伏見町へ到着
馬車の外は先程から雄大な麦畑だ。
ベエさんの話を聞いている途中から、ヤギ家の領地に入っていたようで、植えてある作物毎にそれぞれヤギ家の人と従業員が管理しているそうだ。
「国の人々の食生活を支えていますから」
誇らしげに告げるベエさん。
「国だけではなく、他国へ輸出もしているのですよ。
国民への働き口の提供に、外貨獲得と、ヤギ家の方々は国の重要な役割を果たされています」
スイの言葉に、
「家の者は皆畑仕事が好きだから、好きな事やってるだけなんだけとね」
「好きな事をやっていてそれが国の、人々の役に立つ事は素晴らしい事ですよ」
「そう言われると嬉しいねえ」
二人のほっこりした会話を聞きながら、窓の外を見ていると、麦畑のゾーンが終わったようで、次は多分じゃがいも畑かな?
「家の者は一緒に住んでるけど、こちらの窓から見るとあそこに建物が有るのが見えるだろう。
あれは従業員の住んでる長屋だ。
作ってる作物の近くに居る方が色々と都合も良いし、何かあっても直ぐ畑に行けるからね」
僕が外を見ていた反対側の窓から遠くに見える場所に、数棟の長屋が有る。
畑ごと…とまではいかないが、従業員長屋は彼方此方に有るとの事。
馬車移動のこの世界で、朝晩遠くから通うのは大変だろうし、やっぱり職場は近いに越した事ないからね。
その後も色んな作物の植えられて居る畑と長屋を通り過ぎて、馬車の中で食事を摂ったり、休憩しながらヤギ家へ到着する。
城から馬車で半日以上離れた距離だ。
途中休憩が有ったけど、結構腰と尻にきた……。
*****
着いてびっくり、ヤギ家の人々が住むのは、規模は小さいけれどお城だった。
「ここはね、小さな国が有ったそうなんだよ。
魔物の人達との戦いに敗れて滅んだ国なんだけどね。
まあ、滅んだと言っても、住民の殆どはラグノルに避難して、国が亡くなったと言うだけだそうだが、残った建物を有効利用しているんだ」
城とかつての城下町の建物を、そのままヤギ家の人々と従業員が使っているそうだ。
この城を中心に、四方に畑や果樹園、綿花畑などが広がっており、ここは収穫された物を出荷したり、加工したりする場所との事。
食堂や商店が有り、行商人の様な人や警備なのだろう兵士さんも居て、活気のある町だ。
ベエさんがゆるりと頭を下げる。
「ようこそ、稲荷町へ」
*****
城の入り口には、不似合いな【八木】の木の表札が取り付けられて居た。
洋風の城に木の表札……まぁいいけどね……。
城の中は外観からは想像出来ない、和洋折衷になっている。
床は板敷きの廊下で、部屋の中は板の間の上に畳が敷いて有る。
勿論靴は入り口で脱いで廊下に上がる。
「部屋中全部畳にしたいんだけどね、部屋数多いし、町の人達も畳の良さを分かってくれてね。
生産が追いつかないんだよ」
通された部屋は二十畳くらいの広さなんだけど、中央に六畳の畳が敷いて有り、座卓の下は掘り炬燵式に掘り下げられている。
「畳の良さは通じても、正座は受け入れられなくてね。
勿論使い方はそれぞれで、机と椅子で生活して、寛ぐ場所として畳の部屋を作るのが主流だね」
「あー、畳の上でゴロゴロするのは良いですからね」
「畑仕事の合間にゴロンと横になったりね」
二人で頷き合ってると、スイも話に加わる。
「最初は靴を脱ぐのにも、床に座る事にも抵抗有りましたけれど、なんでしょう……独特な感情が湧いて来ますね」
「こう…は〜〜って力が抜ける感じ?」
そうですかねぇ、と頷くスイ。
ちょっと行儀が悪いかなと思うけど、久しぶりの畳だ。
誘惑に抗えず、座布団を枕にゴロンと横になる。
「ウチ様、行儀が悪いですよ」
すかさずスイの声が飛んでするけど、それをベエさんが笑いながら遮る。
「いやいや、畳とはこう言うものなんですよ。
座って飯食った後などに、こうしてゴロゴロするのが乙ってもんなんですよ」
言いながらベエさんも横になる。
「あー、そうやってご飯の後にすぐ横になると、親が『食べて直ぐ寝転がると牛になるよ』って言うんですよね」
「そうそう、よく言われたわ。
ウチさんの時代も一緒なのかい?」
「そうですね、僕の世代だと家族揃って食事すると人は少ないですし、畳の部屋が無い家も多かったですから、親に言われる人はあまり居ないのでは無いかと思います。
でもやっぱり祖父母の居る田舎に行くと、耳にしましたね」
僕の言葉に微妙な顔をしたベエさんに問われるまま、僕の居た時代の一般的な家庭事情を話して聞かせた。
「何とも味気ない国になっちまったんだねえ……」
そんなベエさんの呟きが、いつまでも僕の中に残った。




