第四章 10 冬の中の二人の温度
アルトは知らないことだったが、この日、クツナとキリもまた、学校には行っていなかった。
「昨日の今日で、会いたいなんて連絡をよこすとはなあ」
キリの携帯電話に、昨日の少女からメッセージが届いたのは今朝のことだ。
「いいじゃない、一日くらい学校さぼっても大丈夫よ。先生には病欠って連絡はしておいたし」
この日は、二人とも一台ずつの自転車に乗っていた。冷静に考えればこの間はなぜわざわざ二人乗りで行ったのか、クツナは自分の状況判断能力に疑問を抱かざるを得なかったが、キリが関わるとこういうことは多かったので、それ以上考えるのはやめた。
「二人乗りだったら、私漕がなくても済んだのに」
「人がせっかく考えまいとしてるってのに」
朝の風を浴びながら、二人はペダルを漕ぐ。はた目には、登校の途中にしか見えないだろう。実際には、学校とはまるで逆方向へ疾走しているのだが。
ふとクツナが脇を見ると、キリの表情が優れなかった。
「どうした?」
「ごめんね、巻き込んで。私が勝手にやり出したことなのに」
「今さらだろ、そんなの」
「私、最近、親のことで結構悩むことが増えて。やっぱり親が、その、個性的だと、周りとは違うことが増えるじゃない?」
クツナは、回数は少ないが、キリの母親を何度か見たことはある。見た目で人を判断するのはよくないというものの、奇抜な髪の色や他で見たことのない装身具を前にすると、あまり自分が積極的にコミュニケーションを取りたくなる外見とは言えなかった。繭使いの才能を見せたキリをクツナたちに引き合わせてくれたことに感謝はしているので、特に嫌いというわけではないが。
「どうして私だけがこんな思いをしなくちゃいけないのかって、そんなの考えることもあるのね。だから、親のことで悩んでる子供見ると、つい」
「できる範囲でなら、いいんじゃないのか。キリがそうしたいんだろ。僕だって別に、自分よりも小さい子供を見捨てたいわけじゃないし」
ふっと、キリがクツナを見る。すぐに前を向きなおすが、その顔は憑き物が落ちたようだった。
「……ねえ、クツナ。そこの空き地で、ちょっと休憩しようか」
キリが促したその場所は、何に使われているのか、「空き地」としか表現できないような場所だった。むき出しの荒れた土の上に、何に使われるものなのか不明の巨大なコンクリートの塊が置かれ、何かに使われる予定があったのかもしれない壊れた木組みが、大小無数にそこに寄りかかっている。一戸建ての家一二件分ほどの敷地だったが、屋外の物置とでも表現するのが似つかわしかった。
二人は自転車を止め、コンクリートの構造物の裏へ回り込んだ。周囲からは、覗き込まれなければ見つからないだろう。
キリは適当なコンクリートの凹凸に腰かけた。クツナも隣に座る。夜の間にすっかり冷やされたそれは、朝日も届かない物陰で、氷のように冷たい。
「何だよ、こんなとこで。休むにしても、もうちょっと」
「あのさ、この間二人乗りした時、私に抱きつかれてたわけじゃない? 何か思った?」
両手の指を組んだキリが、地面を見ながら言ってきた。クツナは少し面食らう。
「二人乗りで、二人でペダル漕ぐ方法ってのを聞いたことがあったなあと思ったかな」
「あれ加速つきすぎて危ないからダメ。いやそうじゃなくて、ほら、男子と女子じゃない、一応」
「まあ、ちょっとはな。そろそろ色々気を遣わないといけない年頃かな、とは」
「私、クツナが好きだよ。アルトのことも好き。男子として、二人ともすごくいいと思う」
言うが早いか、キリはクツナに抱きついた。
「おい!?」
「こうして、抱きしめたいって思うこともある。抱きしめられいって思うことも。寂しいからだと思うんだけど、誰でもよくなんかない、クツナとアルトだから」
ごわごわとした制服用のコートの向こうに、女子ならではの体の柔らかさと、自分よりも少し高い体温が、クツナに伝わってきた。
「でも、……」
「ああ」
「キスとか、それ以上のことがしたいとは、思えないの」
クツナの肩にうずめたキリの声は震えている。
「何があった?」
「クラスで、何人か、彼氏ができたって子がいて。友達だったのが、いつの間にかって」
そういえば、クツナの中学でもそんな話が湧きつつある。
「男子と女子で仲良くなれば、その方が自然だって。私も、全然それはおかしくないし、そういうものだと思う。でも私は、クツナとアルトと、今のままでずっといたい。あんなお母さんもいらない。繭使いの力もいらない。どっちも、今日なくなっても、私は平気。ただ、二人だけは、なくしたくないの」
キリはそこまで言うと、ぱっとクツナから離れた。真正面からクツナの目を見る。
「ダメかな」
「全然ダメじゃないだろ。僕だってそうだ」
キリの繭の形が、クツナの目には見えている。怯えながらうごめく部分に、安心を得て落ち着いている部分。スイッチで切り替えるように、どちらか一色というわけにはいかない。これを抱えながら、誰もが生きていく。
「僕らに、キスは必要ない。彼氏や彼女でいる必要もない。ただ大切なだけだ。それでいいだろ、少なくとも僕らは」




