第四章 8 弱きものと、か弱きものの屈辱
家に着いたアルトを待っていたのは、父の怒号だった。
アルトの父は、時折、クツナに繭使いの稽古をつけることがある。実父とは違うアプローチと技術に、クツナは素直に感激を伝え、第二の師に敬意を表していた。
その時の教え方も甘いものではなかったが、己の息子であるアルトに対しては、父親は更に厳しかった。アルト自身、自分は父親に嫌われているのだと幼少期から信じ込むほどに。
「お父さん、僕はクツナの家に行っていたんです」
「今日の練習はどうした。来週には、またお前に助手をやらせるぞ。修練は充分なのか」
「まだ、指が痛いんです。最近の稽古量は異常だ。これじゃ、できることもできなくなります」
そこまで言った時に、アルトは左の頬を張られた。二人がいるのは居間だった。台所から心配そうに覗いている母親と目が合う。助け船など出されないことも分かっている。それならせめて、顔を見せないで欲しかった。ほんの少し、わずか数パーセントだけ、いつも期待してしまうのが、辛い。
父親が何かを教えてくる時は、必ず痛みが伴った。それは必要なことなのだと父親は思っていたし、アルトもどこかで納得していたから、嫌がることもできなかった。
結局、少し練習しますと言って、アルトは奥の作業室へ入った。
ハムスターやトカゲといった、小ぶりな生き物がそれぞれにケージに入っている。そこから、ハムスターを一匹取り出した。どんなに人間相手の繭使いに慣れても、真野家では動物による訓練を欠かさない。
しかし、繭による治癒の訓練をするには、まずこの生物たちを傷つけなくてはならない。それもたまらなく嫌だった。
二人の友人のことを考える。
少し離れたところへ、自転車で出掛けたらしい。アルトは誘われなかった。父親に訓練を課されていることを知っているからだ。他の二人ほど気ままに外出はできない。気を遣ってくれた。それは理解している。
しかし、胸の中は屈辱で一杯だった。
のけ者にされた。理由は関係ない。むしろその理由によって、これからどんどんあの二人から、自分だけが別方向に枝分かれしていくのではいかと思うと、恐ろしかった。
クツナとキリが関係を深めていく中で、自分だけが取り残される。
クツナには多くのものが与えられ、いや、キリと与え合い、彼らの道を歩んでいく。
そして自分には何も手に入らない。ただ一人取り残され、無人の荒野で干からびていく。そう考えると、顎がかちかちと震えて鳴った。
――僕にはクツナ以外に必要なものなんてない。
――クツナだってそうあるべきなんじゃないのか。
――僕とクツナは、お互いに、お互いだけがいればそれでいいんじゃないのか。
いつしかアルトは、両手で握り締めたハムスターに、尋常ならぬ圧力を加えていた。
さっきまでは、傷つけたくないと思っていた、小さくてか弱い生き物。手のひらの中でそれは、乾いた嫌な音を身体中から響かせながら、絶叫していた。




