いだ後だ。あれだけ弾を撃っていたのに、三、四十発しかめり込んでなかったから。……涼子こそ、よく俺のしようとしてたことに気付いてくれたな」


 どうやって伝えようか困っていたことを、完璧に実行してくれた。


「斉藤が雪を降らせたから、どんな能力か気付けたのよ。……ん?」


 涼子が片眉を上げて怪訝そうにしている。


「どうした?」


「なんでもない」


 平静を装っているが、口角が上がっていた。



 端末が開く時の電子音がした。涼子と一緒に振り向く。

 80インチくらいの大きな画面が宙に浮いて表示されている。そこには相変わらず寝癖をつけた薫の上体が映っていた。


「マイテス、マイテス。繋がってる?」


「繋がってるぞ」


 背景から判断すると、彼女はどこか暗い部屋にいるようだ。


「残念だけど私の負けだよ。聞きたいことがあるなら答えてあげる」


「ちょっと待て、まだ勝負はついてないだろ? どこだそこは」


「ここはうちのPTの本拠地。要するに逃げてきたの。――記憶できる場所はアレで全部から、残念がらなくていいよ。これは特別なデータだから」


 いまいち決着がついた気がしないのだが、当人がそう言うのだから、大人しく質問することにしよう。


「お前らのPTって?」


「ユグドラシル。在席はウトガルド」


「ウトガルド?」


 さくらからもムスペルとかニダ何とかとか、そんな言葉を聞いた気がする。英語臭はしなかった。


「ユグドラシルは内部で四つに分かれてるの。それが、ウトガルド、ムスペル、ニヴルヘイムとニダヴェリル。PTじゃないけど、それぞれにリーダーがいるよ。さらにその四つのグループのリーダー四人を率いているのが龍之介君と美琴さんっていうわけ」


 となると、ユグドラシルは相当大きなPTということになる。


「そうなんだ……。じゃあ、製作者の名前は?」


 一番の核心に触れる。


「……約束しちゃったしねぇ」


 薫はふざけたような、気の進まないような顔をしている。


「じゃあ一人だけね」


 俺達は息を呑んでその口が再び開くのを待った。

 このふざけたゲームを作った人物。生徒達の行動を監視し、どこかであざ笑っているであろう人物。それは一体誰なのか。

 彼女はわざとらしく咳払いして、ありえない名前を口にした。


「――田中翔太君」


「「え……?!」」


 田中翔太。もういないはずの二十七人目のクラスメイトが製作者だと、彼女はそう言った。


「あ、管理者に接続切られそう。じゃあね〜」


「管り――待て!」


 薫の映っていた画面は、サンドストームを流し、小さくなって消えた。呆然としている俺達二人だけが残された。


 まもなく音声案内が入った。


 『関係者各位にはご迷惑をおかけしました。無事システムは復旧しました。プレイヤーは強制ログアウトされます』


 どうやら、その『管理者』が改造されたプログラムを元に戻してくれたようだ。――ところで管理者とは、誰のことか?


 アップステアーズとの接続が外れ、現実世界、自分の部屋に戻っていく。

 いないはずのクラスメイトの製作者。このゲームに関わったプログラマ。誰か分からない管理者――。アップステアーズというゲーム自体が意志を持っている。そんなありえないことを思った。

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